第9章 新たなアイデンティティー

 気がつくと狭いベッドの上で木村がボクの身体を舐めていた。せっかく綺麗に洗ったのに、木村の唾液だらけだ。しばらくして、今度はボクの方が木村の身体を舐めてやった。フェラチオをしてみたけれど、まったく回復してこなかった。結局二度目は諦めて眠りについた。
 真夜中、木村がボクの乳房を撫でたり、股間をまさぐったりしていたけれど、それだけで終わった。
 午前6時、けたたましい目覚まし時計の音で目が覚めた。時計を止めた木村がボクの上になって唇を合わせてきた。ボクの太ももに堅く勃起した木村のペニスが当たっている。
 「出勤は何時なの?」
 「7時にここを出るんだけど」
 「じゃあ、もう起きなきゃ」
 「すぐにすませるから」
 こんな言葉は女性に向かって言うべきじゃないなと思った。女性を性の処理道具と考えていると宣言するようなものだからだ。
 でもボクの場合、木村は恋人でも何でもない。お礼に身体を与えているだけだ。道具として自分の身体を使っている。だからボクは足を開いた。

 飯はかなり残っていたので、味噌汁と目玉焼きだけを作って食べさせた。
 「行ってらっしゃい。夕食、作っておくから」
 木村はにこにこ顔で手を振ってで掛けていった。
 (7時8分か。仕事に間に合うかな? すぐにすませると言ったのに、30分も掛けるんだから。でも、結構よかったな)
 入れ替えた車を駐車場に止め直すと、貯まっていた汚れ物の洗濯をして干してやり、芋の煮っ転がしを作って、トンカツは油で揚げればいいだけにしておいた。
 (さあ、これでよし。木村へのお礼も終わったことだし、早くここから立ち去ろう)
 木村は本気でボクと結婚するつもりだ。だから、ボクがここで待っていると思っている。けれど、そんなことはできない。
 あの病室にいるのがボクでないことは早晩ばれるだろう。そうなったとき、手引きをしたのは木村しかいないことは一目瞭然だ。すぐにここを探しに来るはずだ。今度捕まったら、一も二もなく殺されてしまうことは明白だ。逃げ出すしかない。
 『夕食を作っておく』とは言ったけれど、『待っている』とは言わなかった。敢えて言わなかったのだ。
 鏡を見た。昨日の買い物で、下着は買ったけれど、着るものは買わなかった。だから、昨日と同じ服を着ている。田中看護師から奪ったバッグには2万数千円入りのビトンの財布が入っていた。それで安い服でも買おうと考えていた。
 (木村がきちんと鎮静剤を打ってくれれば、恐らく夕方までは安全だけど、早めに出かけよう)
 化粧を施し、髪の毛をブラッシングして、バッグを持って玄関へ向かった。

