第11章 早苗のメイドとして


 理香(鈴木)は若返りの薬について説明していた。
 「1アンプル1CCを注射すると20歳前後若返ります。あの時、大奥様をレイプした男性は会長でした」
 「そんなことはわかっているわ」
 「2回打つとさらに20歳前後若返りますが、性が変わってしまいます。つまり男性は女性になってしまうわけです」
 「映見が二回注射をして若返ったあの人なのね?」
 「そうでございます。1度に2アンプルを打つと、40歳前後若返って性転換します。それが今のわたしでございます」
 「そう言えば、あなた、鈴木によく似ているわ」
 早苗は理香(鈴木)をまじまじと見てから言った。
 「わたくし、映見様となった会長にお仕えするために、若返りの薬で若返って女性となり、メイドとしてお仕えして参りました」
 「あなたもあんなあの人のためによくやるわね」
 「会長のことが好きなんでございます」
 早苗は肩を竦めた。
 「ただ、最近は映見様にお仕えすることはほとんどなくなり、達夫様のお世話だけをやっておりました」
 早苗はじろりと理香(鈴木)を見た。
 「大奥様のご想像通りでございます。映見様のご意向もあって、わたくし、達夫様の夜のお相手もしておりました。最初は仕方なく達夫様のお相手をしておりましたが、最近になってお慕いするようになりました」
 「長く夜の相手をしていればそうなるかも知れないわね?」
 「映見様の代わりに達夫様の妻になりたいと考えるようになり、映見様を達夫様の妻たり得ないようにするため、若返りの薬を使いました」
 「この子が若返った郷一郎だと言うのね?」
 「そうでございます。ただ、3回使ったために脳に障害が出て、このようにまるで幼児のようになっております」
 「わたしが誰かわからないのね?」
 「達明お坊ちゃまと同じくらいの知能程度と思われます」
 早苗はクスッと笑った。
 「ホント、馬鹿なひとね。若返って、刑務所に入るわ、知恵遅れの子どもになってしまうわ」
 「そこで、大奥様にお願いがあってこうして参ったわけです」
 「この子を預かれと?」
 「さすが大奥様。その通りでございます。わたくし、達明お坊ちゃまを育てることで精一杯でございます。達夫様は、精神病院に入れようとお考えのようですが、あまりにおかわいそうで・・・」
 「そうねえ。あのひとがこんな幼児のような女の子にねえ」
 面白そうにククッと笑った。
 「わかったわ。わたしが引き取りましょう。ただし、わたしの世話をするメイドとしてね」
 「メイドでございますか?」
 「いやなら、引き受けないわ」
 「精神病院よりはましでございます。それではよろしくお願い致します」
 映見(郷一郎)を置いて、理香(鈴木)は達明を抱いて早苗の住む屋敷を出て行った。

 本当に郷一郎なのかしらと早苗は映見(郷一郎)を見つめる。早苗に見つめられても映見(郷一郎)はまったく反応しない。
 (面白くないわね。でも、メイドとしてこき使ってやるわ)
 「平野! 平野!!」
 大声で叫ぶとばたばたと足音が聞こえてきた。
 「奥様、何でございましょうか?」
 急いできたために息が上がっていた。
 「この子をメイドとして雇うことにしたの。平野の仕事が少しは楽になるでしょう。知的障害があるから、その点を考えてね」
 「畏まりました」
 頭を下げて、平野は映見(郷一郎)を引っ張っていった。

