第15章 女へ一直線


 身体を後ろに回して市丸とキスする。そうこうしているうちにボクの中で市丸が復活してくるのがわかった。
 「もうやれそうね?」
 「正美が魅力的だから」
 そう言い、腰を動かし始めた。それほど硬くはなっていないけれど、ボクに充分な快感を与えてくれる。
 「正美の顔を見ながらしたい。体位を変えよう」
 市丸がボクの中から抜けようとした。けれど、ギュウと締め付けてなかなか抜けない。それでもしばらくすると、スポンと音がして抜け出た。急に空虚さを覚えた。
 すぐに仰向けになり、両足を市丸の肩に掛ける。再び満たされた。突かれる。目の前に市丸の笑顔が見えた。凄く幸せだと感じた。

 その日はホテルに泊まり、起き抜けのもう一度愛された。まだ痛いけれど、快感の方が勝っていてボクは満足した。
 「あれ? 女装するの?」
 シャワーを浴びてブレストフォームを着け直していると、市丸が不思議そうに尋ねた。
 「ええ。女になるって決めたから、今日からはずっと女装するつもりよ」
 「あ、でも。いいのかな?」
 「いつかはカミングアウトしなければ行けないでしょう? どうせそうするのなら、早い方がいいと思うわ」
 「それはそうだね。でも、大丈夫かな?」
 「社長は、こんなことで社員を首にするような人じゃないわ。そうでしょう?」
 「ま、まあね」
 市丸は視線を泳がせた。下着を身に着け、昨日は穿いていなかったガードルを穿く。ワンピースを着て、入念に化粧を施し、ウイッグを調節してハンドバッグを持った。
 「こっちのスーツが入ったバッグ、持って帰ってくれないかしら?」
 「いいよ」
 「じゃあ、会社で」
 「もちろん、今は他人の振りだよ」
 ボクはニッコリと微笑んで市丸に軽くキスするとホテルを出た。

 会社の連中に馬鹿にされるんじゃないかとか、軽蔑されるんじゃないかとか、そんな気持ちはまったくなかった。胸を張って会社に向かった。
 例によって入り口で守衛に止められた。
 「佐田正美です。今日から、この姿で出勤しますから、よろしく」
 男のボクが写った社員証を見せて、呆気にとられている守衛の横を通り過ぎてエレベーターに乗った。
 社長室の前で社長がやってくるのを待った。10分ほどして社長がエレベーターから降りてきた。
 「おはようございます、社長」
 「おう、おはよう。キミ、見覚えがないが、誰だったかな?」
 「経理の佐田です。佐田正美です」
 「経理の佐田? はて?」
 社長は首を傾げながら考えている。
 「経理の佐田は、男性だったはずだが?」
 「はい。その通りです」
 「しかし、キミは・・・」
 ボクの姿を上から下までジロジロと見つめた。
 「今日からこの姿で仕事をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
 「な、なに? そうすると、男なのに、女の格好をして働くというのか?」
 「はい。いけませんか?」
 「ちょっと待ってくれ。そんな前例はないぞ」
 困惑を露わにして言った。
 「社長は以前から仕事さえきちんとやれば、男女を厭わずとおっしゃってました。仕事をきちんとすれば、女装しようと構わないと思うのですが、いかがでしょうか?」
 「あ、ああ。それはそうなんだが・・・」
 「性同一性障害という病気はご存じですよね?」
 「キミがそうだというのかね?」
 違うけれどボクはハイと答えた。
 「障害者であることを理由に首にするのは違法だとお考えになりませんか?」
 「あ、まあ、そうだが・・・」
 「誰にも迷惑は掛けません。仕事はきっちりとさせていただきます。ですから、女装して働くことをお許し下さい」
 「ううむ」
 社長は腕組みをして考える。そうしてから、いいだろうとボクに告げた。
 「そう言っていただけると思っていました。では、頑張りますので、今後ともよろしくお願い致しします。あ、それから、課長にこのことを連絡していただけると嬉しいのですが?」
 「わかった」
 社長の返事を聞くとすぐにエレベーターで経理課に下りていった。

