第12章 語られた真実


 小野田の前では嘘は通じない。俺の勘がそう伝えていた。
 「では、どうして酒井良美と偽っていたんだ?」
 大沢が酒井良美を利用しようとしていたことは何となくわかった。けれど、大沢は俺が性転換して女になったことは知らないはずだ。だから、俺は元々女だという立場で話をすることにした。
 「わたし、借金があったんです。ただの高利貸しじゃなくて、危ない組織から借りていたんです。期日までにその借金を返さないと殺されるところだったんです。そんな時、松田という男から連絡が入って、同居していた女性を殺してしまったから、その遺体を隠す間、その女性が生きている振りをしていれば借金を棒引きするって言われたんです。その女性というのが、酒井良美さんなんです」
 「なるほど。そのアリバイ作りは上手く行ったんだな?」
 「はい」
 「そのまま酒井良美を演じる必要はないだろうに」
 「それが、借金を棒引きするというのは嘘で、アリバイ作りをしている間に借金を返す期日は過ぎていたんです」
 「だから、そのまま、酒井良美として生きることにしたんだな?」
 「はい」
 「しかし、松田という男がキミが生きていることを知っているだろう?」
 「松田は、事故で死んでしまったんです」
 「事故で死んでしまった? それはキミにとっては好都合だな」
 小野田は俺の顔を見てニヤリと笑った。
 「わたしが殺したんじゃないんです。あれは事故なんです」
 「キミは正直者のようだから、信じてあげよう。さて、大沢君。今度はキミの番だ。正直には話して貰おうか?」
 そう言う小野田に、大沢はフンと鼻であしらった。

 小野田の恫喝に大沢はまったく動揺を見せなかった。
 「不動産関係の仕事はやっていないことは認めよう。そう言ったのは、良美を手に入れるためだ。無職だなんて言えば、結婚してくれなかっただろうからな」
 「では、何の仕事をやっているんだ?」
 「そんなこと、おたくにゃ、関係ないだろう?」
 不敵な笑みを浮かべて答えた。
 「それに、良美がお宅の孫娘だったなんて、今日の今日まで知らなかったことだ。財産目当てだとは心外だ」
 小野田を睨み付けて、つばを吐きかけんばかりにして言った。
 「良美。おまえは良美じゃないそうだが、俺にはそんなこと関係ない。俺は、おまえを愛しているんだ。仕事のことで嘘をついたのは悪かったと思ってるが、仕事がまだ軌道に乗っていないからな。おまえがこのおっさんの孫娘じゃなかったら、こんなところには用はない。帰るぞ」
 立ち上がって俺の手を引いた。愛していると言われて少し嬉しかった。
 「待ちたまえ。彼女が納得しても、儂は納得していない。真実を話すまでこの屋敷からは出て行かせないぞ」
 小野田が凄い目をして睨んだ。
 「ふん。止められるものなら止めてみろ」
 俺の手を引いて出口に向かおうとすると、執事が大沢の前に立ち塞がった。
 「邪魔だ! 退け!」
 突き飛ばそうと左手を出したとたん、大沢は執事に腕を捻り上げられた。
 「いてててて。離せ!」
 大沢は腕を捻り上げられたまま椅子に戻されて座らされ、縄で椅子に縛り付けられた。
 「本名はわからないが、取り敢えず良美でいいだろうな? キミも椅子に座り給え」
 優しい声だが、威圧の籠もった言葉だ。俺は、元の椅子に座った。
 「さて。もう一度聞こう。真実を話したまえ」
 「俺は何も知らんと言ってるだろう! 俺の妻を勝手に孫娘と思いこんどいて、その上俺に財産目当ての汚名を着せるとは、開いた口が塞がらんよ」
 「いつまでその減らず口をたたいておられるかな? 前田。やれ!」
 執事の名前は前田と言うらしい。前田は、大沢の手首を掴んでテーブルの上に押さえつけると、金槌を大沢の目の前に差し出した。
 「旦那様に正直に真実を申し上げなさい」
 「正直に何も、俺は何も知らん!」
 その言葉が終わらないうちに大沢はぎゃっと叫び声を上げた。前田が大沢の指に金槌を振り下ろしたのだ。俺の耳にグシャッと言う骨が砕ける音が届いてきた。
 「や、止めてください! 主人はなにも知らないんです!」
 「大人しくそこに座っていなさい。キミは正直に話したから危害は加えない。だが、騒ぐと、この男と同じ目に遭うぞ」