 車に乗り込む。ガソリンは半分ちょっと入っていた。どこかの駅に乗り捨てて後は電車で遠くへ行こうと考えた。
 太田への復讐もあるけれど、すぐに行ったら返り討ちになってしまう可能性が高い。しばらくほとぼりを冷ましてからだ。
 エンジンを掛けようとしたとたん、バッグの中から軽快な着信音が聞こえてきた。田中の携帯に誰かが電話を掛けてきたのだ。
 表示を見てみると、木村からだった。先ほど出掛けに番号を登録していったのだ。
 (どうしよう?)
 放置して行ってしまおうと思ったけれど、思い直して受話ボタンを押した。
 「もしもし」
 《もしもし、美穂か? 大変なことが起こったよ》
 もうばれてしまったのかと愕然となった。急がなくてはならない。
 「何が大変なのよ?」
 《俺が病棟に着いたとき、夜勤の看護師が巡回をしていたんだ》
 やっぱり恐れていたことが起こったと思い、速く逃げようと車のエンジンキーに手を掛けた。
 《そしたら、彼女、死んでいたんだ》
 「死んでた? どうして?」
 《吐いたものを喉に詰まらせて窒息したらしい》
 もはや一刻も余裕がない。ボクはキーを回した。軽自動車独特の音がしてエンジンがかかった。
 《美穂。どこかへ行くのか?》
 「あ、ああ。着るものがないから、買い物に」
 《そっか。でね。美穂じゃないってばれるって心配してたんだけどね》
 話が少し違うようだと感じた。
 《報告を聞いた院長がやってきて、ベッドの上の田中さんの死体をちらっと見ただけで、死後の処置をしろって俺に言うんだよ》
 「と言うと、死んだのがわたしだと思っているわけ?」
 《そうだと思うよ。死亡診断書に桂木美穂って書いていたから》
 美穂としか呼ばれていなかったから知らなかったけれど、桂木美穂という名前で入院させられていたのだ。しかも、死亡診断書を書いたところを見ると、実在の女性らしい。
 「見つけた看護師さんは気づかなかったの?」
 《だって、美穂と田中さんが入れ替わってるなんて、誰も思わないだろう?》
 閉鎖病棟の鍵のかかる個室の中に横たわっている死体だ。ボク以外ではあり得ないという先入観がこんな事態を引き起こしたのだろう。
 「ほんとに田中看護師がわたしだと思われているのね?」
 《もうお棺に詰めて送り出したからね》
 「家族が顔を見たら、別人だって気づくでしょう?」
 《それがね。身寄りがないらしいんだ。で、病院が後片付けをするらしいよ》
 院長の太田純二は太田純一にボクが死んだと報告するだろう。そうなれば、もはや追われることはない。ホッとした。
 「わたしが生きてること、絶対に誰にも言わないでね。言ったら、結婚できなくなるからね」
 《う、うん。わかってるよ》
 「じゃあ、夕食を作って、待ってるから、仕事が済んだら早く帰ってきてね」
 嬉しそうな返事を聞いてから携帯を切った。桂木美穂として入院させられていたボクとして田中看護師が葬られたことを知ったボクの脳裏にあるアイデアが浮かんでいた。
 バッグの中を探る。通信販売の不在票を見つけた。その住所をナビに設定した。ボクは田中小苗のアパートに行くつもりだ。どうするか? 田中小苗がボクとして死んだ。だから、ボクが田中小苗になるのだ。
 どこへ逃げても、ボクは奥田大樹には戻れない。女となってしまった今、アイデンティティーを失っているのだ。そこへ降って湧いた幸運だ。奥田大樹として追われることがなくなり、しかも田中小苗という新たなアイデンティティーを得られるのだ。
 少し運が戻ってきた。そう思った。

 ナビに指示に従って車を走らせる。昨夜と違って、田中小苗のアパートはすぐにわかった。ナビの画面上に自宅を示すマークがあったからだ。不在票に書かれてある部屋番号と同じ番号の駐車スペースに車を停めると、車の位置を示すマークと自宅のマークとがぴったり一致した。
 鉄筋コンクリート造りのアパートの階段を上っていった。303号室のドアに鍵を差し込む。くるっと回って鍵が開いた。左右をちらっと見てから中に滑り込んだ。
 鍵を閉め、ブーツを脱いで部屋に上がった。2DKの使いやすそうな部屋だ。木村の部屋よりこっちの方がいいなと思ったけれど、体格は似ていても顔は似ても似つかぬボクが田中小苗としてここに住むわけにはいかない。
 ミニスカートをジーンズに履き替え、クローゼットの中で見つけた旅行鞄と大きめのバッグを取り出した。
 田中小苗の下着を身に着けるのは少しイヤだったけれど、節約のためと割り切って旅行鞄に詰めていった。もちろん、あまり古いものは残しておいた。それに数着の目立たない服やアクセサリー、化粧品も入れておいた。
 シューズのたぐいも、履いてみて大丈夫なものだけを新聞紙にくるんでバッグの中に詰めた。
 預金通帳と印鑑、それに看護師免許証も見つけ出してバッグの中に入れた。ちょっと考えてから、田中小苗のアルバムや思い出となりそうなお土産品や人形などもバッグに詰めておいた。田中小苗が必要なものだけを持って引っ越したようにカモフラージュをするつもりだ。人影のないことを確認してバッグと旅行鞄を車に載せて木村のアパートに戻った。