 メイド控え室に映見(郷一郎)を連れて行き、ロッカーからメイド服を取り出す。
 「サイズはこれでいいと思うけど。そう言えば、あなた、名前は?」
 「名前?」
 首を傾げて平野の方を見た。
 「名前よ、あなたの名前は何と言うの?」
 映見(郷一郎)は名前、名前と繰り返すばかりだ。
 「自分の名前もわからないの? 困った子ね。もういいわ。早くそれに着替えて」
 平野に差し出されたメイド服を手に取ると、不思議そうに眺めた。いらっときた平野は、ハンガーから外して、まずスカートを差し出した。
 すると、映見(郷一郎)はああとわかったようで、穿いていたスカートを脱いでメイド服のスカートに穿き替えた。上着も同様に着替えた。
 「あなた、スタイルがいいから、よく似合うわ」
 映見(郷一郎)に着せたメイド服のスカートは太股の半ばほどの長さしかない。スカートから覗く映見(郷一郎)の足は細からず太からず、かなり形がいいのだ。平野はため息をついた。
 (わたしも若い頃は・・・)
 今はスカートではなくパンツを穿いている。平野の年でスカート、特にミニスカートなど穿けるわけがない。
 「では、早速だけど、掃除をしましょう」
 「掃除?」
 「掃除もわからないの? 掃除よ、掃除」
 掃除機を取り出すが、映見(郷一郎)はまったくわからない様子だ。仕方がないので、平野はこうするのよと教えると、廊下の掃除を始めた。
 (ったく。こんなんじゃあ役に立たないわ)
 とその時、早苗がやってきた。
 「どうかしら? あら? 制服が似合ってるわね」
 映見(郷一郎)の姿を見て微笑む。
 「奥様、服の着方もわからない、掃除の仕方もわからないんですよ。わたしの仕事が楽になるどころか、かえって仕事が増えたくらいです」
 頬を膨らませて訴える。
 「そう。知的障害がかなりひどいのね」
 「ひどいどころか、自分の名前も言えないんですよ」
 「そうなの」
 早苗は考えた。映見の名前を使うのはまずいんじゃないかと。
 「名前は友里。お友達の友に里で友里。わかった?」
 「友里ですね」
 「掃除はできているみたいね。教えれば大丈夫じゃないかしら。じゃあ、よろしくね」
 そう言い残して早苗は居室に戻っていった。平野は、ため息をついて、首にして欲しいなと考えていた。

 達夫にとって映見(郷一郎)は目障りな存在だった。映見(郷一郎)を利用して出世街道をひた走るつもりが、映見(郷一郎)の方が遙かに上の役職に就いてしまい、日陰の存在となってしまった。
 男女平等とは言っても、妻が上に立ってしまうと、夫である達夫は無能呼ばわりされ、男としてのメンツが立たなくなってしまうのだ。
 (あの様子では復帰はまずないな)
 若返っているから、精神状態が元に戻っても復帰は困難に決まっていた。
 (映見の存在を消さなければならないが)
 単に行方不明なら、理香と結婚できない。考えた末に、離婚届を出して外国へ行ったことにした。
 そうしてから、ひと月ほどたって理香(鈴木)と式を挙げた。理香(鈴木)は使用人だから、内輪の小さな式を挙げただけだった。
 (美人じゃなくても、ウエディングドレスを着ると綺麗に見えるものだな)
 理香(鈴木)の純白のウエディングドレス姿を見て達夫はそう思っていた。理香(鈴木)はもはや郷一郎のことなど脳裏にはなかった。好きになった男と結婚できたことで舞い上がっていたからだ。理香(鈴木)自身はわかっていなかったけれど、姿だけではなく、心も完全に女になっていたのだった。
 映見(郷一郎)は達夫にあれこれ指図をしたり、ついには達夫の仕事を奪うようになっていたけれど、理香(鈴木)はそのことで達夫がストレスを抱えていたことを間近で見ていたから知っていた。
 だから、理香(鈴木)は時には達夫にアドバイスすることはあっても、決して表に立つことはなかった。内助の功に徹したのだ。
 やがて理香(鈴木)は可愛らしい女の子を産み落とし、喜びの人生を送ることになるのだった。

