第10章 最高の隠れ蓑


 俺の身体が欲しいだけなのかも知れない。本物の女ではないとばれてしまうかも知れない。そう思っているのに、俺は大沢の腕を取って部屋に上がっていった。
 部屋に入るとバッグを投げ捨て、サンダルを脱ぎ捨てて大沢と抱き合って唇を貪り合った。
 着ていたものを脱ぎ、脱がせ合ってベッドの中に入った。愛撫されるのは好きだ。身体中のどこもかしこもが感じる。
 男と女では性感帯が違うとか聞いたことがあるけれど、あれは嘘だと思う。そうでなかったら、女になって間もない俺がこんなに感じるはずがない。
 大沢がクンニしようとしていた。一瞬迷ったけれど、為すがままにさせた。部屋の中は薄暗いし、カメラで見たあの作りなら、ばれないだろうと考えたからだ。
 大沢の舌先が俺の敏感な部分に触れた。手術後のあの痛みはもうない。勃起したペニスを少し強めに擦られる感じだ。
 大沢は、舌を細かく高速に動かす。凄く感じる。
 (本物だと思っているみたいだな)
 気づいていないと思うと、その安心からか快感が倍増したような気がした。クリトリスが吸われ、噛まれた。痛いと言うよりも快感だ。
 長いクンニのあと、俺の身体にキスしながら這い上がってきた。
 (今度は俺の番だな)
 俺の太腿あたりに当たっている大沢のペニスを手に取り、そしてずり下がっていって口の中に入れた。
 (久しぶり。美味しいな)
 フェラチオが好きになっている自分が不思議だ。舐め回していると反りが強くなってきた。先走り汁も出てきたようで少し味が変わってきた。
 俺はシャフトにキスすると、這い上がって、大沢に微笑んで見せた。
 「上手だね。危うく行ってしまうところだった」
 「飲んであげたのに」
 「それもいいけど、エリカさんの中に出したい」
 望むところだ。俺は頷いて大沢と身体を入れ替え仰向けになって膝を立てた。上になった大沢が屹立したものを押しつけてきた。クリトリスと腟口の間に先端があたり、擦るようにして後ろに移動してきた。
 (いつも使っている拡張棒と同じくらいの太さだからすぐに入るだろうな)
 俺は気楽に考えていた。
 (ううっ! い・た・あ)
 忘れていた。拡張棒を入れるときにはジェリーをたっぷりに塗っていたことを。入るのは入ってきているけれど、錆びたねじを回すようにきついのだ。
 「エリカさん、どうしたの?」
 「な、何でもないわ」
 大沢はちょっとだけ首を傾げたけれど、そのままぐいぐい押し込んできた。俺の反応などどうでもいいのか、それともそんなことを観察する余裕がないのかガンガン突いてきた。
 痛い。痛いけれど、ぐっと我慢した。霧島にケツの穴を掘られたときと同じように、痛みは次第に遠ざかっていき、いい感じになっていった。
 (ああ、何か、気持ちいいぞ)
 そう思い始めた直後、すっと痛みが消え、大沢のピストン運動がスムーズになった。達する前のふわふわした感じが俺に訪れていた。
 (ああ、行けそうだ)
 大沢の抽送が心地よい。クチュクチュを音がし始めていた。
 (俺、濡れてるんだ)
 手術した医者は、何とかと何とかを残して濡れるようにしてあると説明した。けれど、これまで拡張の際にクリトリスを弄んだりしてみても濡れたことなどなかった。だから、濡れていることにはちょっと驚きだった。
 どんどん気持ちがよくなってきて、俺は腰を振った。
 「うう、うう、ううう」
 大沢が呻き始めた。達しようとしていて、何とか我慢しようとしているのだ。俺にはそれがわかる。
 「エリカさん、エリカ、行きそうだ・・・」
 「来て。来て、大沢さん!」
 大沢が俺の中で膨らむ。そして、ぐぐっと押しつけてきた。
 「は、はうっ!」
 大沢の勢いを感じたとたん、俺は達して身体を痙攀させていた。

