第1章 リストラは屈辱の始まり


 手渡された書類を見ながら、ボクは茫然としていた。それは、12月20日付で、契約を打ち切る、つまり解雇するという通知だった。
 ボクの他にも数十人が解雇されたようだ。
 「契約は来年3月までのはずです」
 仲間と共に抗議に出かけたけれど、契約書類を確かめさせられただけだった。そこには、会社の業績によっては中途解約もあり得るとの項目だった。
 「契約解除については先月末に皆さんに通告しておいたはずです。給料も今月分は全額支給しておりますし、さらに5万円の上乗せも行っております。会社としてはこれ以上の対応は困難です」
 鼻を括ったような回答にみんな声を荒げたけれど、どうにもならないようだ。何人かは、裁判に訴えると息まいているけれど、会社自体の存亡がかかっていると言われれば、解雇を受け入れるしかなかった。

 寮に戻って荷物をまとめ、会社をあとにした。
 (どうするかな? 仕事など見つかりそうもないけど・・・)
 一応ハローワークには登録しておいたけれど、3流大学出だし資格もないボクにとって前途は厳しいと言えた。
 実家にいる母の顔を思い出す。帰ろうかとも考えたけれど、帰ってどうなるというのだろう? 仕事の宛てがないから東京へ出てきたのだ。兄夫婦の幸せそうな顔を見るのもイヤだった。交通費を無駄にするだけだと考え直した。
 (バイトでもいいから、何か仕事を見つけないと)
 バイト募集の張り紙を捜して回るけれど、いつもは見かける張り紙がまったく見つからない。
 たまたま入ったファミレスで、バイトできないか尋ねてみたけれど、深夜営業を止めたから、間に合ってるとの話だった。
 結局仕事らしい仕事は見つからず、泊まるところを捜す羽目になっていた。
 (一番安い場所は・・・)
 捜しているのはネットカフェだ。夏ならともかく真冬なのだ。路上生活は厳しすぎる。何軒か回ってみたけれど、値段は変わらない。
 (だったら、綺麗なところがいいよな)
 そう思って店に入ってみたけれど、満室だった。あまり早く行くと、朝早くに追い出されることになる。だから、午後9時を回った頃から探し始めたのだが、これが失敗だったのだ。仕方なく、別の店に入った。そこも満室だった。
 結局狭くて汚い店にようやく空きを見つけて滑り込んだ。
 (まあ、いいか。早速仕事探しをしよう)
 検索を掛ける。
 (できるだけ楽で時給がいい仕事は・・・)
 そんな仕事があるはずはないけれど、人間、易きに流れるものだ。いくつかメモして、電話を掛けてみた。
 「駄目? もう決まってしまったんですか・・・。わかりました」
 結局全滅。ふて腐れて寝るしかなかった。

 午前7時、店を出た。同じように店からぞろぞろと、いわゆるネットカフェ難民が出てくる。
 (夏にはボクもこいつらと一緒になるなんて思ってもみなかったな)
 フラフラと通りを歩いていき、コンビニでパンと牛乳を買って食べた。
 (仕事が見つからなかったら、こうして食べることができなくなるかもな)
 ふと視線を上げると、男がボクを見下げていた。
 「おまえ、加藤だよな?」
 そう言われて男の顔をよくよく見ると、東京に出てきた頃、一緒にコンビニで働いていた横山だった。
 「ああ、横山さん、久しぶり」
 「なにやってんだ? こんなところで」
 横山は、ボクの横に座り込む。
 「あ、いや。職場を解雇されましてね。仕事を探してるんですよ」
 「仕事か。今、厳しいもんな」
 「横山さんは何をやってるんですか?」
 横山はヘヘッと笑ったまま答えず、ポケットからタバコを取り出して吸い始めた。
 「何をやってるんですか?」
 もう一度尋ねると、横山はまわりを見回してから、小声でヒモだよと答えた。
 「ヒモ!」
 「大きな声を出すなよ」
 横山はもう一度まわりを見回す。確かに大きな声で言える話じゃない。
 「女を働かせて金を貢いでもらうなんて、楽でいいですね。俺にも誰か女を紹介してくれませんか?」
 「バカ言うなよ。ヒモってのは、体力と気力がないと続かないんだぜ」
 「え? そうなんですか?」
 「当たり前だろう? ヒモを飼う女って言うのは、ことセックスに関してはどん欲なんだ。こっちのことなんて考えてくれねえ。いくら疲れてきつくたって、女が満足するまでサービスしてやんなきゃならねえんだよ。ひと晩に三回なんて、ざらだぜ」
 「そりゃ、ボクには務まらないですね」
 「おまえは堅気の商売を捜した方がいいぜ」
 「それが、ぜんぜんないんですよね。ヒモでなくていいですから、何かいい仕事があったら、紹介してくださいよ」
 「わかった。じゃあ、携帯の番号を教えてくれ」
 携帯の番号を教えると、横山はタバコを2本くれて立ち去っていった。
 (携帯の支払いもできないから、すぐに通じなくなるんだけどな。早く連絡をくれるといいけど・・)

