第2章 お遊びで


 携帯を切ってすぐにベッドルームへ移動した。クローゼットを開き、着られそうなものを物色する。
 (良美って女も、水商売なのか?)
 ワンピースあたりが着るのも簡単でいいと思ったのだが、原色で襟が大きく、派手派手しいものが多い。昼間っから着られるようなものが見つからない。
 (スカートと上に着るものを組み合わせるしかないか)
 そのスカートが、まるで俺に意地悪をしているかのように短いものしかないのだ。その中でもっとも丈が長いと思われるものを取り出して、ネグリジェを脱ぎ捨てて穿いてみた。
 (きついが何とか入ったぞ)
 がしかし、腹が苦しい。上に着るものを探し始めたけれど、あまりに苦しくてホックを外して脱いだ。
 (ウエストにもう少し余裕がないと着られないな)
 探していると、ウエストサイズが66というものを見つけた。
 (しかし、短いなあ)
 膝上何センチと言うよりも、股下何センチと言った方がいいような裾が少し広がった紺地に花柄の入ったミニスカートだ。
 (まあ、いいか)
 穿いてみた。きついけれど苦しくはない。
 (このスカートに合うものと言えば・・・)
 淡いピンクに白いレースのついたカットソーが一番上にあって、それが良さそうに見えた。さっそく着込んでみた。
 (うーん。何とも言えないけど、まあ、いいか)
 ベッドルームを出ようとして、すごく気になった。ミニスカートから覗いている2本の足のすね毛だ。
 (カーテン越しだから見える訳じゃないけど、何となく気になるなあ。しかし、剃るわけには行かないし・・・)
 部屋の中に引き返し、引き出しの中にあるパンストを眺めた。厚手の黒っぽいものならすね毛が見えなくなると考えた。
 (これがいいな)
 黒のパンストを取り出して履いた。が、上手く履けない。四苦八苦して、ようやく上まで上げることができた。
 鏡を見て、スカートの裾を引き下げてみる。なかなかいい感じだ。ブラッシングをしてから、リビングに行こうとして、今度は歩く姿が気になった。
 (男丸出しだよ。ネグリジェの時はよかったのかな?)
 心配になるけれど、後の祭りだ。考えてから、ドレッサーの鏡の前で、立ち方や歩き方を研究してみた。
 (よし、これならいいな)
 そう思ったとき、ちょうど正午の時報が鳴った。
 (うひゃあ、1時間半もベッドルームに籠もってしまった。見てるやつ、何をしてるんだろうって思っただろうな)
 もしかして、もう覗いていないかも知れないと考えた。それなら安心だけど、ストーカーの類は、こうと決めたら、1時間でも2時間でも待つものだ。だから、油断しないようにリビングを女らしく横切ってキッチンへ行った。

 キッチンから窓の外は見えないから、外からもキッチンは見えないと考え、少し力を抜いた。
 (何を作って食べようか?)
 考えたけれど、俺は料理ができないのだ。
 (冷凍食品をチンだな)
 エビピラフを見つけて解凍して食べた。案外美味かった。皿を洗って片付けて、リビングに行って雑誌を読み始めた。
 (そういやあ、皿を洗うなんて、ガキの時以来だよ)
 何だかおかしくなった。
 (女って言うのは、くだらないものばかり読むんだな)
 がしかし、考えてみれば、俺自身だって、麻雀かパチンコ関係の雑誌しか読まない。
 (豊胸術か。最近は、デカパイブームだからな。ペチャパイの女は大きくしたいだろうな)
 読み終わって、別のものを手に取った。
 (なんだ? これは? 通販のカタログ雑誌か)
 薄い小冊子だ。開いてみると、いいものが目に飛び込んできた。
 (可愛い子じゃん。しかも下着姿。へっへっへ)
 中年用らしいダサイ下着も載っている。捲り直して、若くて可愛らしい女の子の下着姿を眺めた。
 (やべえ。勃っちまった)
 スカートの前が盛り上がってきている。押さえようとして、そんな姿を外から見られちゃ不味いと考えた。
 (カーテン越しには勃っているのはわからないよな)
 捲り続けていくと、化粧品のカタログになった。その先を開く。
 (肌色に合わせたアイシャドーの塗り方だって?)