 霧島とのセックスでも達していたけれど、今日の大沢とのセックスの方が数段気持ちがよかった。
 繋がったまま、しばらくキスし合った。
 「中出ししちゃったけど、よかったのかな?」
 不安そうに尋ねてきた。
 「できちゃったかも」
 大沢はエエッと驚きの声を上げた。
 「嘘よ。生理が終わったばかりだから、大丈夫」
 こっちの方が大嘘だ。
 「ホントに大丈夫なんだね?」
 「心配するくらいなら、コンドームをすればいいのよ」
 大沢は頭を掻いた。
 「やり始めたら、途中で着ける余裕がなくなっちゃって」
 「気をつけた方がいいわよ。危険日なのに安全日だと偽って妊娠させるのは、女が男をつなぎ止める手段なんだから」
 「あ、ああ。・・・でも、エリカさんだったら、結婚してもいいよ」
 「またあ。冗談を言って」
 軽く受け流したのだけれど、大沢の目がにわかに真剣になった。
 「冗談なんかじゃないんだ。エリカさん、もしよかったら。ボクと結婚して欲しい」
 「ええっ! 嘘でしょう?」
 「嘘じゃないよ。本気だ」
 「会ってからまだ日も浅いのに」
 「そんなの問題じゃないよ。一目惚れなんだ。好きなんだ。愛してるんだよ」
 俺は困惑を隠せない。
 「エリカさんはボクのこと、嫌いなのか?」
 「・・・そんなこと、ないけど」
 「じゃあ、いいだろう?」
 大沢は俺が性転換して女になったことを知らない。本物の女じゃないのに、そのことを黙って結婚してもいいものだろうか?
 俺は今までひとを騙し、欺き、裏切って生きてきた。けれど、わずかに残った良心が疼くのだ。
 「わたし、こどもを、こどもを産むことができないの。だから・・・」
 元は男だとは言えなかった。だから、こう言って断るしかなかった。
 「こども? そんなこと問題じゃないよ。ボクにはエリカさんがいれば充分だよ。こどもが欲しくなったら、養子を貰えばいんだよ」
 (そんなこと言われたら、断れないじゃないか。こうなったら、俺は男だというか?)
 がしかし、俺は酒井良美という女の戸籍で生きている。男だと告白するわけには行かない。言ってしまって、俺の正体が他人に漏れ、借金取りがやってきたら大変なことになるのだ。
 「ボクのことが嫌いなら別なんだけど・・・」
 悲しそうな表情で言う。
 「嫌いだったら、こんなふうにならないでしょう?」
 俺たちはまだ繋がったままだ。
 「じゃあ、いいんだね?」
 大沢を騙すことになるけれど、俺の命の危険を考えると承諾する方が得策だと考えた。俺は頷いた。
 「やったあ!」
 大沢はこどものようにはしゃぎ、俺から抜け出て、部屋の中を駆け回り始めた。この男となら上手くやって行けそうな気がした。
 俺の中から大沢が放ったものが流れ出てきていた。ティッシュを取って拭うと、血が混じっていた。
 「あれ? 血が出てる。エリカさん、まさか、処女だったのかい?」
 「え? ええ」
 人造膣で男を受け入れたのは初めてだ。だから、処女と言えば処女だったのだ。
 「それにしてはフェラが上手かったな。危うく行きそうになったよ」
 「ああ。そっちは経験があるから」
 「あ、そうか。余計なことを言っちゃったね。ね、ねえ。ディナーの時間までまだかなりあるから、もう1回、どう?」
 「やれるの?」
 俺は大丈夫だ。
 (女はいいね。続けて何度でもやれる)
 「やれそうだよ。ほら」
 半立ちだが、復活に兆しが見えていた。俺は大沢に手を差し延べた。

 二度目の挿入は容易だった。そして二度目も気持ちがよかった。行為が終わったあと、大沢は少し沈痛な面持ちで俺に告げた。
 「実は、両親がいないんだ。それに親戚もほとんどいないから、結婚式が挙げられないんだけど・・・」
 俺にとってはむしろ歓迎だった。
 「わたしもよ。わたし、孤児院で育ったから」
 俺自身もそうだけど、酒井良美も両親不明の孤児院育ちなのだ。そのことを知ったのはつい数日前のことだ。酒井良美として生きていくとき、両親は兄弟、親族が出てきたら困ったことになるだろうと考えて調べてみた結果だ。
 「そうか。式を挙げたいって言われたらどうしようかと思ってたんだ」
 「女はウエディングドレスを着たがるものだものね」
 俺は何気なく言ったのだが、大沢は俺がウエディングドレスを着たいと要求していると受け取ったようだ。
 「あ、じゃあ。ウエディングドレスだけは何とかしよう。ウエディングドレスを着て写真を撮ればいいよね?」
 「え? ええ」
 是非着たいというわけではないけれど、話の行きがかり上、そう言うことになってしまった。
 「じゃあ、明日、一緒にレンタルショップに行こう」
 「お仕事は?」
 「明日は日曜日じゃないか」
 「え? あ、そうだったわね」
 俺には日曜日とか祭日とかの感覚がない。そう言う生活をずっと送っているからだ。

