第5章 再び男に


 驚きに目を見張っている俺のケツをむんずと掴んで、男は俺の首筋を舐めた。鳥肌が全身に広がっていく。
 肘打ちをしてやろうと身体を動かしたとたん、脇腹に激痛が走った。
 「刃の方でなくてよかったな? 今度やったら、柄の方じゃなくて刃の方で刺すぞ」
 冷たく言われて、ゾッとした。
 「どうやって入ったの? 鍵は締めたのに・・・」
 「いい子だ。ちゃんと女言葉を使ってるな」
 殺される恐ろしさから、自然に女言葉になっていた。
 「そうそう。鍵のことだったな。玄関のフックに掛かっているじゃないか。昨日、おまえが気絶している間にコピーさせてもらったんだよ」
 男はフフフと笑う。
 「隠れて女装しているんだから、警察には届けないと思ってな。昨日はたまたまベランダの鍵が開いていたが、今日はきっちり閉めるのはわかっていた。だから、鍵をコピーしておいたって訳さ」
 今日もやらせて貰うぞと耳元で囁く。
 「あ、あいつが戻ってくるわ」
 「あいつ? ああ、さっき出て行った男のことか? 松田とか言ったな?」
 「どうしてあいつの名前を?」
 「昼間のうちにおまえのことを調べたんだよ。おまえのことと言うか、ここに住んでいる住人のことをな」
 驚いた。そんなことをしただなんて。
 「男は松田勇市、女は酒井良美。おまえ、女だったっけ?」
 男の左手が俺の股間を握った。
 「酒井良美の姿はなく、女装したおまえがいる。て言うか、女装したおまえが酒井良美の振りをしているってことかな?」
 完全に見透かされている。
 「どう言うことになっているんだ?」
 「い、言えない。言えません」
 話すわけには行かないのだ。
 「言えないか。人には話せない秘密があるって訳だ」
 男はひっひっひと笑った。
 「これ以上聞かないことにしてやろう。聞いたって俺には関係のないことだろうからな。俺に関係があるのは、おまえが持っている秘密の内容じゃなくて、おまえが秘密を持っていると言うこと自体だ。おまえが秘密を持っていると言うことは、俺にとっては好都合だからな。つまり、おまえは俺の言うことを聞かざるを得ないと言うことだ」
 男は再びヒッヒッヒと笑った。
 「そうそう。松田が帰ってくるってことだったな? 当分帰ってこないだろう」
 「そんなことないわよ。すぐに戻ってくるわ」
 「戻ってこないって。奴は雀荘に行っただろう?」
 どうして知ってるんだと俺は思わず男の方を振り返った。
 「鏡の方を向いていろ。今日もおまえに相手をして貰おうと日が暮れるのを待っていたんだ。すると松田が戻ってきた。今日は駄目だろうと思っていたんだが、すぐに出掛けていった。何気なしに尾けていったら、行った先は雀荘だ。それとなく見ていると4人打ちのテーブルに付いた。半チャン4回はするだろう。早くても3時間かかる。3時間と言えば、終わるのは午後10時だ。あの面子じゃ、10時には終わらないだろう。午前様必至と言うところだ。と言うわけで、ここへ引き返してきたというわけだ」
 どうも話がうますぎるような気がしていた。
 (もしかしたら、松田が俺をこの男に売ったんじゃないのか? 初めから男の相手をしろなどと言えば、断るに決まってる。だから、猿芝居をして俺に女装させて犯させた。化粧のやり方を書いた雑誌が置いてあるのもおかしいし、腋毛のことをあんなに笑うのも妙だ。剃るように仕向けたに違いない)
 俺の想像は当たっていないのかも知れない。けれど、どうであろうとも俺はこの男の相手をしなければならないようだ。
 (参った。やっぱりギャンブルは止めないと・・・)
 「手を後ろに回せ」
