第17章 ボクの初盆


 8月に入ってすぐに梓から電話が入った。
 《茜さん、盆休みとかはあるんでしょう?》
 「あるわよ。13日から15日まで」
 《その間、もう一度チェンジ、お願いできない?》
 「その間って、まさか、3日間も?」
 《できない?》
 「3日間なんてとても無理よ」
 《だったら、13、14でいいわ。お願い。わたしの一生の》
 梓に頼まれると、イヤとは言えなかった。
 《じゃあ、滝沢の方から航空券を持っていかせるから、12日の最終便でこっちに来てもらえる?》
 「そっちで入れ替わるの?」
 《東京に行く理由がないから》
 それなら、そうするしかない。

 数日後、仕事を終えて店を出てすぐ滝沢が接触してきた。
 「これが航空券だ。12日の最終便。よろしく」
 ボクは、頷き受け取った。
 「それから、これを」
 差し出したのは携帯電話だった。
 「店に電話では連絡が取りにくいと言ってたから、手に入れておいた」
 「いいんですか?」
 滝沢は肩をすくめて、頼んだよと言い残して去っていった。逢い引きするのが人妻なのにお金を使い過ぎていないかなと思っていた。

 12日になった。例のスーツで出勤した。仕事が終わったらそのまま空路大分に向かうつもりだ。
 「イヤにめかし込んでるわね?」
 「実家に帰るだけよ」
 「ホントに?」
 疑いの目で見られた。
 「この前店の裏でコソコソ話していた人でしょう?」
 見られていたようだ。
 「あの人は、携帯電話を届けに来ただけよ」
 そう言って誤魔化した。

 仕事を終えて羽田に行くと、滝沢が待っていた。
 「ボクも付き合うよ」
 「迎えに行くなんて、そんなに梓がいいの?」
 「もちろんだよ。障害がなかったら、結婚したいと思っている」
 驚きながら滝沢を見た。じゃあ、わたしでもいいんじゃないのと言いかけて止めた。容姿は同じでも、ボクと梓は違うのだ。ボクを代わりにできないからこそ、梓を迎えに行くのだろう。
 ボクは窓際に、滝沢は通路側に座った。
 「滝沢さん、ひとつ尋ねてもいいですか?」
 「何をだ?」
 「わたしと梓が入れ替わった振りをして、入れ替わらなかったら、滝沢さん、わかるかしら?」
 「そうだな。わからないかもしれないが、ベッドインしたらわかるだろうな」
 「あ、なるほど。でも、わたしの方がよかったら、どうする?」
 「何だ? ボクを誘ってるのか?」
 「あ、いえ。そうじゃなくて・・・」
 滝沢と梓のつきあいを止めさせられたらと考えているのだ。そのために、滝沢の心をボクに向けさせる必要があるのだ。
 「ボクはそれほど器用な人間じゃないんだ。もうそんなことは言わないでくれよ」
 人妻と浮気している割には真面目なんだなと思った。

 大分空港でレンタカーを借りると、一路大分へ。ボクの実家近くにある公園に車を止めて待っていると、梓がこそこそとやってきて後部座席に乗り込んだ。
 「ここでもいいけど、見つかったら拙いから少し移動しましょう」
 梓は後部座席に倒れるようにして隠れ、そう告げた。
 「どこがいい?」
 「県立病院の駐車場。あそこだったら、人気がないわ」
 梓に指示されて県立病院へ向かった。広い駐車場の病院側ではなく、奥まった場所に車を止める。周りに人家がないから最適な場所だ。
 「茜さん。早く脱いで」
 急かされて着ていたものを脱ぐ。運転席には滝沢がいて、ボクが脱いでいくのをチラチラ見ている。恥ずかしいけれど、滝沢の気をボクに向けさせられたらと考えながら、裸になって梓が渡してきた下着を身につけていった。
 「じゃあ、戻ろう」
 車が再びボクに実家へと向かう。
 「梓さん、今日はどうするの?」
 「東京行きはもうないんだから、泊まるに決まってるでしょう?」
 滝沢がこちらに来たのはそう言う訳かと納得した。
 「じゃあ、お願いね」
 ボクを公園で降ろすと、二人を乗せた車はタイヤを軋ませながら去っていった。

