第21章 妻として、母として


 部屋に入ると、兄はボクを抱き寄せてキスした。兄とこんなふうになってから一番激しいキスだ。舌を絡め合い、長くキスした。
 兄はすぐにでもベッドインしたがっていた。
 「シャワーをしましょうよ。汗掻いてるから」
 「そうだな。・・一緒に入るか?」
 御勝手にと言い、ボクは着ていたものを脱いでバズルームに入った。すぐに裸になった兄が入ってきた。
 シャワーを浴び始めたボクを兄が後ろから抱きしめてきた。堅く勃起したペニスをヒップに感じる。ボクの身体にも同じものがあったけれど、今はもう欲しいとは思わない。入れて欲しいだけだ。
 向きを変えてキスする。頭からシャワーを浴びながら、兄はボクの身体を愛撫する。
 「少し垂れたな?」
 「2人に吸われちゃったからね」
 まことしやかに嘘を言える自分が恐い。
 「揉んで大きくしよう」
 今更大きくはならないよと思ったけれど、ウフンと頷いておいた。兄に背中を向ける格好にされ、後ろから乳房を揉まれた。兄の右手がボクの秘部をなぞる。ゾクゾクしてきた。
 シャワーが止められ、兄の両手が降りていって腰のあたりを掴んだ。どうやら挿入を望んでいるようだ。ボクは両足を開いて腰を少し突き出した。
 宛がわれ挿入される。まだ充分濡れていない。だから痛いし、なかなか入らない。それでも次第に進んできて、やがて兄のすべてがボクの中に収まった。
 ゆっくりとした抽送が始まった。
 「いいわ、あなた」
 すぐに濡れてきて、抽送が容易になっていた。
 (男だったのに、こんなに濡れるなんて。長谷川先生、上手なんだな)
 思いながら、突き上げられて喘いだ。

 まだまだ楽しみたいらしく、兄は射精することなくベッドに行こうとボクに告げた。身体をさっと拭いて、手をつないでベッドに移動した。
 兄を押し倒してフェラチオを始める。
 「今日は積極的だな」
 「家ではこんなにはできないでしょう?」
 「それはそうだ。おおっ!」
 兄のペニスがピクピク震える。ボクの会得している技術をすべて使って舐め上げ、しゃぶった。
 「あ、梓。で、出てしまう!」
 ボクは止めない。口の中に収めて頭を前後に振り、根本をしごき続けた。
 「あ、うっ、うっ、ううっ!」
 ドバッと口の中に吐き出されてきた。零さないようにすべてを飲み込んでやった。
 「梓。飲んでくれたのか?」
 「ええ。悪かった?」
 「あ、いや。初めて飲んでくれたから」
 嬉しそうな笑顔を向けてきた。梓に言ったら、怒られるかもしれないと思った。
 「ひと休みしないとやれないぞ」
 「時間はあるでしょう?」
 時計はまだ10時前だ。
 「ああ、たっぷりある。明日は土曜日だし」
 「えっ? 今晩はここに泊まるの?」
 「当たり前だろう? ラブホテルの休憩じゃないんだぜ」
 「だったら、クリスマスプレゼントを子どもたちの部屋に置くのはどうするの?」
 忘れていたようだ。
 「お袋に電話を掛ければいいさ」
 「わたしからは頼みにくいわ。あなたから頼んでよ」
 「わかったよ」
 ザーメンを飲んでやったからか、機嫌良く電話を掛け始めた。
 「あ、母さん? 俺だけど、子どもたちが寝たら、プレゼントを部屋に置いておいてくれないか? どこにあるかって?」
 「応接間のタンスの上よ」
 「応接間のタンスの上だって。頼んだよ。わかったよ。明日はできるだけ早く帰るよ」
 兄はべえと舌を出した。
 「ったく。たまには夫婦でゆっくりさせろよな」
 ブラブラさせながらボクのそばに戻ってきた。ボクはニッと笑って、それにしゃぶり付いた。
 「お、おい。まだ無理だよ」
 「わかってるわ。柔らかいのを舐めるのも面白いわ」
 絶対に梓に怒られると思いながら、舐め続けた。やがて少しずつ硬度を増してきた。無理かなと思ったけれど、兄に跨ってボクの中に導いた。
 「ホント、今日の梓は別人だね」
 「うふふ」
 折れないようにゆっくりと腰を動かす。そんなに硬くなくても快感はある。兄の表情を窺いながら腰を動かした。

 完全に復活した兄は、起き上がって座位になったり、バックになったり、バスルームの中でのように立位なったり、ともかく1時間あまりボクを突き続け、11時過ぎにようやく果てた。
 「はあ、疲れた」
 兄はベッドの上にばったりと倒れ込んだ。ボクはと言えば、ものも言えずただ荒い息をしていた。

