第12章 逆転して見えたもの


 深い海の底から意識が浮かび上がってきた。一瞬フラッシュのような光が見え、すぐに普通の光景が目の前に広がっていった。
 (あれ? 誰だろう?)
 目の前に真っ白なドレスを着た女性の姿が目に入った。焦点が合ってくるとその白いドレスはウエディングドレスだと言うことがわかった。
 (え? わたし?)
 そのウエディングドレスを着ているのは郷一郎自身だった。いや、映見(郷一郎)によく似た若い女性だった。
 こんな娘はいないなと首を傾げると、その女性も首を傾げた。右手を挙げるとその女性は左手を挙げた。
 (これは鏡に映ったわたしだ。どうして若返ってるんだ? それに、どうしてウエディングドレスなど着ているのだ?)
 これは夢かと考えていると、ドアの開く音がして誰かが入ってきた。振り向くと黒いスカートスーツを着た女性だった。
 「友里様、式の準備が整いました。式場へ参りましょう」
 ずいぶんリアルな夢だなと考えながら、友里(郷一郎)はその女性に導かれて廊下を進んでいった。
 式場の前にモーニング姿の見知らぬ男が立っていた。その男の腕を取らされて、ドアの方を向かされた。結婚行進曲が流れ始めドアが開いた。祭壇に背の高い男性が立っていて、友里(郷一郎)の方を見ていた。
 (今から結婚式を挙げるようだが、相手はいったい誰なんだろう?)
 目を凝らして見ると、どこかで見たような顔だと感じた。誰だろうかと考えながら、拍手の中ともかく父親役の男と共にレッドカーペットの上を進んでいった。
 式が進むにつれて、これは夢ではなく現実だとわかってきた。
 (現実だとすると、何故わたしは若返っているんだ?)
 若返った理由はわからないけれど、若返って映見ではいられないために友里になっているんだと悟った。
 (父親役は誰なんだ? それに相手の男性は?)
 疑問だらけだ。
 (あ、もしかして)
 誓いのキスするとき、相手が誰なのか想像できた。友里(郷一郎)は頭の中で計算する。八つ年下だったから、今は80は越えているはずだと。
 (薬を2回使って男になっていれば、30歳ちょっとになっているはずだ)
 そう思って相手の顔を見て、男になった早苗だと友里(郷一郎)は確信した。
 (早苗はわたしと知らずに結婚しようとしているのか? それとも知っていて?)
 わからないが、しばらく様子を見ようと友里(郷一郎)は考えた。

 披露宴になった。パーティー形式の会場に40人ほどがいた。
 「新婚のお二人に拍手を!」
 結婚式と言うのは恥ずかしくなるなと友里(郷一郎)は思っていた。若い男が乾杯の音頭を取った。
 「社長ご夫婦の幸せと会社の発展、出席の皆様方のご健勝を祈りまして、乾杯!」
 その言葉に早苗は何かの会社の社長をやっているんだと友里(郷一郎)は理解した。数人が祝辞を述べ、グループでお祝いの合唱が流れている間にドンドンと早苗に酒を注ぎに来た。
 「初めて社長と会う日が社長の結婚式とは思ってもみませんでした」
 「これほどお若いとは」
 このあたりの事情はそのうちわかるだろうなと思っていた。
 「お綺麗な花嫁ですねえ」
 友里(郷一郎)に対するそんな褒め言葉は付け足しに思えた。
 「お二人の初めての共同作業に移ります。カメラをお持ちの方はどうぞ前へ」
 昔風の背の高いウエディングケーキではなく、真四角な果物がたっぷり載ったケーキに入刀した。
 カクテルドレスに着替えさせられた。驚いたことに、そのドレスは早苗が結婚式に着たものとほぼ同じものだった。
 (そう言えば、早苗が着ているモーニングもわたしが着たものと同じみたいだな)
 招待客は誰もそのことを知らないだろうなと友里(郷一郎)は思った。
 「育てて下さったご両親に花束の贈呈を」
 それがすむと、花嫁からの感謝の言葉と言う文章を読まされた。これも、早苗が結婚式で読んだものだ。
 新郎と新郎の父からの謝辞が述べられ、お開きになった。

 あの日、若返った郷一郎を見て、早苗は羨ましいと感じた。早苗もまた若返ろうと考えた。
 (1回分だったら、20歳前後若返る。わたしが注射すれば、50歳後半から60歳か。もっと若返りたいけど)
 2回目を注射するとさらに若返るが性転換してしまうと聞いて少し躊躇った。
 (30歳から35歳くらいの男になるわけね)
 早苗は友里(郷一郎)を見た。
 (男になって、友里と結婚して女の、妻の苦しみを味合わせてやるのもいいかも)
 早苗は若返りをすぐには行動に起こさなかった。まず行ったことは、若返ったときの生活手段だ。
 そのために早苗は理香(鈴木)のアドバイスを受けてアパレル会社を立ち上げた。その会社が軌道に乗ったところで若返りと性転換に及んだのだ。
 理香(鈴木)に2回分の注射をして貰ってから身体の変化を待った。
 (垂れていた乳房が若い時みたいになってきたわ。それに目尻の皺がなくなった)
 女としては嬉しいことだ。
 (女のままでもっと若返るといいんだけど)
 その願いは届かない。形がよくなっていた乳房が縮み始め、クリトリスが肥大してきたのだ。
 身長が少し伸びてきて、身体の脂肪が減って筋肉がついてきた。
 (少し筋トレしておかないと)
 腕立てや腹筋運動、スクワッドなどを毎日やった。そのお陰で早苗の肉体は、かなり男らしい筋肉質なものに変わっていった。
 左右の大陰唇が肥大して癒合し、小さな塊を触れるようになっていった。その塊が大きくなったとき、小便がペニスとなったクリトリスの先っぽから出るようになった。
 (立ち小便、面白い)
 1年後、早苗は完全に男に変化していた。