 そろそろ引退できそうだわと平野は考えていた。雇い入れた日にはほとんど何もできなかった友里(郷一郎)だったけれど、乾いた砂が水を吸い込むかのように平野が教えることをすぐに覚え込んでいったのだ。
 掃除はもちろん、洗濯にしても、洗濯機の使い方、干し方、取り入れてアイロンを掛けて畳むところまで、いちいち教え込まなければならなかったけれど、一度教えると2回目にはきちんとできるのだ。
 炊事も包丁の使い方から教えたけれど、今では平野よりも上手になっていた。
 「友里! トイレの掃除は済んだの?」
 「はい、終わってます」
 ボーッとしていたのは最初だけで、今では普通に会話もできるし、冗談も言うようになっていた。
 「奥様、友里はもう立派にメイドをやっていけます。わたくしの方は、そろそろお暇をいただこうと思いますが」
 「平野も年だから、そろそろ残りの人生を楽しまないとね。わかったわ。退職金をはずんでおくから」
 ありがとうございますと頭を下げて平野は屋敷を出て行った。この日以降、友里(郷一郎)が早苗の世話を一手に引き受けることになった。

 平野がいなくなると、早苗は友里(郷一郎)をあからさまに虐め始めた。
 「友里、コーヒーを入れて頂戴」
 「畏まりました」
 キッチンでコーヒー豆を挽き、ドリップして早苗に運んでいく。
 「あら? お茶を煎れてって言わなかったかしら?」
 反論するかと思ったのに、友里(郷一郎)は頭を下げただけで、キッチンに戻り、緑茶を煎れて戻ってきた。
 「濃い過ぎるわ」
 今度も頭を下げて、少し薄くして持ってきた。早苗はますます腹を立てていた。けれど、どんな仕打ちをしようとも、友里(郷一郎)はまったく動じず、早苗の無理難題をいちいち熟していった。
 「負けた。友里(郷一郎)には負けたわ」
 馬鹿馬鹿しくなって友里(郷一郎)を虐めるのはなしにした。

 突然映見(郷一郎)がいなくなって、巧は動揺していた。映見(郷一郎)がいなくなるとグループの運営が破綻するのではないかと懸念したからだ。ところが、映見(郷一郎)がいなくなってもまったくグループに問題は起きなかった。
 映見(郷一郎)は自分がいなくなっても言いように、経営方法を変更して、合議制にしていた。ワンマンではグループはやがて衰退してしまうと考えていたからだ。
 そう言うことだから、旧会長派も社長派も存在の意味がなくなり、自然消滅となってしまった。

 黒のメイド服を着て部屋の掃除をしている友里(郷一郎)の後ろ姿を早苗はじっと見ていた。
 (ホント、綺麗な足だわ。友里が男だったなんて信じられないわ)
 突然友里(郷一郎)が振り返った。
 「奥様、何か?」
 小首を傾げて笑顔を向けてくる友里(郷一郎)に思わずどきりとした。
 (ああ、あの目。結婚した当時の郷一郎の眼差しだ。友里は間違いなく郷一郎だわ)
 あの時は、背が高く、イケメンだった郷一郎に心底惚れていた。早苗はそれを今思い出した。
 (郷一郎があれほど傲慢になったのは、その能力の高さに回りがついて行けなかったからかも知れないわね)
 そう考えた。
 (でもやっぱりわたしにだけは優しくして欲しかった)
 昔のことを思い出すと腹が立つのだけれど、現在の郷一郎、友里を見ていると、新婚当時を思い出して切ない気持ちになるのだ。
 「お掃除が終わりましたので、失礼致します」
 「ああ、ちょっと待って」
 頭を下げて部屋を出て行こうとする友里(郷一郎)を呼び止める。
 「なんでございましょう? 奥様」
 「そこで着ているものを脱ぎなさい」
 普通そんなことを言われたら、驚くなり、イヤですと答えるだろう。ところが、友里(郷一郎)はメイド服を脱ぎ、下着まで脱ぎ捨ててしまったのだ。
 (まともになったと思ったけど、まだまだまともじゃないわね)
 そう思いながら友里(郷一郎)のヌードを見た。
 (乳房はBかな? 小さいけれど形はいいわね。くびれもいいし、ヒップもちょうどいい感じ。素晴らしいスタイルだわ)
 陰毛がないのはお愛嬌かなと早苗は思った。わたしが若くて男ならと考えたとき、理香(鈴木)の言葉が脳裏に蘇ってきた。
 (女のわたしにも若返りの薬は効くのかしら?)
 早苗は早速理香(鈴木)に電話を掛けた。
 「もしもし、理香さん? わたし、早苗」
 《あ、大奥様。何か問題でも?》
 「問題は何も起こってはいないわ。今日電話したのは、あなたがたが使った薬、若返りの薬、手に入るのかなと思って」
 《連絡が付けば何とかなると思いますけど、誰に? まさか大奥様がお使いに?》
 「そのまさかよ。もし、女のわたしでも若返ることができるならと思ってね」
 《性別に関係ないはずです》
 「そう、それはよかった。2回分使えば、性転換もするのよね?」
 《大奥様、もしかして、若返って男になるつもりでしょうか?》
 「あなたの話では、1回使っただけでは20歳前後若返るだけでしょう? 60前の女になってもメリットがないわ」
 《確かにそうですが、もしかして若返った会長と?》
 さすがに回転が速いなと早苗は思った。
 「その通りよ。若返って男になれたら、女になったあの人と一緒になるの。今度はわたしがあの人を虐めてやるわ」
 少し間があったけれど、連絡してみますと答えて理香(鈴木)は電話を切った。

