第7章 内縁の妻として


 支社長の諫言を受け入れ、辞表を撤回して昼間は戸倉要として働き、夜は支社長の愛人として(支社長は妻のつもりだが)支社長に奉仕した。
 ただ、言うは易く行うは難しで、変身が大変だった。

 朝早めに起きて朝食を作って支社長と一緒に食べ、一緒にマンションを出る。わたしは
自分のマンションに戻って変身を解き、男の姿に戻って出社する。退社すると自分のマンションに戻って楓に変身して支社長のマンションへ向かう。
 わたしのマンションには、同じ会社で働く人間が数人住んでいる。彼らに見られないようにするのは至難の業だ。わたしが女装していることが知られているのではないかと心配になる。ただ、支社長との関係は今のところ誰にも知られていないようだ。
 「そうだな。うちで戸倉君に戻って出社するにしても、わたしと一緒に住んでいることを知られると大変なことになるな」
 「やっぱり会社を辞めた方がいいんじゃないでしょうか?」
 支社長が腕組みをして考え込む。
 「会社を辞めてもどこか働く場所を確保する必要があるな。それも、女性として働いた方がいい。男と女を行ったり来たりしないですむからな。戸倉君が住むマンションはそのまま確保しておきたい。となると・・・」
 考えた挙げ句、支社長はいくつか手を打ってきた。まず戸倉要は1年間の期限付きで広島にある会社に出向することにした。戻ってくることが約束されていたから、マンションはそのまま置いておくというわけだ。次ぎに、博多にあるやはり関連会社に村田楓として就職斡旋された。受付兼雑用係だと言うことだ。ただ給料が今の半分以下だった。
 わたしの生活費は支社長が面倒を見てくれているからいいものの、薫と子どもたちへの仕送りがその金額ではとても足りなかった。
 「わたしが奥さんへの仕送りをしてあげよう」
 支社長は、そうと言ってくれたのだけれど、わたしが固辞した。薫の面倒までみて貰うわけには行かないと考えたからだ。
 ただ差額を支店長が補填してくれたので、結局薫への仕送りをしてもらっているのと同じことだった。
 こうしてわたしは、村田楓として某食品会社で働き始めた。

 わたしと支社長は、毎晩身体を重ねた。
 「50を過ぎてからはせいぜい週1回だったんだが、楓のおかげで若返ったよ」
 そう言いながら腰を動かす。
 「元気になってガンを吹き飛ばしてもらいたいわ」
 「ああ、できるだけ長く楓と愛し合えるようにな」
 支社長が行くとすごく気持ちが良くなる。それは男としてのセックスで行くのとはまったく違う。AVビデオやその種の小説に書かれているような気を失うほどの快感が欲しいけれど、それは贅沢というものかもしれない。
 「こんな偽物の胸でもいいの?」
 支社長に手足を絡めて尋ねた。
 「かまわないさ」
 そう答えたけれど、表情は言葉とは違っていると感じた。
 「豊胸しようと思うんだけど、どうかしら?」
 「豊胸? そんなことをしてもいいのか?」
 「ずっと女装してるんだし、あなたに残された時間は短いわ。こんな偽物の胸じゃいやでしょう?」
 「別にいやじゃないが、豊胸しても偽チチは偽チチだろう?」
 「今とはぜんぜん違うわよ。触られる感覚があるし。小さな胸の女性が豊胸したと思えばいいのよ」
 「それもそうか。しかし、いいのか?」
 「例え豊胸しても、いらなくなったら取り除けばすむことよ」
 あなたが死んだらとは言えなかった。
 「そうか。取り除けば元の戻せるんだな」
 「ねえ。いいでしょう?」
 「楓がそうしたいというのなら」
 「あなたのためよ」
 そう答えると支社長はにこっと笑ってわたしにキスした。
 「どこで手術を受けるかな? 博多じゃまずいだろうな?」
 「豊胸術を受ける女性やニューハーフが多い場所がいいと思うの」
 「木は森に隠せって言うわけだな。東京か?」
 「東京はちょっと」
 楓たちに近い場所はイヤだ。
 「じゃあどこで?」
 「大阪にいい病院があるって」
 「そのつもりで調べていたんだな?」
 わたしはフフッと笑って頷いた。

 わたしが選んだのは大阪朝永病院だ。ネットに載っていた豊胸術の仕上がりがすごく綺麗だったからだ。
 院長の本田はすごくいい男で、男なのに豊胸したいと告げるのが恥ずかしかった。
 「個人的な事情は聞かないことにしてるんですよ。サイズはどうしましょう?」
 シミュレーションソフトを立ち上げ、A、B、Cと胸を大きく表示させた。
 「できればDに」
 いつも着けている人工乳房のサイズがDなのだ。
 「一度にDにできないことはないですが、博多からいらしたんでしょう? フォローを考えると、Cあたりにしておいて、1年ほどたってからもう一度やる方がトラブルがないですよ」
 1年後は除去術になる可能性の方が高いなと考えながら、安全な方でお願いしますと頭を下げた。
 「ではCカップと言うことで」
 予約していたので、採血、レントゲン検査、心電図に異常がないとのことで即日入院、翌日手術となった。
 手術は初めてで怖い。けれど、スタッフが皆優しく、安心して手術室に入ることができた。
 「眠くなりますよ。次に目覚めたときには手術は終わっていますから」
 その言葉を聞き終わらないうちに眠っていた。