 午前6時、再び兄が挑んできた。もちろん応じた。セックスは何回やっても気持ちがいい。気持ちよすぎる。

 午前7時半、シャワーを浴び、モーニングを取ってから家に戻った。腰が抜けそうに怠い。
 「昭彦も梓さんも楽しんだみたいね?」
 母が冷やかすように言った。その機嫌の良さは、母も父と楽しんだに違いないと感じた。父も母もまだ50代だ。枯れる年ではない。
 子どもたちがプレゼントを手に降りてきた。翔太はWiiのゲームソフト、澪はプリキュア変身セットだ。サンタさんが来たと言って喜んでいる。いつまでサンタを信じるのだろうかと思う。

 主婦業を熟したあと、澪を連れて公園へ散歩に行った。遊具で遊んでいる澪を見ながら、日向ぼっこしていると携帯が鳴った。梓からだった。
 《茜さん、そっちの様子はどう?》
 「別に変わりないわよ」
 《子どもたちの様子は?》
 何があろうとも自分の産んだ子どものことは気になるものだろう。
 「うん。プレゼント、すっごく喜んでいたわ」
 《よかった。茜さん、昨日の夜はどうしたの?》
 「どうしたって、家にいたわよ」
 兄とホテルでクリスマスディナーを取り、そのままホテルに泊まったなんて、とても言えなかった。
 《あれ? おかしいな。ホテルを予約していたみたいなんだけど?》
 「何だ。知ってたの?」
 《やっぱりね。ホテルに行ってたんだ》
 ボクは舌打ちをした。どうやら鎌を掛けられたようだ。
 「ディナーを食べただけよ」
 《茜さんは嘘が下手ね。主人に抱かれて満足したって声よ》
 「そんなこと、ないわよ!」
 声が大きくなって、周りの人たちがボクの方を見た。慌てて声を落とした。
 《ふふふ。まあ、いいわ。主人に抱かれてもいいってわたしが言ったんだから》
 「あなたの方はどうだったの?」
 梓さんの方はとは言えない。周りにご近所の奥さんたちが聞き耳を立てているからだ。今までの会話では、友達と話をしているように聞こえるはずだ。
 《うーん。最高の夜だったわ。今日まで生きてきたのは、このためにあったんだって感じ》
 「そんなこと言ってもいいの?」
 兄に失礼だと思った。
 《もちろん、主人とセックスしたときだって、いつもそう思うわよ。でもね。今が最高だって思う方がいいじゃない? 過去の方がいいと思うと、今に幻滅してしまうもの》
 なるほどなと思う。常に現在が一番いいと思うことは、悪くないと感じた。ならば、浮気などしなければいいのにとも思った。
 「予定通り戻ってくるのね?」
 《そのつもりよ。30日の夕方、予定通りに。主人のこと、頼んだわよ。梓として愛してやってね》
 「わかったわ」
 《子どもたちは元気にしてる?》
 「ええ、とっても元気よ」
 《子どもたちも頼んだわね》
 「もちろん」
 毎日の主婦業も、子どもたちの相手も、そして兄とのセックスも楽しんでいる。両親の様子も見守れる。
 交換条件としてはボクの方がいいのかもしれないと思った。

 夜の生活は、ボクとしては毎日でもいいのだけれど、兄が挑んでくるのは1日おきだ。それでも不満はない。充分に満足させてくれるからだ。
 29日、昨夜抱かれたけれど、ボクの方からせがんで抱かれた。明日は梓とチェンジの日だからだ。
 ボクは抱くつもりではなかった兄は、かなり酔っていた。けれど、萎えたペニスをしゃぶり続けていると、何とか挿入できるようになった。ボクは喜び勇んで兄に跨り、ボクの中に導いた。
 長い時間、腰を上下させ、振り続けたけれど、結局兄は行くことができなかった。それでもボクは満足し、兄にしがみついて眠った。
 (しばらくお別れよ。次は来月の終わり頃かな?)
 そう心の中で呟きながら。

 30日、夕方にはチェンジかと溜息をつきながらテレビを見ていた。
 《○沢首相の支持率は、内閣発足以来最低となり、辞任、衆議院早期解散が囁かれ始めております。
 次のニュース。インターネット上に猥褻な画像や動画を乗せ、不法な利益を得たとして指名手配されていた横山文規容疑者が、逃亡先のフィリピンのホテルで、短銃で撃たれて死亡しているのが発見されました。フィリピン警察は、強盗による犯行との公式見解を発表しております。
 今入ったニュースです。今日未明、東京でマンション火災があり、男女ふたりの遺体が発見されました。警察と消防は、出火原因と2人の身元確認を行っておりますが、今のところ出火原因も身元も不明です。
 このあとコマーシャルを挟んで、元日のサッカー天皇杯の予想についてお送りいたします》

 横山文規とは、あの横山のことだ。横山が死んだ。罰が下されたのだ。あんな酷いことを続けて、いい死に方をするはずがない。それが正義というものだ。
 (紗也伽や純はどうなっただろうか?)
 そう思うけれど、もはやボクには関係のないことだ。過去のことは忘れて、今を生きよう。梓が言ったように。