 ゾッとした。
 「さあ、話すんです」
 「し、知るか!」
 前田が無情にも金槌を振り下ろした。大沢は先ほどよりも凄い声を上げた。続けて前田は金槌を振り下ろす。
 「わかった。わかった。話すからもう止めてくれ」
 その言葉を聞くと、前田は大沢の手首を離した。大沢は顔をしかめながら、クソッと舌打ちをした。
 「早く話さないと、もう一度やりますよ」
 「わかったって言ってるだろう。あんたが孫娘を捜しているという話を持ち込んできたのは、松田って言う男だ」
 「松田? 彼女が殺した男だな?」
 「わ、わたしは殺してなんかいません! 事故で死んだんです!」
 俺は力の限り叫んだ。
 「わかった。そう言うことにしておこう。で? どこからその話を聞いたか知ってるのか?」
 「松田がこの屋敷で働いているメードと懇意になっていて、そのメードから聞いたと言っていた」
 「そのメードの名前は何と言う?」
 「知らん。聞いてない」
 「そうか。それから?」
 「松田が俺にその話を持ち込んできたのは、もしかしたら俺のスケがその孫娘じゃないかと疑ったからだ」
 「何だと?」
 「中学を卒業したあと、大阪の施設から逃げ出してきたと言っていた。施設に捨てられたから、両親の名前も顔も知らないと話していたんだ」
 「その女性が酒井良美なんだな?」
 「そうだ。もしかしたら、これは宝くじにでも当たったぞと喜んでいたら、良美は血液型がAだったんだ」
 「つまりわたしが探していた孫娘ではなかったというわけだ」
 「ああ。しかし、勿体ない。そこでB型の女を酒井良美に仕立て上げて、あんたに孫娘として紹介しようと考えたんだ」
 「それが彼女なんだな?」
 「イヤ、違う。松田が殺した女だ。聡美って言うあばずれだ」
 小野田は眉を顰めた。
 「大金が入るからと言って引き込んだんだが、最後の最後になって怖じ気づいて、止めると言いだしたんだ。説得すりゃあいいものを、言い争っているうちに松田のやつが女を絞め殺してしまったんだ」
 「殺したのは本当に松田なのか?」
 小野田が大沢をじろりと睨んだ。大沢は否定したけれど、死人に口なしだ。
 「先ほどの彼女の話と繋がってきたな。事情を話すと同じことになるかもしれない。だから、借金のある彼女が酒井良美として生きざるを得ないようにして置いてから結婚し、夫としてわたしの財産を得ようとしたわけだ」
 「ちょっと違うな」
 大沢は俺の顔をチラリと見て呟いた。俺はこのときになって初めて、大沢は俺が男だと知っていることを悟った。
 「何がどう違うんだ?」
 「年齢が25歳前後で血液型がB、借金から逃げるために別人になろうとする女なんて、そうそういないんだよ」
 「彼女は違うのか?」
 「彼女、彼女と言うが、あいつは彼女じゃないんだよ」
 「どういう意味だ?」
 「あいつは、男だ。性転換して女になったんだよ」
 「何だって!」
 小野田と前田が同時に叫んで俺を見た。俺は思わず目を伏せた。
 「年齢26歳、血液型B、返す目途のない借金の返済期限が迫っていて、華奢で女顔の男がいたってわけさ」
 「信じられん。本当なのか?」
 俺の顔を覗き込んでくる小野田の顔を見られなかった。
 「さっき、ヒロシが言ったように、ヒロシってのはそいつの本名だ。聡美の死体を処分する間、女装させて聡美が生きてる振りをさせたんだ。聡美を殺してしまったことを隠すと同時に、ヒロシを酒井良美に仕立て上げようとしたわけさ」
 「最初からわたしを・・」
 「気づかないおまえがバカなのさ。もっともあの時のおまえは、殺されることが怖くて、俺たちの意図を見抜く余裕などなかったからな」
 男の俺に女の代役をさせることに疑問がなかったわけではなかったけれど、あの時はせっぱ詰まっていたのは確かだ。
 「女装させただけでは、性転換までは至らないだろう?」
 「その通りだ。だから、まずは霧島って言う男に頼んでそいつを犯させてやった」
 霧島がグルだったことはもはや想像がついていた。
