第11章 偽りの妻として


 桜井はまだ朝食を食べていないとボクに言い、すぐに朝食を作るように命じた。冷蔵庫を開いてみると材料は揃っていた。早速朝食を作ってやった。
 「うん、味噌汁が美味い。この分だと料理も大丈夫のようだな?」
 「はい。頑張ります」
 ムシャムシャバクバクと食べていく。食べ方が汚いなと感じた。
 (こんな人は育ちがあまりよくないはずだ。人のことは言えないけどな)
 けれど、その方がかえって馬が合うんじゃないかと思った。
 「じゃあ、わたしは仕事に出掛けてくる」
 「今からですか?」
 時計は午前10時を指そうとしていた。
 「ははは。社長出勤だよ」
 ガウンを脱ぎ捨て、ぶらぶらさせながらベッドルームに消えた。桜井は社長だと言うから、文字通り社長出勤だ。
 「おいっ! ネクタイを結んでくれ」
 「は、はい」
 ネクタイなど結んでやったことがない。自分で結べても、結んでやるのはかなり難しい。四苦八苦してようやく結んでやった。
 「明日からはすぐに結べること。いいな?」
 そう言い残して鞄を持ってマンションを出て行った。
 (参ったな。でも、妻? 社長夫人ってこと? 楽して暮らせそうだ)
 ガウンを拾い上げて洗濯機を開いた。洗濯物がたまっていた。蓋を開いたとき、50男の臭いがしたような気がした。

 洗濯機にスイッチを入れて、部屋の掃除をした。掃除洗濯はボクに日常になっている。
 (随分汚れているな)
 調度は高級なのに、部屋の隅に埃が溜まっていたり、洗面所は水垢で汚れ、トイレも一応掃除されているようだけれど、行き届いていない。
 部屋の隅々まで掃除機を掛けてぞうきんで拭き取り、洗面所、トイレもピカピカに磨いておいた。
 気がつくと夕方になっていた。
 (夕食を作らなきゃ)
 今朝もちょっと不思議に思ったのだけれど、独身男の冷蔵庫というのに食料品が詰まっているのだ。
 (ボクを迎えるために準備しそうな男には思えないけどなあ)
 ともかく、材料を見繕って夕食を作っておいた。

 ボクは時計を見上げた。すでに午後8時を回っていた。
 「遅いなあ」
 腹がギュウと鳴った。朝食は遅かったけれど、昼食を食べそびれたのだ。
 (妻という限りは、食べないで待つべきだろうな)
 イライラしながら待った。

 桜井が戻ってきたのは午後9時過ぎだった。お帰りなさいと挨拶するボクに、いたんだったなとちょっとガッカリする言葉を出した。
 「夕食を作って待ってたんですけど」
 「夕食を? それはすまなかったな。何を作ったんだ?」
 カボチャの煮物が入っている鍋の蓋を取った。
 「小腹が空いたら食べよう。風呂に入る」
 ソファーの上に脱ぎ散らかして浴室に消えた。スーツはハンガーに掛けて仕舞い、下着類は洗濯機に投げ込んでおいた。
 食事を仕上げて食べていると、ガウンを着た桜井が頭をバスタオルで拭きながら出てきた。
 「何だ? まだ食べていなかったのか?」
 「待つのが妻として当然だと思って」
 「ふふ。そう言うところも気に入った。ビールと箸をくれ」
 冷蔵庫から缶ビールを取りだして渡すと、グビッと飲んでからカボチャをつまんだ。
 「料理がうまいって事は、主婦として合格だ」
 褒め言葉だと思う。ボクは笑顔を向けておいた。

