第3章 ヒモになる条件


 保護室の中でボクは考えた。男たちに襲われ始めたのは、横山に出会ってからでではないかと。もしかしたら、横山が影で動いているのではないかと考えたのだ。
 これまでも、何度かネットカフェや個室ビデオに泊まったことがあるけれど、一度もそんなことがなかったからだ。
 ボクは携帯で横山に連絡を取った。
 《ああ、加藤か。丁度電話を掛けようとしていたところなんだ。俺のスケの友達が、男を紹介してくれないかって言ってるらしいんだ。どうする?》
 「どうするって言われても、相手の顔も素性もわからないんじゃ、返事のしようがないでしょう?」
 《ああ、そうだな。じゃあ、明日にでも相手の写真をメールするよ。おまえも俺宛におまえの写真を送っておいてくれ》
 「わかりました。返事はいつ頃になります?」
 《できるだけ早くするよ。じゃあな》
 電話の感じでは、今回のことに横山は噛んでいないように思えた。

 翌朝、警官たちにお礼を言って派出所を出てすぐに携帯が鳴った。
 《加藤、相手の女がおまえのこと、気に入ったってよ》
 「そうですか。ちょっと年が行ってるみたいですけど?」
 送られてきた写真を見ると、30前後に見えたのだ。
 《贅沢を言ってる場合かよ。どうするんだ?》
 「あ、そうですね。じゃあ、行くだけ行ってみます。住所は?」
 《メールで住所と携帯の番号を送るよ。近くまで行ったら、電話を掛けてみてくれ》
 「わかりました。ありがとう」
 数分後送られてきた住所にボクはすぐに向かった。

 電車を降りて、メールで届いた住所に向かう。最初に犯された個室ビデオ店からあまり離れていない場所だったので、少しどぎまぎだ。
 (ここだ。結構いいマンションじゃないか。オートロックか。だから電話を掛けるように言ったんだな)
 電話を掛けてみた。20回コールしたけれど出ない。いったん切って、もう一度掛けてみた。やはり出ない。
 (おかしいな)
 今度は横山に掛けた。
 「ああ、加藤です。今、例のマンションに来てるんですけど、電話をしても出ないんですよ。どうなってるんですか?」
 《言わなかったかな? 彼女、夜の仕事をしてるんだよ。まだ寝てる時間だ。早くても10時にならないと起きないぞ》
 「ああ、そうなんだ。じゃあ、もう少し待ってから電話してみます」
 時計は午前8時を回ったばかりだ。
 (どこで時間を過ごそうか? 朝飯を食って、コーヒーでも飲んで粘るか)
 駅近くのファミレスに戻ってモーニングを注文し、ゆっくり食べてからコーヒーを頼み、これまたゆっくりと飲んだ。
 それでも午前9時だ。
 (本屋で何か買ってくればよかったな。そうだ。本屋で立ち読みでもしよう)
 ファミレスを出て、駅前の本屋に入った。いつもはエッチ漫画だけど、どうも見る気にならない。
 (おっ! もやしもんの新刊が出てる)
 立ち読みしたいけれど、ビニールカバーが掛かっていて読めない。どうしても読みたかった。購入して、近くのベンチに腰掛けて読んだ。
 この漫画は2回読む。1回目は、絵面だけを流す。2回目は内容をじっくりと読みながら見るのだ。
 2回目を読み終わったとき、午前10時半になっていた。本をバッグの中に詰めて電話を掛けた。
 「もしもし、加藤と言います。横山さんに紹介されたんですけど?」
 《横山? あ、ああ。さゆりの彼ね。聞いてるわ。今、どこなの?》
 「もうすぐあなたのマンションに着きます」
 《着いたら、807を押して。すぐにドアを開けるわ》
 「807ですね。わかりました」
 携帯を切り、少し早めに歩いてマンションに行き、807を押した。
 《はい》
 「加藤です」
 《今、開けるわ》
 オートロックのドアが開いた。中に入り、エレベーターで8階に上がる。807号室は、右手の2番目にあった。
 チャイムを押すと、ややあってドアが開いた。
 (写真で見るより、若くて綺麗だ)
 「入って。鍵、締めてね」
 そう言って奥へ引っ込んでいった。
 (うへえ、すげえや)
 彼女の着ているネグリジェは、胸のあたりはレース飾りで透けていなかったけれど、その他はスケスケなのだ。
 (ノーブラ、Tバックだよ)
 ペニスが硬くなった。靴を脱いで中に入っていくと、彼女はコーヒーを入れたカップをボクに手渡し、自分は両手でカップを抱えて飲み始めた。
 (絵になるなあ。この人、すごいよ)
 惚れ惚れする。
 「あんた、名前は?」
 「加藤です。加藤義彦と言います」
 「義彦君ね。わたしは、峰岸紗也伽よ。よろしくね」
 「あ、はい」
 「あなた、小さいわね。身長はいくらあるの?」
 一番聞かれたくないことを聞かれた。
 「100、・・60です」
 「そんなに恥ずかしがることはないわよ。わたし、小さい男の人の方が好きなの」
 そう言われてホッとした。
 「紗也伽さんは背が高いですね?」
 「174かな?」
 逆ならよかったのにと思っていた。
 「義彦君、料理とかはできるの?」
 「多少は」
 「じゃあ、朝食を作ってみてよ。材料は冷蔵庫に入ってるから」
 「あ、はい。わかりました」
 コーヒーを飲み干すと、早速キッチンに立った。
 「和食ですか? 洋食ですか?」
 「和食よ、和食。トーストにハムエッグなんて真っ平よ」
 「わかりました。待っててください」
 ボクが料理を始めると、紗也伽はボクの目の前でネグリジェを脱ぎ、浴室に入っていった。
 (ネグリジェを着てるときはわからなかったけど、スタイルがいいなあ)
 米を研ぎながら、紗也伽の後ろ姿を追っていた。

