第6章 映見の素性


 映見の若返りは、郷一郎の若返りよりも少し早めに進行した。郷一郎に生理が訪れたとき、映見の身長は140ほどに縮み、胸も小さくなって、寸胴になっていた。
 「14歳の中学生と言うより、小学校5-6年生に見えるわね」
 「幼く見えるだけなの!」
 口を尖らせる映見が可愛いと思った。娘相手にレスビアンごっこはできないと、性的な行為はまったくやっていなかった。

 若返り始めた映見はホステスをやれなくなり退職していた。だから、ずっと郷一郎の世話ができたのだ。
 一方の郷一郎は、その時点ではまだ女としては未完成だったけれど、外見上はほぼ女性化が終わり、女としての振る舞いにも自信ができてきていたから、近くにあるスーパーで働き始めていた。このとき、すでに映見の名前を使っていたのだけれど、戸籍まで映見のものを使うことになろうとは思ってもみなかったのである。

 スーパーで働きながら、このままでは二宮グループで働く優秀な写真には巡り会えないなと考えていた。
 (例え巡り会っても、映見の戸籍じゃ、調べられるとろくでもない事実が出てきて、結婚など覚束ないな)
 郷一郎は密かに他の戸籍を探していた。

 娘の裕美となった映見が年齢的には高校受験する時期になっていた。
 「中学校も行っていないことになっているからねえ」
 「学力もないし・・・」
 このままでは、同じ轍を踏んでしまうなと考えていた。

 そんな2月の中頃、突然、弁護士を名乗る男がふたりの元を尋ねてきた。
 「北沢映見さんでしょうか? わたくし、こう言うものです」
 二宮グループの顧問弁護士と言う肩書きの付いた名刺を差し出した。郷一郎は動揺した。若返って女になったことがばれたのではないかと勘ぐったのだ。
 「お母様は、北沢麻衣子さんですよね?」
 取り寄せて調べた戸籍にはそのように記載されていた。頷くとホッとした表情を見せ、ご一緒いただけますかと尋ねてきた。
 「どう言うことなんですか?」
 「あなたのお父様のことで、お話がありまして」
 「わたしの父? 母を捨てた父が今更?」
 「お父様はすでに亡くなっておられますが、遺産相続の件であなたを探しておりまして・・・」
 「父の、父の名前は?」
 「二宮郷一郎様でございます」
 郷一郎は目を見開いた。まさか、ここで自分の名前が出てくるとは思ってもみなかったのだ。
 「間違いないんですか?」
 間違いございませんと顧問弁護士は断言した。頭がくらくらしてきて郷一郎は床の上に座り込んだ。
 (映見はわたしの娘。わたしは娘と関係を持っていたのか・・・・)
 映見と暮らし始めてしばらくたったとき、郷一郎はどうして自分とと映見に尋ねたことがあった。
 「一郎さん、わたしの思い描いていた父にそっくりなの。だから」
 まさに郷一郎は映見の父だったのだ。郷一郎もまた、映見に惹かれるものを感じて同棲を始めたわけだけど、まさか自分の娘だとは思ってもみなかった。
 「ただいま」
 その時点では、高校に行くことなど夢の夢だったのに、映見は図書館で勉強していて戻ってきたのだ。
 「おや、お嬢様の裕美様ですね?」
 映見は、不審げな目を顧問弁護士に向けた。
 「裕美、お母さんのお父さんが見つかったの」
 目配せしながら映見に告げた。
 「ホントに?」
 「二宮郷一郎って言うらしいの。今から、話を聞きに行くんだけど、あなたも来るでしょう?」
 今は裕美だけど、実の父の話だ。行かないわけがない。顧問弁護士を外で待たせて、着替えをした。
 「わたしの父親ってどんな人なの?」
 郷一郎がそれを話すわけにはいかない。行ってみたらわかるでしょうと答えておいた。

