第16章 ボクの夢


 市丸家、佐田家の親族が見守る中、三三九度の杯を交わす。手が震え、注がれた酒が零れそうになる。口に持っていくと杯が歯に当たってカチカチと鳴った。わずかな酒に顔がポット火照った。
 神前結婚式で指輪の交換などおかしいと思うけれど、手順に従って指輪を交換した。そして、婚姻届に署名。ミミズが這ったような文字とはこのことだ。自分の書いた文字とは思えない。
 結婚式が終わり、披露宴会場へと移動していく。文金高島田を結い、白無垢に真っ赤な裲襠を着た正美は輝くように美しい。まるで日本人形のようだと思う。
 正美が元は男だったことは招待客の大部分が知っているけれど、誰もがその目を疑うに違いない。正美は女以上に女なのだ。これほど美しい女性を妻にできて、本当にボクは幸せだと思う。
 披露宴会場の前で招待客を迎える。思っていた通り、正美を見た招待客は皆茫然と正美を見つめている。
 披露宴が始まった。仲人の退屈な挨拶にうんざりだ。祝辞も時間を考えろと言ってやりたい。
 ふたりで協力して、ご両親に孫の顔を見せてやってくれだと? こいつ、何を考えているんだ?
 恐らく、マニュアル通りに話しているだけなんだろう。席に戻って、隣にいる奥方に何か言われて青ざめている。
 ようやく乾杯となった。そして、新郎新婦による初めての共同作業と銘打ってのケーキカット。フラッシュが焚かれる。悔しいけれど、主役は正美だ。
 宴会が始まり、ホッとひと息だ。
 「正美、気分はどうだ?」
 「え? 最高よ」
 その笑顔に緊張が見えた。まあ、緊張しない方がおかしい。
 「秀樹、結婚おめでとう!」
 高校、大学の同級生たちがビール瓶を持ってやってきた。こいつらの魂胆はわかっている。酔い潰して、初夜を迎えさせなくするつもりだ。
 しかし大丈夫だ。テーブルの下に酒を捨てるバケツが用意されている。飲んだ振りをして半分以上は捨てて酔っぱらってしまうのを回避している。
 余興が始まった。誰も正美が男であったことには触れない。まあ、それは当然のことだろう。
 「新郎新婦、お色直しのため中座いたします」
 入り口で頭を下げ、控え室へ向かう。ボクは白のタキシード、正美は純白のウエディングドレスに着替えた。
 「綺麗だ。惚れ直したよ」
 自然にそんな言葉が出た。正美は恥ずかしげに俯いた。正美のウエディングドレス姿に、場内から歓声が上がり、溜息が漏れた。
 「お人形さんみたい」
 当たっていると思う。3年前までは仕事を終えると女をナンパしていたとはとても思えない。変われば変わるものだ。
 正美がこれほど変わりうることを見いだしたのは、このボクだ。正美本人は気づいていないはずだ。ボクが正美を女に誘導したことに。

 5年前、ボクは大学院にいてある研究をしていた。ある精神科のドクターから依頼されて、夢を映像化するというものだった。
 そのドクターは、フロイトの夢診断を取り入れていたのだけれど、患者さんがその夢のすべてを話すわけではないことに悩んでいたのだ。夢のすべてを思い出すわけではないし、患者さんというものは自分に都合がいいように話すものなのだからだという。
 患者さんが見た夢を映像化して客観的に見ることができれば、正確な診断、正確なアドバイス・治療ができるというわけだ。
 脳波という微弱な電流と曖昧な夢を照合していくのだから、気の遠くなるような話だ。宇宙人との会話を目指すようなものだ。
 それでも、何とかなりそうだと感じた始めた頃、そのドクターから打ち切りの宣告を受けた。
 「せっかく頑張ってくれたのに、もはや予算が出ないんだよ」
 「予算がなくても何とかなると思いますけど」
 「いや、それがね。ボクは来月からドイツの留学することになってね。この研究は向こうで続けることになったんだ。すまないね」
 どうやら、ボクの能力が疑われたようだった。つまり、このまま研究を続けさせても完成できないと考えられたらしい。
 丁度その頃、父から研究は止めて、会社経営を勉強しろとの命令が下っていた。だから、研究室を辞め、父の経営する会社で働くことになった。
 (けど悔しいな。ボクの手で完成させて、あっと言わせてやりたい)
 基礎データは揃っていた。問題はコンピューターだ。そこで、会社に戻ることを条件に高性能コンピューターを父に買わせ、マンションに設置して仕事の合間に研究を続けた。

