第11章 明かさせる真実


 夫の次ぎにわたしが愛した人、その人の名は前嶋勝治。夫と結婚していなかったら、きっと彼と結婚していたでしょう。



 目をいったん閉じ、もう一度鏡を覗いた。鏡には紛れもない香澄の顔が映っていた。わたしが唯一愛し、結婚まで考えた女性だ。
 「どうです? 気に入って貰えましたか?」
 にこやかに本田医師が尋ねる。
 「ど、どうしてこの顔に?」
 「犀川先生からの依頼ですよ。ほら、この写真そっくりでしょう?」
 本田医師がわたしに手渡したのは、ポートレートを加工したらしい四方向から撮られた写真だった。
 「聞いたところによると、犀川先生の亡くなった奥様の写真らしいですね」
 「犀川先生の奥様?」
 犀川院長はどう若く見ても50代後半だろう。その妻としたら、あまりに若すぎると感じた。
 (あ、いや、若い頃の妻に似せたのか?)
 考えていると、ドアがノックされた。
 「ああ、犀川先生。たった今、包帯を取ったところです。どうです? 出来映えは?」
 入ってきたのは、犀川医師ではなく、スーツをバシッと着込んだ穣だった。
 「いやあ、素晴らしい。本田先生の腕にはいつも感服しております」
 どもることなく、はっきりと自信に満ちた声だ。
 「またまた。そんなに褒めたって、何も出ませんよ」
 「いやあ、ありがとうございました」
 「じゃあ、わたしは失礼して、次の患者を診に行きますので、ごゆっくりどうぞ」
 ふたりは再び挨拶を交わし、本田医師は病室を出て行った。
 「穣! これはどう言うことなの?」
 「本田先生に聞かなかったのか?」
 「犀川先生の奥様に顔にしたって」
 「その通りだよ。わたしの死んだ妻そっくりにして貰った」
 「穣の死んだ妻?」
 そのときになってハッと気づいた。本田医師が穣を招き入れるとき、犀川先生と呼んだことに。
 「み、穣! あなた、医者なの?」
 「そうだよ。犀川病院の副院長をしている」
 「う、嘘・・・」
 信じられなかった。あの穣が医者で、犀川病院の副院長だなんて。しかし、思い出してみれば、犀川病院を訪れたとき、穣は何か理由をつけて決してわたしと一緒にいなかった。
 「香澄は、人は見かけによらないと言う言葉を知っているか? 知っていても身になっていない。わたしの見てくれが悪くてどもりだから、低脳な男と思っていたんだろう?」
 違うと否定できなかった。
 「あなたが香澄のご主人・・・」
 穣は口角をあげた。
 「犀川先生の亡くなった奥様の写真を持ってきて、わたしの顔をその写真そっくりに変えたって本田先生が言ってたわ。犀川先生というのが穣のことなら、香澄は死んだの? 死んでしまったの?」
 「ああ、自殺だ。おまえのせいで」
 「わたしのせい? 自殺した?」
 今の今まで香澄が死んでしまったなんて知らなかった。わたしと別れて、夫と仲良く暮らしていると思っていたのに・・。涙がこぼれた。
 「香澄はおまえと別れたあと、子どもを産んだ。誰の子どもかわかるだろうな?」
 「わ、わたしの?」
 「そうだ。DNA鑑定してわたしの子どもではないことはわかっていた。おまえを拉致してすぐDNA鑑定して、生まれた子どもがおまえと香澄の間にできた子であることは確認済みだ」
 「香澄、妊娠していたの・・・」
 「わたしの子どもではないことを知り、自殺したんだ。おまえなどに心を奪われたことを悔いてな」
 わたしの目から大粒の涙がこぼれていた。
 「もうわかっているだろうが、おまえを拉致・監禁して女に導いたのはこのわたしだ」
 「どうして?」
 「おまえは女を性処理道具としか見ていない。1年以上続いた女がいたか? そんなおまえの毒牙に掛かって香澄は死んだんだ」
 「復讐って言う訳なの?」
 「その通りだ。おまえに性処理道具として扱われる悲しさ、惨めさを身をもって知って貰うためだ」