 裏口から実家に戻ると、どこに行っていたのと母に睨まれた。すみませんとだけ言い、言い訳しなかった。なんと言い訳していいのかわからなかったからだ。下手な嘘は身の破滅だ。
 「明日は忙しいんですからね。今日は早く寝て、明日は早く起きましょう」
 そう言い、母は午後10時には居室へ消えていった。
 (何が忙しいんだろう?)
 そう思って応接間を見て、やっと気がついた。ボクの初盆だった。玄関前に提灯がぶら下がっているのが見えたのだ。
 (梓のやつ、煩わしいことをボクに押しつけて、滝沢と・・・)
 少しだけ腹が立った。

 朝食の下準備をして二階に上がると、雑誌を見ていた兄が嬉しそうな笑顔をボクに向けてきた。
 (拙いぞ、これは)
 今晩の兄は、あまり飲んでいないようだ。妻であるボクを抱こうと起きて待っていたに違いなかった。
 「明日は早いのよ。寝るわよ」
 ベッドの中に滑り込んですぐにそう告げ、兄に背中を向けた。
 「梓。なあ、時間をかけないから」
 「そんなのいやよ。わたしはマスターベーションの道具じゃないわ」
 兄の言い方に少し頭に来て、そう言ってやった。兄は諦めたようだ。

 午前6時の起床は同じだった。ただ、母も起き出してきて、朝食作りを手伝った。7時には、6人揃って朝食を食べ、バタバタと片付けをして掃除機をかけ、喪服に着替えた。
 午前9時を回った頃からお参りの人たちがぽろぽろとやってきた。
 「お寂しいでしょうね」
 「まだ若かったのに」
 などと言い、ボクの写真に手を合わしていく。ボクがほとんど知らない人たちだ。出したお茶を飲み干すと、早々に去っていく。
 昼前、ボクの同級生の一団がやってきた。
 「どうして自殺なんかしたんだろう?」
 「お兄さんみたいに公務員になればよかったのに」
 そう話しかけてくるのはボクにばかりだ。どうも、加藤義彦の初盆参りにやってきたと言うよりも、梓の顔を見に来たという感じだ。結婚して6年以上たっても梓は男の子たちの人気が高い。
 纏まって来てくれればいいけれど、パラパラといつ来るかわからない。それを待っているのはきつい。
 「市内だから三日ですむけど、田舎だったら、前後1週間はこの調子よ。楽な方よ」
 母がそう言う。1週間も2週間も続いたら死ぬなと思った。

 午後6時、一段落したからと夕食の準備をしていたら、仕事帰りの人たちがやってきた。相手をしていると、子供たちがお腹がすいたと騒ぎ出した。このくらいの年齢の子は、理屈が通らないから大変だ。
 夕食中もお参りがやってきて、落ち着いたのは午後9時を回った頃だった。
 「疲れましたね」
 母がげっそりとしていた。
 「勝手に死にやがって」
 兄がブツッと呟いた。ホントに死んでいたら、こんな様子は見られなかった。少なくとも親より先に死ぬものじゃないと思った。
 気疲れしたのか、兄は焼酎を飲んで眠ってしまった。明日の夕方にはチェンジだ。もうこんな心配はしないですむ。だから、安心して眠ることができた。

