第14章 カミングアウトして


 アパートに戻ると、早速ネット通販で女性用の下着や衣服、化粧品などを注文した。正美なんて、女みたいな名前はイヤでイヤで堪らなかったけれど、こんな時は便利だ。
 (ウイッグとブレストフォームも必要だな)
 ネット上には結構安くていいものがある。注文を終えると早く届かないかなと胸がわくわくした。
 大竹の誘いにも興味がなくなっていた。女を抱きたい欲求がまったくなくなっていて、・・男に抱かれたいと思う気持ちがわいていたのだ。しかも、それがおかしいとボクは思わなくなっていた。
 あの夢を見るまでは、女装しようとか、男に抱かれようとか思ったことなどまったくなかった。そりゃもちろん、ボクは女顔で華奢だから女装が似合いそうだと言われたことはある。けれど、そんな時はそう言った相手をぶん殴るか無視していた。
 (どうしてこうなっちゃったんだろう? 不思議だな)
 夢はボクの潜在的な欲求なのかもしれない。

 金曜日、仕事を終えると真っ直ぐにアパートに戻った。6時から8時の間に荷物が届く手はずになっていた。
 バス停そばにあるほか弁で買ってきた弁当を食べながら待っていると、6時20分頃チャイムが鳴った。
 「佐田正美さんにお届け物です」
 「あ、そう。また買い込みやがって」
 買ったのはボクじゃないと思わせるようにブツブツ言い、印鑑を渡して荷物を受け取った。
 配達員が姿を消すと、すぐに鍵を掛けてカーテンを確かめる。弁当はそこそこに届いた荷物を開いた。
 (おっ! 値段の割に品物はいいぞ)
 床の上にひとつひとつ広げていく。
 (今日はこれとこれにしよう)
 選んだもの以外は箱の中に詰め直し、選んだ服をベッドルームに持ち込んで着ていたものを脱いで裸になった。
 弁当を食べる前にむだ毛の処理をして置いたので、身体はすべすべだ。まずはブレストフォームの裏側に接着剤を塗りつけて胸に貼り付けた。
 5分ほど押さえておいてからブラジャーをする。
 (うん、この感触、この重さ。堪らないね)
 初めてなのに、初めてじゃない。夢の感覚が、経験した感覚になっていた。ショーツを穿き、パンストを履いた。
 (やべえ。勃っちゃったよ。やはりガードルがいるな)
 ガードルも一応買っておいた。箱の中に戻しておいたガードルを取り出して穿いた。膨らみは目立たなくなった。
 キャミソールを着て、スカートを穿く。スカートはもちろんミニ丈のものだ。
 (いいね、いいね。次は化粧だ)
 この日のために買っておいた少し大きめの鏡をテーブルの上に立て、化粧を始めた。実家で化粧したときは、好美のものだし、減っているのがばれると不味いのであまり充分使えなかった。今日はたっぷりと使って化粧を施していった。
 ウイッグを被ると、女の正美が鏡の向こうからボクに向かって微笑んだ。
 (久しぶり、正美ちゃん)
 普段していないピアスをして、ネックレス、指輪を填めた。これらのアイテムは買ったものではない。この部屋に来た女たちが忘れていったものだ。
 立ち上がって、部屋の中をウロウロする。
 (女の子らしく振る舞えているな。あれはホントに夢だったのかな? もしかしたら、やっぱりパラレルワールドだったんじゃないのかな?)
 これだけ女の子らしい振る舞いができるのは、そう考えた方がいいのかもしれない。

 30分ほどして、狭い部屋の中をウロウロするのに飽きてきた。
 (ばれないと思うけどな)
 鏡を覗き見てそう思った。しばらく迷ったけれど、ボクは外出を決断した。外出のためのアイテムもすでに用意してあった。バッグや財布、シューズなどだ。
 部屋を出る前に指輪を左の薬指に填め直しておいた。いくら自信があっても、まだ女声が上手く出せない。男に声を掛けられると困るからだ。イタリアならともかく、日本では既婚者に声を掛けてくる男はそうそういない。