 男が俺に命じた。両手を後ろに回すと、冷たいものが填められた。手錠だ。
 「リビングへ行け」
 背中を押され、歩いていく。リビングのカーテンが開いている。それに気づいた男はチッと舌打ちをして床の上に伏せた。
 「カーテンを閉めてこい」
 「手錠を外して」
 「駄目だ。そのまま行ってこい」
 仕方がないので、そのままカーテンのそばまで歩いていって、後ろ手にカーテンを閉めた。
 「よし、よし。こっちへ来い」
 男はソファーにでんと座ると、立っている俺を眺め始めた。
 「そのドレス、なかなかに合ってるじゃないか」
 俺は黙って突っ立っていた。
 「褒められたら、礼のひと言くらい言ったらどうだ?」
 「ありがとうございます」
 「心が籠もってねえな」
 俺はもう一度少し柔らかめにありがとうございますと言った。
 「それでいい。ところで、腋毛もすね毛がねえようだが、剃ったのか?」
 「松田に剃れって言われたから」
 いない人間のせいにしておく。俺の自身の意志で剃ったなどとは言いたくなかった。
 「綺麗な足だ。男の足とは思えねえ」
 スカートの中に頭を突っ込んできて、俺の内股を舐めた。凄い鳥肌が立った。蹴飛ばしてやりたいけれど、バタフライナイフがケツの後側に当てられていた。俺が抵抗しないとわかっていても、男は一時も油断していない。
 「じゃあ、まずはフェラチオだ」
 ソファーに座って、ナイフをちらつかせる。
 「手錠を外してください。やりにくいから」
 「そのままやれ。それが俺の趣味だ」
 仕方がない。俺は跪き、下半身を露出させた男の股の間にズリ寄っていった。
 「洗ってきてくださいなんて言っても、聞き入れてはくれないわよね?」
 「当たり前だ!」
 俺は鼻が曲がりそうなほど臭い男のペニスに舌を這わせた。ゆっくりと鎌首が持ち上がってきた。俺の唾液がシャフトを伝って落ちていくのを見ながら、情けなくて悔しくて涙が出るのを止められなかった。
 「もういいぞ。俺の上に跨れ」
 パンティーを剥ぎ取られた。俺は溜息をつきながらソファーの上に上がった。コンドームを着けた男のペニスが俺のケツの穴に当てられる。
 「ゆっくり腰を下ろせ」
 俺のケツの穴は、男の進入を拒んでいた。力を抜けよと耳元で囁かれる。しかし、入らない。
 「ちっ! 仕方がねえな」
 男は俺を横に退けると、ポケットの中からチューブを取りだした。
 「今日は専用のジェリーを持参したんだ。用意がいいだろう?」
 ニタッと笑って、俺にケツを出せと命じた。前屈みになると、ジェリーを塗り込められた。男はコンドームの上にも塗りつけている。そうしてから、もう一度俺に跨るように命じた。
 俺のケツの中はやはり抵抗しているけれど、ゆっくりと押し広げられていき俺の中に入ってきた。ポコッと入り、痛みが俺を襲う。それから先は俺の体重で根本まで一気に入ってしまった。
 「うん、いいねえ。よく締まるぞ」
 昨夜と同じように、男は動かずに俺のケツの穴の小さな痙攀を楽しんでいる。痙攀が止まってくると、男は俺の腰を抱いて、上下に振り始めた。
 「あっ! うっ! ああっ!」
 「もう感じているのか? 感度がいいな」
 ふっふっふと笑いを漏らす。どうしてなのかわからない。ものすごく感じるのだ。男の腹を叩いていた俺のペニスが痛いほどに硬くなり持ち上がっていた。
 「男に突っ込まれて、ペニスをおっ立てて喘ぐなんぞ。おまえ、立派なホモだな?」
 「違う! 違います!」
 「違わないさ。おまえはホモだ。立派なホモだ」
 否定しようとしているのに、意識がだんだん遠のいていって、ついには頭が真っ白になっていた。