 桜井が缶ビールを飲みながらテレビを見ている間に、ボクもシャワーを浴びた。直腸を綺麗に洗い、オイルを塗り込んでおく。相手をしなくてすむかもしれないけれど、準備をしておくに越したことはない。
 「おまえも飲むか?」
 ネグリジェに着替えていくと、桜井が言う。ボクは少しだけと答えて、小さなグラスにビールを注いで貰った。
 「さて、そろそろベッドに行くか?」
 言い出したのは、11時半を回った頃だった。桜井に従ってベッドルームに入る。そこは和室で、ダブルの布団が敷かれている。
 「おっ! シーツを変えたのか?」
 「はい。敷きっぱなしのようでしたから、シーツを剥がしてベランダに干して、新しいシーツを掛けておきました」
 「気が利くな。さあ、おいで」
 桜井の横に入ると、抱きしめられ、キスされた。タバコのイヤな匂いがするけれど、我慢、我慢だ。
 ボクの胸に手を当てて揉もうとして、そうだったと布団から抜け出していった。
 「明日からこれを飲むんだ。いいね?」
 手渡されたのは、どうやら女性ホルモンのようだ。袋に2錠ずつ朝晩服用と書いてあった。
 袋を枕元におくと、桜井は再びボクを愛撫し始めた。年齢が行っているだけあって愛撫も上手い。フェラチオも女のように丁寧だ。
 「さて、本式にフェラチオをやって貰おうか?」
 笑顔を向けられ、ボクは布団の中に潜った。桜井のペニスは、長さとしては標準だろうが、かなり太く、カリが張って黒光りしている。
 舐める、キスする、しゃぶる、吸う。持てる技量のすべてを尽くした。どんなに頑張っても行く気配はない。ただわずかに味が変わってきて、先走り汁が漏れ出てきたことを知った。
 「なかなか上手だ。相当に鍛えられたと見える。さて、ケツマンコをご相伴と行こうか?」
 仰向けになって膝裏を抱えさせられた。
 「用意はきちんとしておいたようだな。では、行くぞ」
 ブスッと突き立てられた。
 「あ、あうん・・・」
 ちょっと痛かった。ズブズブと奥まで押し込まれた。
 「むむ。なかなかいいケツマンコだ」
 ゆっくりと確かめるように出し入れを始めた。擦られる感じが何とも言えない。
 「あう、あう、あう、あう。ああ、あなた、いい。いいわあ」
 桜井さんじゃおかしいだろうから、あなたと呼んでみた。桜井は、ニタリと笑い、腰を動かし続けた。
 「バックだ」
 四つん這いになって突かれる。桜井の手が伸びてきて、ボクのペニスをしごいた。
 「ああ、だめ。行っちゃう・・」
 行かされた。シーツの上にボクの薄いザーメンが飛び散った。
 (せっかく新しいシーツを敷いたのに)
 虚ろになりながら、そう思っていた。再び正常位で突かれた。背中が冷たい。
 (まだかな?)
 突かれる回数が1000回を超えてしばらくたってからようやく桜井は爆ぜた。ボクの中に桜井のザーメンが送り込まれ、そして染み渡っていく。
 その時ボクは、ホモになってしまったことを自覚した。
 (今更だけどな)

 翌朝から、朝夕2回女性ホルモンを飲んだ。すでに純から女性ホルモンを盛られていたせいで副作用らしい副作用はなかった。
 桜井は2、3日おきにボクを抱いた。50代だから、こんなものなんだろうと思っている。もちろんボクはそのすべてで行かされた。ボクは満足している。
 桜井と同居し始めて1週間がたち、冷蔵庫の中が寂しくなった月曜日、桜井は出がけに財布の中から万札を取り出してボクに手渡した。
 「これで食料を買い込んでおけ。1週間分だ。余った金は小遣いにしていい」
 万札は10枚、10万円あった。桜井は渋いと横山が言っていたけれど、そうでもなさそうだ。
 安いもや特売品を買えば、金が余るだろうけれど、それまでに消費したものを見てみると、かなり高級品ばかりだ。肉だって、霜降りのいいところばかりだ。
 (それなりのものを買わないといけないな)
 近くにあるスーパーではなく、有名デパートに赴いて、いい品物ばかりを買い込んで帰った。
 (残金、1万ちょっとか。少しいいものを買いすぎたかな?)
 1万円は貯金しておいた。

 ひと月が過ぎた。桜井は、毎週10万のお金をボクに渡した。そして今日はお金と共にカードを1枚ボクに渡してきた。
 「服やアクセサリーなど、買いたいものがあるだろう。存分に使っていいぞ」
 そう言われたけれど、これもボクの金遣いを見ているのではないかと考えて、必要最小限のものに留めた。
 翌月請求書を見た桜井は、満足げな笑みを浮かべていた。
 「少し膨らんできたかな?」
 桜井がボクの胸を揉みながら言った。
 「うーん。少しだけね」
 わずかながら大きくなる兆しが見えていた。女性ホルモンを飲み続けているから、大きくなっていくことは間違いないだろう。
 「来週、まとめて休みが取れたんだ。京都にでも行くか?」
 「えっ! ホントに?」
 「すぐに手配をしておくから、旅行の準備をしておけよ」
 旅行なんて何年ぶりだろうか? ボクは大喜びで準備した。

 二日後、タクシーで東京駅まで行き、新幹線で一路京都へ向かった。
 「紅葉はまだ先だな」
 「でも、その頃にはお休みがとれないんでしょう?」
 桜井は肩を竦めた。嵐山の散策を終え、とある喫茶店に入った。
 「親子さんですか? 仲がよくていいですね?」
 和服を着た女性に言われ、ボクたちは顔を見合わせた。
 「どう見ても不倫にしか見えないと思うけど?」
 「不倫ですかなんて言えないだろう?」
 「それもそうね」
 笑い転げながら、お茶を飲み、次に向かった。そこは舞子に変身できる場所だった。
 「変身してから嵐山だったわね?」
 「ま、いいじゃないか。綺麗だよ」
 「真っ白けで、素顔が見えないからでしょう?」
 「そんなことはないさ」
 ボクがそれほど美人でないことは知っている。それでもいいと言ってくれるのだから、ありがたいと言えば、ありがたい。
 京都の町をしばらく散策してから変身を解き、ホテルに戻った。