 ハイヤーの後部座席に郷一郎と映見を乗せ、助手席に乗った顧問弁護士が行く先を指示した。
 (あの料亭か。久しぶりに行くな)
 そう考えながら、車窓を見ていた。映見は身体を硬くして、じっと前を見つめていた。

 その料亭には、郷一郎派の先鋒であった村上常務が座っていた。
 「おお、会長に生き写しだ」
 本人なんだから当然だと思いながら、久しぶりだなと言う言葉を飲み込んだ。
 「お母さんの名前は北沢麻衣子さんだったね?」
 ハイと答えるしかない。
 「5歳の時、麻衣子さんが病気で亡くなって施設に預けられて、中学卒業と共に出奔。今まで苦労したみたいだね?」
 その苦労をどこまで知っているんだろうかと訝った。
 「そちらは映見さんが産んだ子どもさんだね?」
 頷くと、映見に名前は何と言うのかねと尋ねた。
 「裕美と言います」
 「裕美ちゃんか。何年生? 5年生かなそれとも6年生かな?」
 やっぱりねと思っていると、学校に行ってたら中学3年ですと怒ったように映見は答えた。
 「不登校でずっと学校に行っていないんです」
 「それはいかんな。高校くらいは卒業しないと」
 悪気はないんだろうけれど、映見は少し機嫌を損ねたようだ。
 「会長にそっくりだし、戸籍上もわれわれが調べたとおりだが、念のため、DNAの検査をしておきたいんだが、いいだろうか?」
 いいですよと答えたものの、誰と比べるんだろうかと考えていた。村上が合図すると医者みたいな人物が入ってきて、頬の粘膜からDNAサンプルを採取された。その様子を映見が心配そうに見ていた。
 今日はご足労掛けて申し訳ないですな。結果が出たら連絡を入れますので。美味しい料理を用意していますから、楽しんで帰って下さい」
 そう言い残して村上は座敷から出て行った。顧問弁護士は結果が出るまで1週間ほどでしょうと告げて、タクシー券を置いて去って行った。
 すぐにテーブルに料理が並べられていった。昔よく食べた会席料理だ。
 「いただきます」
 手を合わせると映見がちょっとと遮ってきた。映見が何を言わんとしているかわかっていた郷一郎は、目配せして小さく首を横に振った。
 「裕美、こんな美味しい料理なんて滅多に食べられないのよ。しっかりいただきましょう」
 料理を口にしながら、郷一郎は部屋の中を何気ない様子で見回した。
 (あそこだな)
 部屋の隅にある博多人形の目が怪しく光っていた。
 (他には?)
 それらしいものはないようだった。けれど、油断大敵だと郷一郎はほとんど何も言わずに料理を食べた。映見も悟ったようで、美味しいねと何度か言っただけだった。

 ゆったりとは食べられなかったけれど、時間をかけて料理を堪能した。
 「タクシーを呼んでいただけるかしら?」
 仲居に頼み、数分後やってきたタクシーに乗った。映見が何か言おうとするのを郷一郎は制した。このタクシーにも隠しビデオがあるような気がしたからだ。
 マンションについて部屋の間に立つ。郷一郎は、ドアに貼り付けた髪の毛を調べた。
 (なくなっている。誰かが侵入したみたいだな)
 「部屋の中に隠しカメラか、最低限盗聴器があると思うの。だから、今日は何も言わないで。いいわね?」
 小声で映見に囁くとドアを開いた。映見は訳がわからずに黙って郷一郎に従った。

