第9章 新たな出会い


 内出血が引くと、俺の元の顔が想像できないと思うくらいに変わっていた。目はくりくり、鼻筋はすっと通っていて、ムッチリとした唇は官能的だ。
 退院許可が出て、霧島が迎えに来た。
 「ちょっと待て。シャワーを浴びておきたいから」
 バスルームに入り、シャワーを浴びたあと、鏡に裸の姿を写してみた。豊胸するとき胸のサイズについて、俺の考えとしてはDカップなんて小さいと思っていた。けれど、鏡に映った俺の胸は結構でかいと感じた。
 (ウエストもくびれたなあ)
 ヒップもかなり張っていて、メリハリがはっきりしている。
 (すっげえ。チンポが勃っちまいそうだ)
 勃つものがないけれど、身体の芯に何か電撃のようなものが流れた。
 (3ヶ月前までとは完全に別人だな)
 これなら、絶対に借金取りたちに見つからないと思った。
 (サツにもな)
 ニタニタしながら薄いTバックショーツを穿いた。ブラも乳首の部分がレースで隠れる以外は半透明のものだ。
 ガーターベルトにシルクのストッキングを身に着け、パステルブルーのワンピースを着る。上半身は身体にピッタリと密着し、スカートはふわっと広がるミニ丈のものだ。
 (院長、趣味がいいよ)
 俺が身に着けているものはすべて退院祝いにと院長が俺に送ってくれたものだ。化粧をすませピアスにネックレス、それに指輪を填めて立ち上がると霧島が眩しそうに俺を見た。
 「良美、綺麗だ。よく似合ってるよ」
 「ありがとう、譲さん」
 「じゃあ、院長に退院の挨拶をしに行こうか?」
 霧島は荷物を持ってドアを開いた。俺はバッグを手にして、久しぶりのハイヒールに少し戸惑い気味に歩き始めた。

 院長は俺には笑顔を見せたけれど、霧島に対しては少し硬い表情だった。賠償金という形で現金を脅し取られるのだから無理もない。
 「いやあ、似合いますなあ。髪の毛がもっと伸びるともっといいんだが」
 院長がにやけて言った。俺はまだショートカットのカツラを被っている。俺の地毛も少しは伸びているけれど、もう少し伸ばさないと女らしいヘヤースタイルにならないからだ。
 「院長先生、大変お世話になりました」
 「うむ。来月の診察、会えるのを楽しみにしているよ。ひと月分の薬は受け取ったかね?」
 「はい」
 しばらくひと月に1回診察を受けることになっていた。薬とは女性ホルモンのことだ。
 「霧島さん、これは例のものです」
 紙袋を霧島に差し出した。霧島はニタリと笑ってそれを受け取る。その中には1000万の現金が入っているのだろう。
 「院長、このことといつものことは別問題ですので、考え違いのないようにお願いしますよ」
 「わかってるよ。じゃ、気をつけて」
 院長室から送り出された。霧島と院長との間には何か焦臭い関係がありそうだ。

 霧島は玄関前に待機していたタクシーには乗らず、駐車場へと向かった。わナンバーのフィットに荷物を載せた。
 「借りてきたの?」
 「ああ。タクシーだと、行く先を知られるからな」
 用心深いことだ。まあ、俺にとってもその方がいいと思う。俺が乗り込むとすぐに車を出した。
 首都高速に上り、1周半ほどして降りた。さらに国道を行ったり来たりしてから、駅前で乗り捨ててタクシーに乗り換えた。そのままマンションに行くのかと思ったら、デパートにより、別のタクシーに乗り換えてからようやくマンションに向かわせた。
 エレベーターで上りながら、診察に行くときはどうするんだろうと考えていた。
 「さあ、この部屋だ」
 「へえ、いい部屋じゃないの」
 3LDKの明るくて感じのいい部屋だった。
 「昼飯は何か作れるか?」
 「自信はないけど作ってみるわ」
 霧島と暮らすからには料理のひとつもできないと悪いと思い、入院中に料理の本で勉強しておいたのだ。
 「でも、材料はあるの?」
 「あ、そうだったな。近くにスーパーがあるから買い出しに行くか?」
 「そうね」
 「俺はこいつを銀行に振り込んでくる。こんな大金をそばに置いておけないからな」
 「わかったわ」
 霧島は紙袋の中から万札を5枚ほど俺に手渡し、大事そうに抱えながらマンションを出て行った。
 食料品を買い出しに行く前にタンスの中を調べてみた。何も入っていなかった。
 (服も買わなきゃいけないな。もっと貰っとくんだった)
 必要最小限のものだけを買うことにして、マンションを出た。

