第7章 元会長派に取り入れられて


 翌朝、映見(郷一郎)はダイニングにある10人は同時に食事ができるテーブルに裕美(映見)と並んで座っていた。
 早苗は、以前郷一郎が座っていた上座に座ってミニステーキにナイフを入れていた。
 「映見さん、あなた、34だったわね?」
 映見の戸籍に間違いがなければ、そのはずだ。映見(郷一郎)はハイと答えた。
 「ふたつ違いだったら構わないわね」
 映見(郷一郎)は首を傾げた。
 「来月、村上常務の長男と結婚することになってるのよ」
 「わたしがですか?」
 「もちろんよ」
 平然と答え、ステーキを口に運んだ。映見(郷一郎)に少なからず恨みがあるはずの早苗が、会長派、郷一郎派であった村上常務の長男と映見(郷一郎)を結婚させようとしている意図が掴めなかった。
 「来月16日大安が式の日だから、それまで花嫁修業に専念して頂戴」
 「村上常務のご長男と絶対結婚しなければならないんですか?」
 「あなたに選択権はないわ。これは命令よ」
 冷たく言い放った。
 (会長であった儂の隠し子と村上常務の長男を結婚させて、村上常務を抱き込もうとしているようだな。つまり、息子である巧に対抗しようとしているわけだ)
 映見(郷一郎)はそう想像した。
 (早苗と巧の間で何かがあったな)
 そのうちわかるだろうと映見(郷一郎)は考えていた。
 (それにしても結婚かあ。ましかし、これは最初の予定通りだ。相手を見つける手間が省けたと言うわけだ。しかも、村上の息子だ。苦労しなくて良さそうだ)
 映見(郷一郎)は思わずほくそ笑んでいた。

 料理教室、お花の教室、着付け、エステに通わされた。ひと月はあっと言う間に過ぎていった。
 そして、式当日、早苗が選んだウエディングドレスに身を包んで、映見(郷一郎)は式が始まるのを待っていた。
 (結構綺麗じゃないか。35には見えないな)
 鏡に映った映見(郷一郎)は、20代後半に見えた。
 (村上の息子はどんな男なんだろう? 村上からすれば、それほど美男子とは思えないが)
 映見(郷一郎)はいまだ結婚相手である村上常務の長男と会っていない。写真すら見ていないのだ。
 (まるでひと昔前の政略結婚だな)
 この結婚も政略結婚なのは間違いないのだ。
 「新婦様、そろそろお式でございます」
 係の女性が迎えに来た。式場の入り口まで導かれ立っていると、タキシード姿の男が横に来た。父親の代わりに映見(郷一郎)を祭壇へ導くのだろうが、誰だろうと思って見上げるとなんと巧だった。
 (巧とは反対勢力である村上の息子との結婚式なのに、早苗のやつ、どうやって巧を説き伏せたんだ?)
 巧の腕を取り、祭壇へ向かいながら、映見(郷一郎)は想像を巡らせる。
 (村上常務を懐柔するためとか言われたな。ホント、巧はお人好しだ)
 村上常務の息子・達夫は村上からは想像できないようなイケメンだった。
 (どうせ結婚するならいい男がいいに決まってる。しかし、浮気しないかな?)
 そこが心配の種だ。早苗も郷一郎と結婚するとき、そんなことを思っていたかもしれないなと映見(郷一郎)は思った。若き日の郷一郎はイケメンでかなり持てたからだ。年を取ってからは金の力もあって浮気し続けたのだったが。
 神父のありきたりな問いに、達夫の返事は小さかった。この結婚にあまり乗り気でないなと映見(郷一郎)は感じた。一方の映見(郷一郎)は、はっきりと誓いますと答えた。
 誓いの言葉、指輪交換、結婚証明書への署名、誓いのキス、結婚宣言と進み、式は滞りなく終了し、そのまま披露宴へと突入した。
 映見の親族はいないわけで、親族としては二宮家と村上家、そして、会社関係者の出席で披露宴が行われた。
 式は淡々と進められ、万歳三唱でお開きとなった。
 「映見、二次会にも顔を出しなさい」
 早苗がそう命じたので、映見(郷一郎)はオフホワイトのワンピースに着替えて、新婚とは思えない態度の達夫に従って二次会場に出かけていった。
 二次会場は村上派で占められていた。
 「亡くなられた二宮会長のお嬢様と愚息が結婚したことで、社長派に対抗する大きな力を得ました。これを機に、一気に巻き返しを図りましょう」
 やはり意図はそこにあったと映見(郷一郎)は再確認した。けれど、早苗が村上派に組みした理由はまだ定かではない。
 「いやあ、会長そっくりですなあ」
 「ホント、お美しい」
 「達夫君、いい嫁を貰ったなあ」
 そんなことを言われても、達夫はただ、酒を飲むばかりだった。相当乗り気でなかったことがうかがえる。
 「奥様がこちらについていただけるとは思ってもみませんでしたな」
 そんな言葉に映見(郷一郎)は耳をそばだてた。
 「奥様を経営から外したのは、井上常務の差し金でしょう。社長はあいつの言いなりですから」
 映見(郷一郎)はなるほどなと思った。巧は傀儡だ。実権を握るために、早苗を外したのだ。早苗はそれに対抗しようと言うのだ。

