第6章 説明抜きの性転換手術

 寒い。寒くて死にそうだ。目を開くと、妙な灯が目に入った。起き上がろうとして起き上がれなかった。両手両足が固定されていた。
 「ここは、ここはどこ?」
 「目が覚めたかな?」
 グリーンの服にグリーンの帽子、それにグリーンのマスクをした男がボクの顔を覗き込んできた。よく見ると、その男は太田弁護士だった。
 「ボクに何をするつもりだ!」
 「何を? 周りを見ればわかるだろう? 手術を受けて貰うんだよ」
 そこが手術室だと言うことはすでにわかっていた。白いタイル張りの壁に、天上からぶら下がった独特の照明器具。そして、カチャカチャと響く金属音。手術の準備をしているのだ。左側に点滴瓶が見え、ボクの左手に針が突き刺さっていた。
 「いったい、何の手術を!」
 「言わなくてもわかるだろう?」
 そう。聞かなくてもわかっていた。
 「ボクを女にしたって、もう美子さんを演じたりしないぞ。やるだけ無駄だ」
 「美子を演じて貰う必要はない。本物の美子がいるんだからな。おまえの手術が終わり次第、新婚旅行に出かける」
 「じゃあ、どうして?」
 「知りたいか?」
 蛇のような目でボクを見た。
 「テレビや映画では、悪役がくどくどと説明するだろうが、そんなことはしない。説明したって何の得にもならんからな」
 ボクに美子さんの身代わりをさせて、矢木沢家の第14代に就任させ、太田と結婚させたことを隠すためなら、ボクを殺せばすむことだ。どうして女にしようとしているのかわからなかった。
 「そろそろ始めますよ」
 やはりグリーン尽くめの男がそう告げた。
 「ハイ、お願いします」
 「止めろ! 止めてくれ!!」
 ボクは身体中に力を込めて叫び暴れた。
 「ちょっと静かにして貰おうかな」
 左手に痛みが走った。すぐに意識が薄れていった。