 そして苦節1年半、ついにボクは夢の映像化に成功したのだ。自分自身で実験してみたけれど、朝目覚めて夢など見た覚えはないのに、夢が映像として記憶されており、それを見ると夢を思い出すのだった。
 夢を映像化するマシンができたことを例のドクターに連絡したのだけれど、何と彼はアウトバーンで事故死していたのだった。
 どのような手だてでマシンのことを発表しようかと思い悩んでいたある日のこと、父から呼び出しを受けた。
 「経理課にいる佐田正美という男を知ってるか?」
 「佐田正美? あ、いや。知りません。彼がどうかしましたか?」
 「沢口晶という女性から会社に苦情が来てね」
 「どう言う苦情ですか?」
 「酒を飲まされて強姦されたと言うんだよ」
 「佐田にですか?」
 「そうだよ」
 「で? どうしろと言うんですか? 首にしろとでも?」
 警察に告訴しないで会社に訴えてきたところを見ると、そうとしか思えない。
 「そうしたいのは山々だが、こと仕事に関しては彼は有能でな。首にするには勿体ないわけだよ」
 「では、どうしたら?」
 「彼女が言うには、酒に強いことで飲み過ぎた自分も悪い。だけど、佐田にも反省はさせて欲しいと言うんだよ」
 「反省・・をですか?」
 「そうだよ」
 「どうやって?」
 「そこのところはこちらに任せると言うんだよ」
 「難しいですね」
 「女装させて、男に犯させると言ったところかな?」
 「そんな犯罪的なことはいくら何でも」
 「・・そうなんだよ。で、まあ、おまえにその件を任せるから、何とかしてくれ」
 そんな面倒なことを押しつけてと思ったけれど、黙って引き受けた。
 (佐田正美とはどんな男なんだろう?)
 こっそり経理課を覗いた見た。
 (あいつが佐田正美なのか・・・)
 25だと聞いているのに、まだ少年のようだ。女装させて男に犯させるという父のフレーズが浮かび、佐田を女装させた姿を想像してみた。股間がズキッとなるのを覚えた。
 ボクは佐田の顔写真をこっそりと撮り、レタッチソフトでヘヤースタイルをセミロングにして化粧を施してみた。
 再び勃起した。できあがった姿は、ボクの理想とする女性のものだったのだ。ボクの心の中にひとつのアイデアが浮かんだ。佐田を女性に誘導してボクの手に入れるというアイデアだ。
 理由はふたつ。ひとつは、佐田を女性にすることによって、女性に害をなす存在を消すことができると言うこと。そうすれば、沢口晶の心も収まるだろうと考えたのだ。
 もうひとつは、ボクに原因がある。ボクは男性不妊症で、子どもを作ることができないのだ。もちろんいろいろと手はあるのはわかっている。けれど、そうしたとき、相手の女性への負担が大きいと考えているのだ。だからずっと結婚を躊躇っていた。最初から子どもを産めないことがわかっていれば、問題はないのだ。
 (佐田はボクの理想の女性になる。そしてボクと結婚するのだ)
 ボクは早速行動を開始した。

 姿は女っぽくても、思考も行動形式も男そのものの佐田をどうやって女に改造するか? 女装を強要したところで頭の中が女になるわけがない。逆に、頭の中を女にしてしまえば、自然に女装へ向かうことは予想できる。
 どうするか? もちろんボクの発明した夢を映像化するマシンを使うのだ。眠りについたときに、映像を見ながら暗示を与えるのだ。暗示に掛からない場合もあるけれど、上手く行けば、こちらの思い通りに夢を操ることができるのだ。
 佐田の場合、奥野経由でベッドの試作品のモニターを引き受けさせた。このベッドには、夢を映像化するマシンを組み込んでいた。
 もちろんすぐに動作させることはしないで、数日が経過してから、目が覚めたら女性用の下着を身に着けていたという暗示を眠り込んだ佐田に掛けた。
 (どうするかな?)
 興味津々で送られてくる佐田の夢をモニターで見ていた。他人の夢を覗き見るというのは面白い。思ってもみない行動をするからだ。
 ただ女性用の下着を身に着けていたという暗示で、女として生まれた世界・パラレルワールドにいる自分と入れ替わったと考えるなどとは思わなかった。佐田はなかなか想像力が豊かだ。
 入れ替わったことを隠そうと一生懸命になっている佐田を見ているのは楽しい。
 (ボクを恋人にしてみようか?)
 悪戯心を出して、そんな設定を行ってみた。ボクが社長の隠し子だと言うことを佐田が知っているとは思ってもみなかった。パラレルワールドの中にいる女の自分のために奮闘する姿はなかなか微笑ましかった。
 その一環として、性転換薬を持ち出してきて、しかも、薬の効果を現すためにアナルセックスするというアイデアは、常人では考えつかないだろう。
 佐田は、女になってボクと結婚し幸せな人生を送るというストーリーを進めていく。
 (目が覚めて女になっていたという設定だったら、どんな夢を見るのかな?)
 早速試してみた。
 (泣くか。すっかり女になったみたいだな)
 可哀想な気もするけれど、これは夢なのだ。
 (おい、おい。女になったらやりたいことって、そんなことかい?)
 しかし、考えてみれば、ボクだって女になったら、同じようなことを考えるなと思い直した。
 女になったことを公表したまでは理解できるけれど、グラビア撮影とは恐れ入った。佐田はかなり自惚れ屋のようだ。そんな佐田が可愛いと思った。あばたもえくぼと言ったところかと思う。
 夢の中にボクを登場させる。すぐに乗ってきた。玉の輿を狙ってのことだろう。女になっているのだからまあ当然のことなのだが、これが男のままだったら、どうだろうかと考える。現実世界で、性転換して妻になってくれと言ったら、応じるだろうかという問題だ。夢の中の佐田だったら、応じてくれそうな気がするのだ。
 どうなるか期待しながら、夢から覚めた佐田をアパートの中に仕掛けた隠しカメラで観察していた。