 麻酔から目覚めると胸が膨らんでいた。触ってみると、自分の胸だと言うこれまでなかった感覚があった。
 「抜糸しなくていいようにしてあります。ただし、2週間たつまで傷に貼ってあるテープははがさないこと。もし何かあったら連絡してください」
 午後の診察で本田医師はそうわたしに告げた。数日入院するつもりだったから気が抜けた。
 その日の夕方には退院できた。乳首がブラジャーで擦れる感覚が新鮮だった。

 マンションに戻ってすぐに支社長が帰宅した。
 「もう帰ってきたのか? どうだ? 痛くはないのか?」
 「ちょっと圧迫されるような感じがするだけよ」
 「見せてもらってもいいかな?」
 ちょっと恥ずかしいなといいながらわたしはブラウスを脱いでブラジャーを外した。
 「ほう。思ったよりいいじゃないか」
 「今は腫れがあるらしいの。腫れが引いてくるとずっと形が良くなるって」
 「それは楽しみだな。まだ触れないよな?」
 「今の豊胸は、揉まなくてもいいらしいけど、揉んだ方がさらにいいって。傷に触らなければ」
 「そうなのか。是非揉ませてくれ」
 嬉しそうにわたしの膨らんだ胸をやわやわと揉んだ。快感のようなものが身体を走り向けた。

 夕食がすむと支社長がそわそわし始めた。焦らせるようにゆっくりと片付けをして、傷を濡らさないようにシャワーを浴びた。
 「お待たせ」
 まだ9時前だというのにベッドインした。支社長はキスしながらわたしの乳首をつまんだり、胸を揉んだりする。
 「やはり本物の方がいいな」
 「偽チチよ」
 そう言うと、馬鹿者と言って笑った。
 「感じるか?」
 「感じるわ。豊胸して正解だったわ」
 胸が感じるだけでなく、貫かれたとき一層感じるようになったと思った。気分の問題だろうけれど。

 2週間後テープを外す頃には乳房の形は落ち着き、まるで生まれたときからそこにあるような形になっていた。
 (もう少し膨らむかな?)
 わたしは支社長に内緒で2種類の錠剤を飲む。女性ホルモンと抗男性ホルモンだ。女性らしい身体になった方が支社長が喜んでくれるだろうと考えて、本田医師に処方してもらったのだ。1年くらいなら、止めれば元に戻るはずだと考えていた。

 支社長との幸せな日々が過ぎていった。そんなある日のこと、スマートホンに着信があった。薫からだった。
 《あなた、今どこにいるの?》
 すごい剣幕だ。怒りが伝わってくる。
 「どこって、マンションにいるわよ」
 相手が薫だというのに、いつも女装しているからか、自然に女言葉が出ていた。
 《嘘おっしゃい! わたし、あなたのマンションに来ているのよ》
 連絡なしで来ることもあるのに迂闊だった。
 《ここに住んでる様子がないから、会社に電話を入れたの。そうしたら、広島に出向になってるって言うじゃない? その会社の電話番号を聞いて掛けたら、該当する人物はいないって言われたわ。いったいどうなってるの? あなた、いったい、どこにいるの?》
 会社の人間はだませても薫はだませない。わかっていたことだ。
 「・・・博多にいるわ」
 別の場所を告げても探すだろう。そして、見つからないからと再び連絡してくるはずだ。今よりもっと怒って。
 だから正直に言うしかないのだ。
 《博多に? どこに?》
 「ある人のマンションに」
 《ある人のマンションって、まさか、男の?》
 一瞬躊躇ってから、そうよと答えた。
 《その男と暮らしてるの?》
 「ええ。近所の人には夫婦と思われてる」
 ひとりで暮らしていると嘘をついてもすぐにばれてしまうことだ。
 《信じられない! 夫婦と思われてるってことは、夜の生活もってことなの?》
 「ごめんなさい。そんなこと、しないって約束したのに」
 《男同士でなんて、不潔よ!》
 「わかってるけど、1年だけなのよ」
 《1年だけ? どう言うことなの?》
 「彼、ガンなの。ガンで余命1年って宣告されているの。そんな彼にプロポーズされて。1年だけ彼の妻でいてあげようと思って」
 《相手が1年で死のうと2年で死のうと、例え1日で死のうと、わたしを裏切ったことには違いがないわ》
 薫の言うとおりだ。
 「ごめんなさい、ごめんなさい」
 謝るしかない。1年くらいだったらばれないと思っていたのが、馬鹿だった。
 「もう、離婚よね?」
 《離婚? 離婚なんてとんでもないわ》
 もちろんよと言う返事が戻ってくると思っていたから驚いた。
 《わたしと離婚したら、わたしに対する後ろめたさがなくなって、その男と乳繰り合うに決まってるわ。そんなの許せない! 絶対に離婚はしないから》
 わたしの予想した返事と違った。男と女でこうも考え方が違うんだと思い知らされた。
 《離婚はしないけど、二度とわたしや子どもたちの前に姿を現さないで。いいわね?》
 薫はともかく子どもたちに会えなくなるのはつらい。けれど、自らが蒔いた種だ。甘んじて受けるしかない。
 「わかったわ」
 《電話もしないで。いいわね?》
 承諾するしかなかった。