 「確かにわたしは女とセックスするためだけに女を口説いて、飽きたら捨てたわ。でも、香澄だけは違う。香澄だけは本気で愛していたの」
 「戯れ言を言うな!」
 「ホントよ。わたしは香澄と結婚しようと思ってたの。貯金を全部はたいて小さなダイヤの付いたリングを買ってプロポーズしたのよ。でも、香澄はそのときになって、わたしには愛する夫がいるって言って・・・」
 「そんな嘘がわたしに通じるとでも思っているのか? 香澄のあとも女を漁り続けたではないか!」
 「それは香澄のことを忘れるために」
 「もうそんな話は聞き飽きた」
 「わたしをどうするつもりなの? 性転換した上に子宮まで移植して」
 穣は最初からそうするつもりではなかったと言った。
 「強制的に女性ホルモンを投与して女性化させ、ニューハーフ化したところで男に陵辱させる。そして、無理矢理性転換した上で男たちに犯させ、肉便所となすというストーリーだ」
 半ばまでは計画通りに運んだんだなとわたしは思った。ところが、少し違っていた。
 「強制的に女性ホルモンを投与すると簡単に言うが、これが言うが易し、行うは難しなのだよ」
 「どうして?」
 「おまえをスタンガンで気絶させて拉致した直後に女性ホルモンのデポーを打っておいたんだが」
 えっとわたしは声を上げた。あの部屋で目が覚めたとき、既に女性ホルモンを投与されていたなんてまったく気づかなかった。
 「問題はおまえの目が覚めてからだ。女性ホルモンを飲めと言っても飲まないだろうし、無理矢理飲ませることは困難だ。クスリを飲ませることは諦めたとして、注射をするのもひとりでは難しい」
 「ひとりでは難しい? 他に誰か協力者はいなかったの?」
 「わたしひとりだ。罪になるようなことに他人を巻き込みたくなかったからな。ただ、伯父には少し協力して貰ったよ」
 血の繋がった伯父だからこそ協力してくれたのだろう。
 「食べ物に女性ホルモンを混入しようかと考えたが、気づかれたら食べなくなるだろう。そこで、ひらめいた。最初から兵糧攻めにして、水や食料と交換に女性ホルモンを摂取させると言う方法だ。これは成功した」
 あの状況になれば誰だって交換条件に屈するだろう。
 「女装させるのも難しいと考えたが、同じ手を使って女装させることに成功した。空腹の前には恥ずかしいも何もなかったようだな」
 「ビデオまで撮って。あれは自分の罪を逃れるためなのね?」
 「それもある。ただ、あのままおまえが行方不明になれば、警察が乗り出してくるかも知れない。あのビデオがあれば、おまえ自ら失踪してと判断されるだろう」
 確かにその通りだ。だから誰もわたしを捜さなかったのだ。
 「女性ホルモンの効果があれほど顕著に出てくるとは思わなかった。お陰で豊胸術をする手間が省けた」
 母親が大きいとそれに近いサイズになるんだと穣は続けた。
 「ニューハーフ化したおまえを男たちに陵辱させる手はずだったんだが、まさか病院の地下室に連れてくるわけにもいかない」
 「えっ!? あの地下室は病院の地下室だったの?」
 「ああ。おまえの面倒を見ながらわたしは仕事をしていたからな」
 まったく想像もしていなかった。
 「八神のような男を捜していたけれど、まだ見つかっていなかった。どうするか迷っていたとき、おまえがわたしに迫ってきた。おまえを拉致監禁した張本人がわたしだと気づいていないおまえが、わたしを誘惑して脱出しようと考えていたことは見え見えだった。この時、他の男が手配できないのなら、わたしの手でおまえを女にしてもいいなと考えた。いやむしろ、わたしの手でおまえを女にした方が復讐になると考えたわけだ。だからおまえの誘惑に乗った」
 あのときは、脱出するには他に方法が考えつかなかったから仕方がない。
 「男のわたしとキスしたり、セックスすることに抵抗はなかったの?」