 部屋に入ると、すでに出社していた社員たちが一斉にボクを見た。ハンドバッグを机の上に置き、コンピューターのスイッチを入れ、丁度出社してきた課長の元に歩み寄っていった。
 「課長、おはようございます」
 課長は不思議そうな顔でボクを見た。
 「キミは?」
 尋ねたところでデスクの電話が鳴った。ちょっと待ってとボクを制止し、受話器を取った。
 「もしもし、早瀬ですが。あ、社長。いかが致しました? は? 佐田正美? 女装しているですって?」
 課長は視線をあげてボクを見た。ボクはニコリと微笑む。
 「あああ。目の前におりますが。女装したまま働いて貰うんですか? よろしいんですか? は、はあ。わかりました。フロアの皆に伝えます」
 受話器を降ろして課長はボクをまじまじと見た。
 「本当に佐田なのか?」
 「はい」
 ボクは笑顔で答えた。参ったと言いながら、課長は始業時間直前となってデスクに付いているみんなに集まってくれと声を掛けた。
 「社長からたった今入った伝達事項を伝える。経理係の佐田正美が性同一性障害のため、本日より女装して勤務することになった。今後は佐田正美を女性として扱うようにとのことだ。以上!」
 フロアからエエッと大きな声が上がり、一斉に視線がボクに集中した。
 「今まで通り一生懸命働かせていただきます。よろしくお願いいたします」
 驚きを露わにするもの、顔を顰めるもの、侮蔑の表情を浮かべるもの、様々だ。けれど、通らなければならない道なのだとボクは、みんなに笑顔を向けておいた。

 しばらくしてボクのデスクの前に人影が立った。見上げると大竹だった。
 「佐田。何の冗談だ?」
 「何がですか?」
 「おまえが性同一性障害だって?」
 「そうよ」
 「そんなの、信じられるか」
 「別に信じて貰わなくてもいいわ」
 「俺とナンパしまくっていたのは何だったんだ?」
 それについては答えを考えていた。
 「女になりたいって気持ちを抑えつけるためよ。それももう限界になったの。聞かなかった? この前ナンパした子から」
 「・・・そうか。そう言うことだったのか」
 大竹は聞いていたようだ。途中で萎えてしまったことを。男としては恥ずかしいことだけど、性同一性障害を訴えるためには格好の材料になった。
 参ったなと呟きながら大竹はボクのそばから去っていった。

 トイレのために席を立った。社長室のあるフロアに上がる。課長の説明のあと女子従業員からクレームが出て、同じフロアの女子トイレが使えなかったからだ。
 (不便だな)
 思いながらガードル、パンスト、ショーツを降ろして小便をすませた。もちろん座ってしたし、終わったあとはペーパーで拭くことも忘れない。

 仕事を終え会社を出ると真っ直ぐに駅に向かい、電車に乗ってさる婦人科を訪れた。女性ホルモンを注射して貰うためだ。昼休みにネットカフェで検索して、その婦人科で打ってくれることを確かめていた。
 「佐田正美さん、診察室へどうぞ」
 診察室に入ると、医者が訝しげな表情を向けてきた。
 「問診票に何も書いていないけど、どこが悪いの?」
 「女性ホルモンを打っていただきたいんですけど」
 「女性ホルモンを? 生理不順かな?」
 「あ、いえ。生理はないんです」
 「と言うと、月経欠落症かな?」
 「先生、わたしの性別、先生のお考えのものとは違うんです」
 「はあ?」
 医者はボクの顔をじっと見た。
 「喉仏・・。男性なの?」
 「はい」
 医者は驚いた顔をした。
 「女性になりたいんだね?」
 ボクはハイと返事をした。
 「性同一性障害の診断は?」
 「まだですけど、間違いないと思っています」
 ボクは自信たっぷりに答えた。医者ないくつかの質問をボクにしてから、女性ホルモンを注射することに同意し、女性ホルモンの副作用、効果・効能を詳しく説明してくれた。
 採血のあと、女性ホルモンの注射をして貰ってその婦人科を出た。
 「待った?」
 「イヤ、たった今来たところ」
 病院の窓から市丸がかなり前にやってきて待っていたのを見ていたけれど、ボクは何も言わずに助手席に乗り込み、市丸の頬にキスした。
 「注射、どうだった?」
 「どうってこと、ないわ。ただの注射よ」
 「そう。どこに行く?」
 「秀樹さんが連れて行ってくれるところならどこでも」
 そう答えるとちょっと考えてから車を発進させた。

 和洋折衷のレストランでディナーを食べてから、モーテルへ。今日も痛かったけれど、それに勝る快感を得た。
 「泊まっていこうよ」
 市丸がボクにキスしながら言う。
 「服を着替えないと。女は同じ服で出勤できないわ」
 そう答えると、仕方がないなと言い、アパートに送ってくれた。