 部屋を出るときだけが問題だ。ただ、ボクは結構女を部屋に連れ込んでいる。だから、まさかボクが女装しているなどとは思われないだろう。それでも、隣の部屋の様子を窺ってから外に出た。
 階段を下りて無事通りに出た。誰もボクのことなど気にも留めない。誰も振り返って見てくれないことがむしろ不満だ。
 スーパーに着いた。籠を手にして売り場を回った。野菜や肉類を買い、食パンにマーガリン、ジャムなどを買った。日曜日の夕方まで部屋に籠もるために必要な食料品だ。
 レジも無事通り過ぎ、持ってきたマイバッグに買ったものを詰めてアパートに戻った。
 (振り返った男はふたりだけだったな。薬指の指輪を強調しすぎたかな?)
 今度は指輪は外していこうかなと考えていた。

 買ってきたものを冷蔵庫などに収めたら、もうすることがない。
 (何をするかな?)
 時刻は午後8時前だ。今までならば、馴染みのスナックへ行って、2時間ほど過ごすところだけれど、女声が出せないからそう言うわけにも行かない。
 (女声を出す練習しかないかな? そうだ)
 箱に戻した服を取り出して、身に着けてみることにした。レギンス付きチュニック、なかなかいい。ワンピースも想像通りだ。膝上丈のスカートは、白を買ったのが間違いだった。下着が透けて見えるのだ。
 (レギンスを下に着ればいいか)
 その少し透けて見えるスカートを穿いたまま、女声を出す練習をした。大声を出して隣の部屋の住人に聞かれると不味いから慎重にやる必要がある。けれど、声が小さいと練習にならない。テレビをつけて誤魔化しながら練習を続けた。
 午後11時半、化粧を落としてお肌の手入れをしてからネグリジェに着替えてベッドに潜った。
 (独り寝は寂しいな)
 そう思いながら眠りに落ちた。

 土曜日、いつもはゆっくり眠っているけれど、午前6時には起き出して着替え、掃除洗濯を熟した。
 チュニックはかなり心許ないけれど、レギンスを穿いているからそれほどでもない。
 (朝食を作ったのは何年ぶりだろう?)
 実家を離れてアパート住まいを始めてほんの数日だけ自炊したけれど、それ以来だ。飯を炊き味噌汁を作った。そして目玉焼きに塩鮭。
 (上手くできちゃった。美味しい)
 自画自賛とはこのことだろうけれど、ホントに美味しくできた。

 土曜日はパチンコに行くことが多いのだけれど、化粧を終えてからテレビをつけて女声の出し方の練習をした。
 昼はスパゲティーを作って食べた。ケチャップを入れすぎて酸っぱかった。片付けを終えると、再び女声の出し方の練習だ。
 夕方には、録音して再生してみたボクの声は女の子が発した声に聞こえるようになっていた。
 (声が出せれば、外出も可能だな)
 ワンピースに着替え、少し暗くなり始めた街に出た。
 (何を食べようかな?)
 男なら、ぶらりと居酒屋にも入られる。けれど、女の子を演じているから、そうも行かないと思う。
 考えた末、駅前にあるレストランに入ってポークソテーを頼んで食べた。
 (このソース、美味しいな。どうやって作ってるんだろうか?)
 男だったら絶対に考えないようなことを考えていた。
 (さて、腹ごしらえもすんだし、どうしようかな?)
 ブラブラしてから、午後8時頃カクテルハウスに入った。お客はまだ多くないけれど、女性のグループがいたりして安心だ。
 「ご注文は?」
 顎髭のマスターが尋ねてきた。
 「ソルティードッグを」
 マスターはにこっと笑みを浮かべて頷き、作り始めた。

 カクテルを2杯飲み終わったとき、誰かの視線を感じた。その方向を見てボクは慌てて目を伏せた。市丸がいたのだ。
 「お代わりはいかがですか?」
 「あ、いえ。もう結構です。お勘定を」
 大急ぎで勘定を済ませてカクテルハウスを出た。市丸が追ってくる様子はない。ホッとしながらアパートに戻った。