 翌14日は、午前中はほとんどお参りは来なかった。
 「町内の方々も来ていただいたし、お父さんや昭彦の職場の方々も大抵来たわよね?」
 「そうだなあ。みんな来たと思うけど」
 父ももう来ないんじゃないかという。ところが、土曜日と言うことを忘れていた。盆休みなどなくて働いている人たちがいるのだ。午後になってお参りが来始めた。
 午後2時前、サイレントにしていた携帯にメールが入った。トイレでこっそりとメールを確認する。
 (5時に下の公園で待つか。よかった)
 5時になるのを心待ちにしていた。ところが、午後4時過ぎになって梓の両親がやってきた。
 「他のお宅にお参りしていたらこんな時間になってしまって、申し訳ありません」
 梓の父が頭を下げた。
 「いえ、いえ。わざわざ来ていただいて。こちらこそ恐縮です」
 などと話し、ふたりがお参りをしていると、翔太と澪がふたりに抱きついて離れなくなった。
 「久しぶりですから、夕食をご一緒にいかがですか?」
 母が言い出した。
 「いや、そう言うわけには」
 「ご遠慮なさらずに。何もございませんが、孫たちも喜びますから」
 そう言う話になって、夕食作りが始まった。時計を見る。午後5時前だ。メールが入った。もうすぐ公園に着くというメールだ。
 トイレに行き、梓の両親が来ていて抜けられないと返した。1時間以内に抜けないと帰れなくなるよと再びメール。何とか抜け出すからと戻してトイレを出た。
 トイレを出ると、両親たち4人が孫を囲んでわいわいやっている。夕食作りがボクに任された形になった。
 時計を見ながら、料理を作る。6時前に何とか仕上がった。
 「お母さん、お酢が切れいているので買ってきます」
 「あら? お酢なら、床下収納にあるわよ」
 別のものを買いに行くと言えず、外出する口実を失った。どうしても出られないとメールを送った。明日の朝にしましょうとの返事が戻ってきた。
 (明日の朝か。仕事、遅刻だな)
 ため息をつきながら、料理をテーブルに並べた。

 わいわいがやがやの食事と食後のお茶で、梓の両親がいとまを告げたのは午後8時過ぎだった。
 お参りもずっと来ないので、順次入浴した。
 「今日も疲れましたね。明日がありますから、今日も早く寝ましょう」
 午後10時、母がそう宣言し、部屋にあがった。午後9時過ぎに寝てしまった子どもたちを覗いてみると、ぐっすりと眠っている。
 部屋に行くと、兄が爛々とした目でボクを見た。一緒に寝ないわけにはいかないので、兄の横に滑り込んだ。
 「梓。なあ、梓」
 背中を向けているボクに、兄が勃起したペニスをヒップに押し当ててくる。
 「疲れてるんだから、明日、明日」
 「一週間もご無沙汰なんだぞ」
 怒ったように言った。
 (一週間も?)
 もしかしたら梓が仕掛けたんじゃないかと思った。兄がボクを抱くように。
 「頼むよ」
 懇願する兄。こんな兄を放置して、梓は今頃は滝沢に抱かれていることだろう。兄が可哀想になった。ボクがその気になったら抱かれてもいいと梓は言った。
 (それに今はボクは梓だし)
 ボクは、兄の方に向き直った。兄がボクを抱きしめ、唇を重ねてきた。
 (あ、今まで経験してきたキスとは少し違う)
 それは愛情が籠もっているからだと感じた。パジャマの上からボクの胸を揉んでいた兄の右手がパジャマの下から潜り込んできて直接揉み始めた。
 滝沢はベッドインしたら気づくと言っていた。気づくな、気づくなと祈りながら、兄の愛撫を受けていた。
 パジャマがまくり上げられて、兄が頭を突っ込んでくる。そして、乳首を舐め始めた。乳首の大きさが少し違うはずだけど、気づいていないようだ。
 ボクの乳首を舐めながら、手と足を使ってボクの履いていたショーツを降ろしていく。ボクは腰を少し浮かせて脱がせやすくしてやった。
 兄の手があそこに伸びてきた。
 「疲れているって言ったけど、ずいぶん濡れてるな」
 勝ち誇ったように言った。そんなことはわかっている。血の繋がった兄とセックスしようと決心したとき、身体の芯にジンと痺れたものが沸き上がってきて濡れてきたのだ。
 ボクの身体を撫でながら兄がずり下がってくる。そしてボクの両足の間に入ってきて、舌を這わせた。
 「あ、あん・・」
 ズンとした刺激が身体を貫いた。ボクは兄の頭を押さえつけて悶えた。梓と反応が違っていたらどうしようかと一瞬脳裏に浮かんだ。けれど、そんな思いも快感に打ち消されていった。
 どれくらいたったかわからない。兄が這い上がってきてボクの横に倒れ込んだ。その様子からすれば、フェラチオを要求しているように感じた。
 「して欲しい?」
 兄は頷いた。やり方が違ったらと思うけれど、もう止めるわけにはいかない。ボクは布団の中に潜り込んで、勃起した兄のペニスを握った。
 ボクの身体に存在したものも結構大きかったと思うけれど、兄のものも大きい。口に入れると、ぴくっと震えた。
 一生懸命に舐める。
 「梓、今日はちょっと違うね」
 そう言われてハッとした。
 「いつもと同じよ」
 そう言うしか言い訳を思いつかなかった。今更変えられないので、そのままいつものテクニックでフェラチオを続けた。
 「もういいよ」
 腕を引くので、ずり上がっていった。兄はボクを仰向けにしてボクの両足の間に入ってきた。オーソドックスな正常位になる。
 「梓、愛してるよ」
 そう言いながら押し込んできた。横山よりは短いし桜井(山口)よりは細い。イヤ、違った。桜井よりは長いし横山より太い。ボクにはちょうどいい大きさだ。
 兄はボクの首筋や唇にキスしながら腰を動かす。
 (ああ、気持ちがいい。貫かれるのって最高)
 快感が押し寄せてくる。押し殺そうとしているのに、声が出てしまった。
 「ああ、ああ、ああん。ああ、ああん。はああ・・」
 兄の動きがもう性急になってきた。もう少し突いて欲しいと思っていたけれど、ボクもぐんぐん上っていた。
 「あ、梓!」
 兄がボクの中で跳ねた。ドクンドクンと吐き出されてくるのを感じながら、ボクは兄の背中に爪を立てていた。

