第11章 ともに幸せに


 児頭径からすると妊娠16週あたりですねと本田医師はわたしに告げた。
 「どうしてわたしに子宮があるんですか?」
 「あれ? 言ってなかったですか? 子宮を移植したんですよ」
 「子宮を移植!? 誰の?」
 「ドナーの名前は明かせませんが、どうして村田さんに子宮が移植されたか説明しておきましょう」
 本田医師はこほんと咳払いしてから続けた。
 「村田さんの手術の日、ある女性がやってきたんです。わたしにはもう子どもがいて、この先子どもは産まなくていいから、誰かに子宮をあげたいとおっしゃるんですよ。どうしてこの病院へ来たのですかと尋ねたところ、この病院は性転換手術をやっていると聞いた。性転換手術をしても子どもを産めなければ本当に女になったとは言えない。わたしの子宮を移植してあげて、本当の女性にしてあげて欲しい。そうおっしゃるんですね。一応はお断りしたのですが、その女性はどうしてもとおっしゃるものですから、その日の最初の患者、つまり村田さんにその女性の子宮を移植したという訳なのです」
 「じゃあ、わたし、本物の女性になったと言うんですね?」
 「女性とは子どもを産めることという定義があります。その定義に従えば、村田さんはもはや立派な女性です」
 「本当に子どもを産めるんですね?」
 「流産しなければですね」
 恐ろしいことを平気な顔をして言うなと、本田医師にかかり始めて初めて不信感を抱いた。
 「役所に行って母子手帳を発行してもらわなければなりませんが、村田さん、戸籍はどうなっていますか?」
 「まだ男のままです」
 「では大急ぎで戸籍の変更手続きをしないと。書類がそろえば、戸籍の変更にはひと月もかかりませんよ」
 「わたし、小さな子どもがいるから戸籍の変更ができないんです」
 「えっ!? 子どもさんがいるの? そうか。じゃあ、時間がかかるかな?」
 「時間がかかるって、子どもたちが成人しなければ、戸籍の変更はやってくれないんでしょう?」
 「原則的にはね。けれど、妊娠していることを申し出れば、変更してくれると思いますよ。その証明書を書いてあげましょう」
 胎児が映ったプリントと妊娠しているという証明書を作ってくれた。さらに、わたしは外見は男性だったけれど、仮性半陰陽であり、希望により今回女性になったとの証明書も作ってくれた。
 「先生、仮性半陰陽って、最初から女性だったってことでしょう?」
 「そうですよ」
 「じゃあ、わたしには子どもができないはずじゃないですか? そこのところはどう説明したらいいんですか?」
 「そこは裁判所が決めるでしょう。現に村田さんは妊娠しているんです。女性であることに疑いを挟めませんよ。ただし、性転換したことや子宮移植の件は絶対に口外してはいけませんよ。口外したら話がこじれますからね。産まれてくる子どものことを考えれば、戸籍を変えてくれざるを得ないとは思いますけどね」
 「わかりました。口外しないようにします」
 それが早道だ。

 病院を出ると、すぐに村田に電話を掛けた。
 「ごめんなさい、あなた。仕事中に」
 《わかっていて掛けてきたんだ。重大な話だろう? 悪い病気でも見つかったのか?》
 「子どもができたの。わたし妊娠してるの」
 《はあ、冗談も休み休み言いなさい! 楓に子どもができるはずがないだろう!》
 「それができているの。どこかの女性が、わたしに子宮を提供してくれていたの。わたしの身体に子宮が移植されていたの」
 《本当なのか?》
 「ええ。妊娠16週くらいだろうって」
 やったぞと言う喜びの声が届いてきた。
 「戸籍の変更を願い出ないと母子手帳がもらえないの。だから、戻ったら、すぐに手続きをするわ」
 《子どもが成人していないのに戸籍の変更ができるのか?》
 「本田先生が戸籍の変更ができるように書類を作ってくれたわ」
 《そうか。もし戸籍の変更ができたら、母子手帳をもらうだけじゃなくて、わたしたちは正式に結婚できるな?》
 子どものことで舞い上がっていて、それができることに気づかなかった。
 「そうよね。わたしたち、結婚できるのね」
 子宮を提供してくれた女性に感謝、感謝だ。