 バイトを見つけた。メモした最後から2番目のイベント会社だ。24日の夜までだ。サンタの格好をして、看板を掲げて歩くだけだ。少し恥ずかしいけれど、眼鏡に髭を付けるからボクだとわからない。
 (給料が安いけど、ないよりはましだ)
 通りを何度も何度も往復するのは本当に疲れる。小さい子どもに喜ばれるのはいいけれど、酔客に蹴飛ばされそうになるのは頭に来た。
 「お疲れ。ハイ給料」
 「3000円じゃあ?」
 封筒の中には千円札2枚と小銭が入っていた。
 「所得税7パー引いてあるからな」
 「所得税・・・」
 「うちはきちんと申告してるんだよ。じゃあ、明日も頼むな」
 210円でも引かれると辛い。けれど、文句を言うと明日使ってくれないかもしれないので、黙ってお願いしますと頭を下げて置いた。
 (11時か。空いてるかな?)
 いい店はどうせ開いていないだろうと踏んで、昨夜泊まった店に出掛けた。満室だった。仕方がないので別の店を探す。
 (個室ビデオか。明日の仕事は決まってるから、今日はビデオを見過ごそう)
 最初に入った店に空室があった。支払いをして中に入り、『ラバーズ』とAVを一本持ち出して個室に入った。AVは最後に見る予定だ。

