第8章 愛する男のために最後の改造を


 彼は一面冷たいところもありましたが、わたしにはとても優しかった。わたしを心底愛してくれていたと思います。
 でも、ときどきわたしを縛って喜ぶことがありました。そんなとき、わたしはひどく濡れて失神するほどの快感を得ました。
 縛られて興奮することなど、夫には絶対に知られないようにしていました。それだけはイヤだったからです。
 そんな彼とも別れの日がやってきました。彼がわたしにプロポーズしたからです。わたしには夫がいることを伝えていたつもりでしたが、伝わっていなかったのです。
 彼はわたしを罵り、そして去っていきました。愛していたのにと言い残して。



 ときどき罵ることも縛ることもなく、わたしとのセックスを楽しんで帰る客が来た。そんなときわたしは、ホッとすると同時に物足りなさを感じた。
 変態オカマと罵られたい、スパンキングして欲しい、縛って死ぬほどの苦痛を与えて貰いたいと考える自分に驚いていた。
 被虐性が女の持つひとつの特徴であるとすれば、わたしはさらに一歩女に近づいたことになるだろう。

 マンションの一室に閉じ込められ、娼婦として働き始めて半年あまりがたったある日のこと、午後5時には連絡のある八神からの電話が午後8時を過ぎても音沙汰がなかった。
 どうしたんだろうと考えていると玄関のチャイムが鳴った。
 「ハイ、どなた?」
 「お、俺だよ」
 聞き覚えのある声に覗き穴から外を見ると、懐かしい穣の姿があった。わたしは急いでドアを開けた。
 「穣、無事だったの?」
 どこにも怪我らしいものは見あたらなかった。
 「だ、大丈夫だよ。み、見張られていただけだったから」
 「ここに来てもいいの?」
 穣は頷いた。
 「あ、あいつは、や、八神って男、け、警察に、つ、捕まったよ」
 「警察に?」
 「そ、そう。か、監禁とか、しょ、傷害とかの、つ、罪だって」
 「じゃあ、ここから出てもいいのね?」
 「こ、ここにいる、り、理由がないよ。か、帰ろう」
 嬉しくて穣に抱きつきキスした。
 「か、帰ろう。お、俺たちの家へ」
 「ええ。帰りましょう」
 穣と手に手を取って自宅であるあの小屋に戻った。

 部屋の中は綺麗に片付いていた。穣の性格だろう。
 「か、香澄、あ、愛している」
 穣がわたしを抱きしめて何度もいう。愛しているという言葉をこれほど嬉しいと感じたことはなかった。
 「男たちに汚されてしまったわ」
 申し訳なくて、穣の顔をまともに見られない。
 「こ、心まで、け、汚されては、い、いないだろう?」
 そう。身体は売っても、心は売らなかった。口の中に放たれたザーメンはすべて吐き出したし、生では決してさせなかった。
 「わたしも穣のこと、愛してるわ」
 わたしたちはすぐさまベッドルームで愛を確かめ合った。穣とキスする。その唾液の味が何とも美味だった。
 久しぶりに乳首への愛撫で行った。客たちに乳首で行かされることがなかったので、新鮮だった。
 何十本ものペニスを舐めてきたけれど、穣のペニスが色も艶も最高で、一番美味しいと感じた。
 貫かれる。もちろん生だ。
 「ああ、いい。ああ、いい。み・の・る、あ・い・・し・て・る・・わ」
 快感で意識が飛びそうになる。けれど、穣とのこの愛の時間をもっともっと感じておきたかった。
 体位を変え、30分も突き続けられ、その間、わたしは何度も何度も行き、穣が果てたとき、最高の快感の中で意識を失った。