 目を覚ますと、口にマスクが当てられていた。胸がグイグイと持ち上げられていた。皮膚の下を何かが蠕いていた。
 「よし、これくらいでいいだろう。シリコンバッグを」
 緑のシーツで隠れて見えないけれど、胸を大きくする手術を施されているようだ。叫び、動こうとするけれど、声は出ず、身体も動かせなかった。
 右の胸に圧迫感が生じた。
 「少し小さいんじゃないですか?」
 太田の声が聞こえてきた。
 「Cカップと言えば、これくらいですよ」
 「そんなものなんですか」
 納得したのか、太田は黙り込んだ。
 「さて、縫合終了だ。左側に移るぞ」
 左の腋に押される感じがした。そして、再び皮膚の下を何かがモゾモゾと動くのを自覚した。シリコンバッグを入れるスペースを作っているのがわかった。
 「よし。シリコンバッグを」
 今度は左の胸に圧迫感が生じた。
 「ふむ。いい仕上がりだ」
 医者が得意げに言い、すぐにガーゼらしいものが胸に当てられた。
 「さてさて、お楽しみの性転換手術に移りますよ」
 弾んだ声で言った。治療ではなく、趣味で性転換手術をやろうとしているように聞こえた。
 「麻酔の方は聞いていますか?」
 「臍から下は完全に無痛のはずです」
 ボクの頭の上にもうひとり医者らしい男がいた。ボクの顔を覗き込み、ちょっと抓ってみてくださいと言った。
 「どうだ?」
 内股あたりを触られた気がしたけれど、痛みなどは感じなかった。
 「いいようです」
 「じゃあ、始めるか。消毒!」
 下半身を触られている。消毒液を塗ってるんだなと漠然と思っていた。イヤだ、止めてと叫びたいけれど、やはりまったく声が出ない。
 「始めるよ。メス!」
 理由がわからず、強制的に性転換手術をされる。こんな理不尽があるのだろうか? 心の中で叫び、泣いた。けれど、医者にも太田にもそれは届かない。
 「ずいぶんと大きな穴を開けるんですね」
 「これくらい開けないと、狭くなってしまうんですよ」
 身体がグイグイと押される。
 「さて、これくらいでいいでしょう。睾丸を抜きますかね」
 ジジジと何か音がしている。そして、肉が焼けたようなイヤな臭いが鼻を突いた。
 「先生、それが睾丸ですか?」
 「そうですよ。糸!」
 「ほう。二重に結ぶんですね」
 「外れて出血したら困りますからね。セーレ」
 カシャッと小さな音がした。
 「はい。右、終了。次、左ね」
 再びジジジと音がした。医者が糸を要求し、セーレというものを受け取ってカシャリと小さな音がした。
 「さてこれで、この子は女を孕ませることができなくなった」
 その声は耳に届いてきたけれど、痛みも何もない。他人事のように聞いていた。
 「次は海綿体の除去です。基本的な手順は、亀頭の一部をクリトリスの材料として残す以外は、陰茎海綿体も尿道海綿体もすべて切除します。感じるクリトリスを作るために、陰茎の背部を走っている神経は動静脈とともに温存します」
 「なるほど」
 あまりわかっていないのに頷いたという感じの太田の言い方だった。
 「さて、実際にやってみますよ。クリトリスの大きさはこれくらいでいいな。亀頭のまわりの皮膚に切開を入れて、陰茎の皮膚を剥離すると・・・・」
 時々ジジジと音がして肉の焼ける音がする。
 「皮膚がなくなって裸になった陰茎から、先ほど印を付けたクリトリスとなる部分とこれに連なる神経と動静脈を分離する。海綿体の中に尿道が通っているだけになりました。尿道を縦に切開して、尿道粘膜だけを残して海綿体を切除しますよ」
 長い間、ジジジと音がした。
 「は、これはまたすっきりしましたな」
 「これでこの子は完全に男ではなくなりました」
 突然涙が流れ落ちた。
 「さて、クリトリスを接合しましょう。このあたりかな? うん、ここでいい」
 「少し大きくはないですか?」
 「皮膚で覆われれば丁度いい大きさになるんですよ」
 「なるほど。ノウハウがあるんですね」
 「もちろんですよ。尿道粘膜を広げて縫合します。ピンク色の腟前庭ができます」
 医者はしばらく無言で手術を進めていた。
 「さて、陰茎の皮膚を使って、小陰唇を作りましょう。ここに穴を開けてクリトリスを露出させますよ。こことここを縫合していけば、綺麗な小陰唇のできあがりです」
 「ほう。なるほど。すごいものですね。しかし、ペニスの皮膚を膣を作るのに使うんじゃなかったですか? それでは少し足らないのでは?」
 「陰嚢の皮膚を使いますから、心配しないでいいですよ」
 医者は熱心に縫合を続けているようだ。
 「次は余った陰嚢の皮膚を切除して断端を縫合します。これが大陰唇になりますね」
 「かなりおまんこらしくなってきましたね」
 「もうすぐ完成です。切除した陰嚢の皮膚を二つ縫い合わせて円筒形にして、陰茎の皮膚に縫合して最初に開けた膣となる穴の中に挿入して縫合すれば一応終了ですな」
 そう説明してからかなり時間が経過した。
 「はい。仕上がった膣の中にガーゼを詰めて終了です」
 「おう、おう。できましたね。いやあ、面白いものを見せていただいて、ありがとうございました。こんな経験は二度とできませんよ」
 「部外者に見せたのは初めてですよ」
 「部外者ではありませんよ。彼女はわたしの妻ですから」
 「あ、ああ。そうでしたね」
 二人は笑いながら手術室を出て行った。看護師がボクの股間にガーゼを当てていた。ペニスも睾丸もなくなったボクの股間に。