 可愛い子が左右のページにそれぞれ並んでいて、違う感じのアイシャドーをしている。
 (可愛いね。この右の子。一度お相手願いたいね)
 雑誌入れの中に同じような小冊子がある。手に取ってみると、今度は男を引きつけるルージュの塗り方とある。
 (これは?)
 毎号、チークやマスカラの塗り方の講習が載っているのだ。
 (化粧か・・・・)
 立ち上がってベッドルームへ行き、ドレッサーの鏡を覗いてみた。見た目は女なのに、顔だけが化け物のように浮き上がっている。俺の中に悪戯心が沸き上がってきた。
 リビングに戻り、携帯を手にした。なかなか出ない。運転中なのかもしれない。携帯を切ってどうしようかと迷っていると、携帯が鳴り始めた。
 《ヒロシ、どうかしたのか?》
 「あ、いや、なんでもないが、いつ頃戻ってくるか聞きたくて」
 《今日中には戻れないって言っただろうが! 早くても明日だ。わかったか!》
 死体を埋める場所が見つからないのか、かなり苛立った声だ。
 「わかった。明日だな。できるだけ早く戻ってきてくれよ」
 《帰ったときが帰ったときだ。切るぞ》
 ブツッと携帯が切れた。不愉快だったけれど、俺はニタリとほくそ笑んだ。
 (松田が戻ってくるまで、14、5時間はあるだろう。それくらいの時間があれば・・・)
 俺は小冊子をすべて手にしてドレッサーの前に座った。
 (えっと。まずはこれだな)
 基礎化粧のやり方を書いた小冊子を取り出して読んだ。
 (なるほど。その前に、まずは、髭を剃らないと。髭剃りは・・・)
 洗面所で見かけたような気がした。立ち上がって、洗面所に向かう。リビングを通り抜けるとき、歩き方に注意を払った。
 (こいつだ)
 棚の上に、ピンク色のシェーバーが載っていた。
 (女性用だな。どこを剃るんだ? 腋毛か? それとも、あそこか?)
 ニタニタしながら、顔に石鹸を塗りつけ、少し伸びた髭を丁寧に剃った。それからベッドルームへ引き返す。
 小冊子の基礎化粧編を見ながら、化粧水を探し出して、顔のお手入れをしてみた。
 (何をやってんだろうな)
 人に見られたら、絶対に恥ずかしい。けれど、すでに女の服は着込んでいるし、誰もやってくる気遣いはない。だから、こんなことも平気でやれた。
 (次は下地クリームか。えっと、これだな。たっぷり塗って)
 顔にいろいろ付けるのは好きじゃない。凄い違和感を覚える。
 (何々? ファンデーションを内から外に向かって塗り広げるか。待てよ。コンシーラーで小さなシミなどを隠す?)
 俺の顔で今気になっているのは髭を剃ったあとだ。化粧品を一つ一つ調べてみると、コンシーラーらしきものを見つけ出した。
 (どっちがいいかな?)
 白っぽいものを茶色いものがある。茶色だろうと思って塗ってみたら、かえっておかしくなった。白っぽい方で駄目ならどうしようかと考えながら塗り広げていくと、これが結構よくて、髭剃り後が目立たなくなった。
 (よしよし。次にファンデーションだな)
 説明書通りの手順で塗り広げていった。のっぺらぼうな感じになり、すでに俺ではなくなっていた。
 (次だ、次だ)
 俺自身、眉は細くしてある。現在の状態と俺に似合いそうな眉を比べて、書き足していった。
 (うーん。気に入らないが、まあ、いいか。次は・・・)
 手にした説明書はルージュの塗り方を解説したものだった。輪郭を筆で塗ってから、中を埋め、グロスというものを塗った。
 (いいじゃん、いいじゃん)
 しゃぶり付きたくなるような唇ができあがった。次はチークだった。手順に従い軽く塗ると、顔に立体感が出てきた。
 アイシャドーを施し、さらにマスカラを塗った。マスカラを塗るとき、ぽかんと口を開けてしまう。あれをしゃぶろうとしているみたいで、恥ずかしくなった。
 (さあ、できたぞ)
 鏡から離れてできあがった自分の顔を見た。初めて化粧をやったとは思えない仕上がりだった。
 (いいぞ。いいぞ)
 脱いでいたカツラを被り直して、ブラッシングをする。あまりに可愛くて、勃起してしまった。
 (俺に女兄弟がいたら、こんな感じなんだろうな)
 思わず笑みがこぼれた。

 身体を斜にしたり、鏡越しに後ろ姿を見たりして、俺は自分の女装姿を楽しんだ。
 (そうだ。他の服も着てみよう)
 ドレスの類はウエストが細くてまったく入らない。
 (これはいいみたいだ)
 ウエストがなく、胸の下あたりからふわっと広がったものだ。早速ファスナーを下ろして足を通した。
 (膝上丈だし、これはいいぞ)
 なかなか似合っていた。しかし、問題がある。そのドレスは、細い肩紐だけで吊られたもので肩が丸出しなのだ。が、そのこと自体が問題じゃない。問題は腋毛だ。
 (まるで黒木香だ)
 けれど、腋毛を剃るわけにはいかない。そんなことをしたら、真夕美に笑われてしまうだろう。
 俺は今度も真夕美が戻ってくると信じている。
 (腋毛のでないもので着られそうなものは・・・・。これはどうだ?)
