第18章 ボクと梓の相違点


 羽田に着くと真っ直ぐ滝沢のマンションに行った。今日まで実家にいなくてよかったと思った。初盆の席になんて居たくなかったし、こんなアバンチュールは楽しめなかっただろうからだ。
 マンションに着き、素敵なマンションねとつい口に出そうになった。
 (危ない、危ない)
 キョロキョロ見回すと疑われる。できるだけ滝沢の後ろについて行った。
 「コーヒーを入れてくれ」
 スーツを脱ぎながら命じた。もしかしたら、梓ではないと疑っていて試しているのかもしれないと感じた。
 キッチンに向かいながら目だけを動かして観察する。コーヒーメーカーが見える。コーヒーカップも。
 (豆がすぐに見つかればいいけれど)
 コーヒーカップを2卓取り出す。キッチン側にコーヒー豆が入っているらしい瓶を見つけた。濾紙もあった。
 コーヒー豆はミルされていたから、ことは簡単だ。コーヒーメーカーに濾紙をセットして豆を入れ、水を入れてからスイッチを押した。
 その間、滝沢は新聞を広げて読んでいた。
 「何か目新しいニュースがある?」
 「いつもと変わらないな」
 そう答え読み続けた。コーヒーができあがった。カップに入れてテーブルの上に置くと、美味いと言って飲んだ。ボクも向かいに座ってコーヒーを飲んだ。少し苦かった。
 「さて、昼飯前に一発やろうか?」
 この真っ昼間からと思ったけれど、ベッドルームらしい部屋に向かって歩み始めた滝沢の後を追った。
 滝沢はベッドのそばでボクを抱き寄せると、キスしながらボクの着ていたものを脱がせ始めた。ボクも滝沢のネクタイをゆるめてやり、衣服を脱がせていった。
 (こんなやり方だけでも梓と違うことがわかるかもしれないな)
 そう思いながら、最後にトランクスを降ろしてやった。半立ちのペニスがぽろりと出てきた。滝沢を上目遣いに見てから、そのまま跪いて舌を這わせた。
 ボクの口の中で徐々に硬度を増してくる。しゃぶりながらボクの最後の着衣であるショーツを自分で脱ぎ去った。
 (もう気がつくだろうな)
 思うけれど、滝沢はそんなそぶりを見せない。どんなに変えても梓のやり方をまねできるわけがないと考え、ボクのやり方でしゃぶり続けた。
 滝沢がボクの脇の下に手を添えて引っ張り上げようとした。もう止めろという意味だろう。
 立ち上がると、抱き寄せられて首筋に舌を這わされる。乳房が揉まれ、尻を撫で回された。やがてボクの背後に回って、ボクの脇の下から差し込んだ両手でボクの乳房を揉みながら、肩口にキスされる。
 (タッチが軽くて気持ちがいいな。かなり手練れだよ)
 思っていると背中を押された。ベッドに両手を突けということらしい。そうやると、滝沢の両手がボクの尻を掴んだ。このままバックから挑んでくるようだ。
 腟口に堅くて柔らかいものがあてがわれた。そして一気に貫かれた。
 「あ、あうん」
 滝沢はゆっくりと確かめるように腰を動かしている。それがまたいいのだ。ベッドの上に両手を突いていられなくなって、両手を折ってベッドの上に突っ伏した。滝沢は腰を打ち付け続ける。
 すっと抜け出ていった。左の腰を叩かれた。仰向けになれと言うことらしい。仰向けになってベッドの上にずり上がった。
 膝を抱かれて再び挿入された。突きながら時々奥まで挿入して動きを止め、クリトリスをつぶすように腰を回したりする。
 「ああ。あ、いいっ!」
 両手を引っ張られて起こされ、あぐらを掻いた滝沢の上に乗る。腰を抱いた滝沢がボクの身体を上下させながら、乳首を噛んだ。
 (ああ、たまらない。梓が狂うはずだ)
 再び四つんばいのバックで突かれた。意識が何度か飛びそうになり、滝沢が爆ぜたとたん、完全に意識を失っていた。