 間接照明の薄暗い部屋のベッドの上で、ボクはぼんやりと天井を見ている。目覚めているのか眠っているのか自分でもよくわからない。
 口にはマウスピースのようなものが咥えさせられていた。舌を噛んで自殺することを防止のためのものらしいけれど、舌を噛むどころか、身体がほとんど動かせない。
 意識も感覚もハッキリしないけれど、寝ているベッドがグニャリとして気持ちが悪いのはわかる。
 「床ずれ防止用のマットだよ。身体の動かせない患者に使うんだよ」
 医者がそう説明していった。強制的に性転換されたボクが騒ぐのを予防するために、少量の麻酔薬が点滴に混ぜられているに違いない。だから、意識がぼんやりとしていて、身体が動かせないのだ。
 グーンと音がして、両足がゆっくりと締め付けられていく。
 「エコノミークラス症候群というのを知ってるわね? じっとしていると足の血液の流れが悪くなって血のかたまりができることがあるのよ。それが肺や脳に飛ぶととんでもないことになるのよ。大阪のクリニックで、性転換手術の後死亡したという新聞記事を見たことがあるかなあ? あれは、そのことが原因なのね。この装置は、それを予防するためのものなのよ」
 点滴を交換に来た看護士がボクに説明した。点滴は座布団のような大きなものがぶら下がっていて、手術が終わった後、麻酔医らしい医者がボクの鎖骨の下あたりに刺しこんだ管につながっている。高カロリー輸液と言って、この点滴だけで1日の栄養が入っていて何も食べないでいいという。その他に2種類の小さな点滴が1日2回投与されていた。それは化膿止めだと説明された。
 ブーンと低い音がして、ベッド自体が右に傾いていく。先ほどは左に傾いた。
 「寝たきり老人の床ずれを防止するための最新型の介護用ベッドなのよ。あなた、こんなベッドを使って貰って幸せね」
 ボクの性転換手術が強制的だと知らないらしい看護師が笑顔で説明した。強制的でなかったら、確かに楽な術後かもしれない。
 痛みもまったくない。意識を朦朧とさせる麻酔薬のせいもあるだろうけれど、手術の時に使われた下半身の麻酔が痛み止めとして使われているのだ。

 どれくらいたっただろうか? 医者がふたりの看護師を伴って入ってきた。
 「気分はどうかな?」
 そう言ってボクの右側に寄ってきて、手をボクの目の前に翳して左右に振った。
 「ふん。薬がよく効いているようだな。傷を見よう」
 看護師が薄い布団を剥ぎ取った。寒気がした。布団の下は全裸だったからだ。
 「腋の下の傷は大丈夫だ。乳房は?」
 ボクの膨らんだ胸を両手でクルクルと揉んだ。
 「いいようだな。この患者は、自分でマッサージができないから、朝晩マッサージをするように」
 「先生。このシリコンバッグは、マッサージをしなくてもよいタイプではないんですか?」
 「マッサージした方が、いいんだよ。つべこべ言ってないで指示に従い給え」
 看護師は肩をすくめて小さくなった。
 「下の傷を見るぞ。ガーゼを取って」
 看護師のひとりがボクの足を抱えて開かせ、もうひとりがガーゼを取り去った。医者がボクの股間を覗き込む。
 「出血、浸出液とも少量。浮腫軽度。よしよし、問題ないな。ヒビテン!」
 触る感覚がある。消毒しているようだ。医者は満足げに部屋を出て行き、看護師がガーゼを当て直して、ボクの両足を整えて布団をかぶせて出て行った。

 しばらくして白衣を着た比較的若い男がやってきた。布団を剥ぎ取り、ボクの手足を曲げ伸ばしする。関節が固まらないための処置だという。
 「宇野君! 乳房もマッサージしておいてって、先生の指示よ」
 「わかった」
 ぶっきらぼうに答える。ボクが女に性転換した男だとわかっているからだろう。かなり無愛想だ。

 1日2回の化膿止めの点滴と、1日1回の包帯交換とマッサージが規則正しく行われた。その回数を数えていれば、手術後何日たったかわかるのだけれど、意識が混濁しているボクは、数えていたのに何日たったかわからなくなっていた。
 やがて化膿止めの点滴は行われなくなり、大きな座布団の点滴だけが1日2回交換されるだけになった。

 それから数日たって包帯交換にやってきた医者が、長い間ボクの股間あたりで奮闘していた。
 「さあ、抜糸が終わったぞ。膣の詰め物を抜こう」
 痛みはまったくなかったけれど、腹の中のものが引っ張り出されるような不快感があった。
 「膣の中を洗浄しておこう。クスコをくれ」
 堅いものがボクの中に進入してくる感覚があった。カシャカシャと音がする。お尻に向かって液体が流れていった。ボクに穿たれた穴を洗浄した水が流れ落ちていったのだ。
 「ダイレーターをくれ」
 「太さはどうしましょう?」
 「まず1インチだ」
 再び何かがボクの中に入ってきた。
 「簡単に入るな。1.25をくれ」
 かなりの圧迫感があった。
 「これでいいようだ。留置用を出して」
 いったん圧迫感がなくなり、そして再び圧迫感がボクを襲った。
 「よし。抜けないようにパンツを穿かせておいてくれ」
 ピンク色のださいショーツを穿かされた。