 ディナーを取ったあと、再びベッドへ。そして、起き抜けにもう一度貫かれた。もっとやって貰ってもいいと思っている俺は、ずいぶん淫乱な女になってしまったものだ。

 ゆっくりと朝食を取ってから、レンタルショップが開く時間に合わせてホテルを出た。
 「これなどお似合いになると思いますよ」
 地味な制服を着たレンタルショップの店員が、プリンセスラインのデザインが異なるウエディングドレスを持ってきた。
 各々を着て鏡に映す。どちらもいい感じだった。
 「ボク的には最初の方がいいね」
 大沢が言うのでそっちの方にした。
 「カクテルドレスはいかがいたしましょう?」
 「え? カクテルドレス?」
 そりゃあ、何のこっちゃと思っていると、大沢がお願いしますと答えた。店員は、すぐに真っ赤なドレスを持ってきた。
 「これはいいねえ」
 大沢が感心して鏡に映った俺の姿を見た。俺も似合うと感じた。
 「すぐに写真を撮りたいんですけど」
 「今日ですか?」
 「駄目ですか?」
 「わかりました。すぐに手配いたしましょう」
 1キロほど離れた場所にある、レンタルショップが提携しているフォトショップに移動して、写真を撮って貰った。

 写真が仕上がるのは2週間後と言うことで、大沢は送付先として自分のマンションを指定した。
 「ボクが住んでるマンションは3LDKだけど、エリカさんのマンションは?」
 「うちも3LDKだわ」
 俺の方は霧島と一緒に暮らすためのものだったから、そんなものだろうと思っていたけれど、大沢の方はひとり暮らしだろうに3LDKとは広いマンションに住んでいるんだなあと感じていた。
 「どうする? どちらかが引っ越さないと行けないと思うんだけど?」
 「うちは家具付きの賃貸なの。大沢さんの方は?」
 「ボクの方は家具は自前だよ。なら、エリカさんがボクのマンションに越して来た方がいいね」
 「ええ、そうね」
 俺のいるマンションは霧島が契約している。霧島がこのまま家賃を支払うとは考えにくいから、家具云々は別としても俺の方が引き払うしかないだろう。
 「じゃあ、エリカさんのマンションに寄って、荷物をまとめようか?」
 まっすぐ俺のマンションに行き、服や化粧品をバッグに詰め込んだ。

 そのまま大沢のマンションに向かうと思ったのに、着いたところは区役所だった。
 「気が変わらないうちに婚姻届を出さなきゃね」
 そう言うわけで、あれよあれよと言う間に俺は大沢昭雄の妻になってしまった。
 (先になって女じゃないってばれたらどうしようかな)
 そう思いながら、まあ何とかなるだろうと安易に考えていた。
 (子供を産めない理由を聞かない大沢が悪いんだものな)

 同じ3LDKでも、大沢のマンションの方が遙かに広かった。
 「ここでひとり暮らしをしていたの?」
 大沢はそうだよと簡単に答えた。俺は荷物を片付けている間に、大沢はどこかに電話を掛けていた。
 「荷物、少ないんだね?」
 「イヤな思い出は捨てる主義なの」
 「なるほどね」
 簡単に信じてくれるところが怖くもある。
 「似合うような服をいっぱい買って上げるよ」
 マンションと言い、稼ぎがいいようだ。どんな仕事をしているのだろうかと訝った。