 夢から覚めた佐田は、元の佐田に戻った印象で、ボクは少なからずガッカリした。ボクの目論見は完全に潰えたと考えた。
 実家で何があったか、そこはまったくわからなかったけれど、実家から戻ってきた佐田がネットで何やら注文していた。
 注文したものが女装に関するものだと知り、ボクは思わず手を打った。ボクの思い通りになりそうだと予感したからだ。
 佐田の女装した姿は、レタッチソフトで見たものより、夢を映像化した中で見たより、遥かに美しかった。もちろん、ボクの目から見た印象であって、他人が見たらそうは思わないかもしれないけれど、ともかくボクの胸は高鳴っていた。
 しばらく様子を見ていてもよかったけれど、いてもたってもいられなくなり、佐田は女装で外出したとき、後をつけていった。
 ボクの存在に気づいた佐田は、そそくさと夜の道を戻っていった。
 (時間を空けると、女装しなくなるかも)
 そう感じたボクは、すぐさま行動に出た。デートしてくれとのメモを渡したのだ。もし誘いに乗ってこなければ、女装していることをばらすとか言って無理矢理にと考えていた。
 だから女装した佐田の姿を認めたとき、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、もはや佐田はボクの手に入ったと感じた。
 目の当たりにする佐田に、ボクは劣情を抑えきれなかった。そのボクの劣情に佐田は応えてくれた。初めからそのつもりだったのだ。佐田がボクのものになったと確信した。

 カミングアウトするのに、かなりの決断がいると思ったけれど、佐田はいとも簡単にやってのけた。恐らく夢の中での経験が功を奏したのであろう。
 ただ、奇異の目で見られ、蔑まれるのに耐えるのは相当の精神力が必要であろう。それに耐え得たのは、本来佐田は真面目な男だからだと思う。
 夢の中に出てきた性転換薬があれば楽だったろうけれど、現実問題として性別を変えようとするのは大変な作業だ。
 ボクにはこぼさなかったけれど、女性ホルモンの副作用もかなりあったようだ。
 「苦しみが酷ければ酷いほど、それを乗り越えたときの喜びが大きいわ」
 佐田はそう言うのだ。まったく尊敬に値する。苦しみの一番は性転換手術だろう。手術が終わったあと、痛いだろうにこれで女になれたと笑みを浮かべる佐田のことが本当に愛おしく思えた。

 佐田の戸籍が女性に変わったところで、父に佐田と結婚する旨を告げた。当然のように父は佐田との結婚に反対した。
 「ボクは普通の女性と結婚しても子どもはできない身体なんだ。だから、何も問題はないだろう?」
 そんなボクの言葉に立ちはだかるのは世間体という壁だ。
 「父さんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ」
 それでも父はがんとして受け入れなかった。
 「だったら、父さんと縁を切って、ふたりで暮らすから」
 それでも駄目だったけれど、佐田とふたりで式の準備を始めていると、式の直前になって父が折れてきた。
 そう言うわけで、ふたりだけで質素にするはずだった結婚式が大掛かりなものになってしまったのだ。