 「ホモセックスの喜びを教え込んでから、豊胸させて、さらに性転換させるつもりだった。そろそろ豊胸しろと話をさせようとした矢先、そいつは突然姿を消してしまった。しかも、部屋の中には松田の死体だ。状況がよくわからん。あのままいなくなってしまったら、別の人間を捜すのも大変だし、それまでの苦労は水の泡だ。幸い携帯でそいつの連絡がついたから、霧島に戻ってくるように説得させたんだ。戻ってくると答えたが、なかなか戻ってこない。諦め掛けていたら戻ってきてホッとしたんだ」
 「戻らざるを得ないでしょう! わたし本名を書いた手紙を聡美の手に握らせていてサツに追われるようにしたんだから」
 大沢はフフッと笑った。大沢は俺が酒井良美として生きざるを得ないように細工をしていたのだ。今でも、俺・タツカワヒロシは、身許不明女性殺害と死体遺棄の重要参考人として手配されている。
 (小野田が俺をサツに突きだしたら、どうしよう? 女になってまで逃走を図ったと大々的に報道されるかも知れないな。ああ、最悪だ)
 こうなったら、小野田に媚びを売って、サツに突き出されないようにするしかないと考えていた。
 「豊胸させて女として暮らすことに慣れさせてから性転換するつもりだったが、再び逃げ出されると困るから、豊胸術と同時に性転換して貰ったんだ」
 俺はあっと驚きの声を上げた。
 「患者の取り違えじゃなかったのね?」
 「当たり前だ。院長に頼んでそう言うことにして貰ったんだよ。恨み辛みを院長に向けてもらわないと、あとの俺たちの計画通りに運ばないからな」
 「性転換手術後は、おまえが登場というわけだな?」
 「霧島は、相手にペニスがねえと勃たんもんでね」
 「変態めが!」
 小野田はあからさまに侮蔑の表情を浮かべた。
 「まあ、人の好みは各々だよ」
 言いながら大沢は、砕かれた指を右手で押さえながら顔をしかめた。
 「小野田さんよ。もう話したから、いいだろう? 治療に行かせてくれよ」
 「話はおよそわかったが、2、3質問させてくれ」
 「何をだよ?」
 不遜な眼差しを小野田に向けた。
 「本物の酒井良美はどうなったのだ?」
 「は? 本物の酒井良美? どうもなっていないさ」
 「嘘をつくな! 性転換されたヒロシが酒井良美として生きている以上、どうもなっていないことなどありえんだろうが!!」
 大沢は言葉に詰まった。
 「どうなった? 正直に言え!」
 前田が再び金槌を手にして、大沢の左手首を掴もうとした。
 「わかった、わかった。言うよ」
 恐怖に顔を歪めて、左手を押さえた。
 「良美はヤク中でよ。血液型云々の前に、とても芝居をやれる状態じゃなかったんだよな」
 「そんなことは聞いてない。どうなったかと聞いてるんだ!」
 「今から言うところだよ。金がねえのに売人からヤクを貰おうとしてぶん殴られてあの世行きだ」
 「死体はどこへやった?」
 「知らねえな。殺した奴が処分したと聞いたがな」
 「死体が出てきて、酒井良美だとわかったら、どうするつもりだったんだ?」
 「出てきやしないさ。髪の毛一本も残っていないんだからな」
 「たった、今、酒井良美の死体がどうなったか知らないと言ったではないか! どうして髪の毛が残っていないと言えるんだ!!」
 大沢は口をひん曲げ、舌打ちをした。
 「おまえが殺して処分したんだろう!」
 「処分にしたのは俺だが、殺したのはヤクの売人だ」
 「おまえの目は嘘を言ってる目だ。前田! もう1本叩き潰してやれ」
 大沢はギョッとして左手を隠そうとしたけれど、前田に掴まれて指を潰された。大沢は泣きながらもう勘弁してくれて叫んだ。
 「殺したのはおまえだな?」
 「そうだよ。生きてちゃ、困るくらいわかるだろう?」
 「そうだろうな。聡美を殺したのもおまえだろう?」
 「あれは違うぞ。あれは松田がやったことだ。俺には関係ねえ」
 「前田!」
 前田が金槌を構える。大沢は絶対に違うと言い張り、止めてくれて泣き叫び始めた。
 「前田、もういい。最後の質問だ」
 「・・まだあるのかよ」
 「霧島はどうした?」
 「霧島? さあ、どこかでホモの男でも抱いてるだろう」
 小野田は腕組みをしたまま大沢を睨んでいる。
 「本当だよ。2丁目あたりに行って探したらどこかにいるよ」
 小野田はなおも黙ったまま大沢を睨み付けている。
 「勘弁してくれよ・・・」
 情けない顔をして小野田に頭を下げた。