 「おまえは完全に女に見えたし、男とのセックスに抵抗はまったくなかったな」
 医者だからだろうか? わたしには理解できない。
 「おまえがフェラチオをし、アナルファックで喘ぐ姿を見て、目的はかなり達せられたと感じたよ」
 でも、それは脱出するための手段であって、フェラチオやアナルファックで女になったなどとは考えていなかった。
 「その通りだな。おまえはまるで女みたいに喘ぎながら、屈辱をまったく感じていないように思えた。だから、ようやく見つけ出した八神に頼んで、男たちに蹂躙させたのだ」
 「あいつは自分がわたしを拉致・監禁したように言ってたけど?」
 「そういうふうにしてくれとわたしが頼んだんだよ。わたしの存在を知られないようにな」
 すっかりだまされていた。
 「あれだけの屈辱を与えたんだから、性転換なんて必要なかったでしょう?」
 「あのまま、ニューハーフのまま、肉便所として沈めておく手もあった。だが、男に戻れる可能性を残したくなかった。おまえの男を完全に削除して、絶対に男に戻れないようにしておきたかったんだよ」
 「残酷な人」
 「おまえはわたしにもっと残酷なことをしたんだ。わたしの最愛の香澄を永遠に奪ったんだからな」
 わたしは香澄が死ぬなんて思ってもみなかった。香澄が死んだと聞かされるまで、夫と仲良く暮らしているものと思っていた。
 「半年ではなく、もう2、3年はニューハーフとして身体を売らせようと考えていたんだが、八神が別件で逮捕されてしまってそれができなくなってしまった。だから、助け出したと思わせて、あのログハウスへ連れて行ったんだ」
 「助け出されて感謝していたのに」
 「そうかな? おまえは最初こそは屈辱を味わっていたようだが、あの頃にはむしろそれが快感になっていたんじゃないのか?」
 そう指摘されて反論できなかった。
 「わたしのことが好きだ、愛していると言ったのは嘘なのね?」
 「あの状況で性転換手術を受けさせるためには、結婚を持ち出して、男のままでは結婚できないとするしかなかったんだな」
 その通りかもしれない。
 「おまえの身体から睾丸を切除したとき、興奮で身体が震えたな」
 「えっ!? じゃあ、わたしに性転換手術をしたのはあなたなの?」
 「そうだよ。こう見えてもわたしは性転換手術の分野では結構有名な医者なんだ」
 胸を張った。自画自賛に見えるけれど、わたしに行った手術の仕上がりを見るとそれは自信過剰というわけでもないようだ。
 「睾丸の存在は男である証なんだが、一般人は睾丸ではなくペニスがあることが男である証明だと考えている。そのペニスもバラバラにしてクリトリスとする亀頭の一部を除いて切除した。おまえは完全に男ではなくなったわけだ」
 「どうして子宮を移植したの?」
 「たまたまだ」
 「たまたま?」
 「そうだ。あの日、子宮移植を予定していた患者が急に熱発して手術が延期になったんだ。執刀を予定していた本田先生にも来ていただいていたから、急遽おまえに移植することになったんだよ」
 「本田先生がわたしに子宮を移植したの?」
 「そう。現時点では、子宮移植ができるドクターは本田先生しかいないんだよ。技術的には可能かもしれないが、本田先生は免疫反応を抑える特別な方法を持っていて、それがないと例え子宮が生着しても、卵巣の方は機能しないし、まして妊娠出産も無理なんだよ」
 「わたしは妊娠も出産もできるの?」
 「当然だ」
 「信じられない・・・」
 生理が、月経があったときよりショックだった。
 「子どもを産める身体にしてどうするつもりだったの?」
 「最初は、不特定多数の男に犯させて、誰の子どもともしれない子どもを産ませるつもりだったんだが、その手段がなくなっていた」
 「八神が逮捕されてしまったからね」