 一番奥から取り出したものは、喪服のようだ。
 (なんでもいいや。着てみよう)
 白のブラウスは、死んだ女にとっては恐らくゆったりサイズだったのだろう。つまり少し大きめだから、俺にはぴったりだった。
 スカートに足を通してファスナーを上げる。ウエストが少しきつい以外は誂えたようにぴったりだった。
 (丈も膝下だし、これが喪服でなかったら、ずっと着られるんだが)
 上着に腕を通す。ややきついが、問題はないようだ。
 (喪服って言うのは真珠のアクセサリーを付けるもんだよな)
 ジュエリーケースの中には、普通の指輪やネックレスしか入っていなかった。ドレッサーのサイドにある扉を開いてみると、羅紗で覆われたケースがあり、それを開いてみると真珠のネックレスとイヤリングが入っていた。
 (イヤリング? 喪服の時は付けていないような気がするな)
 ネックレスだけをしてみた。若くして夫を失った未亡人、そんなふうに見えた。
 (奥さん、ご主人が亡くなって寂しいでしょう? 俺がその寂しさを紛らせてあげますよ)
 などと思いながら、勃起してきた膨らみを撫でた。気持ちがよくなって、行きそうになった。俺は慌てて手を離した。
 (危ねえ。汚したら、松田になんと言われるか)
 喪服を脱いで、着られそうなものを整理した。ネグリジェは、ホワイトのものが1着とデザインが違うパステルピンクのものが2着ある。それを交互に着ればいい。
 ドレスやスーツは普段着として着られない。ワンピースの類はもう少し痩せるとかしないとファスナーが上がらない。
 俺が着られそうなキャミソールやカットソー、ブラウスなどのトップスはふんだんにあるが、問題はスカートだ。
 (松田に言って、手に入れて貰うしかないな)
 最初に着ていたスカートとカットソーに着替えて、リビングに移った。上手く化粧ができているので、俺は大胆になっていた。カーテンのそばに行き、外の様子を窺ってみた。
 向かいのビルの4階、向かって右から3番目の窓に男の姿があって、俺が外を見たとたん、姿を消したように思えた。
 (あいつが、覗き魔だな。ふふふ。まさか、俺だとは思わないだろうな)
 カーテンの外に顔を出したいのは山々だが、この部屋の住人と違うことがわかると不味いので、それ以上のことはしなかった。
 (暗くなってきたな)
 時計は午後5時を指していた。化粧とひとりファッションショーに4時間以上を費やしたことになる。
 (夕飯は何にするかな?)
 カーテンを閉めて、冷凍庫を開いた。
 (おっ! 枝豆がある。ビールは?)