 ボクは木村と結婚しようと思っている。木村と結婚して姓を田中から木村に変え、田中小苗からアイデンティティーを奪ったことを隠蔽しようと考えたのだ。
 太田精神科病院に勤めている木村と関係を続けることは、ボクが生きていることを知られる危険を伴う。他の男を選んだ方がいいのかも知れないけれど、ボクはあえて木村を選んだ。その理由はいくつかある。
 まず第一に、シリコンのダイレーターだったけど、木村はボクを犯した最初の男だ。あの屈辱的行為がなければ、ボクの女としての性感は開発されていなかったかもしれないと思っている。
 第二に、最終的にはボクをあの地獄から助け出してくれた命の恩人だ。木村の協力なしには、今のボクはないのだ。
 第三に、ぼくは、・・あいつ、木村のことを気に入っている。180近い長身、胸が厚く、太い腕。甘いマスク。チビで、痩せっぽっちで、女みたいと言われ続けてきたボクがなりたかった理想の男だ。
 少し頭が鈍いのが欠点だけど、素朴で純なところがいい。あんなやつは滅多にお目にかかれるものじゃない。
 あいつには裏表がなくて妙な駆け引きはできないから、ボクのことが好きだというのはボクの肉体目当てじゃなくて本心だろう。ボクの言うことなら何でも聞いてくれそうだ。セックスの相性もいいし、ボクの相手としては理想的だ。
 それに、今から別の男を見つけるのも面倒だ。

 木村のアパートに戻る途中、美容室によってヘヤースタイルを変えた。シャギーを入れて軽くし、明るい色に染めて貰った。ボクの印象はかなり変わった。
 (木村のやつ、きっと驚くぞ)
 ほくそ笑みながら、二つの荷物を木村の部屋に運び込んでから、ボクは警察に電話を掛けた。
 「すみません。免許証をどこかでなくしてしまったんですけど」
 運転免許証再発行の方法を聞いてから電話を切った。ボクはボクの顔写真の入った田中小苗名義の運転免許証を手に入れようとしている。運転免許証は最高の身分証明書だからだ。健康保険証でもいいけれど、田中小苗としては太田精神科病院に留まれないし、運転免許があった方が便利だからだ。
 (あ、もう5時だ。ボクの分も作っておかなければ)
 芋の煮っ転がしは二人分以上あるけれど、トンカツは木村の分しか作っていなかったのだ。ここに留まると決めたから、ボクの分も作る必要がある。冷蔵庫の中からトンカツ用の豚肉を取りだして作っておいた。
 洗濯物を取り込んで畳んでいると玄関のドアが開いた。
 「お帰りなさい」
 駆け寄っていくと、木村は一瞬たじろいだ。
 「あら? どうかしたの?」
 「その髪型・・・」
 まじまじと見つめる。
 「似合う?」
 「あ、ああ。似合うよ。前より美人になった」
 「前も美人だったと思うけどなあ」
 「う、うん。そうだな」
 「ご飯にする? それとも、先にお風呂に入る?」
 「昼、忙しくって食べてないんだ。先に飯を食いたい」
 腹がグウと鳴る音がした。
 「そう。じゃあ、すぐに準備するから、テレビでも見てて」
 「テレビを見てて待つくらいなら先に風呂に入ろうかな?」
 「あら? 一緒に入りたいんじゃないの?」
 木村はデレッとして、後から入ると答えた。
 「何を作ってくれるんだ?」
 「芋の煮っ転がしとトンカツよ」
 「芋の煮っ転がしとトンカツ? いいねえ。・・俺たち、新婚さんみたいだな」
 照れながら言う。
 「結婚してくれるんでしょう?」
 「ホントに結婚してくれるのか?」
 「そのためにわたしを助けてくれたんでしょう?」
 木村はボクを抱きしめた。
 「美穂みたいな美人が俺みたいな馬鹿の奥さんになってくれるなんて夢みたいだ」
 「あら? 剛は馬鹿なんかじゃないわ。物事をじっくり考えて行動しているだけ。剛はわたしの理想の男性よ」
 子どもみたいな笑顔を向けてボクにキスしてきた。ホントに可愛い男だ。