 戻ってきた支社長に薫から電話があったことを告げた。
 「ばれたんだな? で? どうなったんだ?」
 これも詳しく話した。
 「なるほど。離婚してくれない方が楓としてはつらいな」
 「ええ」
 「ばれてしまったものはどうしようもない。奥さんが頭に血が上ってわたしたちのことを会社などに言いふらさなかっただけでもよしとしよう」
 それもそうだと思った。
 「そうなると、あのマンションを置いていく必要もないな。それに広島出向もだ」
 支社長が死んだあとには必要になるんじゃないかと考えたけれど、わたしはもはや会社に戻るつもりがなくなっていた。
 確かに会社に戻れば給料は今の2倍以上ある。けれど、男と女の二重生活はもはやできないと感じていた。だから、今の職場で女として生きていこうと決めていたのだ。
 少ない給料でもひとりなら暮らしていける。薫と子どもたちへの仕送りは続ける必要があるだろう。そのためには、キャバ嬢をするか、できなくても水商売関係で調達するしかないなと漠然と考えていた。

 体質なのだろうか、ホルモン剤の効果が顕著に現れている。筋肉が減り、脂肪が付いて女らしい体つきに変貌していった。
 乳房はDカップを越えるくらいに成長し、ガフをして鏡に映してみると、まるで女になっていた。
 支社長はそのことに気づいているのか気づいていないのか、ともかくわたしの身体を楽しんでくれている。それがわたしの喜びだ。
 へたくそだったと思っていたフェラチオも上達した。支社長のペニスを根本まで飲み込むことができるようになっていた。ときにはフェラチオで口内射精させて飲み込むようなまねもしている。
 そして、今ではコンドームなしでセックスしている。相手は支社長だけだから、病気の心配はない。
 生でセックスするようになって、快感が増し、ふわふわもやもやした心地よさだけで終わっていたものが、ある日突然意識を失うほどの快感に変わっていた。
 支社長がわたしの直腸奥深くに射精し、そのザーメンがわたしに染みこんでくると思うと身体が震えるほどの喜びだった。
 セックスが終わって支社長に足を絡ませて寝ているとき、死なないで、もっと長生きしてと祈る毎日だった。
 その願いが届いたのか、支社長と同居し始めて1年たっても、支社長は血色が良く、元気いっぱいだった。
 「抗ガン剤がことのほか聞く体質らしい。まだまだ楓といられそうだ」
 嬉しそうに言うのだった。

 支社長と同居し始めて2年がたった。支社長はいまだに血色が良く、元気いっぱいだ。このときになってさすがにおかしいと思い始めた。
 そんなとき、一通の封書に気がついた。保険者からの受診記録を伝えるものだった。
 (やっぱり)
 マンションに戻ってきた支社長のその封書を突きつけた。
 「歯医者しか行ってないけど、抗ガン剤治療はどうなってるの?」
 「じ、自費だから、保険の記録には残らないんだよ」
 狼狽えながら答えた。
 「あ、そう。じゃあ、今度の受診日、一緒に病院へ行きましょうか?」
 「わかった。白状するよ。ガンにかかっているというのは嘘だ」
 「信じられない。わたしの同情を買って、わたしを手に入れるなんて」
 「悪かったと思っているよ。しかし、嘘をついても楓を手に入れたかったんだ。楓を愛していたから」
 「じゃあ、あなた、死なないのね?」
 「ガンじゃないから、死なないよ」
 「もう! バカ、バカ、バカ」
 支社長の胸に顔を埋めて泣いた。嘘をつかれたことよりも、死なないでいてくれることがわかって嬉しかったのだ。
 「許してくれるのか?」
 「許さないわ」
 「じゃあ、どうするんだ?」
 「死ぬまでわたしを愛するって誓って」
 「それはもう誓ったじゃないか。死ぬ時期が違ったけどね」
 「本当なのね?」
 「ああ、本当だとも。楓もわたしと一生一緒にいてくれるね?」
 「喜んで」
 正式な夫婦にはなれないけれど、内縁の妻でもいいと思っていた。何しろわたしは男なんだから。



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