 冷蔵庫の方に缶ビールが5本ほど入っていた。
 (しめしめ。焼き鳥もあるじゃないか。こいつは、フライパンで焼けば美味しいと書いてあるがチンでもいいんだな。で、冷凍おにぎりで締めれば完璧だ)
 説明書に従って枝豆をゆで、結局焼き鳥もフライパンで焼いてテーブルの上に並べた。缶ビールのリングプルを引く。
 ゴクゴクゴク。
 「ふええ、美味い」
 カーテンを閉めているので、見られる恐れがない。だから、俺はもう男に戻っていた。
 (この枝豆、結構上手いじゃないか)
 つまみながらビールを飲み、そして焼き鳥を噛った。
 (そうだ。テレビ、テレビ)
 テレビのスイッチを入れる。6時のニュースが始まっていた。
 (松田の奴、まさか、警察に捕まってたりしないよな)
 ビールを飲みながら、ずっと見ていたけれど、そんなニュースには遭遇しなかった。
 (警察に捕まるより、どこか山の中で事故でも起こして死んじしまうといいんだが)
 そうすれば、借金もなくなるし、こんな煩わしいこともしなくてすむのだ。
 (もしかして、こんな格好をしていたことをネタに脅されるかもしれねえしな)
 それが懸念材料だ。しかしと、思い直す。
 (俺に女装させて理由をばらすと言えば、脅しは掛けてこないだろう)
 そう考えると安心した。
 (うへっ! やっぱ、いただけないな)
 サイドボードのガラスに俺の姿が反射して見えたのだ。
 (酔っぱらって人事不承になった真夕美みたいだな)
 みっともないと言ったらなかった。他人が見ていないと言っても、これははしたないと感じた。
 ソファーの上で座り直して膝を揃え、サイドボードのガラスを見直した。
 (やっぱ、女はこれでなきゃいかんな)
 缶ビールを手に取ろうとして、今度は缶から直接飲むのもおかしいと感じた。キッチンへ行き、ビールを飲むのにちょうどいい大きさのグラスを持ち出してきた。サイドボードのガラスに映ったビールを飲む姿は、なかなか様になっていると思った。
 ニュースが終わり、バラエティー番組が始まった。バラエティー番組など好きではない。チャンネルを変えてみたけれど、似たり寄ったりの番組だ。
 (ああ、パチンコ、してえなあ。麻雀、してえなあ)
 テレビを切って、ビールを飲み干した。そうして、サイドボードのガラスに映った姿を見る。
 (この姿だったら、パチンコよりも麻雀だな)
 ミニスカートにもっと露出度の高いキャミソールとか言うものを着て、ここはと言うときに立て膝をして男を惑わせるのだ。
 (女じゃないから駄目か)
 何だかおかしくなって、笑いがこみ上げてきた。
 (うう、小便、行きてえ)
 立ち上がり、スカートの裾を整えてしまう自分に思わずほくそ笑みながら、トイレへ急いだ。
 便器を上げ、スカートの裾を捲り上げてパンティーとパンストを降ろしてペニスをつまみ出す。スカートの裾が落ちてきて汚しそうになり、出かかった小便を止めた。
 (座ってするべきかな?)
 便座を降ろし、向きを変えて便座に座る。ペニスを下に向けて下腹部に力を入れると、問題なく小便ができた。
 (女は拭くんだよな)
 男は先っぽを振って雫を吹き飛ばす。座ったままではそれがやりにくい。
 (やっぱ、拭くか)
 カラカラカラ。
 トイレットペーパーを取り、先っぽを拭き、パンティーとパンストを上げて、スカートの裾を引っ張って整えた。
 トイレを出てリビングに戻ろうとして、ふと鏡を見た。
 (ホント、綺麗だよ)
 かつてこんなことを思ったことはなかった。思いながら、俺は水道のコックを捻った。トイレに入ったとき、今まで手を洗ったことなどなかった。けれど、こんな美人がトイレには行って手を洗わないなんて考えられなかったのだ。石鹸まで付けて洗ったのには、自分でも驚いていた。
 手を拭いてから、口紅が落ちていることが気になった。
 (おにぎりを食い終わったら、引き直すかな)
 外食したとき、真夕美が小さな鏡に向かって口紅を塗り直していたことを思い出しながら、リビングに戻った。
 枝豆をひとつつまんでソファーに座ろうとしたとき、微かな空気の流れに気がついた。
 (あれ? 風が入ってきてるのか?)
 閉めたはずのカーテンがわずかに開いていた。
 (おかしいな。さっき閉めたよな)
 首を傾げながらカーテンを確かめた。
 (あれ? サッシが少し開いてる)
 外から誰かが入ってきた可能性に気づき、慌ててリビングの方を振り返った。真正面に目出し帽を被り、真っ黒な服を着た男が立っていた。誰だと叫ぼうとして、女装していたことに気づき、声が出せなかった。
 男が右手を突き出してきた。バチバチバチと小さな音が耳に入った。左の胸に激痛が走り、あっという間もなく俺は意識を失っていた。



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