 気がつくと、ベッドの上に運ばれていた。俯せになった俺の上に男がのしかかっていて、ケツの穴にまたもやジェリーを塗り込んでいた。
 「気がついたか? 俺より先に行くとは許せんな」
 そう言い、押し込んできた。二度目のせいか、たっぷり塗り込められたジェリーのお陰か、何の抵抗もなく俺の中に入った。
 男は位置を調節しながら、俺が感じるところを擦り上げる。
 「ああ、ああ、ああ・・・」
 一度行っているというのに、またもや上り始めていた。
 「腰を上げろ!」
 四つん這いになる。より深く入って来るようになった。口から男のペニスが飛び出てくるような感覚に見舞われる。
 俺の口角から唾液がこぼれ落ちている。
 「ああ、い、行く。行くう・・・・」
 ペニスの中をザーメンがドクドクと流れ出ていくのを感じる。
 「こら! これより先に行くなと言っただろうが!」
 尻をばしばし叩かれた。それが気持ちいいと感じながら、ばったりとベッドの上に倒れ込んでいた。

 股間が冷たいなあと思いながら、シーツの皺を見ていた。男がまたも何かしようとしていた。何かが俺の中に挿入された。男の位置からしてそれが男のペニスではないことはわかっていた。
 ジュッポジュッポジュッポといやらしい音が部屋の中に響き渡る。そうされているうちにまたまた上ってきていた。
 「ああ、はあ、ああ、あああ・・」
 「また感じてるな。これでもおまえはホモではないと言い張るのか? どうだ? 答えてみろ」
 快感に翻弄されて意識が飛びそうになっていた。
 「答えろと言ってるだろう! わたしはホモですと言え!」
 尻が叩かれた。
 「わ、わたしは・・ホ・モです」
 「わたしは男が大好きですと言え」
 「わ・た・しは・・お・おと・・こが、だい・すきで・す」
 「よしよし。いい子だ。さあ、行っていいぞ。そら、行け!」
 激しく抽送され、身体ががくがくと揺れた。俺はまた行ってしまった。

 手錠はすでに外され、正常位で突かれていた。俺は男の腰に両足を絡ませて喘いでいる。それだけではなく、男の舌を吸っていた。
 どうしてだと頭の隅で考えていた。その反対側の頭はもっと突いてと叫んでいた。
 「ぐぐぐはっ!」
 男が俺の中で弾けた。それを感じながら、俺も行っていた。

 午前0時の時報が鳴っている。男の姿はない。倦怠感で身体が動かなかった。けれど、松田が戻ってきたら、今のこの俺を見られたら、大変なことになると思った。
 松田が仕掛けたことならば、見られても構わないかも知れないけれど、そうでない可能性もあるのだ。
 だから、俺は気怠い身体に鞭打ってベッドから起き上がった。ドレスの裾がザーメンで濡れていた。
 (洗濯屋に出さないといけないものだろうけどな)
 そんなことはできない。ドレスを脱いで洗濯機に投げ込み、ブラジャーを取って、シャワーを浴びた。
 身体を拭いてベッドルームに行き、新しい下着を身に着け、ネグリジェを着てベッドの中に潜った。
 あっと言う間に眠り込んでいた。

 目を覚ますと、時計は午前7時を指していた。俺の隣にトランクス一丁の松田が寝ていた。慌ててベッドから抜け出した。
 (女装した俺が寝ているというのに、一緒に寝るか。こいつには神経がないのか?)
 何やら寝言を言っている松田に向かって悪態をついた。
 (松田にばれてないだろうな)
 昨夜は、目出し帽の男は俺とのセックスの痕跡を消していた。コンドームやティッシュなどは綺麗に片付けられていた。
 (松田に知られたくないと言うことか? と言うことは、松田の差し金じゃないと言うことなのか?)
 どうもよくわからない。ふと見ると、リビングのテーブルの下に、俺が穿いていたパンティーが落ちていた。バッドルームの方を振り返り、見られていないことを確かめてから、洗濯機に入れて、スイッチを入れておいた。
 突然男に言わされた言葉が脳裏に浮かんだ。
 (わたしはホモです。わたしは男が大好きです)
 そのフレーズが頭の中を駆けめぐった。俺は、頭をかかえて動き始めた洗濯機の前に座り込んでしまった。

 ふと視線を上げると、松田が首を傾げながら俺を見ていた。
 「ヒロシ、どうかしたのか? おまえ、変だぞ」
 「おまえが女装なんかさせるからだ」
 「女装したくらいでおかしくなるはずはないだろう? おまえ、元々そのケがあったんじゃないのか?」
 「違う! 俺はホモなんかじゃない!」
 「ホモだとは言ってないだろう?」
 俺は言葉に詰まった。
 「もう終わりにしてくれ。気が狂っちまいそうだ」
 「まだだ。まだ始まったばかりだ。200万のためだ。もう少し頑張ってくれ」
 そうだ200万のためだったと思い出した。200万を返せなければ、殺されても文句は言えないのだ。けれど、このままでは本当にホモになってしまう。
 (死とホモ。天秤に掛けると・・・・)
 答えは簡単だ。死ぬ方がイヤに決まってる。

 松田はパチンコに出掛けていった。奴が松田とグルならば、昼間からやってくるかも知れないと恐れたけれど、それはなかった。
 乾いた俺の服を着たかったけれど、松田と奴が関係なければ、良美の振りを続ける必要がある。
 午前9時にカーテンを開き、新聞を読みながらコーヒーを飲んだ。そして、松田が買ってきたデニムのミニスカートとカットソーに着替えて、一日を過ごした。
 夕方、5万勝ったとほくほく顔で松田が戻ってきた。パチンコをやりたくて、うずうずする。
 「松田。今日はどこにも行かないだろう?」
 松田がいれば、あいつもやってこないだろうと考えたのだ。
 「何だ? まさか、俺に迫るつもりじゃないだろうな?」
 「ば、馬鹿なことを言うなよ」
 「そうだろうな。はっはっは。悪いが、今晩も麻雀に誘われてるんだ。このところ調子が良くてな。勝ち逃げは許さないって訳だよ。もしかして、おまえ、上げマンなのかもしれんな」
 ニタリと笑って言った。