 二次会が終わり、初夜を迎える。少し冷たいシャワーを浴びてアルコールの火照りを取ってベッドルームに行くと、少し顔を紅潮させた佐田がベッドの上で待っていた。真っ白なネグリジェの胸元に覗くふたつの膨らみが艶めかしい。バスタオルを投げ捨てて佐田に抱きついた。
 佐田はボクを抱きしめて唇を合わせてきた。もはや男の匂いはまったくなく、女の匂いがボクの鼻腔をくすぐる。
 キスしながらネグリジェの上から乳房を揉む。いわゆるホルモンおっぱいだから本物と同じだ。感じているのか、舌の動きが微妙に変化した。
 ネグリジェの裾から手を入れて身体を撫でる。女らしいすべすべで柔らかい身体だ。直接乳首に触れると身体をぴくっと震わせた。
 ネグリジェの中に頭をつっこみ、その乳首を舐めた。佐田がアンと小さく声を上げ、堅く勃起した。
 舐めながら、佐田の足の間をショーツの上から撫でる。手術後初めて触るそこは、何もなくつるんとしている。
 (なくなってしまったんだ)
 一種の感慨が浮かんだ。ショーツの下に手を入れると、佐田は両足を少し閉めた。人差し指だけを狭い隙間に滑り込ませていく。小さな隆起が触れ、その先に湿った襞が続いていた。
 (少しは濡れるって言ってたけど、結構濡れてるじゃないか)
 指がへこみに吸い込まれた。同時にヌメリが増した。
 (あれ? こんなに濡れるか?)
 さすがにおかしいと感じた。
 (そうか、ボクがシャワーを浴びている間にジェリーを仕込んだだな)
 指を戻して、小さな隆起を転がす。佐田はううんと呻き、腰を動かした。ボクはゆっくりとずり下がっていき、佐田の履いていたショーツを脱がしていった。
 両足の間に入り、両手で抱えてその部分に舌を這わせた。舐める感触は本物と変わらない。イヤ、本物だ。
 しばらく舐めていると、漏れ出てくるジェリーの味が変わった。少し塩っぱくなった。
 (ホントに濡れてきたのか?)
 ボクは這い上がり、佐田の顔を見た。
 「正美、行くよ」
 佐田は小さく頷いて、両足をボクの身体に絡めてきた。ボクは佐田の新たな器官の入り口に堅く勃起したペニスを宛がった。そしてゆっくりと押し込んでいった。
 痛いのか佐田は顔を少し顰めた。ボクはそんなことはお構いなしに突き進んでいく。ボクの全長が収まり、最深部に突き当たる感触がした。佐田の腟の深さはボクのペニスの長さに合わせてある。ちょうど剣と鞘の関係だ。
 「入ったのね」
 「入ったよ。動かすよ」
 返事を待たずにボクは腰を前後させた。苦痛に顔を歪める佐田。その表情もいいと感じた。ボクはきっとサディストに違いない。
 けれどやがてその苦痛表情は消えていき、アン、アンと声を上げ始めた。感じ始めたのだ。
 グジュグジュと音がし始めた。夢を映像化したときに聞いたと同じ音だ。佐田の指が背中に食い込み、ボクに巻き付けた佐田の足がボクに強く絡みついてきた。
 ボクは懸命に腰を動かした。
 (ああ、ついに佐田を手に入れたぞ。理想の女を、理想の妻を)
 極限に達したボクのペニスからボクの思いが吐き出される。
 「愛してるよ。正美!」
 佐田に唇を重ねていった。

 佐田が上目遣いにボクを見た。
 「何かおっしゃいましたか?」
 「あ、イヤ。何でもない」
 妄想が一瞬にして消えた。佐田は、視線を書類に戻し、キーボードに打ち込んだ。
 「交通費の方は往復でお願いします。それから、スイートにでも泊まるんですか? 宿泊費が高すぎます。書き直して再提出してください」
 佐田はボクが社長の息子だと知っているはずだ。大目に見てくれてもいいのにと思ったけれど、わかったと答えて書類を受け取った。
 (けど、可愛いなあ)
 佐田の顔をじっと見えていると、再び佐田が顔を上げた。
 「まだ何か?」
 「あ、いや。じゃあ、またあとで」
 書類を手にして経理課を離れた。

 男のボクが男の佐田を好きだなんて大っぴらには言えない。だから、妄想の中で遊んでいるのだ。いつか妄想が現実になるのではないかと期待しながら。
 この時のボクは、佐田が女になるプロセスの途中にいることなど、まったく知らなかった。そして、妄想通りにボクの妻になることも。




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