 紗也伽はボクの作った味噌汁を啜り、美味しいわと笑顔をボクに向けてきた。
 「よかったです」
 真正面に座って箸を動かしている紗也伽にボクがどぎまぎしていた。薄いキャミソールにショーツだけなのだ。テーブルに隠れて勃起したペニスを見られないのが幸いだ。
 食事がすむと、お茶を煎れさせられた。これも煎れ方がいいと褒められた。どんなことでも、褒められると悪い気がしない。
 「義彦君、5時に食事ができるように用意してくれるかな?」
 「え? はい、わかりました」
 「冷蔵庫の中を調べて、必要な食材はこれで買ってくればいいわ。残りは使っていいから」
 紗也伽は財布の中から1万円を取り出して、ボクの前に置いた。
 「わたしはちょっと出掛けてくるから」
 そう言ってベッドルームらしい部屋に消え、出てきたときにはざっくりとしたセーターにレザーのミニスカートを穿き、コートを羽織っていた。
 「忘れてた。掃除と洗濯もしておいてね」
 玄関でブーツを履きながら、思い出したように振り返ってボクを呼んだ。
 「予備の鍵がなかったわ。義彦君、出て行ったら戻れないから、夕食は冷蔵庫にあるもので作って。鍵のコピーを作っておくからね」
 そう言い残して出て行った。話の筋からすると、夕食までは戻ってこないことになる。退屈そうだなと思いながら、まずは洗濯をすることにした。
 洗濯機の蓋を開くと、赤と黒2種類のブラジャーと、赤、黒、濃紺のTバックショーツが入っていた。それにキャミソールが3着に、部屋着らしいピンクのボーダーの上下だ。
 ブラジャーを拾い出す。凝ったデザインのものだ。
 (へえ、こんなもの、着けてんだ)
 サイズは70Cだった。母がしていたようにネットの中に入れて洗濯機に戻す。それからショーツを取り出した。
 (女はこんな小さなもので隠せるんだ)
 片手で握れてしまう下着にドキドキだ。洗濯機の中に戻し、洗剤と柔軟剤をセットして、スイッチを押す。あとは自動でやってくれるはずだ。
 それから汚れた食器を洗い、掃除機を掛けておいた。
 (紗也伽さん、いったい何をやってるんだろうな?)
 夜の仕事もいろいろだ。玄関の鍵を確かめて、部屋の中を調べて回った。クローゼットの中にホステスが着るようなドレスの類はなかった。普通の服だけだ。
 下着も派手だけど、特に変わったものはない。化粧品だって、日本製のごく有り触れたものだ。
 (ドレスは店で借りるのかな? テレビなどで見るホステスさんは、着飾って出勤するよな。ま、いいか。そのうち教えてくれるだろう)
 午後4時までゆっくりテレビを見て過ごした。泊まるところが確保できただけでも万々歳だ。

