第2章 現金を置いていく男たち


 前の店と違ってこの店のトイレは和式だ。ズボンとトランクスを降ろすように命じられ、便器を挟んで両手を突かされた。便器の位置が少し高くなっているから無理な姿勢でもない。
 一昨日と同じ男だろうと思ったけれど、どうも違うようだ。何故なら、ナイフが右の横腹に当てられていて、左手を使ってジェリーらしきものをボクのアヌスに塗り込んでいたからだ。
 (でも声は同じ男みたいに聞こえるけど・・・)
 マスク越しだからかもしれない。よくわからない。
 「うっ!」
 一気に貫かれた。
 「いい感じだ。よく締まるぜ」
 男の両手がボクの腰に当てられ、ガンガンと突かれる。ナイフの切っ先はボクの腹から離れているけれど、柄の部分が右の腰に当たっていた。抵抗したらすぐさま刺されそうに感じる。ただ、抵抗するつもりはなかった。気持ちがよくなってきていたからだ。
 二度目なのにそんなバカなと思うだろう。けれど、それはボクの本音だ。確かにアヌスは痛い。けれど、身体の奥に沸き上がってくる快感にすでに翻弄されていたのだ。
 声が出そうになるのを押し殺そうとするけれど、その抵抗も長続きしなかった。
 「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 「なかなかいい声で鳴くじゃないか」
 へっへっへと笑いながら男は腰を打ち付けた。
 ギギッ!
 ドアの開く音に続いて足音が入ってきた。一昨日の男は動きを止めたのに、今日の男は頓着する様子もなく腰を打ち付け続けた。
 こんなところを見られちゃ大変だと思うと余計に感じていた。
 「ああ、ああ、ああ・・・」
 小便の水しぶきの音、そして手を洗う音がした。このまま立ち去ってくれと願ったのに、気配が止まった。
 ボクのいる個室のドアがノックされた。
 「もし? どうかしました?」
 (いいから、行ってくれ!)
 心の中で叫ぶけれど、通じない。ボクを犯している男は、わざとのように激しく腰を動かした。
 パンパンパンと男の腿とボクの尻が当たる音が響く。そして、ボクの口からは喘ぎ声が漏れた。
 「何やってんですか?」
 外の男がドアに耳を当てて様子を窺っている光景が脳裏に浮かんだ。
 「あれえ? そんなことをやってたんですか?」
 外にいる男の声の位置が変わった。上から覗き込んでいるのだ。
 「あれ? 目出し帽にナイフ。もしかして、レイプですか?」
 「こうしないと、こいつは感じないらしいんだよ」
 くぐもった声が答えた。
 「へえ。じゃあ、合意の上ってことですか?」
 「もちろんだぜ」
 違うと叫んだつもりだったけれど、ボクの口から出てきたのは喘ぎ声だけだった。
 「お相手、男・・ですよね?」
 「ああ、そうだ」
 「男のケツを掘って面白いんですか?」
 バカにしたような口調で、そう尋ねた。
 「面白いからやってるんだよ」
 「へえ、そうですか?」
 「ある意味、女よりもいいぜ」
 「ホントですか?」
 「ああ、おまえもやってみるか?」
 ギョッとした。
 「男のケツですよね?」
 「ものは試しだ。やってみたらいいぜ。結構填るんだから」
 「じゃあ、やってみましょう」
 止めてくれと心の中で叫んでいた。
 「ただし、1回3000円だぜ」
 (何だ? それは)
 「金、取るの?」
 「ヘルスで抜いて貰うことを思えば、安いもんだぜ」
 「それも、そうか。じゃあ、お願いしますよ」
 「すぐ終わらせるから、ちょっと待てよ」
 男の動きが速くなった。そしてググッと奥まで押し込んで動きが止まり、ボクの中で膨らんでビクビクと震えた。
 「あ、ああ、あああ・・・」
 涙がボロボロと流れ出た。
 「こいつ、涙を流して喜んでるぜ。よっぽどよかったんだろうな?」
 「ホモの気持ちはわからんな。さあ、代わってくれ」
 「わかった。そう急かすな」
 男のペニスが抜け出ていき、便器の中に何かが投げ捨てられた。それは、精液が詰まったコンドームだった。
 「こいつを被って、ナイフを腹のあたりに当ててからやるんだぞ」
 男はボクが横倒しにならないようにボクの腰に手を当てて支えていた。
 「面倒だな」
 「仕方がないさ。こいつの望みなんだからな」
 「わかったよ。コンドームは?」
 ゴソゴソと音がする。目出し帽を被っているのだろう。
 「持ってねえのか?」
 「当たり前だろう? こんなことになるなんて知らなかったもんな」
 「俺のをやるよ」
 「悪いな」
 男たちが入れ代わり、次の男がベルトを緩め、足元にズボンが落ちるのが見えた。ゴソゴソしたあと、両手がボクの腰に当てられた。
 「ここに入れるのか。何か不思議な気分だな」
 「いいから、さっさと入れろよ」
 男のペニスが宛がわれ、そして貫かれた。
 「お、おう! ギュッギュって締まってるぜ」
 「そうだろう? 結構いいだろう?」
 「ああ、こりゃ、いいや」
 男が腰を打ち付ける。萎えていたボクのペニスが持ち上がってきていた。
 「おい! 何やってんだよ」
 違う声だ。別の男が入ってきたのだ。
 「見りゃ、わかるだろう?」
 「げっ! 男のケツを掘ってるのか?」
 男の表情が想像できるような言い方だ。
 「俺、初めてだけど、かなりいいぜ。おまえもやらないか?」
 第2の男が腰を動かしながら言う。
 「俺は願い下げだね」
 小便をする音がして、すぐに気配が消えた。ホッとしていると、次の男が入ってきた。
 「おっ! いいこと、やってんな」
 「おまえもやるか? 1回3000円だ」
 最初の男が答えた。
 「3000か? 2000にならないか?」
 「おい、おまえ。どうする? 2000にしてくれないかって言ってるぞ」
 もうイヤだとボクは首を横に振った。
 「駄目だってよ。3000だ」
 「わかった。3000出すよ」
 「じゃあ、こいつが終わるまで待ってろ」
 言ってる間に第2の男が最後の時を迎えていた。膨らんで弾けたけれど、少し違った感じがした。
 「ああ、破けてるよ」
 泣き出しそうな声で言った。コンドームが破れたのだ。やはり便器の中にコンドームを投げ捨てると、男はそそくさとボクから離れ、水が流れる音がし始めた。恐らく汚れたペニスを洗っているのだろう。
 「じゃあ、行くぜ」
 第3の男が入ってきた。ふたりの男と違って、闇雲には突かずに、緩急を付けたりこね回したりした。
 「は、はあっ! はあ、はあ、はああっ!」
 ボクはトイレ中、イヤ、店の中に響くくらいの声を上げていた。
 「兄ちゃん、上手いな。こいつ、すごく感じてるみたいだぜ」
 「男とやるときは、ちとコツがあってな。それ! それ! それ!!」
 ボクは喘ぐ。ボクのペニスの先からジクリと何かが漏れ出ていた。
 「さあ、フィニッシュだ!」
 男が弾ける。ボクも射精していた。トクリトクリと。