 「つまり、霧島も生きていないと言うことだな?」
 「あいつにゃ、ヒロシをホモに仕立て上げることしか告げていなかったからな。あんたの孫娘を装って金儲けしようなんてことを言えば、分け前が減るだろう?」
 「松田が事故死してなかったら、殺すつもりだったのか?」
 大沢は答えなかったけれど、それ以外の答えはないようだ。
 「くずめが!!」
 「へっ! おまえみたいな金持ちには、俺たちみたいに底辺で生きてる人間の気持ちなんかわかるもんか!」
 「その割に手術費用は出せたんだな? 性転換手術は安くないだろうに」
 小野田が薄笑いを浮かべて言った。
 「エビでタイを釣るって奴よ」
 「残念だったな。タイが釣れなくて」
 「ああ。ホオジロザメに食いつかれた気分だぜ」
 「なかなかジョークが上手い。さて、酒井良美と霧島という男を殺し、聡美という女も殺した可能性がある。これが裁判なら、死刑は確実だな?」
 「俺の指を潰して自白させたものなど証拠にはならんぜ。物的証拠は何もないからな」
 「まあ、そうだな。儂が神ならおまえに天罰を下すところだが、そう言うわけにもいくまい。この屋敷からとっとと出て行け!」
 前田が大沢を縛っていた縄を解くと、大沢はつばを床に吐きかけて、潰された手をかばうようにしながら虚勢を張って部屋を出て行った。
 俺も立ち上がろうとすると、小野田にまだ用事があると言われて、座るように命じられた。俺は仕方なく椅子に座り直した。
 大沢の姿が消えると、小野田が前田に目配せした。すると、前田はどこかに電話をかけ始めた。
 「さて、ヒロシ君。いや、今のキミにはヒロシという名前は相応しくないな。良美君と呼ぼう。それでいいね?」
 大沢と話しているときとは、打って変わって柔和な表情になった。俺はハイと答えた。
 「キミは儂を騙すつもりはなかった。そうだな?」
 「最初から人違いだと言いました」
 「そうだったな。どうしてだ?」
 「最初にあなたを見たとき、あなたを騙すことは出来ないって感じたんです」
 「はっはっは。なかなか勘がいい。奴らに填められたとき、その勘の良さが、どうして働かなかったのかな?」
 「それはもう言ったと思います。借金で殺される寸前だったんです」
 「おう、そうだったな。しかし、美人だな、キミは」
 何と答えていいのかわからない。
 「儂がもう少し若ければ愛人にしてやるところだが」
 「あ、いえ・・・」
 「いやか?」
 「あなたと一緒にいたら、ビクビクして暮らさなければいけないようで・・・」
 「はっはっは。その通りかもしれんな。だから、ヨシエもタツカワと逃げてしまったんだからな」
 苦々しそうに言った。
 「小野田さん、今、タツカワっておっしゃいましたか?」
 「ああ、言ったよ。それがどうかしたかね?」
 「そのタツカワと逃げた小野田さんの娘さんの名前は、ヨシエさんとおっしゃいましたか?」
 「ああ、ヨシエだ」
 「タツカワは、達するの達に3本川の川と書くんじゃないですか?」
 「そうだが?」
 小野田は不思議そうな顔をして俺を見た。
 「ヨシエは、芳しいに恵むじゃありませんか?」
 「その通りだ。何を言いたい?」
 「ちょっと待ってください」
 俺は持っていたバッグの底を探った。
 「ない」
 「何がないんだ?」
 「マンションまで帰らせていただけませんか?」
 「逃げるつもりか?」
 「そんなことできないってわかってます」
 小野田はフフッと笑った。
 「では、前田を一緒に行かせよう」
 「あ、その方がいいです」
 首を傾げる小野田を残して、俺は前田と共にいったんマンションに戻った。

 マンションに戻ると、いつも使っているバッグを取り出して中を確かめてから、小野田の屋敷に戻った。
 「何を取りに行ってたんだ?」
 「これです。バッグの中に入っているお守りの中を見てください」
 前田がバッグの中からお守りを取りだして小野田に手渡した。小野田はそのお守りの中から茶色に変色し折り目が破れ掛かった紙切れを取りだして広げた。
 その紙切れに書いてある文字を見てから、驚きの表情で俺を見た。



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