第8章 大改造


 泣き叫んでいた俺に、医者は看護師に命じて鎮静剤のようなものを打たせた。やがて身体から力が抜けていって俺は意識を失った。

 目が覚めると、医者と看護師が入ってきて、傷を見ると俺に告げた。看護師の手で病衣が開かれ、膨らんだ胸が曝された。
 「どうですか? 膨らんだ感触は?」
 「とってもいいです」
 俺は満足げに答える。そして、思い出して股間を触れた。ちゃんとあった。俺の自慢のものが。
 (何だ。夢だったのか。驚いたな)
 安心して俺は眠り込んだ。
 (あれ? 誰の声だろう? 何を喚いているんだろう?)
 酷い罵り方だ。
 (霧島はあんな汚い言葉は使わないよな。違う男かな?)
 そう思っていると、バタンとドアが開く音がした。
 「きちんと説明しろ! 説明いかんによっては絶対に許さんぞ!」
 「ま、まあ、そう言わないで。霧島さんとわたしの仲でしょう?」
 白衣を着たはげの男が、霧島にすがるようにして話している。
 「それとこれとは別問題だ! さあ話せ。どう言うことだ?」
 「譲さん、何をそんなに怒ってるの?」
 俺は、霧島の手を引いた。
 「これが怒らずにおられるものか! 頼みもしない性転換手術をおまえにやってしまったんだぞ!!」
 ボクの顔につばを吐きかけんばかりにして言った。
 「性転換手術・・・」
 「そうだ。おまえの大事なところを断りもなく切り取ってしまったんだよ」
 「嘘。あれは夢だったはずよ」
 「嘘なもんか! 自分で確かめたらどうだ!」
 どっちが夢なんだと思いながら、恐る恐る股間に手をやった。
 「ホント。何もないのね。綺麗さっぱり」
 頭の中ではギャアなくなってると叫んでいるのに、俺の口から出たのはそんな淡々とした言葉だった。
 「何をバカなことを言ってるんだ! 悲しくないのか? 怒りはないのか?」
 「うーん。そうねえ・・・」
 靄が掛かったようで、考えがまとまらなかった。
 「院長! おまえのお陰で、こいつ、おかしくなってしまったじゃないか!」
 白衣を着た男、院長が俺の前で手を左右に振った。
 「かなりショックだったようですな」
 「他人事のように言うな! おまえがやったことだぞ」
 「それについては、看護師の責任でもあるのですが、患者さんにも責任がないとは言い切れないのですよ」
 「何だと! 被害者に責任をなすりつけるのか!」
 「いや、よく聞いてください。昨日、鈴木さんと同じ時刻に吉見圭子さんという性同一性障害の方の手術がありまして、入室段階では確かに患者さんの取り違えがあったのです」
 「だから、その患者と間違って手術をしたんだろうが!!」
 「その通りなんですが、麻酔医は、鈴木さんに吉見さんですねと尋ねているんですよ。そうしたら、鈴木さんはハイと答えているんです」
 俺は、酒井良美だと自分にずっと言い聞かせてきた。だから、あの朦朧とした状況でヨシミさんですかと聞かれてハイと答えたのだ。
 「そんなこと、言い訳になるか! 結果がすべてだ! おまえの病院の看護婦が患者を取り違えて、取り返しのつかないことをやってしまったんだ。どうしてくれる!!」
 「将来的には性転換をお考えでは?」
 「だったら、どうだというんだ? おまえに責任がないとでもいいたいのか?」
 「ああ、いや・・・」
 これは、どう言い訳しようとも、病院の負けだなとぼんやり考えていた。
 「こうしましょう。こうなってしまったものはもはや元には戻せません」
 「そんなことはわかってる!」
 「ですから、今回の手術に関してはすべて無料でやらせていただきます」
 「そんなのは当然だ。こいつの受けた精神的ショックに対してはどうするんだ? お気の毒と頭を下げるだけですませるつもりか?」
 「いやあ、当病院も経営が厳しくてですね」
 「嘘をつくな。ボロ儲けしていることくらい知ってるんだ。どうするんだ? おおそれながらとお上に訴え出てもいいんだぞ」
 「もう、霧島さん。本気ではないでしょうね?」
 「本気だ。訴えられたら、病院の名前に傷が付くだろうな」
 「・・・わかりましたよ。500万出しましょう」
 「500万! かー! そんなはした金で収めようってか?」
 「1000万。これ以上は鼻血も出ません」
 「足りない、足りない」
 「許してくださいよ。右から左に動かせる現金は、それが限界なんですよ」
 院長は跪いて霧島にすがっている。
 「ちっ! 仕方がない。それで手を打とう」
 「あ、ありがとうございます」
 土下座せんばかりに頭を下げている。
 「確認しておこう。今回の手術に関してはすべて無料といったな?」
 「言いました。言いました」
 「退院後も何かあったら、無料で診てもらえるという意味だな?」
 「え? ああ、もちろんです」
 不満を露わにして答えた。
 「性転換手術後は、女性ホルモンとかを注射するんだったな?」
 「ああ、わかっております。それも無料でやらせていただきます」
 「じゃあ、退院までに1000万の現金と無料診察券を持ってこい。いいな?」
 「わかりました」
 院長は肩を落として病室を出て行った。
 「もう少しふっかけてもよかったな」
 言いながら、椅子に座って俺の手を握った。
 「良美、大丈夫か?」
 「何が?」
 「良美、ホント、おまえ、大丈夫なんだろうな?」
 俺の目を覗き込んで言う。
 「何が大丈夫なの?」
 俺はボッーと霧島の顔を見ながら答えた。
 「これは駄目だ。落ち着いた頃、また来る」
 俺自身、ショックで気が狂っちまったなと思っていた。頭で考えていることと、実際の行動が完全に分離していたのだ。