 ボクはトイレの床に座り込み、便器の中に残されたコンドームを見つめていた。その数は5個だ。そしてボクの手には1000円札が15枚握らされていた。つまり5人の男に犯されたのだ。
 「時給1万5千円なんて、いい商売してるな。そのケがあったら俺もやりたいところだぜ」
 最初の男がそう言い残して去っていった。
 (そのケなんてないのに・・・)
 涙が出た。その涙を拭い、汚れた尻の回りをトイレットペーパーで拭い、服装を整えてトイレの水を流した。
 手洗いで顔を洗ってからトイレを出た。部屋に戻るまでの間、擦れ違う男たちがボクを汚いものを見るような目を送ってきた。
 部屋の床の上に丸まって寝た。

 いつものように6時45分の目覚ましで目が覚めた。荷物をまとめて出口に向かうと、受け受けにいた男に声を掛けられた。
 「あんた。ここで商売されちゃ困るな。時間が時間だったから、追い出さなかったけど、もう来ないでくれ。店の評判が下がる」
 「商売何かやってない! ボクは、ボクはあいつらに襲われたんだ!」
 「そう言う言い訳をするために、相手に目出し帽を被らせてナイフを持たせていたそうじゃないか。違うか?」
 「あれはポーズなんかじゃない! あれは本当だ!」
 男は鼻で笑った。
 「レイプされたって言うのなら、助けてくらい叫んでもよかったんじゃないのか? ともかく、もう二度と来るな」
 「誰が来るもんか! あんな奴らがいるところになんか!!」
 ツバを吐きかけんばかりに叫んで、店を飛び出た。

 そのままファミレスに直行してステーキを食べた。朝っぱらからステーキなんてみたいな顔で見られたけれど、ナイフで昨夜の男たちを切り刻む様子を思い浮かべながら食べた。
 (時給1万5000円だものな。これくらいの贅沢は許されるよな)
 肉は硬くてうまくなかった。ゆっくりコーヒーを飲んで、気分が少し治まってから最後のバイトに出掛けた。