 夜中に目が覚めて、兄とセックスしてしまったことが急に怖くなった。
 (ボクはきっと地獄に堕ちる)
 どうして拒否しなかったのか後悔された。

 メールが着信した。時刻は午前5時半だ。すぐにチェンジしましょうとの内容だ。大急ぎでパジャマからトレーナーに着替えて階段を下りていった。
 公園は以降と裏口を開けると、例のスーツ姿の梓が立っていた。
 「退いて」
 すっと家の中に入ってきた。
 「見られたら大変よ」
 「まだ誰も起きてこないわよ。早く脱いで」
 大急ぎで裸になって、梓が脱ぎ捨てたものを着込んだ。
 「早く行って。滝沢が待ってる」
 裏口を開いて外の様子を窺い、誰もいないことを確かめて外に滑り出た。ハイヒールが今日ほど歩きにくいと思ったことはなかった。
 公園に行くと、滝沢の乗った車が止まっていた。助手席のドアを開いて乗り込むと、滝沢は無言のまま車を発進させた。

 東京行きの始発便に乗った。今日は一日何をしようかなと考えた。滝沢はボクには目もくれずに新聞を読んでいた。ちょっとした悪戯心が湧いてきた。
 「修ちゃん、来週も航空券を取ってね」
 「は? 何だって?」
 「茜、もう1週間梓でいさせてくれって言うの。きっと主人に抱かれたのよ」
 「入れ替わらなかったのか?」
 「仕方ないでしょう? 駄目よって言ったら、大声を出すって脅すんだから」
 「そうか。仕方がないな。けど、お陰で1週間楽しめるな」
 嬉しそうに言い、ボクの頬にキスしてきた。兄は何とか騙せたけれど、滝沢はどうだろうかと心の中でほくそ笑んでいた。



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