 ボクは滝沢に腕枕されて寝ていた。
 「梓の振りをするのは少し無理があるな」
 ボクの顔をちらりと見てから言った。
 「どこでわかったの?」
 「最初からわかっていたさ」
 「嘘!」
 「ははは。おまえが車に乗る直前、梓から無事チェンジしたというメールが入っていたんだよ」
 「ずるい人ね」
 滝沢ははっはっはと笑った。
 「そのメールがなかったら?」
 「わたしはコーヒーは飲まない。お茶だけだ」
 「でもコーヒーがあるじゃない?」
 「あれは梓用だ」
 参った。まあ、こう言ったところは知りようがないのだ。
 「セックスは?」
 「気になるか?」
 「ええ」
 「顔はまったく同じだが、身体は少し違う」
 「あまり違わないと思うけど?」
 あえて言えばボクの方が少しウエストが太いくらいだ。
 「梓の方が乳首が大きい。それに少し垂れている」
 それはボクにもわかっていた。けれど、それほど大きな違いはないはずだ。
 「子どもを産んでいるからな。それから、おまえの方が下の毛が濃い」
 それも衣服を交換するときに感じていた。今は明るい部屋の中だ。兄は布団の中だったから、気づかなかったのだ。
 「あとはホクロの位置だな」
 「ホクロ?」
 「写真を見たらわかる」
 滝沢は起き上がり、ライティングテーブルの中から写真を取りだしてボクに渡した。その写真は、なんと梓のヌードだった。
 「胸のこことここ。腹のここ。背中のこことここ、こににある。細かく言えばまだあるが、この六つは目立つからな」
 ホクロの位置を確かめながら、滝沢にこんな写真を撮らせていたのかと驚いていた。右手を腰に、左手を頭の後ろに当てた写真を見ると、梓の乳房は確かにボクよりも垂れて見えた。陰毛も薄い。
 「最大の違いは、膣の締まり具合だ。梓が本気で感じると、千切られそうになるよ」
 そこは本物の女と人造女の違いが大きいと考えていた。
 「フェラチオはおまえの方が上手いがね。ま、梓と比べなければ、おまえも結構よかったぞ」
 そうフォローしてくれるところが憎い。
 「梓とどこで知り合ったの?」
 「1年ほど前だったかな? 仕事で渋谷に行ったとき、駅前で意気消沈した様子で突っ立っているのを見かけてね。わたし好みの美人だったから声をかけたんだよ」
 「渋谷で? 何をしに来てたのかしら?」
 「旦那の弟からの連絡が途絶えたから、探しに来たとか言ってたな」
 ボクのことだ。
 「春に亡くなった弟さんのことですか?」
 「自殺したとか言ってたな。その弟というのは結構親孝行者らしくて、毎月両親に3万の仕送りをしていて、月に2回は電話を掛けてきていたそうだ。ところが、仕送りはあるものの電話が掛からなくなってしまったと言うことだ。心配した母親が、向こうから電話を掛けてみると、現在使われておりませんのアナウンスが流れる。そこで、会社に電話を掛けてみたら、昨年、いや一昨年の12月解雇になっているという。そこで梓が探しに来たと言うことだった。この広い東京で一人の人間を捜すなんて、砂浜に落ちた針を探すようなものだ。見つかるわけがなくて、ボーッとしていたと言うことらしい」
 「結婚しているのに、よく滝沢さんの誘いに乗りましたね?」
 「それがだ。わたしはその弟に似ているらしい」
 「えっ!」
 滝沢の顔を見てみるけれど、そうとは思えない。
 「おまえも梓の実家で弟の写真を見たと思うが、あまり似ているとは思えない。まあ、梓の感覚だから、説明のしようがないがね」
 「弟さんに似ているから滝沢さんの誘いに乗った?」
 「ああ。梓は旦那の弟が好きだったらしい」
 ガーンと金槌で頭を殴られた感じだった。