 買い物よりも先にやったことがある。それは髪の毛のカットだ。美容師にカットして貰うと、短いけれど女らしいヘヤースタイルになった。
 美容室を出て買い物に向かった。駅方向に50メートルばかり歩いた場所にショッピングセンターがあった。下着やパンストを買い、バーゲン品のワンピースやスカートを買っておいた。それから食料品コーナーに行き、肉や魚、野菜、それに調味料などを買い込み、マンションに戻った。
 (1時間半もたってるのに、まだ帰ってない)
 ともかく大急ぎで昼食を作った。なすとほうれん草のスパゲティーだけど、思いの外よくできた。
 霧島は戻ってこない。
 (やっぱりか)
 性転換された当初、これは霧島が画策したことだろうと考えていた。豊胸術をしないかと言われて応じ、患者取り違えで性転換なんて、あり得ないと思っていたからだ。
 けれど、霧島は見舞いにやってくるたびに、霧島との距離を感じるようになった。だんだんよそよそしくなっていったのだ。
 退院の今日にしても、手術前の霧島だったら、俺を抱きしめてキスくらいしただろう。ところが手も握らなかった。おかしいと思っていた。
 恐らく霧島は戻ってこない。イヤ、絶対に戻ってこない。その証拠に携帯がつながらなくなっていた。
 あいつは、ペニスが生えた女でなければ駄目なんだ。いくら男でも、性転換してしまうともう愛せないのだ。
 今日まで病院に通ってきたのは、1000万の現金が欲しかったためだ。つまり、性転換手術が行われたのは、やはり取り違えだったと言うことだ。
 (ま、手術代はただだったし、今後も死ぬまで治療費がただになるからいいけどな)
 俺はほくそ笑み、スパゲティーを食べた。

 片付けを終えてから、俺はバッグを開いた。中には100万の札束が入っている。霧島が受け取った紙袋の中から、こっそりくすねたものだ。
 (俺が貰うべきものだから、くすねたってことにはならないな)
 それから酒井良美の免許証と残高が20数万と記された郵便局の通帳に印鑑。キャッシュカードもあるけれど、暗証番号がわからないので使えない。
 免許証は使えないけれど、生年月日と本籍を覚えるために持ってきたのだ。
 (俺よりふたつ下か。まあいいだろう。本籍地は大阪か。関西弁はまったく話せないけど、どうするかな?)
 生まれたのは大阪だけど、育ったのは東京と言うことにしようと考えた。
 (手持ちは125万あまりか。当面は生活していけるけど、何か仕事をしないと・・・・)
 本人が死んでいるから、酒井良美の戸籍を使ったところで文句を言う人間はいないだろうけれど、会社組織だと、調査が入るかも知れないと考えた。
 (真面目な仕事は俺には相応しくないしな)
 身体を売るというのが一番手っ取り早いけれど、性転換して女になったとばれるような危険は犯したくない。
 (水商売だな。ホステスをやろう。今の俺の容姿には相応しいだろう)
 サイドボードのガラスに映った姿を見てそう決めた。
 (女じゃないとばれると言えば、あそこはどうなっているんだろう?)
 病院にいる間、一度も見せてもらえなかったのだ。玄関ドアに鍵を掛け、ベッドルームに入ってショーツを降ろした。携帯をカメラモードにしてシャッターを押す。
 (あれ? 上手く撮れていない)
 3度目でようやく正面からの写真が撮れた。
 (なんてことだ! まるで女だ)
 指を使ってその部分を開き、もう一度写真を撮った。
 (ちょっと違うけど、よくできてる)
 感心するできばえだった。満足できる仕上がりになっているという院長の自信に満ちた言葉が蘇ってきた。
 (暗い場所だったら、欺せるかも知れないな。そうそう。ショーツを降ろしたついでに拡張をやっておかないと)
 拡張棒を取り出して、ジェリーをたっぷり塗って挿入した。本物のペニスが入ったらどんな感じなんだろうなと思った。