 日曜日、女装はしたけれど、外出はしなかった。顔見知りに会うのが恐くなったのだ。

 月曜日、いつものように出勤した。少し違っていたのは、ショーツを穿いていたことだ。ブレストフォームを着けずにブラジャーをしていこうかとも思ったけれど、透けて見えると不味いので止めていた。
 午後4時過ぎ、市丸が請求書を持ってやってきた。
 「そこに置いておいて」
 ボクは目を上げずに言い、パソコンへの入力を続けた。
 「急ぐんだけどな」
 ボクは小さく舌打ちをして、二つ折りにされていた請求書を手に取った。開いてみると、メモ書きが入っていた。
 『午後8時、土曜日にキミがいたカクテルハウスで待っている』
 ギョッとして市丸を見上げた。市丸は、笑みをボクに向けてデスクを去っていった。
 (見破られていた。参ったな)
 もう一度メモ書きを確かめてから握りつぶしてズボンのポケットに収めておいた。

 午後8時、カクテルハウスに行くと市丸が一番奥の止まり木に座ってビールを飲んでいた。ボクの姿を見ると顔を顰めた。いつものスーツを着ていたからだろう。
 「マスター! コップを」
 マスターがボクにコップを差し出すと、市丸がビールを注いでから言った。
 「彼女に会いたいんだけど、手配してくれるかな?」
 「彼女のどこがいいんだ?」
 「どこがって、すべてがだよ。ボクの理想とするタイプなんだ」
 ボクの顔を見つめながら言う。
 「すべてわかっていてそんなことを言ってるのか?」
 市丸は頷いた。
 「準備に少し時間が掛かるけど」
 ボクがそう言うと、市丸はポケットから鍵を取り出してボクに握らせた。
 「この店の裏にあるホテルだ。準備ができたら、電話をくれ」
 鍵と共に渡された紙切れに携帯の電話番号が書かれていた。ボクは市丸の顔を見つめ、そうしてから足下に置いたバッグを持って店を出た。バッグの中には女装用具一式が入っている。いったんアパートに戻って用意してきたのだ。