 若返りの注射をする直前、早苗は自身は海外に移住すると言うことにして、友里(郷一郎)を娘である琴美のメイドとして紹介して働かせていた。もちろん、友里(郷一郎)が琴美の父親であることは伏せていた。
 若返って男となった早苗は、たまたま出会ってひと目惚れしたと理由を付けて、結婚すると言って引き取ったのだ。

 結婚式の出席者は、早苗が興した会社のスタッフを除けばすべて派遣会社に依頼したものだった。
 結婚式を挙げたのは、友里(郷一郎)に結婚したことを自覚させるためと、会社スタッフに顔見せするためだった。目的は上手く達せられたようだと早苗はほくそ笑んだ。

 新婚初夜となるホテルの一室で、岡田幸一と名前を変えた男性となった早苗の姿に友里(郷一郎)は惚れ惚れとしていた。
 肩幅は広く、胸板も厚い。上半身裸の幸一(早苗)の腹筋は割れてシックスパックを形成していた。
 その幸一(早苗)が友里(郷一郎)に歩み寄ってきて乱暴に抱きしめてきた。唇が重ねられ、舌が差し入れられてきた。友里(郷一郎)はアルコール臭いなと思いながらその舌を吸った。
 幸一(早苗)は友里(郷一郎)をベッドに押し倒して、ネグリジェを剥ぎ取り、ブラジャーをずらして友里(郷一郎)の乳首に吸い付いた。
 (ああ、何だか久しぶりに感じる)
 記憶のなかった数年間、友里(郷一郎)は誰ともセックスしていない。だから、かなり久しぶりと言えた。
 ショーツも脱がされて全裸にされた友里(郷一郎)は幸一(早苗)に身体中を愛撫され、感じて小さく声を漏らし始めていた。
 幸一(早苗)が立て膝になり、友里(郷一郎)にフェラチオを要求した。新婚初夜にフェラチオなのと思ったけれど、友里(郷一郎)は黙って幸一(早苗)のペニスを手に取って舌を這わせ始めた。
 (大きいんだ。わたしが男だったときよりも大きいかも知れないな)
 かもではなく、実際に幸一(早苗)のペニスは、かなり大きかった。
 (そう言えば、わたしが早苗と結婚したとき、わたしも早苗にフェラチオを強要させたんだっけ)
 舌で舐め回し、口の中に入れて唇で擦りあげる。それを何度か繰り返していると硬度が増していった。
 味が変わったなと友里(郷一郎)が思ったとき、幸一(早苗)に肩を叩かれた。幸一(早苗)から離れて仰向けになった。
 覆い被さってきた幸一(早苗)が友里(郷一郎)を貫こうとしたけれど、上手く行かないのだ。幸一(早苗)にはまだ女性経験がなかったから、場所が掴めなかったのだ。
 (わたしは遊び慣れていたから、こんなことはなかったけどな)
 そう考えながら、指を使って幸一(早苗)のペニスを膣の中へ導いていった。
 「あ、入った」
 押し込んできたのだけれど、数回動かしただけで、幸一(早苗)は逝ってしまった。童貞の幸一(早苗)だったから、挿入前に暴発せずに挿入できただけでも合格だった。フェラチオで暴発しなかったのが不思議だなと友里(郷一郎)は思っていた。
 幸一(早苗)は少し気まずそうに友里(郷一郎)から離れ、友里(郷一郎)の腟から流れ出ている血液を見て、ニタッと笑った。
 友里となって初めてのセックスだったけれど、友里(郷一郎)はあまり痛みを感じなかった。以前経験があるあらかなと考えていた。