 「義彦とか言ったな、その弟。梓は幼稚園の頃からずっと好きだったらしい。しかし、大きくなっても義彦は写真で見たとおり女っぽくてね。その上、梓が結婚した兄貴と違って、背が伸びなかったそうだ。それを気にしてか、梓を避けるようにしていたらしい。梓は古風な女でね。女の方から告白すべきではないと考えていたんだよ。そうこうしているうちに、義彦の兄貴が梓に惚れてしまう。ついにはプロポーズされて、結婚してしまった。梓は義彦のそばにいられるからそれでもよかったそうだが、義彦の方は、兄貴と梓が結婚してすぐに郷里を離れてしまったんだな。梓のそばに居づらかったんだろう。わたしが考えるに、義彦も梓のことが好きだったんだろうな」
 その通りだ。大好きだった梓が兄と結婚してしまったのだ。そばにいられるわけがなかった。職場を解雇されたときも、戻ることができなかったのはそれが大きな理由だ。
 「どうかしたんのか?」
 驚きに呆然としていたボクに滝沢が尋ねてきた。
 「あ、いえ。何でもないです」
 「腹が減ったな。飯を食いに行こうか?」
 「はい」
 服を着て、近くのレストランでランチを食べてから滝沢と別れた。
 (梓はボクのことが好きだった・・・)
 フラフラとアパートに戻った。

 山崎はまだ実家から戻っていなかった。何をやる気になれずにボーッとしてリビングに座っていた。
 携帯が鳴り始めた。この携帯の番号は梓と滝沢以外は誰も知らない。表示は梓だった。
 「もしもし?」
 《茜さん? あなた、わたしの主人に抱かれたでしょう?》
 「え? ま、まさか」
 《嘘ついても駄目よ。あなたが履いていたショーツに精液がついていたわ。主人に昨日はよかったわって言ったら、久しぶりだったからなって答えたわ。どう言い訳するの?》
 「ご主人にとってはわたしは妻なのよ。断れないわよ。それに、梓さんが抱かれてもいいって言ったんじゃないの」
 《よくばれなかったわね?》
 「暗かったし、布団の中だったから」
 《主人、どうだった?》
 「あまり経験がないみたいね。もしかして、女は梓さんだけじゃないの?」
 これは恐らくそうだ。兄が遊んでいた記憶はない。
 《茜さん、ずいぶん経験があるような言い方ね?》
 「たくさんじゃないけど、それなりにね」
 《そう。今後も主人に迫られたら、相手をしてあげてね》
 「梓さんがよかったら」
 《悪いわけがないじゃない? 主人が抱いているのはわたしなんだから》
 そう言う考え方もある。兄は浮気している訳じゃないのだ。あくまでも妻の梓を抱いているのだから。滝沢についてもそれが言える。ボクではなく梓を抱いているのだ。
 「でもね。暗かったからいいけど、万が一明るいところだったらばれるかもしれないわよ」
 《そうかしら?》
 「梓さんの方が乳首が大きいみたいだし、下の毛も薄いでしょう?」
 乳房が垂れているとは言いにくかった。
 《うーん、そうか》
 「それに、ホクロとか特徴的なものがあるんじゃないの?」
 知っているけれど、ここは知らない振りをして尋ねた。そうでないと、滝沢との関係を疑われると考えたからだ。
 《あるわね》
 「何とかしないと、そのうちにばれてしまうわ」
 《暗くしていれば大丈夫よ》
 梓は夜の生活しか考えていないようだ。
 「子どもたちをお風呂に入れるときとか、着替えをするときとかに見られる可能性があるわ」
 梓は考え込んだようで、黙り込んだ。
 「乳首のあたり、下の毛の生え具合、ホクロの位置がわかる写真を送ってくれないかしら?」
 《どうするの?》
 「ちょっと宛てがあるの。整形してもらえる」
 もちろん長谷川だ。
 《ホントに? でも、どうしてそこまでやってくれるの? まさか、わたしの主人に惚れたとか?》