 バイト代を受け取ると、すぐに電車に乗った。このあたりでは恐らく泊めてくれる店はないだろうと踏んだし、再び襲われる危険を感じたからだ。
 山手線の真反対側で電車を降りた。ここまでは、連絡は来ていないだろうと思ったからだ。
 駅の階段を下りて、それらしき店のある方向へ歩いていった。
 「いよう、久しぶり。メリー・クリスマス!」
 男がボクの肩を抱いてきた。
 「あんた、誰だ?」
 男の方を見ようとすると、真っ直ぐ前を見ていろと脇腹に硬いものを突きつけられて命じられた。
 「声を出したら、刺し殺すぞ」
 ドスの利いた声が続いた。
 「刺すなら刺してみろよ。脅しには乗らないぞ」
 そう答えると、脇腹に痛みが走った。セーターの下からナイフらしきものが滑り込んできてボクの皮膚を切ったのだ。
 「俺は本気だぞ」
 恐怖にボクの身体は震えていた。やむなく男と一緒に横断歩道を渡った。
 「どこに行くんだ?」
 「いいから黙って歩け」
 駅から左手に向かって歩いていった。しばらく行くと公園があった。人気はまったくない。男はその公園の隅ある公衆トイレにボクを連れ込んだ。
 個室を開き、中にボクを押し込むと、両手をタンクに突けと命じられた。
 (ああ、また犯されるんだ)
 ズボンとトランクスを降ろされ、アヌスにドロッとしたものを塗り込められ、そして犯された。
 最初だけピリッとした痛みがあった。あとは違和感だけだ。それもやがて快感に変わっていった。
 「ああ、ああ、ああ、あああん・・・」
 「ふっふっふ。男にチンポを填められて気持ちがいいか。このホモやろう!」
 おまえは男に填めて歓んでいるじゃないかと心の中で反論していた。
 「ううう、ぐふっ!」
 男が射精し、ボクも射精していた。男が抜け出ていき、バタンとドアが閉められた。
 (くそっ! あれ?)
 アヌスに違和感があった。手をやってみると、コンドームがぶら下がっていた。引き抜いて便器の中に捨てる。指にザーメンが付いた。
 (くそっ!)
 ズボンを汚さないようにしてあげ、手洗いで指を洗った。惨めだった。

 方向がわからなくなっていた。取り敢えず駅に向かって歩いた。しばらくして、誰かが尾けてくるのに気がついた。痩せた陰気な男だ。
 ボクが男の存在に気づいたことを知ると、男はすぐに駆け寄ってきた。
 「兄ちゃん、3000円でやらしてくれるんだって?」
 (あっ! さっきの男、金を置いていかなかったぞ)
 少し頭に来た。
 「なあ、やらしてくれるんだろう?」
 ボクは男を無視して歩き続けた。男は執拗に付いてくる。駅前の横断歩道に着いた。左に曲がるか、横断歩道を渡るか一瞬迷った。
 「なあ、兄ちゃん、頼むよ。一発やらせてくれよ。金はちゃんと出すからさあ」
 横にいた2人連れの女性が、ボクの方を見て眉を顰めた。恥ずかしさがボクの怒りを倍増させた。ボクは男の鼻っ柱にパンチを浴びせてやった。
 「な、何するんだよ」
 鼻血を流しながら、男がボクに殴りかかってきた。そのまま殴り合いになった。と言っても、お互いの服を掴んでもみ合っているだけだった。
 誰が通報したのか、警官がやってきて引き離され、派出所まで連行された。
 「横断歩道で信号が変わるのを待っていたら、あいつがいきなり殴りかかってきたんですよ」
 鼻を押さえながら男は訴えた。
 「いきなり殴ったってのは嘘ですよ。あいつがボクに、金を出すからやらせてくれていったんです。だから」
 「やらせてくれ? 何を」
 ボクは警官を見上げた。
 「俺はホモじゃねえぞ。そんなこと、言うもんか!」
 男がそう叫ぶと、警官はやっとわかったというような表情を見せた。
 「あそこにいた女性たちに聞いてみればわかることです。あんなことを言われて怒らない人間はいないと思います」
 「だからって殴ることはないと思うがね」
 警官はボクをそう諭した。
 「あなたにとっては他人事だから、そう言えるんです。ボクの身になってみてくださいよ。あなただってきっとあいつを殴っていたはずです」
 「言ってないって、言ってるだろう!」
 男が叫ぶ。
 「どうするんですか? 傷害罪でこの人を告訴しますか?」
 「告訴? あ、いや。そいつが謝ってくれれば、そこまでは」
 「キミ。彼がああ言ってるが、どうするんだ?」
 「誰が謝るものですか。告訴できるものなら告訴して貰おうじゃないですか。法廷で決着をつけてやります!」
 あの店の店員が、昨日のことを話したりしたら困るなと思いながら、そう答えた。
 「訴えても構わないと言ってるが、キミ、どうするんだ? 告訴するのか?」
 「俺としてはあいつに謝ってもらえればいいわけで・・・」
 「しかし、謝りそうもないねえ」
 ボクの顔を見て警官が告げた。
 「けっ! もういいよ。野良犬に噛まれたと思えば」
 男は警官の制止を振り切って派出所を出て行った。
 「どうやら、こっちの言い分の方が正しいようですね」
 もうひとりの警官がポツリと言った。
 「キミ、あんな奴だからよかったが、もっと体格のいい奴だったら、キミが酷い目にあっていたよ。むやみに手を出しちゃ、いけないよ」
 「はあ、わかりました。ところで、今晩、ここに泊めていただけませんか?」
 「なに? 泊まるところがないのか?」
 「そうじゃなくて、ここを出たら、あいつに仕返しされそうで」
 2人の警官は、ヒソヒソ相談してからオーケーを出してくれた。保護室に案内され、毛布を手渡された。暖房が効いていなかったけれど、ネットカフェや個室ビデオよりも身体を伸ばして眠れるだけましだと思った。



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