 穣のために朝食を作って、向かい合って食べる。
 「香澄の作る飯は美味い」
 そう言いながら、バクバクと食べた。まるでこの半年あまりの時間が夢のようだ。イヤ、夢だったと思っておこう。そうすれば、あの屈辱もなかったことになる。
 穣を送り出したあと、部屋の掃除をし、洗濯をして物干しに干しておく。適当に昼食を取ったから、夕食は何にするか考え、準備をしておく。他にやることがないし、町まで遠くて交通手段もないので、穣が読んでいる手塚治虫の漫画を読んで過ごす。
 午後6時前から夕食の準備に取りかかり、7時前後に戻ってきた穣と夕食を取る。入浴してしばらくテレビを見るか、漫画を読むかして過ごしたあと、わたしと穣の愛の時間となる。
 そんな日常が戻ってきた。

 ふたりの愛の巣に戻ってきて10日ほどたったある日のこと、ベッドの掃除をしていてベッドの下から外国製の男性週刊誌を見つけた。
 「まあ?」
 女性器が丸出しのヌード写真が掲載されていたのだ。穣は、男性だったわたしに女性ホルモンを投与し、女性化していく様をつぶさに見ていた。それに毎晩セックスしている。だから、わたしが女性ではなく男だとわかっているはずだ。
 なのに、わたしとセックスし、夫婦になったと思っているのはどう言うことだろう? 穣がよくわからない。
 さらに、穣は何の仕事をしてるのだろう? あの時はわたしの女性化への手伝いだったが、八神が逮捕されてしまった今、いったい何をしているのかわからない。
 けれど、そんなことはどうでもいいような気がする。穣は愛すべきいい人間で、このままずっと一緒にいてもいいと思うからだ。
 ただ、思うのは、わたしの汚いところを使わせていることだ。穣のために性転換してもいいかなと思い始めていた。

 それから数日後、夕食の片付けをしていると、穣が何かを持ってきた。それが何なのかわかってわたしは目を丸くした。
 「こ、これを、や、役場に、だ、出さないと、け、結婚したことに、な、ならないって、い、言われたんだ」
 婚姻届だった。
 「お、俺の分は、も、もう書いてあるから、か、香澄の分を、か、書いてくれ」
 ボールペンをわたしに差し出す。
 「穣、あなた・・・」
 穣はわたしが男だという認識がないのか、それとも婚姻は男女でなければならないことを知らないのだろう。
 「穣、あなたもわかっていると思うけど、わたしには穣と同じものが付いているのよ。わたしは男なの。男と男は結婚できないの」
 「ど、どうして?」
 「法律で決まってるのよ」
 「男と女だったら、結婚できるの?」
 「そうよ」
 「だ、だったら、お、俺が、お、女になれば、い、いいんだね?」
 思わぬ発想に笑ってしまう。
 「穣が女になるのは無理よ。わたしの方が女に近いから、ほら、胸があるし、体型も女でしょう? 雑誌で見たでしょう? わたしが女になればいいのよ」
 「あ、そうか。そ、その手があったか」
 まるで小学生に説明するようだ。
 「じゃ、じゃあ、す、すぐに、お、女に、な、なってくれ」
 「ハサミでちょんと切るわけには行かないのよ。ちゃんとした病院で、手術して貰わないよ」
 「しゅ、手術? い、痛くないかな?」
 「そりゃ、痛いでしょう。でも、穣のために頑張るわ」
 わたしの気持ちははっきり決まっていた。穣のために女になろうと。
 「す、すぐに、びょ、病院へ行こう」
 「病院ならどこでもいいって言うわけにはいかないわよ。性転換手術をやってくれる病院でないと」
 「せ、性転換、しゅ、手術なら、お、俺の、お、伯父さんの、せ、専門だよ。お、伯父さんに、た、頼めば、す、すぐにやって、く、くれるよ」
 「穣の伯父さん、お医者さんなの?」
 「そ、そうだよ。と、とっても、う、腕がいいって、ひょ、評判なんだ」
 「わかったわ。じゃあ、受診してみましょう」
 話がまとまり、すぐさま穣の伯父が院長をしているという病院へ向かった。