 夕食はトンカツを作って食べた。油の温度が高すぎたらしく、真っ黒になった上に揚げすぎで美味くなかった。それでも我慢して食べた。就職できて現金が入るまでは節約しなければならない。
 片付けを終えて、俺はすぐに町に出た。スリップドレスを着たままだから、男たちが振り返って見ている。
 (すっげえ快感)
 女にされたときはものすごくショックだったけれど、今は感謝すらしている。
 「お嬢さん、うちで働いてみる気はない?」
 優男が話しかけてくる。こいつは駄目だと俺のアンテナが拒否反応を見せた。俺は男を無視して歩き続けた。
 ある店の前で俺は立ち止まった。高級クラブのようだ。
 「すみません。ママに会わせていただけますか?」
 店の前にいた黒服に頼んでみる。
 「ママに何の用だい?」
 「よろしければここで働かせていただこうと思いまして」
 黒服は俺を値踏みするようにしてみたあと、店の中に消えた。数分後、黒服が出てきて、中に入れと俺に告げた。
 和服姿の細面の女性が出てきて、働きたいんだってと俺に尋ねた。
 「はい」
 「水商売の経験は?」
 俺自身、キャバクラに行ってサービスを受けたことはあるのだが、ここはないと答えておいた。
 「どうしてホステスをやりたいの?」
 「手っ取り早くお金になるかなって思って」
 「正直ね。でも、それだけじゃ、この業界ではやっていけないわよ。お客様にとことんサービスするつもりでないとね」
 わかるような気がする。
 「やれるかどうか、試させていただけますか?」
 「そうね。容姿的には問題ないわね。お客様ときちんとお話ができるかしらね?」
 不安を見せながら、お試し期間と言うこと採用してくれた。源氏名はエリカにした。
 「そのドレスのままでいいわね。2番テーブルに付かせて」
 黒服に命じ、早速テーブルに付かせた。
 「初めまして、エリカです。よろしくお願いいたします」
 挨拶をして、先にお客の相手をしていたホステスの指示に従って、お客の間に腰を下ろした。
 左のお客がタバコを取りだそうとしていた。俺はテーブルの上に置いてあったライターを取り、タバコに火を点けてやった。右のお客には、フルーツをフォークで刺して口に入れてやった。
 「エリカちゃん、年はいくつ?」
 「18です。きゃはっ! 嘘です、嘘です。実は25です」
 「25! そんなには見えないな」
 「お世辞を言っても何にも出ませんよ」
 「お世辞じゃないよ。27、8だと思ったって言う意味だよ」
 「ああ、ひどい!」
 と、はしゃいでいたのだけれど、すぐにママからお呼びが掛かった。
 「ここは高級クラブなんですよ」
 それだけだった。もっと上品にやれと言うことだろう。この店は俺には合わないなと感じた。
 ただ、お客には受けがよくて、ドンペリなどを入れてくれたので、雇うつもりがなかったママはちょっと渋い顔をしていた。

 店が跳ねて、給料を貰った。
 「あんたのキャラはお店に合わないような気がするけど、もう2、3日様子を見させてちょうだい。いいわね?」
 「はい。今日はありがとうございました」
 礼を言って店を出た。俺的には、別の店を探そうと思っていた。

 翌日、少し早めに町に出て働きやすそうな店を探したのだけれど、結局は昨日の店に来てしまった。
 「うん、今日はシックな装いでいいわね」
 ママが俺の真っ白なスーツ姿を見て、ニッコリと笑った。奮発して買ってよかったと思った。
 「エリカちゃん、3番テーブル、お願いね」
 さっそくテーブルについた。昨日と違って重役ふうの男たちばかりだ。
 「今晩は。エリカです。よろしくお願いいたします」
 「おお、美形だな。年はいくつだ?」
 昨日のやつもだけど、女に年を聞くなよなと思いながら、25ですと答えた。
 「25にしては落ち着いてるね」
 「いつも老けてるって言われます」
 「そうだろうね」
 納得するなよとちょっとムッと来た。
 「まあ、一杯いきなさい」
 「はい、いただきます」
 断ってもいけないし、かといってお客さんのキープをガブガブ飲むわけには行かない。それは俺が客として訪れた店でホステスにキープを飲み干されて気分を害した経験から来るものだ。高級ブランデーの水割りを薄く作って舐めるように飲んだ。