 そのホテルはフロントを通らなくてもエレベーターに乗れるようになっていた。要するに、そう言う目的で使われているホテルなのだ。
 エレベーターで5階に上がり、鍵に付いているプレートを確かめて503号に入った。着ていたものを脱いでクローゼットに仕舞い、バッグの中から女装用品を取り出す。
 ブレストフォームを接着し、下着を身に着けてパンストを履き、ワンピースを着た。鏡に向かって化粧を施し、ウイッグをしてブラッシングする。今日も完璧だ。
 携帯を取りだしてから少し躊躇った。
 (市丸はただボクのこの姿を見るだけなんだろうか?)
 男女が逢い引きに使うようなホテルなのだ。見るだけですまないのではと考えていた。迷っていたけれど、ボクの内なる欲求が買った。市丸に電話を掛けた。
 「もしもし。準備ができたわよ」
 《すぐに上がるよ》
 弾んだ声が戻ってきた。
 (ホントにいいのか? これは夢じゃないんだぞ)
 恐れながらも期待していた。夢の中と同じなんだろうかと。
 ピンポーン。
 チャイムが鳴った。鍵を回すと、ドアの向こうに笑顔の市丸が立っていた。
 「入っても、いい?」
 「え? どうぞ」
 すっと中に入ってくると、鍵を後ろ手に閉めたかと思ったとたん、市丸に抱きしめられた。
 「ちょ、ちょっと。市丸さん!」
 「秀樹って呼んでくれ」
 「わたし、男なのよ」
 「男でもどうでもいいんだ。ボクはキミのことが好きなんだ」
 唇が重ねられ、舌が入ってきた。そのとたん、ボクは自分がいる場所がわからなくなっていた。パラレルワールド、あるいは夢の中に戻ったのではないかと錯覚したのだ。いつのまにかボクは、市丸の舌を吸っていた。
 ワンピースのファスナーがチリチリと下ろされていく。ワンピースが足元にぽとんと落ちると、市丸はボクを抱き上げてベッドに運んだ。
 再びキスされて、ブレストフォームが揉まれた。
 (ああ。シリコン製の偽乳房なのに、どうして感じるんだろう?)
 ブラジャーがずらされブレストフォームの乳首が舐められている。それも感じるような気がした。
 市丸の手がボクの股間に降りてきてさわさわと撫でた。すでに勃起していたボクのペニスがショーツからはみ出してパンストを押し上げてきた。
 市丸はパンストの上からボクのペニスにキスし、唇と舌で弄んだ。
 「う、うう、うんん」
 尿道を通ってトクリトクリと流れ出てくるものを感じた。ボクの先走り汁と市丸の唾液が混じり合ってパンストの表面に広がっていった。
 市丸の唇がボクから離れていった。そうして着ていたのものを脱ぎ始めた。ボクはベルトを緩めてやってズボンを脱がしてやった。
 トランクスを降ろすと、反り返ったペニスが出てきた。ボクは躊躇いもなくそれを口に咥えた。
 フェラチオなんて初めてするのに、ずっと以前から何度も何度もやっていたような気がする。それは、あの夢のせいだろう。
 (夢じゃなくて、やっぱりパラレルワールド?)
 わからなくなってくる。
 (もしかすると、これも夢なのか?)
 そんなことを考えながら、市丸のペニスをしゃぶり続けた。
 「正美、合体しよう」
 そう言って上体を起こしてきた。ボクは市丸から離れ、四つん這いになった。立て膝になった市丸がボクの穿いていたパンストとショーツを太股あたりまで降ろすと、お尻を両手でがっしりと掴んだ。
 「秀樹、コンドームは?」
 「危険日なのか?」
 「いいの?」
 「準備してきたんだろう?」
 ボクは頷いた。女装道具をアパートに取りに戻ったとき、2回の浣腸とシャワーで直腸を綺麗にし、オイルを塗り込んできたのだ。
 「でも、コンドームはしておいた方が」
 「少しでも距離を置きたくないんだ」
 そう答えて、いきり立っているペニスをボクのアヌスに押し当てた。押し広げられる。そして、ズボッと入ってきた。
 (ギャア、痛い!)
 あのときと同じ痛みだ。やはりあれはパラレルワールドだと思った。夢だったら、同じ痛みは感じないだろう。
 市丸のペニスがズルズルとボクの中に入り込み、そのすべてがボクの中に収まった。
 「ああ、正美を感じるよ。ボクを締め付けているよ」
 それはボクにもわかっていた。ボクのアヌスがヒクヒクと痙攣していた。市丸はゆっくりと腰を前後させ始めた。それとともに痛みがボクを襲った。けれど、その痛みはボクの快感だった。その証拠にボクのペニスは反り上がって腹に付くほどになっていた。
 グチュグチュグチュと卑猥な音が部屋の中に響き渡る。それがボクには恥ずかしい。ボクが抱いた女たちも、みんなそう感じていたんだろうかと想像する。
 痛みが襲ってくる間隔が少しずつ遠のいていったけれど、時々思い出したように激しい痛みがボクを襲った。
 その痛みと共にボクのペニスの先っぽからトロリ、トロリとザーメンが漏れ出た。出方はトロトロだけれど、まるでドバッと射精したような快感がある。
 (ああ、また来た)
 男の射精は一度あれば次はすぐにはやってこない。けれど、今は違う。ザーメンがトロッと零れ出るたびに、快感がボクを襲っていた。
 (ああ、いいっ! ああ、最高!!)
 市丸の動きが性急になってきて最後の時を迎えようとしているのがわかった。
 「ま、正美! 行くよ!!」
 アヌスが押し広げられ、身体の中心部にグイグイと蠕くものを感じた。
 「あ、う、ううん・・・」
 トクトクトクとボクのペニスからザーメンが零れ出て、ボクの意識は宙に舞った。

 気がつくと俯せに突っ伏していた。背中に市丸の重さを感じる。ボクと市丸はまだ繋がったままだった。
 市丸の放ったザーメンがボクの身体に染み渡ってくる。パラレルワールドかどうかわからないけれど、あの時と同じように市丸のザーメンでボクは女になっていく。そんな気がした。
 「正美、愛してるよ」
 「わたしも」
 間髪を入れずに答えていた。
 「性転換してボクと結婚してくれ。必ず幸せにするから」
 「いいわ」
 少し前までボクは性的にはノーマルな男だったのに、異常とも思える市丸の申し出を簡単に受け入れていた。



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