 犀川病院に着くと、穣は伯父さんに直接交渉してくると言って、先に病院の奥へ消えた。わたしは、受付をして椅子に腰掛けて待っていた。
 しばらくして、前嶋さんと看護婦に呼ばれた。診察室に入ると、穣に似た医者がにこやかにわたしを迎えた。
 「穣から聞いているよ。性転換して穣と結婚してくれると聞いたが、本当なのかな?」
 「はい」
 「女性ホルモンを使い始めてどのくらいになるのかな?」
 「2年ちょっとです」
 「2年ちょっとでその体型ですか。ホルモンへの感受性が高いようですね。もちろん、女装はそれ以前ですね?」
 違うけれどハイと答えておいた。それから数々の質問をされた。どうやら女になりたい男だと判定されたようだ。
 診察終了後、別室に呼び込まれ、別の医者からも同じような質問が繰り返された。その医者は、精神科のネームプレートをしていた。
 再び、穣の伯父に呼ばれ、書類は揃ったから、もし希望するなら、明日にでも手術をしましょうと言われた。わたしはその場で書類にサインを入れ、その日入院となった。
 種々の検査が終わって病室に入ると、穣がやってきた。
 「お、伯父さん、き、気を、き、利かせてくれたようだ。は、早く、しゅ、手術できて、よ、よかった」
 ボクにキスして、明日また来ると告げて病室を出て行った。
 (性転換手術か・・・)
 穣を誘惑してあの牢獄から逃げ出して男に戻るつもりが、穣に恋してしまって、女になることになるなんて、人生とはわからないものだなと思った。
 睡眠薬を飲んで、夢も見ずに眠った。

 朝早くから手術に向けての準備が進み、手術室に入る前に穣がやってきた。
 「お、伯父さんに、も、もう一度、た、頼んでおいたから」
 「ありがとう。穣のために頑張るわ」
 見送られて、手術室へ運ばれていった。
 「眠くなりますよ。次ぎに目が覚めたら、前嶋さんは、女の子に生まれ変わります」
 そんな声を聞きながら、眠りに落ちていった。



 両足を大きく広げて手術台に固定されている前嶋勝治は、その部分だけが男であるという異様な姿だった。それはこの種の手術では見慣れた光景なのだが、わたしにとっては一種感慨深いものがあった。
 少し回り道したが、ついにこの男の、前嶋勝治の男性性を消去できるのだ。まったく感慨深い。
 次の段階では、女になった前嶋を男たちに犯させて、肉便器となし、最終的には自殺へ追い込むつもりだった。
 けれど、その最終予定が狂い始めている。それは穣の存在だ。穣が男たちに犯させることを拒んでいる。妻にして自分のものにしたいと。
 どうするかまだ決めていない。ともかく今は、性転換手術に専念するだけだ。
 「術式を始める。メス!」
 看護師からメスを受け取り、イソジンで消毒されて茶色になっている前嶋の股間にメスを入れた。メスが動くと、真っ赤な血液が湧いて出てくる。それをガーゼで拭き取りながら、メスを進めていった。
 睾丸を露出させる。女性ホルモンの影響で、この年齢の男性としてはかなり萎縮していた。その機能は既に廃絶しているだろう。その睾丸を切り取る。
 睾丸の存在は男性であることの証しだ。その睾丸が切り取られたと言うことは、前嶋は男性でなくなったことを意味する。
 亀頭の直下でペニスの皮膚を円型に切開して、ペニスの皮膚を三つの海綿体から分離する。このペニスの皮が膣の一部となる。
 陰茎背動静脈と尿道海綿体を残すように陰茎海綿体を分離する。そして、その陰茎海綿体に血液を供給する動脈を結紮切離してから陰茎海綿体を切除する。
 亀頭を前後に分離する。陰茎背動静脈に繋がった亀頭部はクリトリスとして用いる。尿道海綿体に繋がった亀頭部は、原法ではポルチオとするのだが、今回は必要ないので切除する。
 ペニスの皮を縦に開いて、やはり縦に開いた尿道を縫合する。膣の径を大きくするためだ。
 膣となる位置に穴を開ける。前に行きすぎて前立腺を傷つけると大出血するし、後ろに行きすぎると直腸に穴を開けてしまう。だが、そんなミスを犯したことはない。
 腹腔内に達した。通常の性転換手術では、腹腔内に達するのは、S状結腸を膣とするときだけだが、今日は違う。
 「用意はできているか?」
 「はい。ここに」
 ピンクの培養液に入った物体を手にする。それは子宮だ。卵巣も付いている。その子宮に残された腟壁と膣とする予定のペニスの皮膚を縫合する。縫合が終わると穿った穴の中に収める。
 腟口の縫合、クリトリスの形成、大小陰唇の形成を行っている間に、本日特別に助手をお願いした本田医師が腹腔鏡を使って子宮の動静脈を内腸骨動静脈に吻合し、続いて卵巣にも血液が行くように精巣動静脈を吻合する。子宮円索による子宮の固定も行ってもらっている。
 わたしの術式が終了するとほとんど同時には本田医師の術式も終了した。
 「犀川院長、血液の流れは良好で、子宮の色も完璧です。これなら完璧に生着するでしょう」
 「本田先生、ご苦労様でした。こちらも形成終了です。お疲れ様でした。術式を終了します」
 看護婦にガーゼを当てさせて、わたしと本田医師、もう一人の助手は手袋を脱ぐ。
 「犀川院長、相変わらずすごいお手並みで」
 本田医師が言う。本田医師は、わたしより若干年下だが、わたしの性転換手術の師匠とも言える存在だ。
 「いやいや。まだまだ本田先生には及びませんよ」
 「またまたご謙遜を」
 麻酔医に後を頼んで、わたしは本田医師を院長室へと案内する。
 「本田先生、先生が子宮移植した症例は子どもを出産したとお聞きしましたが?」
 「はい。見事経腟分娩で産み落としましたよ」
 「すごいですねえ。今日の症例はいかがでしょうか?」
 前嶋はあくまでただの性転換希望者と言うことになっている。
 「骨盤がやや小さめなので、厳しいかもしれませんが、不可能と言うことはないと思いますよ」
 「女になった喜びだけでなく、是非出産させてみたものですね。それも経腟で」
 「そうですね。出産してこそ女性ですからね」
 本田医師はわたしの思惑など知らない。礼を述べて送り出した。