 午前0時までに四つのテーブルについた。今日はそつなく仕事をこなした。ママは、この調子で頼むわと言って給料をくれた。
 この店で働くのはいいけれど、着ていく服が大変だ。安物は着ていけないし、高い服を買いそろえるには預金残高が少ない。霧島が持っていた紙袋からもうひと束抜いておけばよかったと後悔した。
 (もう2着ほどはこんな仕事をしなくても必要だから買うことにしよう)
 ブルーとピンクのワンピースを買っておいた。

 1週間が過ぎた。そして、初めて指名がついた。4日目の夜、最初についたテーブルにいたお客のひとりだった。
 「ご指名ありがとうございます。大沢さんでしたね?」
 「一度しか会っていないのに、よく覚えていたね?」
 「お客様の名前を覚えるのは得意なんです」
 麻雀パイになぞらえて覚えているのだ。そんなことは言えないのだが。
 「大阪出身だと言ってたね?」
 「え? ええ」
 「その割に訛りがないね」
 「ああ。生まれは大阪ですけど、育ったのはこちらですから」
 考えていた通りに答えた。大沢はなるほどと納得した。
 「バイトだって言ってたね?」
 「ええ。まだ日が浅いから、様子を見ているところみたい」
 「そうなんだ」
 話ながら、人懐っこい眼差しにいい男だなと思った。
 いい男とは、別にこいつに抱かれたいとかそう言った意味ではなく、男同士だったら親友になれるような男だという意味だ。
 「店の外で会ったりできるの?」
 「えっ? 別にいいですけど」
 「じゃあさあ。明日、デートしないか?」
 「デート?」
 「そう。湘南あたりまでドライブなんてどうだい?」
 「いいわね」
 「じゃあ、決まり。どこで待ち合わせをしようか?」
 「駅前で」
 マンションの場所を知られるのはちょっとまずいと思った。
 「じゃあ、午前9時に駅前で」
 「わかりました」
 2度しか会っていないし、それもお客とホステスとしてだ。けれど、この男とならいいと感じていた。

 新しいドレスで行きたかったけれど、時間がなかった。退院するときに着ていたキャミドレにした。もちろん化粧は入念にしたけれど、少し大人しい感じに仕上げておいた。
 駅前で待っていると、大沢は旧式のオデッセイに乗って姿を現した。ドライブに誘ったから自分の車を持っているのかと思ったら、レンタカーだった。
 (レンタカーなら、もっといい車にすればいいのに)
 そんなことは当然口には出さなかった。
 「いやあ、エリカさんみたいな美人を独り占めできるなんて、男冥利に尽きるなあ」
 大沢がにやけて言った。そんな美人が男だったとしたら、どんな顔をするだろうと思うとおかしかった。
 俺はこんなことに巻き込まれるまでは、昼まで寝ていてパチンコに行き、夜は酒を飲みながら麻雀をする毎日だった。
 ドライブなんてホント久しぶりだ。開けはなったウインドーから流れ込んでくる風がこんなに気持ちがいいものとは思わなかった。

 正午過ぎ、ホテルのレストランでランチを取った。大沢は終始笑顔で、俺の顔ばかり見ている。女になっていることを忘れて、こいつは馬鹿か、ホモかなんて思ってしまう。
 「あ、プール開きが終わってる。エリカさん、どう? 泳いでみないか?」
 「え? ああ、そうね。でも、水着を持ってないわ」
 「買えばいいさ」
 ホテルの中にあるショップで、ビキニの水着を買って貰った。大沢はトランクス型のものを買っていた。
 「いやあ、エリカさんはスタイルがいいね」
 俺のビキニ姿に満足そうな笑顔を向けてくる大沢を見て、男の水着ってダサイなと思っていた。
 俺は泳ぎは得意じゃない。平泳ぎを少しやるだけだ。大沢はかなり上手くて、泳ぎ回っていた。
 2時間ほど遊んで、喫茶室でゆっくりとお茶した。大沢は両手の上に顎を乗せてジッと俺を見つめている。
 「大沢さん、恥ずかしいわ。そんなに見つめると」
 大沢はフフフと笑ったままだ。
 「ねえ。何とか言ってよ」
 「エリカさん、好きだ。大好きだ」
 すっと顔を寄せてきて、俺にキスした。イヤじゃなかった。
 「部屋を取ろうか?」
 そんな言葉に俺は笑顔で頷いていた。俺はもはや男とのセックスに嫌悪を覚えなくなっていた。



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