 俺はベッドの上でいわゆるM字開脚をして、医者の診察を受けていた。
 「ここは、感じるかな? ここは、どう?」
 俺の身体に新たに作られた器官、クリトリスやビラビラを触りながら尋ねてくる。相手が医者でなかったら、相当猥褻な場面だ。
 (そういや、俺も真夕美をM字開脚にして女を弄んだことがあるな)
 真夕美はイヤイヤと言いながらも結構楽しんでいた。俺は楽しむなんてとんでもない。クリトリスは触られると痛いばかりだし、ビラビラは足が痺れたときのように感覚が鈍い。これで女としてやっていけるんだろうかと不安になる。
 俺はすでに女として生きることを受け入れている。俺はバカだけど、もはや男には戻れないことくらいわかっている。だから、可能な限り本物の女そっくりになっていて欲しいと願った。そうすれば、サツからも借金取りからも完全に逃げられると考えていたのだ。
 「先生、仕上がりを見せてくれない?」
 「まだ、見せられないねえ」
 医者は決してその部分を見せてくれない。
 「見せられないのは、見かけがひどいからでしょう?」
 「そんなことはないよ。時間がたてば綺麗になるよ」
 そんな言葉も、気休めにしか聞こえない。
 (死んだ方がいい?)
 イヤ、そうは思わない。死ぬのだけはお断りだ。鼻を削がれ、両手両足を切られたって、俺は生きていたいのだ。