 ただの性転換手術だけではなく、子宮・卵巣の移植を受けたとは前嶋は思ってもみないだろう。
 子宮・卵巣とも生着するだろうが、卵巣が機能するかどうかは未知数だと本田医師が言っていた。わたしとしては、卵巣が機能してくれることを祈っている。卵巣が機能し、月経を経験するときに前嶋の驚く顔が見たいからだ。
 レイプ同様に多数の男に犯されて、誰の子とも知れない子どもを産み落とし、悲嘆に暮れる前嶋の顔を見るのもいい。
 しかし、問題は穣だ。穣がそうはさせてくれないだろう。穣は前嶋が女になり、自分の子どもを産むとなれば、狂喜乱舞するに違いない。何とか穣を説得するしかない。だが、それはかなり困難だろう。
 いずれにしろわたしの仕事はここまでだ。術後管理は院長に任せて、わたしは遠くで見守るだけにして、経過報告だけを受け取ることにした。
 経過はしごく良好で、何の合併症もなく、1週間後には人造腟内に入れておいたタンポンが抜かれ、抜糸がすみ、バルーンカテーテル抜去、便器に腰掛けての自尿が可能となっていった。
 それらが順調に運ぶのは当然だ。わたしと本田医師の仕事だからだ。わたしが気にしていたのは、やはり卵巣機能だ。卵巣機能が正常でなければ、この手術の半分は失敗と言えるのだ。
 わたしの予想では、数ヶ月後に卵巣機能が回復すれば御の字だと考えていた。ところが、退院時のホルモンレベルを見て驚いた。正常成人女性と遜色のないレベルだったのだ。
 次ぎに来院したときの値は、女性ホルモンは低下し、代わりに黄体ホルモンレベルが上がっていた。純女であれば、月経が起こっていてもおかしくない値だった。
 ようするに、卵巣機能は回復しているけれど、むしろ子宮の方がまだ上手く機能していないことを現していた。
 早晩月経が起こるだろうと予想し、わたしはその日を期待して待っていた。



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