 片付けを終えて、ふたりでお茶を飲んでいると玄関のチャイムが鳴った。
 「あ、ボクが出るからいいよ」
 立ち上がろうとした俺を制して大沢が玄関へ向かった。
 「やあ、来たな。入って、入って」
 ドヤドヤと足音が入ってきた。男がふたり、女が3人やって来た。
 「まあ、綺麗な人」
 「すごいね、社長。どこから見つけ出してきたんですか?」
 俺を見て、口々に言う。
 (社長? 会社の社長? それともあだ名なのか?)
 訝っていると大沢が5人を俺に紹介した。
 「ボクの会社のメンバーだよ。向こうから、白石、大野、柳井、木下、佐藤」
 よろしくお願いいたしますと俺に向かって一斉に頭を下げた。
 「あ、ああ。こちらこそ。良美です」
 「さあ、今から結婚披露パーティーだ。無礼講で行こう」
 お料理は、お酒はと言い出す。
 「料理はそろそろ届くはずだ。冷蔵庫から缶ビールを出してくれ。ウイスキーとワインも適当に出していいぞ」
 女たちがわあいと喜び、酒を準備し始めたときに、玄関のチャイムが鳴った。大沢が玄関に向かい、皿を持った男たちを招き入れて、リビングのテーブルの上にオードブルの載った皿が置かれていった。
 「さあ、喰って、飲んでくれ」
 「社長、その前にケーキカットよ」
 「ケーキなんてないぞ」
 「じゃ、じゃあん」
 佐藤という女が隠していた箱を取り出した。それを開くと、フルーツたっぷりのケーキが入っていた。
 「ナイフ、ナイフ」
 キッチンからナイフが持ってこられて、俺と大沢に手渡された。
 「さて皆様。新郎新婦の初めての共同作業です。カメラ、カメラ」
 俺は照れる大沢とケーキカットをする。フラッシュが光った。

 午前0時近くまで騒ぎまくってから5人は帰って行った。
 「楽しい人たちね」
 「ああ、いい仲間だよ」
 「あなた、いったい何の会社をしているの?」
 「不動産屋だよ」
 「不動産屋?」
 「そう。あまり儲かっていないけどね」
 他の5人の着ている服や腕時計、バッグなどはかなり高価のものばかりだった。あまり儲かっていないというのは謙遜に聞こえた。

 翌月曜日から大沢は仕事に出掛けていった。最初の朝食はトーストに卵料理しか作れなかった。大沢がいない昼間のうちに料理本を見て勉強し、夕食を作った。大沢は美味いと言って食べてくれているけれど、本当なのかはわからない。
 炊事・掃除・洗濯、そして夜のお勤めと、俺の主婦としての日常が続いた。

 検診の日がやってきた。大沢がいない昼間、こっそりとクリニックを訪れた。
 「調子はどうだね?」
 院長は退院の時とは違った印象で俺に尋ねた。
 「問題ありません」
 「そうか。じゃあ、診察をしよう。診察台に上がって」
 婦人科の診察台は初めてじゃないけれど、あまり上りたくないものだ。
 「よしよし。外見はまったく問題ないな。中を診てみるよ」
 もっと嫌いなクスコを入れられた。
 「良いようだな。スメアを取っておこう」
 「先生、スメアって何ですか?」
 「そうだな。簡単に言うと、ガンができていないかどうか調べるものだ」
 「えっ! ガンができるんですか?」
 「ごくまれにな。滅多にないことだが、調べておかないと手遅れになってからでは遅いからな」
 滅多になくても、あり得るのなら検査して貰うに越したことはない。何しろただなんだから。
 俺が服装を整えている間に院長は顕微鏡を見ていた。
 「おっ! 精子がいるじゃないか。酒井さんとセックスしたのか?」
 「酒井とは別れました」
 「じゃあ、別の男性としたんだね?」
 「はい」
 膣の中を診られるかも知れないとは思ったけれど、顕微鏡で調べるなんて思ってもみなかったから、昨日の夜も大沢と交わったのだ。
 「そうか。オルガスムは感じたかな?」
 「は、はい。お陰様で」
 「そうか。よかったな。で? 相手はキミは性転換して女性になったことを知ってるんだろうね?」
 「あ、いえ・・・」
 「何? 知らせてないのか? それは、キミ、いくら見分けがつかないとは言っても、相手の男性に悪いことだよ」
 「わかっていますけど、言えなかったんです。でも、子どもを産めないことは伝えてあります」
 「子どもを産めないことを伝えてある? どういうことだ? まさか、その男性と結婚するつもりじゃないだろうね?」
 「つもりじゃなくて、もう結婚しちゃったんです」
 「な、なんと! どうするつもりかね?」
 「わかりません。成り行きに任せてます」
 いつかは伝えて方がいいよと院長に諭されてクリニックを出た。そんなことはわかっているけれど、簡単ではないのだ。
 ため息が出た。

 大沢には俺が男だったことは打ち明けないことに決めた。そんなことをしたって、俺には何のメリットもないからだ。
 大沢が俺に望んでいること、それは炊事・洗濯・掃除などの主婦としての仕事と夜のお勤めだ。子供を産むことを俺には要求していないから、俺で充分その役割を果たせる。本物の女とか性転換して女になったとかは関係ないのだ。



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