 「そう言うことだ。で、仕方なくわたしの出番だ。わたしがおまえを身ごもらせることにした」
 「わたしの顔をこの香澄の顔じゃなくて、別の顔にすれば、計画通りにわたしを妊娠させられたのに、どうしてこの顔にしたのよ?」
 「確かのその通りだ。こうしてくどくど説明することもなかった」
 「じゃあ、どうして?」
 「おまえに移植した子宮、その子宮は香澄のものなんだよ」
 「ええっ!!」
 最大のショックだった。香澄の子宮がわたしの身体に移植されただなんて。
 「香澄の子宮を移植したから、顔も香澄に変えてもらった。そう言うことだ」
 「つまり、わたしは香澄なったってことなの?」
 「うーん、ある意味ではそうかな?」
 身長はわたしの方が10センチばかり高いし、胸は圧倒的にわたしの方がでかい。だから、完全な香澄のコピーとは言えない。
 「もしかして、わたしのことを愛してくれていたから、香澄の顔にしたの?」
 そんな問いに、穣は間髪を入れずに答えた。
 「馬鹿な。いくらおまえの姿が香澄になったからと言って、男のわたしが男のおまえを愛せると言うのか!」
 「本当にわたしを愛していないのね?」
 「ああ、おまえは復讐すべき相手であって、愛すべき人間ではない! ただ、わたしと香澄の遺伝子を持つこと度を産んでもらいたいだけだ」
 その言葉にわたしの目から涙がこぼれた。
 「男のくせに、わたしを愛していたというのか?」
 愛していたと叫びたかった。けれど、わたしが愛したのは、目の前にいるこの医者ではない。どもりで醜男の穣だ。
 わたしはベッドを飛び降り、裸足のまま駆けだした。
 「待て! どこへ行く!」
 答えずわたしは走る。穣が、いや犀川が追ってくる。わたしは階段を駆け上り、病院の屋上に出た。そうして建物の端まで走っていった。
 わたしは病院の屋上から飛び降りようとしていた。
 「香澄! 馬鹿なまねをするな!」
 犀川が手を差し伸べて歩み寄ってくる。
 「近寄らないで! わたしは香澄じゃない!」
 叫ぶわたしの髪を風がなびかせる。ワンピース型の病衣のスカート部分がまくれあがる。ショーツが見えるほどに。けれど、もうそんなことはどうでもいい。
 愛している人に二度も裏切られた。香澄と犀川だ。
 香澄は既婚なのに独身を装い、最後の最後にわたしから去っていった。本気で結婚を考えていたのに。
 犀川は、医者でありながらそれを隠し、わたしを愛しているかのように振る舞って、わたしを女に導いた。
 もう愛が信じられない。
 もう生きていられない。
 わたしはゆっくりと身体を後ろに倒していった。
 「止めろ! 香澄!」
 わたしの身体が宙に浮いた。
 まるで空を飛んでいるようだ。
 「×××、○○×××。○××」
 犀川が何か叫んでいた。
 (そんなこと、今更・・・)
 その言葉を疑いながら、わたしは落ちていった。



 わたしは大きな間違いを二度犯した。
 最初は妻・香澄に対してだ。
 仕事の忙しさを理由にひとりぼっちにしたことだ。もっと香澄のことを考えて優しくしていれば、前嶋と浮気するなんてことはなかったはずだ。
 それに、子どもがわたしの子どもではないことを知ったとき、香澄を追い詰めるようなことをすべきではなかった。
 もう一つは前嶋に対してだ。
 前嶋に悪意はなかった。前嶋の目を見ていてそれがわかった。あんなことをする前にそれを確かめるべきだった。
 それに、わたしは自身が医者であるという自尊心から、前嶋に対していくつか嘘をついた。もっと素直になれば良かった。どもりで知恵のない穣でいれば良かった。
 わたしは自身の犯した二つの間違いで、二度も愛するものを失ってしまった。わたしは馬鹿な男だ。救いようのない馬鹿だ。



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