 今日はペニスの皮をひっくり返して作ったという膣に詰めたガーゼを取り除くと宣言された。数日前、看護師がものすごく痛いのよと脅していったから、戦々恐々としていた。
 しかし、やって来た医者が最初にやったのは、腰のあたりに入れられていた細い管に何かの薬を入れることだった。
 20分ほどして医者は、ガーゼを取り除いた俺の女の部分を触りながら痛いかと尋ねてきた。
 「どうもないです」
 「痛まないように麻酔を掛けて置いたからね」
 無表情に言ってから、ガーゼを抜き始めた。痛みはなかったけれど、内臓をいっぺんに引っ張り出されるようなひどい違和感に襲われた。
 「クスコを入れるから、ちょっと気持ち悪いかもしれないよ」
 痛みはないけれど、確かに気持ちが悪い。真夕美に入れようとクスコを用意をしたことはあったけれど、結局入れさせてもらえなかった。まさか自分が入れられるなんて思ってもみなかった。
 「うん。綺麗に仕上がってる」
 中を洗ったあと、医者が少し笑みを見せて言った。膣の中が綺麗かどうかなんて俺には関係ないと思っていた。
 「これから重要なことを教えますから、しっかり覚えていてください」
 重要なことって何だろうと俺は思いながら聞いていた。
 「今のところ、人造膣は綺麗に仕上がっていますが、このまま放置すると、狭くなって奥行きもなくなってしまいます」
 なんだそれはと言う印象だ。
 「痛い思いをして作ったのに、ご主人とセックスできなくなってしまうんですよ」
 そう言うことかと納得する。
 「そうならないために、毎日拡張棒を入れる必要があります」
 「拡張棒ですか?」
 「そうです。これがそうです」
 俺の目の前に乳白色の棒を差し出した。
 「これを1日3回から4回、人造膣の中に入れて15分間留置します」
 「リュウチ?」
 「入れたままにしておくという意味です」
 「そんなこと、しないといけないんですか?」
 「たった今、説明したでしょう? 最悪の場合、せっかく作った膣がなくなってしまうんですよ」
 女として生きるためには腟は必要だ。ならばやるしかないんだと考えた。
 「わかったわ。それを入れればいいんですね?」
 「やり方にコツがあります」
 コツなんてあるんだろうかと思う。女とやるときは、別にコツなんてなかった。
 「腟口はここです。腟拡張をするときに確かめておいてください。このようにジェリーをたっぷり塗ってから、腟口に先端を当てて、お臍の方向へ挿入してください。後側へ入れては駄目ですよ。必ずお臍の方向へ向けること。それから、無理をして入れないこと。正しい方向だったら、容易に入るはずです。わかりましたね?」
 「ええ」
 「じゃあ、初回だけはわたしがやります。痛みがあったら言ってください」
 手袋を下手に拡張棒を持ち、ジェリーを塗してから、俺の腟の入り口あたりに当てた。
 「入れますよ」
 ケツの穴にペニスを突っ込まれるのとはまた違う非常に奇妙な感覚だ。
 「さあ、奥まで入りましたよ。どうです?」
 「どうですって?」
 「痛みはないですか?」
 「全然」
 「そうですか。じゃあ、ひとサイズ大きいものを入れてみましょう」
 拡張棒が抜かれた。スッポンと抜けたような感じだ。
 「痛かったら言ってくださいよ。入れます」
 圧迫感があり、少し痛みが走って俺は顔をしかめた。
 「大丈夫ですか?」
 「少し痛いだけです」
 「奥まで入れますよ」
 霧島に初めてペニスをぶっ込まれたときよりは痛くなかった。
 「鈴木さん、ちょっと拡張棒を押さえておいてください。そうです」
 拡張棒を持たされる。医者がそれを見ている。俺はまたまた真夕美に電動こけしを持たせてオナニーさせたときのことを思い出した。
 (この医者、もしかして、勃起してるんじゃないだろうか?)
 そんなことを思いながら、拡張棒を持っていた。
 「少し抜いてみてください。そうですね。今度は入れてみて。その角度を覚えていてください」
 「ずいぶん前の方に入れるんですね」
 「そうです。膣はその方向に存在します。くれぐれも後ろに向けないように。今日の夕方、もう一度やってみてください。あ、その時は看護師かわたしがコーチしますから、ひとりで勝手にやらないようにお願いします」
 オナニーの仕方を教えるからと言われているように思えておかしかった。

 夕方、看護師ではなくて医者自らがやってきて、俺に指導を行った。下半身を露出してM字開脚をし、ジェリーを塗った拡張棒を穴の入り口にあてがう。
 「もう少し後ろですよ。そこです。もっと後ろに倒して。そのままでは傷を付けてしまいますよ」
 M字開脚した俺の股間を覗きながら事細かに言う。真剣な眼差しだから、いやらしいことは考えていないようだ。
 (こいつにとってはただの患者のひとりなのかも知れないな)
 そう思いながら、拡張棒を押し込んでいった。

 膣の中に詰められていたガーゼが取り除かれたあと、小便の管も抜かれた。で、自分でトイレに行ってすることになった。
 立ち小便ができなくなったと言うことは、何とももの悲しい。最初は狙いが定まらないだろうと言われていたけれど、一応便器の中にじゃあと落ちた。ただ、最後の方で尻伝いして、内股を拭かなければならなかった。
 拭くと言えば、何もなくなってしまった部分を拭くのは、奇妙としか表現のしようがない。
 (ああ、俺の自慢のデカマラが・・・)
 死んだ方がいいなんて言わないが、これ以上のショックはない。