 美味しかったねと映見に向かって言いながら、郷一郎は着ていた他所行きの服を普段着に着替えた。
 「お風呂に入ったら、今日はもう寝ましょう」
 そう映見に告げて風呂のスイッチを入れた。
 (浴室には盗聴器はないようだな)
 取り付ける場所もなければ、水滴や水分がある場所だから、容易には設置できないわけだ。
 「裕美! 一緒に入りましょう」
 郷一郎は服を脱ぎ始める。映見は察したようで、いいわよと郷一郎に返事を戻してきて、郷一郎に続いて裸になって浴室へ入った。
 「久しぶりね、一緒に入るのは」
 盗聴器はないと思ったけれど、小声で話した。
 「前はふたりとももっと大人だったし、男女だったし」
 映見もわかっているようで小声で話す。
 「どうしてDNAサンプルを取らせたの? ママが映見じゃないことがわかってしまうわ」
 「あの場で検査すると言うのを拒否したら、別人だと告白するようなものでしょう?」
 「それはそうだけど・・・」
 「心配ないわ。ママは映見だって判定されるから」
 「あり得ないでしょう? 他人なんだから。え? もしかして、会長と言う人と血が繋がっているの?」
 郷一郎は映見を見つめ、少し躊躇ってからぽつりと言った。
 「わたしが郷一郎、二宮郷一郎だからよ」
 その場しのぎの言い訳として、自分は郷一郎のもうひとりの隠し子だと答えることもできた。けれど、そんなことがないことは調べればすぐにわかることだ。
 「え? え? え?」
 「あなたと出会ったとき、若返りの薬で25歳若返っていたの。つまり、若返る前のわたしは75歳だったの」
 映見は目を見開きじっと聞いている。
 「先行きが短いと感じて、若返りに薬を探して使ったのね。ところが若返ったわたしを二宮郷一郎として誰も認めてくれないの」
 ああ、ああと映見は頷いた。
 「会社に再就職して頑張って、社長に上り詰めようと考えたんだけど、あの時のわたしは妻をレイプした不届き者として懲役5年の判決を受けて刑務所に送られていたのね」
 「あ、テレビで見たことがある。その事件」
 「面が割れているわけ。だから、もっと若返ってから就職しようと考えていたの。55歳じゃ、就職も難しいからね。若返りの薬を探していたとき、映見と出会ったの」
 「若返るだけのはずが、女になってしまったと言うわけね」
 郷一郎は頷く。
 「そう言うことだから、DNA鑑定すれば、わたしと郷田一郎は親子と言うことになるの。何しろ郷田一郎本人だから」
 「その話が本当なら、ママはわたしの父親ってことになるけど?」
 ここまで来れば当然気がつくよなと郷一郎は映見から視線を逸らせた。
 「そうなの。わたし、娘を犯していたの。倫理的に許されることじゃないわ。知らなかったとは言え、ごめんなさい」
 涙がボロっとこぼれ落ちた。
 「心配しないで、ママ。わたしのお父さんは75歳くらいだったはず。わたしが愛したのは、わたしの思い描いていた理想のひと、55歳のひと。郷田一郎さんは、父じゃないのよ」
 「それで、それでいいの?」
 郷一郎は映見を見つめた。
 「決まってるじゃないの。それにママは女よ。女のママはわたしを犯せない。わたしに謝ることなんてないわ」
 映見がそう思ってくれるのなら少しは気が休まると郷一郎は思った。

 郷一郎が映見の父だと宣言したけれど、映見の様子に変わりはなかった。ママ、ママと呼んで、仲のよい母娘を演じていた。
 実際のところ、愛した郷田一郎が父であったことに映見は少なからずショックは受けていたけれど、自身が答えたように、父は理想であり、憧れの男性であったわけで、郷一郎と関係を持ったことをむしろ喜びと感じていたのだった。

 1週間たっても顧問弁護士から連絡は入らなかった。郷一郎は普段通りにスーパーのパートに出て、映見は図書館で勉強していた。
 ひと月がたって、ようやく顧問弁護士がふたりを迎えに来た。
 「亡くなった二宮郷一郎氏のお子さんであることが証明されましたので、こうしてお迎えに参りました」
 1週間って言ったのにずいぶん待たせたのねと映見が言うと、いろいろと妨害が入りましてと言い訳した。
 (妨害したのは巧だな)
 巧だけではなく、巧を操っている会社幹部たちだろうと郷一郎は思った。