 浴衣に着替え、予約しておいた家族風呂に入った。
 「梓の股間にそんなものがぶら下がっているなどとは、よもや思わないだろうな」
 浴槽に身体を沈めている桜井の目の前で身体を洗っていると、笑みを浮かべて桜井が言った。
 ボクだってそう思う。鏡に対峙すれば、まだまだ男らしさが残ってはいるけれど、衣服を着込めばボクが男だなんて疑う人間はまずいないと思う。
 (1年もたたないのに、ここまで変わってしまうなんて、ボクって元々女っぽいのかなあ)
 それは事実だと思う。背も低いし。

 京都の料理は上品ですごく美味しかった。料理の片付けが終わりテレビを見ていると、隣室では床が延べられていた。
 「ごゆっくりどうぞ」
 仲居が両手を突いて挨拶して出て行った。
 「少し早いが寝るか?」
 「え? ええ。ちょっと待ってね。用意をしてきますから」
 ボクはトイレに入り、直腸を洗ってオイルを塗り込む。こんなことをしなくてすめばいいのにと思う。
 「お待たせ、あなた」
 「さあ、おいで」
 桜井に抱き寄せられ、キスされた。ボクは一生懸命舌を吸った。
 「小さくてごめんね」
 ボクに胸を揉む桜井に申し訳なく言った。
 「小さい方が感度がいいと言うだろう?」
 そう言ってくれる桜井が愛おしいと思い始めていた。少し縮んでしまったペニスを咥えられる。いくら女らしくなっても、小さくなって勃起力が弱くなっても、そこはボクにとってもっとも感じるところだ。
 シックスナインの体勢で、桜井のペニスをしゃぶる。フェラチオがこんなに好きになってしまうなんて、思ってもみなかった。
 「騎乗位で行こうか?」
 初めてだ。旅行先と言うこともあって、雰囲気を変えたいのかもしれない。ボクは桜井に跨り、右手を添えてボクの中に導いた。腰を下ろすと、ボクの中にズブズブと入り込んでくる。
 (騎乗位って言うのは、ボク自身が望んでやっているって言う証拠だよな。ボクもここまで変わったんだ)
 感慨を胸に、腰を上下させた。

 翌日は、金閣寺、銀閣寺、清水寺などをタクシーで回り、そしてもう一泊した。今日も桜井は騎乗位を要求した。
 (明日は別の体位をボクの方が要求してみよう)
 いろいろな体位を試すのが楽しいと感じた。

 12月になった。桜井とは5ヶ月以上続いていることになる。このままずっと続いてくれるといいなと思う。
 そんなことを考えていたクリスマスイヴ、桜井が会社からボクをあるホテルに呼び出した。
 《ディナーを一緒に取ろう》
 嬉しくて、着飾ってバッチリ化粧を施してそのホテルに赴いた。
 「梓、ここだ、ここだ」
 窓際の一等席から桜井が手招きしていた。周りは若いカップルばかりだ。不況はまだ続いているけれど、こうしたカップルの姿は一向に減らない。
 (うーん。どう見てもボクたちは不倫カップルだな)
 料理が運ばれてきて、ゆったりとした時間が過ぎ去っていった。そして最後のコーヒーが出たとき、桜井は咳払いをひとつしてから、横に置いていた鞄の中から小さなケースを取りだした。
 そのケースをボクに向かって開いて見せた。そこにはかなり大きなダイヤの付いたリングが入っていた。
 「梓、もしキミがよかったら、わたしと結婚してくれないか?」
 単なるプレゼントだと思っていたから、心底驚いた。1年前、ボクは解雇通知を渡され、絶望していた。それが、1年たった今、会社社長に求婚されている。ものすごいギャップに驚きを禁じ得ない。
 「冗談でしょう?」
 「冗談でこんなことを言えると思うのか?」
 桜井は真顔だ。
 「でもわたし・・・」
 男のなのよと周りに聞こえないように囁いた。
 「性転換して女になればいい」
 ボクに顔を寄せて小声でそう告げた。
 「わたしみたいな年寄りとではだめか?」
 「あ、いえ。そんなことはないですけど・・・」
 「わたしの親父が死んだ年までまだ25年ある。25年あれば、梓を幸せにできると思う。最後の5年ほどは介護して貰わなければならないかもしれないがね」
 桜井はニタリと笑った。
 「だめなのか?」
 「ちょっと待って。ちょっと待って」
 女性ホルモンを服用し、女性のような体つきになってはいても、その気になれば元に戻れる。けれど、性転換してしまえば、元には戻せないのだ。
 「きっと梓を幸せにしてみせる。だから、お願いだ。わたしと結婚してくれ」
 両手を握りしめられ目を見つめられて懇願され、ボクは思わず頷いていた。
 「みなさん! わたしはこの人と結婚します。皆さんが証人になってください!」
 周りから拍手がわいた。桜井がボクの薬指に指輪を填めてくれた。拍手が一段と大きくなった。
 不倫と思われていたボクたちが、幸せなカップルに変わった瞬間だった。



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