 「馬鹿言わないでよ。例えそうでも、コブ付きの舅姑付きなんて願い下げだわ」
 《それはそうね。じゃあ、どうしてなの?》
 「面白いじゃない? 人を騙すのって。いつまで騙せるかやってみたいの」
 整形すれば、恐らくずっと騙せる自信はある。けれど、こんなことをするのは、そう長くは続かないと考えている。何故なら、梓がそのうちに滝沢と別れるだろうと思うからだ。
 その根拠は滝沢から聞いていた。それはボクが、滝沢に梓と結婚するつもりなのかと尋ねた返事だ。
 「わたしとしては、梓と結婚したいと思っている。けれど、梓にはその気持ちがないんだよ」
 「本当ですか?」
 「ああ、本当だ。旦那の両親との同居はかなりストレスが溜まるものらしい。わたしとの関係は、そんなストレスの捌け口に過ぎないんだ」
 ボクの両親との同居がストレスなのは、ボクにも実感できる。
 「ふたりの子どもを置いて出るつもりはないし、離婚は、死んだ旦那の弟を完全に裏切ることになると考えているんだよ」
 その言葉で、梓は本当にボクを愛してくれていたんだと悟った。
 「梓の関係もそろそろ1年だ。せいぜい来年の春までかな?」
 滝沢は少し寂しそうに言った。
 「梓と別れたあと、わたしとなんて、どうかしら?」
 「梓と同じ顔をしたおまえとはつきあえないよ」
 確かに言うとおりだろう。梓はやがて滝沢と別れて、元の鞘に戻る。それまでの間は、ボクのできることをやってあげたいと考えたのだ。
 (これが浮気でなかったら、気持ちよくできるんだけど)
 「ひと月以内に、梓さんそっくりに改造しておくから」
 《わかったわ。じゃあ、そっちに行く口実を作っておかないと》
 「それなら、わたしがそっちに行くわ。そっちで入れ替わりましょうよ。滝沢さんにも協力してもらって」
 《ああ、なるほど》
 「じゃあ、準備が整ったら、連絡するから。写真、お願いね」
 《わかったわ》
 電話が切れた。切れた電話の受話器にキスした。
 (梓。愛してるよ)
 この言葉をずっと以前に、梓が兄と結婚する前に言えていたらと思う。後悔が渦巻く。けれど、もはや取り返しはつかないのだ。ボクは女で、梓を愛することができない。
 思い出すと悲しくて涙がこぼれ出た。

 部屋の明かりがついた。
 「どうしたの? 明かりもつけないで」
 買い物袋を抱えた山崎が小首を傾げた。
 「彼氏に振られたの?」
 「違うわよ」
 涙を拭う。
 「じゃあ、どうしてそんな顔をしているの?」
 「ちょっと昔のことを思い出して」
 「ふうん。ところでさあ、今日昼頃一緒にいた男の人、誰?」
 「昼頃?」
 滝沢のことだ。
 「ラブラブに見えたけど?」
 「そんなこと、ないわよ」
 ヘエと疑いの籠もった言葉を残して、買ってきたものを冷蔵庫に収め始めた。
 「誰にも言わないでね。彼のこと」
 滝沢のことは誰にも知られたくないのだ。
 「わかってるわ」
 山崎は口が堅いから安心だ。けれど、万が一のことを考えて、山崎に隠れて滝沢に電話を入れた。
 「滝沢さん? 今日、滝沢さんとわたしがいるところを同僚に見られたの」
 《そうか。一緒にレストランに行ったのは拙かったかな?》
 「それはいいの。梓と滝沢さんが一緒にいるときに同じように目撃されるかもしれないからね。誰とつきあっているかって聞かれたら、わたしとつきあっていることにして。そうすれば」
 《皆まで言わなくてもわかる。そうするよ。いいアドバイスをありがとう》
 これで完全な入れ替わりになるなと考えていた。



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