 ハイヤーが向かったのは、郷一郎の屋敷、今は郷一郎の妻・早苗が住む屋敷だった。
 「すごいお屋敷ね」
 映見がその広大さに目を丸くしながら周りを見ていた。
 「お嬢様、こちらへ」
 玄関で出迎えたのはメイドの平野だった。
 「ホント、旦那様にそっくりで」
 ニコニコしながらふたりを応接間に案内した。応接間は以前と様変わりしていた。
 (あの画は高かったのに。ツボだって)
 装飾品はまったくないに等しかった。
 「奥様がじきにいらっしゃいます。少々お待ち下さい。お茶をお持ち致しますね」
 平野が応接室を出て行き、紅茶を入れたカップを盆に載せて持ってきても早苗はやって来なかった。
 あまり遠慮のない映見が紅茶を飲み干した頃、早苗がようやくやってきた。
 「ふん、郷一郎にホント、よく似てるわね。ブスに産まれなくてよかったわね」
 郷一郎を見て、憎たれ口を叩いた。
 「はっきり言って、あなたたちを受け入れるつもりなんてなかったんだけど・・・」
 今の郷一郎は郷一郎が不倫相手に産ませた子どもだ。早苗にとっては不愉快きわまりない相手であろう。
 (受け入れるつもりがないのに、どうして受け入れたんだろう?)
 ここで尋ねるわけにもいかないので郷一郎は黙っていた。
 「いかがわしいところでホステスをやっていたらしいわね?」
 「生きるためです。それに、今はスーパーで働いています」
 「どうしてホステスを止めたの? 二宮家に引き取られるかもしれないと考えて、水商売から足を洗ったの?」
 「スーパーで働き始めてから、そちらにいる弁護士さんが家にやってきたんですよ。二宮郷一郎ってひとがわたしの父だなんて、その時に聞きました」
 早苗はそうなのと言ったけれど、信用していない様子だ。こう言うところがイヤだったんだと郷一郎は思っていた。
 「そちらのお子さん、学校に行ってないそうね」
 「いじめで引きこもりになって。だから、わたしが勉強を教えていました」
 「今度中学生?」
 その言葉に映見は今度高校受験しますと答えた。
 「受験できるのかしら?」
 そう言うと、顧問弁護士が、わたくしが何とかしますと横から答えた。二宮グループには学校法人も存在する。映見を高校へ入学させることなど容易であろう。
 「いずれにしろ、あなた方には二宮家に相応しい振る舞いと人格を会得して貰わないといけないわ。今日からでも訓練を始めますから、そのつもりで。平野! ふたりを部屋に案内してあげなさい」
 そう言い残して早苗は応接室を出て行った。
 「訓練だって。何様よ!」
 早苗が出て行ったドアに向かって映見があかんべーをした。
 「裕美、あのひとはあなたのお祖母様になるのよ。言うことを聞かなきゃ」
 安楽な生活のためにと言わなくても映見はわかっているようだ。
 「では、お部屋へご案内致します。ついていらして下さい」
 先に立った平野についていく。2階の南、東側が映見の部屋だ。中高生の女の子に相応しいパステルカラーで揃えられた可愛らしい部屋だ。
 「わあ、すごい」
 映見はいっぺんで気に入ったようで、部屋の端にあるベッドに飛び乗っていった。
 「映見様はこちらへ」
 映見を残して、郷一郎は北にある、西側の部屋に案内された。部屋の広さは映見の部屋よりやや広く、シックな家具で揃えられていた。
 (ここは早苗の部屋だったはずだが)
 その部屋こそ、郷一郎が早苗をレイプしたとして現行犯逮捕された部屋であった。早苗は郷一郎が使っていた部屋に移ったんだろうなと考えていた。
 「奥様は、訓練とおっしゃいましたが、特別なことはございません。何か相応しくないものがあれば、指摘されると言うことです」
 姑が嫁を虐めるようなものだろうなと郷一郎は考えていた。



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