 夜明け前になって友里(郷一郎)は胸を触られる感触で目が覚めた。幸一(早苗)が友里(郷一郎)の胸を揉んでいた。目覚めたのを知ると、乳首の吸い付いてきた。
 まだ眠いと言いたかったけれど、友里(郷一郎)は黙ったまま幸一(早苗)の愛撫を受けた。
 幸一(早苗)はずり下がっていき、クンニを始めた。
 (ああ、いい・・・)
 友里(郷一郎)は身体の芯に燃え上がってくるものを感じた。長いクンニのあと、幸一(早苗)が這い上がってきて友里(郷一郎)の両足を抱えた。そして、今度は迷うことなく友里(郷一郎)を貫いた。
 「あ、ああん・・・」
 友里(郷一郎)は貫かれただけで逝ったように感じた。昨夜は緊張していて感じなかったけれど、夫婦で若返って、しかも性別が入れ替わってのセックスだと思うと、かなり興奮していたせいであった。
 幸一(早苗)が腰を打ち付けるたびに、友里(郷一郎)は快感が身体を突き抜けているような感覚になっていた。
 「ああ、ああ、ああ、ああ。幸一さん、いい、いい、いい」
 まださん付けだ。呼び捨てにはできなかった。
 「友里、友里、行くぞ」
 幸一(早苗)が腰を押しつけてきて、友里(郷一郎)の中で跳ねた。
 「う、ううん・・・」
 早苗は初めての時は逝かなかったなあと思いながら、友里(郷一郎)はふわっと意識を飛ばしていた。

 新婚旅行は郷一郎と早苗が結婚したときと同じハワイだった。違ったのは観光は抜きで毎日毎晩セックスに明け暮れたことだった。
 新婚旅行を終えると、幸一(早苗)と友里(郷一郎)は早苗の屋敷に戻ってきた。屋敷は早苗の移住に際し、浩一(早苗)に売り渡したことになっていた。
 帰国後、友里(郷一郎)は主婦業を熟し、幸一(早苗)は仕事に励んだ。もちろん、夜は毎晩のように身体を重ねた。
 当然のように友里(郷一郎)は妊娠した。喜びに包まれる友里(郷一郎)であったが、問題が発覚した。幸一(早苗)が外で遊び始めたのだ。
 (わたしの時もそうだったなあ)
 友里(郷一郎)は仕方がないなと黙認せざるを得なかった。夕食を用意してあっても、ほとんど食べることがなくなり、遅くにアルコール臭い息を吐きながら戻ってくるのだ。
 「あなた、少し飲みすぎでは?」
 「付き合いだから仕方がないだろう?」
 それもあるが、会社でのストレスを紛らわせることもあることは友里(郷一郎)にはわかっていた。
 そして、化粧の匂いや口紅をシャツに付けてくる日もしばしばあった。もちろん、そのすべてが浮気ではないことはわかっていた。すべてではないが、女を抱いていることも確かだった。
 妻としてこれほど辛いことはなかった。けれど、これも過去、郷一郎自身がやってきたことだった。
 (早苗も辛い思いをしていたんだな)
 思い知らされた。友里(郷一郎)は、ただ耐えるしかなかった。

 幸一(早苗)は男としてのセックスに完全に填まっていた。女としての快感に目覚めたのは、巧を産んでからのことだったし、それも毎回と言うことでもなかった。
 ところが、男となった今、セックスして射精すると必ず快感が得られるのだ。女の時よりも遙かにいいと思っていた。
 だから、毎晩のように友里(郷一郎)を責め立てた。
 (わたしと違って、必ず逝っているように見えるけど、きっとポーズだわ)
 自身がそうだったから、きっとそうなんだろうなと思っていた。
 「あなた、できたみたい」
 友里(郷一郎)のそんな言葉に実感が沸かなかった。
 (あ、そうか。郷一郎は女になったんだから妊娠するんだ)
 嘘みたいだなと思った。妊娠しても、幸一(早苗)は友里(郷一郎)を抱くことを止めなかった。
 (これくらいで流産するような子どもはいらない)
 女だったら、そんなことは考えなかっただろう。早苗はもはや早苗ではなく、幸一になってしまっていた。
 臨月となり、子どもが産まれ、数ヶ月セックスができなかった。このあたりの浮気が多いとは知っていたけれど、幸一(早苗)はその例に漏れず、外で女を抱いていた。
 取引上の付き合いと称して、遅くまで飲み歩き、休みの日にもゴルフに出かけていった。かつての郷一郎がそうだったから、やり返す意味もあったのだ。
 友里(郷一郎)が2人目の子どもを妊娠したとき、喜びに笑顔を見せる友里(郷一郎)をみて、わたしとは違うなと感じた。
 (琴美を妊娠したとき、流れればいいとさえ思った。それなのに、郷一郎は・・・。そうか、郷一郎はわたしの行いの意味がわかっているのだ。わかっているからあえて口には出さず、じっと耐えているんだ)
 幸一(早苗)はもう仕返しは止めようと思った。そんなことをしても、何の解決にならないことがわかったからだ。

 友里(郷一郎)は突然優しくなった幸一(早苗)に少し驚いていた。付き合いがあっても9時過ぎには帰ってきたし、接待ゴルフも毎週ではなくなった。
 時には食事に一緒に行ったり、近場の温泉に行ったりもした。
 (あの年まで早苗を顧みることがなくて悪かった)
 もう一度そう思い、この人生を幸一(早苗)のために捧げようと心に決めたのだった。

 若返りの薬の存在を知る巧が理香(鈴木)からメールアドレスを聞き出して連絡を入れてみたけれど、もやは返信はなかった。若返りの薬の販売は止めて、貯め込んでいたお金を持って海外に移住したためだ。
 件の若返りの薬が日本で販売されることは二度となかった。



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