 冷凍の飯を解凍し、レトルトのカレーを掛けて食べたあと、松田は意気揚々と部屋を出て行った。
 俺はベランダの鍵を確かめ、玄関ドアは鍵を掛けた上にチェーンを掛けた。
 (化粧を落として着替えておきたいんだが・・・)
 俺はまだデニムのミニスカートにカットソー姿だ。化粧を落としたり、着替えたりしている隙を突かれるのを恐れた。だから、女装したまま、ベランダと玄関が見える場所に陣取って、ジッと見つめていた。
 松田が出掛けていって1時間ほどした頃、玄関の鍵が音もなく回った。
 (今日も来た)
 俺はごくりとつばを飲んで成り行きを見守った。ゆっくりとドアが開いていく。しかし、チェーンで開かなくなった。
 開いたドアの隙間から指が入ってきた。チェーンの存在を確かめると舌打ちする音がして、バタンとドアが閉じた。
 (指が入ってきたとき、ドアを閉めてやればよかった)
 そう考えながら、鍵を掛け直した。

 化粧を落として、シャワーを浴び、ブラジャーは着けずにパンティーだけを穿いてネグリジェを被った。寝るときまでブラジャーをすることはないと考えたからだ。
 ベッドに入って眠っていると、玄関ドアが叩かれ、ガシャガシャ押される音で目が覚めた。
 「良美! 良美! 開けてくれ!!」
 松田が叫んでいる。
 (あ、そうだ。チェーンを掛けたままだ)
 チェーンの隙間から外を見ると、松田が怒ったような顔で俺を睨んだ。
 「早く開けろよ」
 俺は大急ぎでチェーンを外した。
 「何で、チェーンなんか掛けてるんだよ!」
 「よ、用心のためだよ」
 「鍵を掛けていれば充分だ」
 「わかったよ。今日は勝ったのか?」
 「ああ、もちろんだよ。おまえ、ホントに上げマンだぜ」
 機嫌がよくなって、何と俺の頬にキスしてきた。
 「なにするんだ!」
 「はっはっは。そんなに怒るなよ。ただの戯れだ」
 言い残してバスルームに消えていった。
 (馬鹿野郎! ・・・しかし、どうしようかな?)
 チェーンを掛けていれば、目出し帽の男は入ってこられないけれど、松田も入れないのだ。起きて待っているしかないのだが、松田が戻ってくる時間はまちまちだ。

 翌日、いつものように一日を過ごし、またまた麻雀の出掛けていく松田を見送ったあと、やはりチェーンを掛けた。できるだけ遅くまで起きていて、目出し帽の男が来ないと思われる時間になってからチェーンを外そうと考えていた。
 そろそろ入浴しようかと考えていると、ドアの方からガシャガシャと言う音が聞こえてきた。目出し帽の男が性懲りもなくやってきたようだ。手を詰めてやろうと玄関先に行ったけれど、男の指はすでに引っ込んでいた。
 (ん? 携帯か?)
 着信音が鳴っていた。
 「もしもし」
 《お二人さんの秘密をばらしてもいいんだな?》
 目出し帽の男の声だ。
 「どうして携帯の番号を?」
 《ソファーの上に出しっぱなしにしていただろう。早くドアを開けろ》
 クソッと心の中で叫びながら、チェーンを外してドアの鍵を開いた。
 《窓際に行ってるんだ》
 何故だろうと思っていたけれど、男が目出し帽を被る姿がガラスに反射して目に入った。部屋の外で目出し帽を被るわけには行かないからだとわかった。
 フェラチオさせられ、午前0時近くまでケツの穴を掘られた。

 松田は、時々マンションにいて酒を飲んで過ごした。そんなときは、目出し帽の男はやってこない。
 松田がパチンコに行ったときには、目出し帽の男は午後10時前には引き上げていった。負けて早めに戻ってくるなど考えていないようだ。
 (やはり松田と目出し帽の男はグルだ。俺をニューハーフに仕立て上げて借金を取り戻すつもりに違いない)
 それ以外にないと思った。けれど俺は逃げ出せなかった。逃げて殺されるのが恐かったのだ。


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