 午前2時過ぎ、『ラバーズ』を見終わった。
 (ああ、面白かった。チャン・ツィー、いいなあ。最高。さて、AVを見るまえにトイレに行っておこう)
 ヘッドフォンを外し、個室を出てトイレに入った。誰もいないトイレで用を足す。手を洗っていると、誰かがトイレに入ってきた。
 「声を出すと殺すぞ」
 くぐもった声がそう言い、喉元にナイフが当てられた。
 「か、金なら持ってないよ」
 「いいから、黙って個室に入れ」
 訳がわからないまま個室に入ると、男も個室に入ってきてドアを閉めた。
 「バルトを緩めてズボンを降ろせ」
 「な、何をするつもりだ」
 「声を出すなと言っただろう!」
 ナイフに力が込められた。仕方なくベルトを緩めてズボンを降ろした。
 「両手を便器の上に突け」
 言われた通りにすると、トランクスが降ろされた。ナイフは首筋から背中へ、そして左の腹に移動していた。
 男がヒヒヒとイヤらしい声を上げながらボクの尻を撫で始めた。これから起ころうとすることがわかってボクは泣きそうになった。
 男の手がボクの尻から離れた。何かゴソゴソやっている。ポケットの中から何かを取り出そうとしていた。
 「動くな! おまえみたいなやつがひとりやふたり死んだところで、サツは動きゃしないんだ」
 少し動くとナイフで腹をペタペタと叩かれた。尾てい骨あたりに冷たいものがベトリと落ちてきた。
 男はそのベトリとしたものをボクの肛門に塗り広げ、そして、指を入れた。
 「うっ!」
 「よく締まるねえ。あんちゃん、もちろんやったことはないだろうな?」
 「当たり前だ!」
 「声が大きいぜ。これを噛んでいろ」
 汗臭いハンカチを口元に押し当てられた。ナイフがボクを脅す。やむなくそのハンカチを噛んだ。
 男の指がボクの中で動き回る。痛いけれど、何だか妙な気持ちになってくる。
 「じゃあ、力を抜いていろよ」
 肛門に何かが当たった。見えないから何かなどと抽象的に言っているけれど、それは男の勃起したペニスに間違いなかった。
 ギュッと押しつけられ、そしてズポッと入ってきた。あまりの痛みに腰を引こうとすると、ナイフの切っ先がヘソのあたりに当てられた。
 「ふっふっふ。いい締まり具合だ」
 ボクのアヌスがヒクヒクと痙攀している。男はそれを楽しんでいるようだ。痛みがゆっくりと治まっていった。
 違和感だけになりつつあったとき、男が腰を動かし始めた。またもや痛みがボクを襲ってきた。
 「うーっ! うーっ!」
 「痛いか? そのうち、気持ちよくなる」
 (気持ちよくなる? そんなことあるもんか!)
 心の中でそう叫びながら、痛みに耐えた。
 バタン!
 トイレのドアが開く音がした。男は動きを止め、ボクの腹に当てたナイフに力を込めた。声を出すなと言う合図だ。出したくたって出せるわけもない。男に犯されている場面など、人に見られたくないからだ。
 ジョーッと小便が便器に落ちる音がして、その男は手も洗わずにトイレを出て行った。ドアが閉まる音がすると同時に男が腰を動かし始めた。何故か動きがおかしい。
 「ちっ! 邪魔が入ってシラケちまったぜ」
 男の呟きからすると、中断したために少し萎えたらしい。諦めてくれるのかと思ったけれど、男は腰を動かし続けた。次第に復活してくるのを感じた。
 グチュグチュグチュと音がし始め、内股に流れていくものを感じた。それと同時にボクの中に得体のしれないものが沸き上がってくるのを覚えた。
 (ああ。何か、変だ。何だ、これは?)
 「あーっ! あーっ!」
 「ふふふ。感じてきたようだな。おまえ、感度がいいようだな」
 嘘だと叫びたかった。けれど、感じているのはホントみたいだった。その証拠にボクのペニスが勃起してきていた。
 「そろそろ行くぞ」
 男の腰の動きが速くなり、そして止まった。ボクの中で蠕くものを感じると同時に、ボクのペニスから精液が漏れ出ていった。チロッチロッと。
 ボクはそんなに年じゃない。だから、マスを掻けば、ドビュッと出る。けれど、ドビュッじゃないのだ。少しずつ、ほんの少しずつ漏れるようにして出るのだ。少しずつだから、いつまでも出た。だから、ずっと気持ちよかった。
 男が抜け出ていく。抜け出ていくなとばかりボクのアヌスがヒクヒクと痙攀している。
 「へっへっへ。なかなかよかったぜ」
 カラカラとトイレットペーパーが巻き取られていった。ボクの腹にはナイフは当てられていない。
 (ぶん殴ってやる!)
 そう思ったのに、身体が動かなかった。トイレットペーパーが床の上に投げ捨てられ、カチャカチャと音がした。
 「じゃあな」
 背中がポンと叩かれ、ドアが開いて男が出て行った。涙がこぼれていた。ボクはずっと泣いていた。

 ドアが開いて誰かが入ってきた。何とか泣き声を押し殺し、その誰かが小便をすませて出て行くのを待った。
 誰かが出て行くのを確かめてから、トイレットペーパーを巻き取って尻を拭いた。血が付いた。そして精液の臭いがした。また涙が出た。
 思いついてトイレの蓋を開いてアヌスを洗った。何故かビデのボタンを押していた。
 (あれ?)
 床の上に千円札が落ちていた。千円札は三枚あった。
 (あいつが置いていったんだろうか?)
 他に考えられなかった。
 (ボクのお尻を使った礼金? それとも口止め料?)
 無性に悔しかった。破り捨ててしまいたかった。けれど、今のボクにとって三千円と言えども大金だった。悔しいけれど、財布の中に納めた。
 ケツの痛みに耐えながら部屋に戻った。AVなど見る気にならなかった。床の上に丸まって目を閉じた。なかなか寝つかれなかったけれど、やがて眠っていた。