 今日もお風呂に一緒に入って洗いっこをした。ただし、セックスはベッドに戻ってやった。
 フェラチオはもちろんやってあげたけど、クンニをされるときは、作り物だとばれるんじゃないかと恐れた。けれど、ばれなかったようだ。
 いや、ばれることなんてまずあり得ないと思う。手術をした医者が、見ただけではボクの女性器が作り物だとは絶対にわからないと豪語したとおり、本物そっくりなのだ。それはボク自身が鏡で見て確かめてある。
 童貞なのにと思うかも知れないけれど、童貞だってAVビデオの1本や2本は見ているから、女性器の外見くらいわかっている。
 ボクは両足を大きく広げ、本来ボクには存在しない新たな器官、膣に木村の堅く雄々しいペニスを受け入れている。木村が突くたびにボクの膨らんだ胸が上下に揺れている。
 1年前のボクから考えれば、信じられない状況だ。しかし、ボクはその状況を受け入れ楽しんでいる。
 木村は腰を動かしながら、ボクの顔を優しい表情でじっと見つめている。まったくほれぼれとするいい顔だ。ボクは上半身の起こして木村にキスした。木村は嬉しそうにそれに応えた。
 「剛、愛してる」
 自分の発したこの言葉が嘘や偽りではないように思える。木村姓を得るために利用しているだけなのに、ボクは木村のことを本気で好きになってしまったのだろうか?
 「俺もだ、美穂。美穂、愛してるぞ」
 木村がボクの中で爆発して、愛を注ぎ込んでくる。身体がとろけるような快感に意識がぶっ飛んだ。

 翌朝、朝食を食べさせ仕事に送り出した後、ボクは昨日電話を掛けた警察署を訪れた。注意されていたとおりにタクシーで行った。
 運転免許証紛失証明書を貰い、その足で免許センターに移動して、免許証の再交付を受けた。田中小苗としてボクの写真入りの身分証明書を得ることができた。
 いずれも、田中小苗の財布の中に入っていた健康保険証を身分証明として使った。顔写真のないこんなものが身分証明書として通用するなんて、日本は間違っている。けれど、それがボクを助けてくれた。
 これで、ボクの田中小苗としてのアイデンティティーは確立した。けれど、まだやることがある。田中小苗と太田精神科病院との関わりを断ち切っておく必要がある。病院側が田中小苗を探しに来ては困るからだ。そこで、退職届を出しておくことにした。
 退職届は自筆するのが普通だろう。例えワープロで書いても、サインは自筆が必要だと思われる。田中小苗の文字をまねて退職届を書くためには、田中小苗が書いたものを手に入れる必要がある。
 ボクはいったん木村のアパートに戻って、今度は車で田中小苗のアパートに向かった。昼間は誰もいないようで見咎められないですんだ。
 状差しから封書やはがき、引き出しの中から金銭出納帳などを持ち出した。木村のアパートに戻って、金銭出納帳の文字を見ながら退職届を書いて郵送しておいた。
 退職届をポストに投函してすぐに携帯が鳴り始めた。
 (剛かしら? 携帯を取り出して表示を見ると、『病院』だった)
 出ていいものかどうか迷う。迷っているうちに切れた。ホッとしたとたん、再び鳴り始めた。表示は今度も『病院』だった。
 今度は出ることにした。
 「もしもし」
 《もしもし、田中小苗さんかな?》
 少し横柄な言い方だ。
 「そうですけど、どなたですか?」
 《総務の山田だけど、今日は無断欠勤しているね?》
 「ああ。実は一身上の都合で退職したいんです。先ほど退職届を郵送させていただきました」
 《ほう。それはよかった》
 何がよかったんだろうと思った。
 《そう言うことなら、けっこうだ。今月分の給料と退職慰労金は通帳の方に振り込んでおくが、それでいいかな?》
 「はい。大変お世話になりました」
 携帯を切ったとたん、再び着信音が鳴り始めた。表示は『木村』だった。『剛』に修正しなければいけないなと思いながら受話スイッチを押した。
 《美穂お、俺、病院を首になっちゃったよ》
 「どうして?」
 《それがわからないんだよ》
 先ほどの総務からの電話を思い出し、これは『桂木美穂』に関わった看護師を処分しようとしているのだと想像した。
 《でもね。別の病院を紹介してくれたんだ》
 懐柔策だと感じた。ただ首を切ったのでは、いろいろと口外される可能性が高いからだ。田中小苗にはどんな言い訳を考えていたか聞いておけばよかったと思った。
 「どこを紹介してくれたの?」
 《それが、遠いんだ》
 「だから、どこよ?」
 《静岡の病院なんだ》
 「静岡? いいじゃない?」
 《でも、美穂、一緒に来てくれるのか?》
 「もちろんよ。剛と結婚するんだから」
 喜びの声を聞きながら携帯を切った。ボクにとっても好都合だ。木村が静岡に転居すれば、木村の線からボクにたどり着く可能性が低くなるからだ。
 (あとは、携帯電話と車を処分しなければならないな)
 ボクは桂木美穂として死んだことになっているのだけれど、生きていると少しでも疑いを持たれることは避けたかったのだ。