 大急ぎで戻って、裁判所に書類を提出しようと思ったけれど、午後6時近くになっていた。翌日にするしかないかと考えていると村田が戻ってきた。
 「楓、本当に妊娠しているのか? 本当に子宮が移植されているのか?」
 やはり半信半疑、いや、疑いの方が大きいようだ。
 「これが証拠よ」
 エコーの映像を見せた。これがわたしの子宮、これが赤ちゃん。ほら、村田楓って書いてあるでしょう?
 村田は写真をまじまじと見てから、本当なんだなと叫んでわたしを抱きしめた。
 「時間が過ぎちゃったから、性別変更の書類は明日提出するわ」
 「性別変更なんてしなくても子どもさえ産まれればいいさ」
 「そう言うわけにはいかないわよ。戸籍が男だとわかったら子どもが悩むでしょう?」
 「性転換して女になったのもわかるから同じじゃないか?」
 「ところが違うのよ。本田先生が書類を書いてくれて、わたしは元々女で、本来の姿に戻っただけ、だから妊娠できたんだということにしてくれたの。だから、戸籍が男ということ自体が間違いだってことになるわけ」
 「なるほど。しかし、そんな違法行為をしてもいいのか?」
 「黙っていればいいの。子どものために」
 「わたしたちのためにもな」
 村田も性転換して女になったわたしと結婚するんじゃなくて、女に戻ったわたしと結婚することになるから、聞こえはよくなるのだ。

 翌日一番で裁判所に書類を提出した。
 「つまり、これまでの性別が間違っていたということですね?」
 「はい、そうです」
 「お子さんがいますよね? あなたが元々女性なら、女性との間に子どもはできないはずですが?」
 「そこのところは元妻に聞いてください。現にわたしは妊娠しています。だから女性に間違いないんです。母子手帳が必要なんです。生まれる子どものために。大急ぎで審議して性別を元に戻してください」
 『元に戻して』を強調しておいた。係員に言っても仕方がないけれど、そう主張して裁判所をあとにした。

 村田がわたしの下腹部を撫でている。
 「元気で育てよ」
 「あなた、ずいぶん嬉しそうだけど?」
 「当たり前だよ。初めての子どもだからな」
 「初めての子ども!? 離婚した奥さんとの間に子どもはいなかったの?」
 「いたら、離婚はできなかっただろうな。子どものために」
 子はかすがいと言うわけだ。そうなると、わたしと村田の仲も一層強固になると言うわけだ。
 「しないの?」
 「子どもに障るだろう? 万が一流れたりしたらどうするんだ?」
 「セックスして流れるような子どもは丈夫に生まれないわ」
 そう言うと、いいのかなと言いつつ、わたしへの愛撫を始めた。始まってしまうと、流産のことなど忘れて、ガンガン腰を打ち付けてきた。
 「ああん、気持ちいい。ああん、ああん、ああ・・・」
 突かれている途中で行ってしまった。性転換して初めて行った。妊娠して女になったという思いが絶頂へと導いたに違いない。

 大丈夫と言いつつも毎日だったセックスが週に3回になった。村田が大好きな正常位は重みが子どもに障るだろうからとほとんどしないようになり、後背位か横臥位になった。

 性別変更の申請を出してから5週間目、裁判所の裁定がおり、わたしは正式に女として、生まれたときからの女として認められた。名前も楓に改名された。
 戸籍謄本でそのことを確かめたあと、わたしと村田は揃って市役所に出向き、婚姻届を提出した。わたしは法律上も村田の妻・楓となった。
 それから近所にある有名産婦人科に出向いて、妊娠の証明書を貰った。本田医師のものは少し拙いかなと考えたからだ。彼は外科医だから。
 そうやって母子手帳を手に入れた。母・村田楓、父・村田理の文字に感激した。

 下腹が少しずつ膨らんできて、妊娠25週を過ぎた頃、下腹で動くものを感じた。胎動だった。わたしの身体の中に別の生き物がいると思うと感慨深く、不思議な感じがした。
 胸も膨らんできた。元々Dカップあった胸がE、Fと大きくなり、Gカップまでになった。
 (シリコンバッグを取り除いた方がいいかな?)
 手術するのがイヤだったからそのままにしておいた。