 携帯電話から目覚まし用の音楽が響き、目を覚ました。頭が痛い。そして尻も。思い出すと涙が出る。だから、昨夜のことは夢だったと思いこむことにした。
 トイレに行きたかったけれど、あのトイレには行きたくなかった。だから、荷物を抱えて早々に店を出た。
 (ああ、気持ちが悪い)
 アヌスにまだあれが突き刺さったままのような感じなのだ。それに歩くたびに痛い。がに股で歩けば楽なんだろうけれど、笑われそうで何とか普通に歩いて駅に辿り着いた。
 トイレに駆け込む。駅のトイレは和式だ。座って息むと、便器にパッと真っ赤なバラが咲いた。それを見て再び昨夜の屈辱を思い出した。
 悔し涙を流しながら糞をすませ、トイレットペーパーで拭った。トイレットペーパーにベットリと血が付いた。
 トイレットペーパーを尻に当ててトランクスを上げ、ズボンを上げてベルトを締めた。
 (どうするかな? ま、いいか)
 血で真っ赤になった便器はそのままにしてそそくさとトイレを出た。

 ファミレスでモーニングを食べてからバイト先に顔を出し、サンタのスタイルに着替えて看板を持ち、街に出た。
 「あのサンタさん、変な歩き方」
 子どもがボクの歩く姿を見て笑った。ボクだとわからないだろうからどうでもいいと思って、がに股で歩いていたのだ。

 午後9時、長い長いバイトが終わった。手取りはやっぱり2730円だった。
 (時給にしたら、270円だぞ。こんなの労働基準法違反じゃないのか?)
 来なくていいと言われるのが怖くてやっぱり言い出せなかった。
 (今日はどこに泊まろうか?)
 今日も路上で寝るには寒すぎる。やっぱりネットカフェか、個室ビデオだ。幸いなことに最初に訪れたネットカフェに空室があった。
 25日以降のバイトを捜す。
 (ないなあ)
 年末の求人はもはやなくなっていた。
 (年明けまで無職で行くしかないな)
 溜め息をつきながら、カップラーメンを啜って眠った。

 サンタクロースも3日目になればなれてくる。尻の痛みもなくなり、少し陽気に振る舞った。
 (これで時給が高けりゃなあ)
 ふと尻を貸した方が時給がいいななんて考え、慌てて頭を振った。

 午後11時、今日は個室ビデオに入った。ネットで調べても職は見つからないし、ビデオでも見て過ごした方がいいと考えたからだ。もちろん、一昨日襲われた店とは違う店だ。
 (おっ! インディー・ジョーンズがあるぞ)
 前回は、すべて貸し出し中だった。だから、喜び勇んで部屋に入り再生した。

 見終わって、最後の部分に少しガッカリした。
 (UFOかよ。他にアイデアはなかったのかよ)
 思いながら、トイレに立った。トイレの前まで来て、一昨日のことを思い出した。時刻はやはり午前2時過ぎだ。別の店だと言っても油断しない方がいいと考えた。
 中に誰もいないことを確かめ、そして、個室に入った。ドアを閉めておけば安心だと考えたからだ。
 小便をすませる。手は洗わないでビデオの個室に戻るつもりだ。
 (手を洗っているとき、後ろから襲われたものな)
 ジッパーを上げドアを開くと、目の前に目出し帽を被った男が立っていた。
 「中に戻れ」
 ナイフを突きつけ、くぐもった声で命じた。
 (そんな・・・)
 ボクの胸を左手でドンと突くと、男は中に入ってきてドアに鍵を掛けた。



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