 階段を上がっていくと、部屋の前に人影があった。ボクの両親だった。
 「正美、やっぱりそうなのか?」
 ボクの姿を見て、父が茫然自失と言った様子で漏らした。
 「週末に帰って説明しようと思っていたのに、誰から聞いたの?」
 鍵を開けながら問うと、会社から連絡が入ったと答えた。
 (会社から? 誰だろう? 大竹だろうな)
 「入って。散らかってるけど」
 そう言って案内したけれど、時々掃除に来ている母は、部屋の片づき具合にびっくりしている。
 「いつからそんな格好をしているんだ!」
 気を取り直したのか、父が強い口調で尋ねた。
 「いつからって、先週の金曜日からよ」
 「どうしてだ? どうしてそんなことを?」
 「聞いたんじゃないの? 会社の人に」
 「あ、イヤ。詳しくは聞いていない」
 聞いていてもボクの口から聞きたいんだろうと感じた。
 「わたし、性同一性障害なの。女に生まれるはずだったのに、男に生まれてきたのよ」
 そんな様子はなかったわと母が言う。
 「隠していたからね」
 「男のままでいてくれないか?」
 父が嘆願した。涙すら浮かべている。
 「ずっとそうしようと思ってた。けど、もう我慢できなくなったの。だから、お父さん、許して」
 ボクは床の上に両手を突いて頭を下げた。
 「もし許してくれなかったら、わたし、死ぬわ」
 心にもない嘘だ。死ぬなんてボクにはとてもできない。
 「おとうさん、どうするの?」
 「会社にもカミングアウトとしていることだし、この様子だと後戻りはできそうもないな」
 「じゃあ、許すの?」
 「そうする以外にないだろう。この子の人生だ。わたしたちがとやかく言う問題じゃない。そうだろう?」
 母は項垂れてボクを見た。
 「わたしが悪かったのかしら?」
 「お母さんのせいじゃないわ。神様が間違ったのよ。お母さんのせいじゃない」
 そう告げると、母は安心したようにボクを抱いた。

 両親が帰ったあと、鍵を閉めてバスルームに行った。全裸になり鏡に全身を映す。
 (髪の毛を伸ばす。ネットの情報に寄れば、ボクの場合、女性ホルモンで恐らくCカップにはなるだろう。5キロほどダイエットしてウエストを絞る。そうすれば、もっともっと女らしくなる)
 イメージを思い描き、それに向かって努力する。それがボクの信条だ。

 同じ服を着て会社には行けないと言ったけれど、今のボクは3着しか持っていない。迷ったけれど、キャミソールにミニスカートで出かけた。
 ボクを見て会社の連中は軽蔑した表情を浮かべたけれど、無視してデスクに座った。
 「佐田君、ちょっと」
 課長が手招きするので行ってみると、制服に着替えてこいと命じた。共に呼ばれた奥野が案内したのは、資料室だった。その片隅にロッカーが置かれていた。
 「中に制服が入ってるわ。サイズはMでよかったと思うけど」
 事務的に言って部屋に戻っていった。ロッカーを開くと、女子事務員用の制服が入っていた。
 大急ぎで着替えてデスクに戻り、仕事を開始した。
 (制服があるのは助かるけど、通勤にはもっと着るものが必要だな)
 考えながら帰宅する途中、街ゆく女の子たちを見ていると、ジーンズにキャミソールという格好でもいいことに気づいた。
 (男のものでもいいのかな?)
 本物の女の子なら、男物のジーンズを穿いてもおかしくはなさそうだけど、ボクの場合はパスできそうもない。
 市丸の誘いもなかったのでまっすぐアパートに戻ると、しばらくしてチャイムが鳴った。ドアを開いてみると、好美が立っていた。
 「へえ、結構様になってるじゃない?」
 ボクを見てからそう言い、手にしていた大きな袋を差し出した。
 「わたしとお母さんからの贈り物よ」
 開いてみると、スカートやブラウス、キャミソール、ワンピ-スなどが入っていた。
 「お古だけど、あんまり着ていないから」
 「ありがとう。助かるわ」
 「へええ。声だって女の子みたい。知らなかったら、完璧に女の子ね」
 「気持ち悪くない?」
 「男のお兄ちゃんよりいいわ」
 なんだってとボクは男声で噛みついた。
 「お兄ちゃんは、女の子の方がいいって言う意味よ」
 なんかおかしいなと思ったけれど、納得していた。

 好美が帰ったあと、貰った服を一枚一枚着てみた。母のものはいただけないけれど、好美のものはかなり似合ってると感じた。
 母のものは普段着にし、好美のものを通勤着として使った。

 ひと月もたつと、会社の中ではボクのことを噂するものはほとんどいなくなった。初めから女性として入社したかのように扱われるようになった。
 毎週水曜日に婦人科を受診して女性ホルモンの注射をして貰い、週に2、3回、市丸に抱かれた。
 パラレルワールドの中のように、30日では女にならなかったけれど、胸が徐々に膨らんでいき、女性化が進んでいった。睾丸は小さくなりペニスも萎縮したけれど、消えてなくなることはなかった。

 2年がたった。髪の長さは肩を越え、胸は予想通りCカップとなり、男性器以外の部分は完全に女性化していた。
 ふたりの精神科医が署名した性同一性障害の証明を持ち、性転換手術を受けた。ボクが男であることを唯一主張していた男性器がボクの身体から消え去り、ボクは女になった。



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