 妊娠38週、夕食の準備をしていると、パチンと音がしたような気がしておしっこのようなものが流れ出た。
 病院に電話を掛けると、破水したようだからすぐに病院へ来なさいと言われた。準備していた袋を下げ、病院へ行った。
 「破水してますね。子宮口が40パーセント開いてます」
 「少し早いけど大丈夫でしょうか?」
 「村田さんは骨盤が少し小さいので、むしろよかったですよ。40週になったら恐らく帝王切開になっていたでしょう」
 「経腟分娩できるんですね?」
 「それがご希望でしたね? 大丈夫ですよ」
 本田医師からは帝王切開になると聞かされていたので、嬉しかった。帝王切開の方が痛くはないらしいけれど、子どもを産んだ気がしないと聞いている。どうせなら経腟で産みたかったのだ。
 けれど、陣痛は地獄の苦しみだった。陣痛は女は耐えられても男は耐えられないなんてことをよく聞く。わたしはどうなるんだろうと考えながら、助産師の指示に従って息んだ。
 破水から8時間あまり、ついにわたしはやり遂げた。2860グラムの女の子を産み落とした。
 わたしが子どもを産む直前から産み落とすまでの間、村田がビデオを抱えて撮っていた。子どもが少しでも疑ったら見せるのだそうだ。
 撮影しながら村田は突然嗚咽を漏らし始めていた。
 「子どもが産まれる瞬間に感激したんだ。女はすごい。男は敵わない」
 そう言って、わたしにキスした。
 「パパそっくりですね。男親に似た女の子は美人になるって言いますから、この子も美人になりますよ」
 助産師が沐浴させたわが子を連れてきてそう言った。村田に似た美人になりそうだと感じた。

 赤ん坊の顔は日々変化する。退院が迫った頃我が子を見てあの人に似ていると思った。
 (まさか、子宮を提供してくれたのはあの人じゃあ。そんなはずはないわ。愛する人の子どもを産まないでわたしに子宮を提供するなんてあり得ない)
 そう思うのだけれど、我が子を見ていると、そんな考えが間違いないように思え、次第に確信となっていった。
 そして退院の日、わが子を連れてマンションに戻ると、一通の封書が来ていた。