 木村のアパートに戻る前に早速携帯を買い換えた。当然のことながら、電話番号は別のものにしておいた。電話帳も木村のものだけを残して消した。
 田中小苗の車は、買って1年しかたっていないし、軽と言えどもフルオプションの最上級車だった。勿体ないけれど、乗っているところを見咎められたくなかった。中古車販売に売り飛ばした。結構な額になった。
 通帳も奪っているし、完全な窃盗罪に当たるだろう。けれど、病院で辱められたことを思えば、これくらいの代償は受けてもいいだろうと考えた。
 「ええっ! あの車、売っちゃったのか?」
 アパートに戻ってきた木村が、眉を顰めた。
 「二台もいらないでしょう?」
 「売るんだったら、俺のを売ればよかったのに」
 「剛の車の方がいいわよ。あれの方が広いし」
 甘えた声で言うと、木村は納得した。
 「静岡にはいつ行くの?」
 「明後日、面接に行くようにって言われてる」
 「明後日ね。じゃあ、明日、婚姻届を出しに行きましょう」
 「婚姻届を出すって、結婚式はしないのか?」
 「式なんて、お金が貯まってからでいいわ」
 「ホントにいいのか?」
 「剛がいれば充分」
 木村のあまりの喜びように、木村姓を得るために結婚しようとしている自分を恥じ、木村のことが可哀想になった。

 翌日、ボクの写真の入った田中小苗名義の運転免許証と田中小苗の実印を携え、木村と二人で役場に婚姻届を提出した。何の問題もなく受理され、ボクは木村小苗という新たなアイデンティティーを得た。
 「式は挙げなくても、結婚写真だけは撮っておこうよ」
 本来女の方から言うべきことと木村が言う。ボクは頷き、帰り道で見つけたウエディングホールに依頼してみた。
 「よろしいですよ。最初の組の写真撮影が終わったら入れましょう。それまでに衣装を選んでください」
 矢木沢美子として着たウエディングドレスは、シリコン乳房が見えないように胸の部分に飾りが付き、コルセットをしていたものの太かったウエストを隠すようなものだったけれど、木村が選んだウエディングドレスは、胸の膨らみが強調され、ウエストがぎゅっと締まったものだった。
 ウエディングホールの中にある美容室でセットして貰い、撮影に臨んだ。
 「お綺麗ですよ」
 ありきたりの言葉を口にしながら、フラッシュが焚かれた。仕上がりは1週間後だという。
 結婚写真が届くのを心待ちにしている木村を見て、しばらく一緒にいてやろうかという気持ちになっていた。



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