 午後4時、米を研ぎ、炊飯器にセットしてから料理に取りかかった。飯が炊きあがり、料理ができあがった4時50分頃、紗也伽が戻ってきた。両手に大きな荷物を抱えている。
 「何ですか? それは」
 「あとで説明するわ。食事、できてる?」
 「できてます。テーブルに運びますから座って待っていてください」
 「肉じゃが、ほうれん草の卵とじ、冷や奴。大したものね。冷や奴、大丈夫かしら?」
 「明日が賞味期限ですから大丈夫ですよ。それにちょっと食べてみましたから」
 「それならいいわね。あら? この肉じゃが、なかなかよ」
 「ありがとうございます」
 「義彦君も食べて」
 言われて向かい合って食べた。こんな美人と同居できるなんて嬉しい限りだ。

 食事がすむと、紗也伽は片付けをしておいてとボクに命じてベッドルームに荷物を運んでいる。片付けが終わった頃、紗也伽がボクをベッドルームに呼んだ。ちょっと期待しながらベッドルームに入っていった。
 ネグリジェ、あるいは下着姿でボクを誘う情景を期待していたのだけれど、紗也伽は大人しいワンピースに着替えていた。ガッカリしながら尋ねてみた。
 「何でしょうか?」
 「わたし、これから仕事に出掛けるの。仕事は午前2時までだから、戻ってくるのは2時半頃になるわ。義彦君は起きていてわたしを迎えてね。暗い部屋に戻るのはイヤなの」
 「はあ、わかりました」
 「それから、わたしが帰ってくるまでの間に、このメモに書かれていることを実行しておいて。できなければ、即、出て行って貰うから」
 メモを渡すと、紗也伽はバッグを肩に掛けて出掛けていった。ボクはメモに目を落とし、中を読んでからどうしたものかと考え込んだ。
 考えに考え、ボクはメモに書かれたことを実行に移した。追い出されることを考えれば、大したことではないからだ。
 ベッドの上に置かれていた袋の中から容器を取りだし、サニタリーに行って着ていたものを脱いで洗濯機の中に入れ、浴室に入って液体を口の周り、顎に塗り、さらに首から下に塗り広げた。痒みと痛みが混じり合ったような感覚が全身に広がっていった。
 10分後、シャワーで身体を洗うと、ボクの身体から体毛がすべて消え失せていた。
 (へえ、つるつるだよ。男の身体でもこうなるんだな)
 バスタオルで身体を拭き、思いついてボクの持ってきたバッグの中にある汚れ物も一緒に洗濯しておいた。
 それから、ベッドルームに戻る。
 (これだな)
 四角い箱を開くと、ベージュ色のフニャフニャしたものが入っていた。シリコンの人工乳房だ。説明書を読み、裏側に接着剤を塗り胸に当てた。ベッドの上に寝転がって10分ほど押さえていると、起き上がっても剥がれなくなっていた。
 鏡を覗き込んでみた。
 (へえ、まるで胸があるようだよ)
 ペニスが生えた女みたいで少し興奮し、勃起してきた。
 (興奮している場合じゃないぞ。次だ、次)
 ショーツを取り出す。花柄と水色のボーダー、それにピンクのものがあったけれど、水色のボーダーのものにした。Tバックじゃないビキニのものだけど、やはり片手で握れるほどしかない。
 (はみ出そうだな)
 そう思って穿いたのに、意外なことにその小さなショーツにボクのものが収まってしまっていた。
 ペアになっているらしいブラジャーを取り出す。サイズは75Cだ。前でホックを留め、くるりと回して上へずらし、ストラップをする。位置を調節すると重かった胸がそれほどに感じられなくなった。
 (えっと、次は・・・)
 メモを確かめ、白っぽいキャミソールを着た。そして、スカートを穿く。スカートはデニムのミニスカートだ。見下げてみて、ミニスカートから覗くボクの足は結構綺麗だなと感じた。けれど、膝が広がっているのがおかしいと思い、慌てて膝を閉じた。
 (次はウイッグだな)
 ウイッグの入った箱を取り出し、説明書を見る。髪の毛を撫でつけ、ネットを被ってからウイッグを着けた。
 (うーん、美人とは言えないな)
 ブスとまでは行かないけれど、まあ十人並みと言ったところだ。
 (わたしが帰るまでの間、女らしく振る舞う練習をしておくことか)
 溜息を吐きながら、鏡に向かって練習をした。