 梓とのチェンジ時刻が迫っていた。兄も子どもたちも家にいるので、入れ替わるタイミングが難しい。
 コンビニまで何か買いに行くというのが一番良さそうだなと考えていた。
 (それにしてもメールが来ないな)
 午後5時になっても梓から連絡がないのだ。最終便に乗って東京に戻るには、そろそろ入れ替わらなければ、間に合わなくなってしまう。
 思いあまって電話を掛けた。しかし、電波の届かないところにいるか、電源が入っていないとのアナウンスが流れてきた。
 時計を見上げる。
 (まだ飛行機の中と言うことはないな。空港に降りたあと、電源を入れ忘れているのかな?)
 しかし、メールを送る時間になれば気づくはずなのだ。
 「梓。時計ばかり気にしてどうしたんだ?」
 「あ、いえ。何でもないわ」
 結局梓からの連絡がないまま、時間が過ぎてしまった。
 (レジをやってくれるのなら1週間でも2週間でもいいと言ったものなあ)
 もしかしたら、電波の届かない秘湯とかに行っていて、正月をふたりで過ごそうとしているのかもしれないと思った。
 (もしそうであっても、連絡くらいくれればいいのに)
 ため息をついた。

 31日は家族揃って紅白歌合戦を見た。優しい夫に可愛い子どもたち。最近接しやすくなった両親。幸せだと感じた。
 少し早めに年越しそばを食べ、子どもたちは寝かしつけて母に頼み、近所の神社に初参りに行った。
 手を合わせ、この幸せがずっと続きますようにと願った。このまま梓でいたいと。

 年が明けて1月3日、洗濯物を干し終わって、新聞を読んだ。年初に衆院選がありそうだと書かれている。
 最終面を見てボクは自分の目を疑った。
 『昨年12月30日未明のマンション火災で死亡した男女は、このマンションに住む滝沢修一朗さん(35)と友人の小川茜さん(25)と判明。司法解剖の結果、小川さんの死因は心臓をナイフのようなもので刺されたことによる失血死、滝沢さんの死因は一酸化炭素中毒と判明。小川さんの同僚である山崎君代さんの話によれば、ふたりは数ヶ月前から交際していたとのこと。鍵が内側から掛かっており、外部からの侵入の痕跡がないこと、当夜、ふたりが言い争う声が聞かれたとの証言があることから、別れ話がこじれ、滝沢さんが小川さんを殺害し、マンションに火を放って自殺したものと見られている。警察は、滝沢さんを殺人と現住建造物放火の容疑で、被疑者死亡のまま書類送検する方針』
 信じられなかった。あんなに楽しそうにしていた梓が滝沢と別れようとしただなんて。それに、滝沢は、いずれ別れることになると自分で言っていた。それなのに、梓を殺すなんてあり得ないと思った。
 けれど、新聞にははっきりとそう書いてある。突然涙が零れた。梓を失った悲しみだ。母がリビングに出てきたので、慌ててトイレに逃げ込んだ。
 押さえようとしても嗚咽が漏れた。
 「梓さん? どうかしたの?」
 「なんでも・・ないです。なんでも、ないんです」
 そう答えるのが精一杯だった。初参りであんなことを願わなければよかったと自分を責めた。

 どれくらい泣いただろうか? 泣いても泣いても涙が出てくる。けれど、主婦としての仕事を放置できないと考えた。
 トイレを出て顔を洗って涙を流した。そして、鏡を見た。ボクはハッとした。
 (梓はここにいる。梓はここに生きている!)
 死んだのは小川茜であって、加藤梓ではない。梓は生きているのだ。梓が戻ってこない以上、ボクは小川茜に戻る必要はない。加藤梓のままだ。
 梓とボクが入れ替わっていることを知っている滝沢も梓自身も死んでしまったから、誰もボクが梓でないと疑うものはいない。このまま梓として生きようと決心した。
 ボクを梓そっくりに整形した長谷川も、小川茜が死んだことで、もはやボクはこの世に存在しないと考えることだろう。
 ボクは死ぬまで梓のそばにいて、梓が幸せになっていく課程をつぶさに見ることができるのだ。これ以上の喜びはない。
 そう考えることで心が落ち着いてきた。

 公園に散歩に行っていた兄と子どもたちが戻ってきた。
 「ママ、どうしたの? どうして泣いてるの?」
 「何でもないわ。悲しい話を聞いたからよ。澪、ありがとう。優しい子ね」
 ボクは澪を抱き上げて抱きしめた。
 (ボクはこの子たちの母として、兄の妻として生きよう。ボクは梓になるのだ。ならなきゃいけないんだ)
 男なのに男たちに犯された屈辱の日々、信じていた紗也伽や純もまたボクを欺いていたという事実、女になる課程をネットに流され、自殺を図ったことが走馬燈のように蘇る。
 それとともに、生きていればきっといいこともあると言った長谷川の言葉が脳裏に蘇ってきた。信じてよかったと感じた。
 この先何があっても、しっかりと生きようと思う。必ず道は開けるのだから。



inserted by FC2 system