 理香(鈴木)は早速例のメールアドレスに空メールを打った。早ければ半日、遅くても1日目には連絡が入るのに、今回は数日待っても返事のメールが届かなかった。
 (どうしたんだろう?)
 早苗からまだかと催促の電話が入ったけれど、少し待って下さいと返事をするしかなかった。
 1週間目、ようやく返信が来た。その翌々日、理香(鈴木)は指定の場所を訪れた。
 「久しぶりね。女として上手くやってるみたいね」
 女の子を抱いている理香(鈴木)を見て、にこやかに言った。
 「返事が遅れてごめんなさいね。ちょっと海外に行ってたものだから」
 「海外?」
 「移住しようと思ってるの。だから、恐らく今日が最後になると思うわ」
 海外移住のあとでなくて良かったと理香(鈴木)はホッとした。
 「あなたが使うんじゃないわね? 誰が使うの?」
 「3回使って若い女性になったわたしの上司はお忘れになっていませんよね?」
 「もちろんよ」
 「その奥様が若返って男性になった上で、若返って女性になった元のご主人と結婚したいとおっしゃっているものですから」
 「若返ってもう一度同じひとと? よほど愛しているのね?」
 理香(鈴木)は違うんだけどと思ったけれど、そうですねと答えておいた。
 「じゃあ、初めて薬を使うのね?」
 「はい。2回分ですけど」
 「わかったわ。じゃあ、2回分で、200万。よろしいかしら?」
 理香(鈴木)は札束の入った封筒を差し出した。彼女は中を確かめずにバッグの中に入れて、薬を差しだした。
 「調べなくてもいいんですか?」
 「初めてじゃないし。信用してますから」
 「わかりました。・・あ、そうそう。3回目を使った場合のことですけど」
 「同じように若返るんですよね? 性別は変わらないで」
 「なのですが・・・」
 彼女は首を傾げて何か問題でもあるのと尋ねてきた。
 「3回目を打ったあと、40度以上の高熱が出て、若返ったのはいいんですけど、脳に障害が出たみたいで、知恵遅れみたいな状態になってしまったんです」
 「え? 本当なの?」
 「メールではそこまで伝えられなかったので、また会ったらお話ししなければと思っていたんです」
 「知恵遅れになってしまうの。でも、その彼女を結婚しようって言うんでしょう?」
 「だいぶ回復していますけど、自分のことはすっかり忘れてしまっているみたいで」
 「つまり別人になってしまったような感じなのね?」
 「そ、そうです。おっしゃるとおりです」
 彼女は少し考えてから、教えてくれてありがとうと言い、握手を求めてきた。理香(鈴木)は握手したあと、子どもを抱えて早苗の待つ屋敷へ向かった。



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