 1時間ほどで2次会は終わった。結婚式の2次会と言うよりも村上派の出発式と言うところだなと映見(郷一郎)は思った。
 達夫と共にホテルに戻った。達夫はやはり余所余所しい。着替えてベッドに入ったときも、夫婦になったと言う感じには見えなかった。
 それでも仕方なしといった感じで映見(郷一郎)を抱き寄せて唇を重ねてきた。男に愛撫されるのは映見(郷一郎)は初めてだ。奇妙な感慨が浮かんできた。
 胸を揉まれ、乳首を吸われる。そうしてから、クリトリスを指で転がされ膣に指を入れられた。
 (あ、濡れてる)
 映見(郷一郎)ははっきりとそれを自覚した。クンニされた。感じて映見(郷一郎)は腰を浮かした。指が深く差し込まれて、擦られると映見(郷一郎)は思わず喘ぎ声を漏らしていた。
 這い上がってきた達夫が、目で指示してきた。フェラチオしろと言うことだった。映見(郷一郎)は布団の中に潜っていき、達夫のいきり立ったものに舌を這わせ、口の中に入れた。
 (初めてフェラチオするが、なかなか面白い)
 夢中になって達夫のペニスを舐めていた。
 「映見、もういいぞ」
 そう言われて映見(郷一郎)ははっとなり、布団の中から這い出て仰向けになった。達夫が覆い被さってきて、その屹立したものを映見(郷一郎)の女に宛がった。
 映見(郷一郎)は未だ男性経験がない。つまり処女なのだ。ぐいと貫かれたとき、思わず痛いと声を漏らしていた。

 達夫は首を傾げた。ホステスをしていて、何人もの男と関係を持っていたと聞いていたのにどうして痛いと言うのだろうかと。
 (しばらく男とセックスしていなかっただな。いや、ポーズかも)
 そんなことを考えながら、達夫は腰を動かした。抽送のたびにグチュグチュと音がする。つまりかなり愛液が出ていると言うことだ。
 (それにしてはきつい。これは名器だぞ。これなら中古でも構わないな)
 そんなことを考えながら腰を打ち付け続け、そのまま射精した。
 「う、ううん・・・」
 映見(郷一郎)が逝ったことに達夫は満足して、映見(郷一郎)の顔を見つめながら、引き抜いていった。
 (あれ?)
 ペニスを拭ったティッシュの血液がついていた。
 (生理?)
 男性経験があると考えていた女性からの出血だとそう思うのが当然だろう。しかし、結婚式の日に生理を迎えるようなことはしないはずだとも考えていた。
 布団をはぐって映見(郷一郎)のその部分を見た。鮮血が漏れ出ていた。
 (経血はこんな鮮血ではないはずだ)
 驚いて達夫は映見(郷一郎)に尋ねた。