 『村田楓様
 元気な女の子を出産されたと聞きました。おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。きっとわたしに似た美人になるでしょうね。言い過ぎかしら?
 あなたに子宮を提供したのはわたしです。村田さんからあなたが性転換すると連絡を受けたとき、そうしなければならないと考え、夫とも相談の上、提供いたしました。無事出産され安心しております。
 あなたは、自分が仕事にかまけてわたしに構わなかったのがわたしの不倫の原因だと自分を責め、悪かったのはあなただと言いました。けれど、悪かったのはわたしの方です。
 あなたはわたしと子どもたちのために一生懸命働いてくれていました。いつも優しく誠実で、わたし以外の女性には目もくれませんでした。
 それなのにわたしは、ほんの少しの寂しさを紛らわすために、優しくしてくれた御木本についよろめいてしまいました。一度で止めればよかったのに、誘われるたびに彼との不倫を重ねてしまいました。
 あなたを決して嫌いになったわけではありませんでしたが、身体を重ねるたびに心は御木本に傾いていきました。
 これ以上あなたを裏切ったままではいられないと離婚を決意しました。ここでわたしは大きな過ちお犯しました。自分が悪いのに保身のために離婚の責任をあなたになすりつけようとしたのです。
 でも、あなたは決して不倫するようなひとではありません。それはわかっていました。そんなとき、御木本が女装させてみてはどうかと提案しました。女装したくらいで離婚を要求できないだろうと反論したのですが、あなただったら、素直に要求に従うだろうと御木本は言うのです。そうかもしれないと考え、御木本に任せることにしました。
 ストレス解消のための女装というアイデアで上手く行くのかなと思っていましたが、7月の連休にあなたの元を訪れたとき、脱毛しているのを知って女装を始めたんだろうなと推測しました。けれど、証拠はありません。そこで興信所に依頼して、女装の証拠を集めてもらうことにしました。
 送られていた写真を見て驚きました。女装したあなたは完全に女に見えたからです。しかも、キャバクラ嬢として働いていることに唖然としました。
 証拠は揃いました。けれど、御木本がもう少し待とうと言い出したのです。理由は、キャバクラで働いていれば、そのうち男と関係を持つだろうというのです。そうなれば、離婚は決定的だと。
 あなたはそんなことをするひとじゃないとまたも反論しましたが、急ぐ必要はないから待つように御木本に説得されました。
 この時すでに今住んでいる家を購入して、わたしと御木本は夫婦同然の生活を送っていたので焦る必要はなかったのです。
 しばらくたって、現在のご主人である村田さんとにこやかに談笑しながら食事をしている写真を見て驚きを隠せませんでした。けれど、会食しているだけとの報告に離婚を画策していながら心の中では安堵していました。
 でも、結局は村田さんとそう言う関係になってしまったのですね。村田さんはとてもいい人だから、あなたが惹かれた意味もわかります。
 村田さんとの関係を口実に離婚を迫ろうとあなたの元に行きましたが、あまりの幸せそうなあなたの表情に嫉妬し、離婚しないと言ってしまいました。わたしは何と身勝手な女でしょう。
 あなたが転居先を見つけてやってくるとは思ってもみませんでした。そして、離婚届を出して欲しい御木本から真相を聞かされたのです。
 あなたが離婚届に同意しなかった理由も理解できます。当然でしょう。悪いのはわたしで、離婚届を出すことで、わたしには御木本と結婚できるというメリットがありますが、あなたにはまったくメリットがないのですから。
 でもあなたは離婚届を送ってくれました。わたしが悪いのに、あなたが悪いと言って。申し訳なくて、ただ泣くばかりでした。
 何か罪を償う手段はないものかと考えていたとき、村田さんからあなたが性転換するという話を聞きました。
 手術を受ける病院を聞いてみたところ、子宮移植をしているという噂の病院でした。真偽を確かめるため、本田先生に面会を申し入れました。
 最初は子宮移植なんてやっていないと言っていましたが、事情を詳しくお伝えするとやって上げようと言っていただきました。
 わたしの子宮をあなたに提供すれば、わたしが子どもを産めなくなると心配されるでしょう。だから名前は伏せていただきました。
 ただ、わたしは御木本の子どもは産めないのです。わたし自身はどうもないことはあなたが出産したことでわかるでしょう。産めないのは御木本に問題があるのです。御木本は無精子症なのです。それがわかったのは、御木本があなたに真実をお話ししたその日の午後のことでした。
 愛する人の子どもを産めないのは悲しいことですが、あなたへの仕打ちへの罰だと考えました。御木本の睾丸から直接精子を取り出す方法もあるらしいのですが、あえてそうはしませんでした。
 あなたへの贖罪の意味も含めて、あなたが愛する人の子ども産めるようにわたしの子宮を提供したのです。
 これですべてを水に流してとは言いません。ただ、わたしが自分の犯した罪を深く悔いていることはお察しください。
 わたしは大丈夫です。御木本はあなたと同じくらいわたしを愛してくれています。子どもたちも大切にしてくれています。
 あなたが村田さんと産まれた子どもと共に幸せになることを心から祈っています。お身体を大切に。
戸倉薫
追伸:御木本は子どもたちの姓が変わらないように戸倉姓になってくれました』

 薫と暮らした日々、わたしは幸せだった。単身赴任で離ればなれになっていたときすら、不幸と思ったことはなかった。
 いろいろなことがあったけれど、今でもわたしは薫を愛している。できれば薫を取り戻したいとも思う。けれどそれはもはや叶わないことだ。
 薫とは一緒にいられないけれど、今は村田がいる。わたしにぞっこんの村田が。わたしも村田を愛している。薫と同じくらいに。
 ある意味、薫といたときよりずっと幸せかもしれない。わたし自身が産んだ子どもが一緒にいるからだ。それは薫のおかげだ。薫がわたしに子宮を提供してくれたからだ。薫にいくら感謝しても感謝しきれない。
 我が子・薫がぐずり始めた。お腹が空いているのだ。胸をはだけて乳を与える。幸せな気分だ。
 遠い地にいる薫に向かってわたしは心の中で叫ぶ。薫、ありがとうと。




inserted by FC2 system