 メモの最初にボクに女装させる理由が書かれてある。それは紗也伽が男と暮らしていることを他人に知られたくないためだという。
 ボクの体格が女性並みのことは横山から聞いていたらしく、それがボクを受け入れた理由だと言うことだ。
 ボクだって女装なんてしたくはないけれど、この年の瀬に追い出されることを考えれば、女装くらい我慢できると考えたのだ。
 (化粧は戻ってきてから教えるか・・・)
 鏡を覗いてみる。目の前に置かれていたルージュを手に取り、唇に塗ってみた。グンと見栄えがよくなった。きちんと化粧をしたら、少しは見られるようになるだろうなと考えながら、鏡に向かって女性の立ち振る舞いの練習をした。

 午前2時半になろうとするとき、紗也伽が戻ってきた。
 「あら? 思ったより可愛いじゃない?」
 そんなことを言われると恥ずかしい。顔が火照っているのがわかる。そんなボクを置いて、紗也伽はベッドルームに行くと、着ていたものを脱いでショーツ一枚になり、ネグリジェを頭から被ってボクに向かって手招きした。
 「戻ってきたらお化粧を教えるって書いたけど、もう遅いから明日にしましょう。ただ、眉毛だけは処理しておきましょう。ここに座って」
 ドレッサーの前にある椅子に腰掛けると、紗也伽はピンセットでボクの眉を一本一本抜き始めた。
 「痛っ! 痛いです」
 「我慢しなさい。すぐにすむわ」
 痛くないときもある。3時近くになって、ようやく終わった。細く女らしい眉になっていた。
 「じゃあ、義彦君、義彦君じゃおかしいわね。名前は何にする?」
 鏡の向こうから覗き込まれて、またもどぎまぎだ。
 「義彦君だから、よしこ。志を与える子って書いて与志子。どう?」
 「ありきたりですね?」
 「じゃあ、何がいいの?」
 「梓がいいです」
 「梓? どうして?」
 「へへ。初恋の人の名前です」
 紗也伽はふっと笑い、じゃあ梓にしましょうと答えた。
 「じゃあ、梓。着替えて寝ましょうか?」
 紗也伽はタンスの中からネグリジェを取り出してボクに渡した。紗也伽が着るには短いだろうなと思うものだ。
 スカートを降ろし、キャミソールを脱いでネグリジェを手に取った。
 「ブラも取りなさいよ。接着剤で貼り付けてるんでしょう?」
 「あ、はい」
 ブラジャーを取り去っても人工乳房はボクの身体から離れない。ショーツ一枚になってネグリジェを着た。
 「さあ、梓。わたしの隣においでなさい」
 これから起こることに期待満々で、ボクは紗也伽の横に滑り込んだ。



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