 達夫におまえ、処女だったのかと尋ねられて映見(郷一郎)は頷いた。
 「ホステスをしていたとき、かなりの男と関係を持っていたと聞いたぞ」
 「あれはお兄さんが、社長派が流した嘘よ。わたし、ホステスはしていたけれど、身持ちは堅いの。この年になるまで処女だったの」
 「じゃあ、あの娘は? おまえが産んだんじゃないのか?」
 そこまで考えていなかった。困ったなと映見(郷一郎)は思索を巡らせる。
 「昔、わたし、ルームシェアしていたのね。その時一緒に住んでいた娘が、わたしに育てて欲しいって書き置きして裕美を置いて出ていったの。捨てるわけにも行かないし、わたしの子どもとして届け出たの」
 「そうだったのか。ま、ともかく、映見が処女で感激したよ」
 それまでとは達夫の表情が打って変わっていた。身持ちの悪い女から処女へ変わったのだ。しかも、結構な美人だ。政略結婚だとしても、許容範囲もいいところだったのだろう。
 「もう一回できそうだ。いいかな?」
 「達夫さんの妻ですもの。イヤなんて言えるわけがないでしょう?」
 そう言うことで、今度はかなり気の乗った達夫に映見(郷一郎)は抱かれたのだった。2度目も映見(郷一郎)は達し、女としてのセックスもいいなと思っていた。

 オ-ストラリアへの新婚旅行から帰って実家である二宮邸にお土産を持って挨拶に行くと、早苗が険しい表情で映見(郷一郎)に迫ってきた。
 「裕美はあなたが産んだ子どもじゃないそうね」
 「誰から聞いたの?」
 「達夫君からに決まってるでしょう? あなたが処女だったって喜んでたわ。つまり、あなたがあの娘を産んだってことじゃない。それくらいのことわかるわよ」
 「処女を偽ったって考えなかったの?」
 「そうなの? それなら話はわかるけど、どうやって偽ったの?」
 本当はそのままで押し通そうと考えたのだけれど、処女を偽っていて処女じゃなかったとすると、先になってそのことがばれると達夫との関係が悪くなってしまうと考え直した。
 「処女を偽るなんて無理よ。実際にわたし、処女だったんだもの」
 「だったら、やっぱりあの娘はあなたの娘じゃないのね?」
 「達夫さんから聞かなかった? ルームシェアしていた娘が置いていった娘だって」
 「そこは聞いていないけど、ともかく他人よね?」
 「ところがそうでもないのよ」
 早苗は眉を顰めて、どう言うことと尋ねてきた。
 「そのルームシェアしていた娘、相手の男性がわたしによく似てたって言ってたのね」
 「あなたに似た男性? まさか・・・」
 「裕美、わたしによく似ているでしょう? お母様の想像通りかもしれないわ」
 早苗はすぐに調べましょうと言い、村上に電話をかけ始めた。
 「もしもし、村上さん? わたしです。大至急調べて欲しいことがあるんです。孫とされている映見の子ども、裕美のDNA鑑定をお願いしたいんです」
 その電話を受けた村上は、達夫から映見(郷一郎)が処女だったことを聞き、裕美は赤の他人だと考えていたから、それを確かめるためだろうと考えすぐに行動に移した。

 10日後、DNA鑑定の結果を持って二宮邸を訪れた村上は、どう解釈していいのかわからないと早苗に伝えた。
 「簡単なことよ。裕美も腹違いの子どもだってことよ」
 鑑定書を見ながら、早苗が宣言した。
 「は? 腹違いの子ども?」
 「郷一郎の子どもだってこと! つまり、映見と裕美は腹違いの姉妹だってことよ」
 「あ、あ、あ。なるほど。そう言うことですか。参りましたな。会長の女好きには」
 早苗は苦虫をかみ殺したような表情を浮かべていた。ともかく、裕美(映見)が屋敷から追い出されることはなくなった。裕美(映見)もまた、先々役に立つ駒になると早苗が考えたからだ。

 DNA鑑定の結果は映見(郷一郎)にも伝えられた。裕美(映見)は郷一郎の子どもであることは間違いないことだから、結果は聞かなくてもわかっていたことだ。
 《じゃあ、これからはママじゃなくて、お姉ちゃんって呼ばないといけないの?》
 電話の向こうで戸惑っている裕美(映見)の表情が見えるようだった。
 「あなたには当分の間は伝えないことになっているから、今まで通りママでいいわよ」
 《よかった。パパから、ママになって、さらにお姉ちゃんじゃ、こっちも大変だから》
 確かにそうだなと映見(郷一郎)も思った。