 性転換手術されて2週間ほどした頃、院長が俺の部屋にやってきた。
 「私どもの不手際で望んでいない手術をしてしまって申し訳ない」
 「いえ。すんでしまったものは仕方がないです」
 「そう言っていただけると心が安まります」
 1000万支払っているのだから、ああだこうだ言われても困るだろう。
 「傷の治癒状況は順調と聞いております。ご満足いただける仕上がりになると自信を持って申し上げます」
 へえと俺は思っていた。
 「ところで、ひとつご相談があるのですが?」
 「何でしょうか?」
 「鈴木さんは、豊胸術と性転換手術をお受けになったわけですが、今後女性ホルモンの使っていけば、さらに女性らしくなっていくものと思われます」
 「だから?」
 「もう少し手を入れれば、もっと女性らしくなると思うわけです」
 「例えばどんなところですか?」
 「喉仏を取るとか、ウエスト周りをもっと細くするとか、ヒップ大きくすると言ったことです」
 「そんなことをするには、お金が掛かるんでしょう?」
 1000万を回収するつもりなのかも知れないと考えていた。
 「いや、今回は特別に無料でやって差し上げようと思いましてね」
 「無料で?」
 「そうです」
 「ただほど高いものはないと言いますけど?」
 「ははは。確かに。しかし、鈴木さんに何ら代償を求めるものではありません。わたくしとしては、今の鈴木さんの状態は女性としては不完全だと考えております。どうせならより完璧な女性にしてあげたいと言うことです。どうです? やらせていただけませんか?」
 手術して女になったことを知られないためにはそれもいいかなと思った。
 「危険はないんでしょうね?」
 「もちろんですとも。その点は保証させていただきます」
 「わかりました。院長先生にお任せします」
 「そう言っていただけると思っておりました。では、早速明日から手術を始めます」
 浮き浮きしながら病室を出て行く院長の後ろ姿を見ていると、よかったのかなと少し後悔していた。

 最初の手術は喉仏の切除だった。俺の喉仏はかなり目立つ。女ではないとばれる一番の爆弾だ。だから、院長に言われなくてもやりたいと思っていた。
 眠っている間に手術は終わるから、手術に対する恐怖はない。けれど、目が覚めるんだろうか、永久に目が覚めないんじゃないかと言う一抹の不安はある。
 「声帯もいじらせていただきましたので、許可があるまでものを言わないこと。返事もしなくていいです。わかりましたね?」
 声を出すなと言うので、大きく頷いておいた。
 「それから、二日間は欠食です。何も食べられません。その間は点滴をします。よろしいですね?」
 食べられないのだけはイヤだったけれど、仕方がない。小さく頷いた。

 3日後、ウエスト周りの脂肪吸引が行われた。その脂肪細胞を使って、尻を大きくすると説明された。幹細胞がなんたらかんたら言っていたけれど、俺にはよく理解できなかった。ともかく、尻に妙な詰め物をしなくて大きくするらしい。
 チチも同じ方法でやれるんじゃないかと尋ねてみたら、できないことはないけれど、せいぜいBカップまででDにはできないですねと言われた。豊胸に関してはすでにすんでしまったことだから、それ以上は聞かなかった。

 予定の手術がすべて終わってから院長が病室に顔を出した。
 「喉はすっきりしましたね。傷も目立たない。声の方はどうですか?」
 「何だかわたしじゃないみたいです」
 苦労しなくてもかなり高い声が出た。それだけではなく、舌が動かしにくくなっていて、甘えたような口調でしか話せなくなっていた。
 「なかなか可愛い声です。大成功です」
 自信たっぷりに言われると、これでもいいかと納得させられてしまった。
 「ウエスト、かなり細くなったでしょう?」
 「はい。60以下です」
 メジャーの当て方で58にもなる。
 「ヒップもボリュームができて、なかなかいいですね」
 肩幅との差がなくなって、一層女らしくなっていた。
 「あとはスネ毛の脱毛ですが、顔を少し当たらせてもらえませんか?」
 「顔をですか?」
 「そうです。鈴木さん、奥二重ですよね?」
 「あ、そうですね」
 「くっきりとした二重にすると、もっと美人になると思うんですよ。それに鼻のラインも少し細くして、唇はむっちりと」
 「院長先生。自分のお好みにわたしを変えようとしてませんか?」
 「ばれましたか? しかし、ここまで来たんですから、やらせてくださいよ」
 テレビ番組で整形手術の特集があったのを思い出す。二重にしただけで見た目の印象がかなり変わっていた。借金取りから逃れるためには、女になっただけではなく、顔も変えた方がいいと思った。
 俺はオーケーを出した。

 眼瞼と唇の手術はそれほど痛くもなかったけれど、鼻の手術のあとはひどく痛んだ。それに、内出血でひどい顔になった。
 内出血と手術による腫れが引くまでの間に、手術後剃ることを禁止されていたスネ毛やVラインの脱毛が行われた。広い範囲なので、数日掛けて施術され、すべての手術が終了した。



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