 二宮グループ本社の秘書室長となった鈴木は、村上達夫と映見の披露宴でのスナップ写真を見ていた。
 (この新婦、どこからどう見ても会長に見える)
 年齢も性も違うのに、わき上がってくる疑念を振り払えなかった。鈴木もこの披露宴に出ていたのだけれど、出席前に新婦は会長の隠し子で、会長によく似ているとの噂を耳にしていた。
 (名前からすると北沢麻衣子の娘だな)
 鈴木は郷一郎の尻拭いをしていたから、北沢麻衣子のことも、産まれた子どもは女の子で映見と名付けられたことも知っていた。
 新郎に酒を注ぎに行った際に、新婦を見たとき、鈴木はぞっとした。鈴木の方をちらりと見た新婦の目が会長そのものだったからだ。
 改めてスナップ写真を見た。
 (新婦に北沢麻衣子の要素がまったくない。会長の要素だけだ。それにあの目。新婦は会長だ)
 ほぼそう確信した。
 (若返った上に女になったのか?)
 それを確認するために、若返りの薬を売って貰った相手に連絡を取ることにした。
 (このメールアドレス、まだ通じるだろうか?)
 ずいぶん時間がたっているから無理かなと考えながら空メールを打った。半日後、時間と場所を指定したメールが届いた。
 鈴木は早速その場所に出かけていった。

 部屋に入ると、以前薬を売ったことがあるねと言われた。
 「そうですね。かれこれ6年くらいになるでしょうね」
 「あなたが使ったんじゃなさそうですけど?」
 鈴木の容姿を見ればすぐにわかってしまうだろう。
 「長年仕えてきた上司に頼まれましてね」
 「そうですか? 今日はあなた自身のために?」
 「そうなんですよ。来年65、定年退職になるんですよ。悠々自適と言う生活ができるほどの年金は貰えないので、若返って今まで通り働こうと思いましてね」
 「働くのがお好きなんですよね? まあ、いいや。いつもにこにこ」
 「100万でしたね」
 「10年値上げしないなんて良心的でしょう?」
 そうかもしれないけれど、税金を払っていないんだからなと鈴木は思いながら、100万の入った封筒を差し出した。
 「確かに。これ、薬です」
 アンプルと注射器、針などが入った小箱を鈴木は受け取った。
 「ちょっと伺いたいことがるんですが」
 「なんでしょうか?」
 「これは若返りの薬ですよね?」
 「そうですけど、それが?」
 「若返って女性になる薬と言うのはあるのでしょうか?」
 男は窺うような表情を浮かべ、どうしてそんなことを聞くんですかと尋ねてきた。
 「正直に言いましょう。前回若返りの薬を使った上司が、さらに若返って、しかも女性になっているようなんですよ。だから、そんな薬があるのかなと思いまして」
 「もしかして、去年薬を売ったひとかな?」
 「そんな薬があるんですね?」
 「この薬、1回使うと20歳くらい若返るんですけど、2回目に使うと若返るだけじゃなくて、性転換するんですよ」
 鈴木はやっぱりそうかと膝を叩いた。
 「あなた、1回目ですよね?」
 「もちろんだとも」
 「次ぎに使うときは女になることをわかった上で使って下さいね。じゃあ」
 鈴木は、その足で真っ直ぐと村上映見(郷一郎)の住むマンションへ向かった。

 オートロックマンションの入り口で来意を告げると、ドアが開いた。エレベータで上がっていき、玄関のチャイムを鳴らすと村上映見(郷一郎)がドアを開いた。鈴木には郷一郎に見えて、一瞬息を飲んだ。
 「どのようなご用事?」
 「是非、お話ししたいことがありまして」
 「女ひとりの部屋にお入れするのは気が進まないんですけど」
 それはそうだ。万が一、郷一郎でなかった場合、困ったことになるかもしれないと考えながら、鈴木は若返りの薬の件ですと口にした。
 村上映見(郷一郎)はジロッと鈴木を見てから、入ってと言った。鈴木は村上映見はやはり会長だと確信した。
 「会長! この6年あまり、ご苦労をおかけして申し訳ございませんでした」
 鈴木は土下座して絨毯に頭を擦りつけた。
 「今日から会長の僕として、尽くして参りますのでどうぞご慈悲を」
 「わかったから、頭を上げなさい。鈴木の気持ちはよくわかったわ。これからもよろしく頼むわ」
 「畏まりました。会長」
 「会長は止めてよ。映見でいいわ」
 「わかりました。映見様」
 これでしばらくは甘い汁が吸えるなと鈴木は考えていた。



inserted by FC2 system