 それ以降は、点滴の交換とマッサージは毎日続けられたけれど、医者がやってくるのは数日おきになった。
 やがて痛み止めが中止されたけれど、すでに痛みはまったく感じなくなっていた。そして、点滴に混入されていた麻酔薬も減らされたようで、意識が少し覚醒し、身体も動かせるようになってきた。
 看護師から手術後3週間が経過していることを知らされた。そんなにたっているとは思えなかったから少なからず驚いた。
 「明日から、流動食を食べさせてくれ」
 看護師に命じてから、ボクに向かって小声で言った。
 「暴れたりしたら、鎮静剤の量を増やすからな。そうされたくなかったら、大人しくしていなさい」
 暴れたりしても何の得にもならないことはすでにわかっていた。早く回復して、早く抜け出して、太田がどうしてこんなことをボクにしたのか問い質さなければと考えていた。

 ボクは強制的に女にされた理由をずっと考えていたけれど、どうしてなのかわからなかった。
 あのままボクに札束を渡してくれれば、ボクは永縁にあのことを封印していた。完全女装して結婚式を挙げただなんて、まともな男だったら他人に言えることではないからだ。
 太田はそれが信じられなかったのだ。信じられないのは自分が悪いことをしていると思っているからだ。悪いこととは、すなわち美子さんと結婚して、その財産を奪うことだ。
 ボクの口を封じる一番の手段は、ボクを殺してしまうことだ。例えばボクをどこかに閉じこめて餓死させ、山の中、摩崖仏がある山の中に放置しておけば、道に迷って餓死したと思われるだろう。
 なのに、どうしてボクを無理矢理女にしたのだ? 女にしたところで、口は封じることはできない。女にすれば、屈辱で何も言わないとでも考えたのだろうか?
 いや、もしかして、美子さんが見つかったというのは嘘で、ボクをこのまま美子さんに仕立て上げるつもりなんだろうか?
 でも、そんなことはどだい無理な話だ。いくら顔が似ていて、身体も女にしたからと言って、他人に成りすますことなんてできるはずがない。もしそうだとしても、手術がすんで3週間ほどになるはずだけど、ボクを説得する気配がまったくない。新婚旅行に3週間も行くなんてあり得ないから、そのつもりならもっと以前にボクの協力を要請してくるはずだ。
 わけがわからない。

 薄いおかゆを食べ始めた頃、鎖骨の下に入れられていた点滴のチューブが抜き取られた。入れられていたおしっこの管も抜かれて、ボクは完全に自由になった。ただ、部屋には外から鍵が掛けられていて抜け出すことはできなかった。
 抜け出すどころか、ボクはまだ満足に歩くことができないのだ。長い間ベッドで寝ていたから、筋力が極端に落ちているからだ。だからトイレに行くのも、壁伝いで行くか、這って行くしかなかった。
 トイレと言えば、立ち小便できなくなって不便だろうと思っていたけれど、ショーツを下ろして便器に座って息むだけだ。何の苦労もない。ただ終わった後拭かなければならないと言うだけだ。拭くことになれれば、拭かないなんてなんて不潔だっただろうと思うばかりだ。
 マッサージをしていた理学療法士が歩行の練習を手伝ってくれて、手術後ほぼ一ヶ月には何とか歩けるようになった。
 この間に全身の永久脱毛を施された。あそこの毛も短冊形に揃えられ、外見上は完全に女になった。

 今日は病室ではなく、検査室で診察すると言われて看護師に連れられて病室を出た。もちろん、騒いだらどうなるかわかっているなと脅されて。
 婦人科の診察台に載せられた。鐙に載せた足に冷たさが染みた。
 「外陰部の状態は、完璧だ。見ただけでは性転換手術を受けた男だとは気づかないだろう」
 自画自賛とはこのことだ。
 「中を見るぞ。クスコ」
 入り口が冷たく感じたけれど、中は異物感以外には何も感じなかった。ジャア、ジャアとお尻に向かって水が流れ落ちていく。
 「中の状態もいい。これは今後1年間は四六時中膣の中に入れておくんだ。膣が狭くなると、男とセックスできないぞ」
 医者がにやりと笑って言い、ボクの目の前に翳してから膣の中に差し込んだ。それは、最初入れられていた乳白色の真っ直ぐな棒ではなく、太さが4センチの反りが入った男のペニスをかたどったものだった。
 看護師がガーゼらしいものでボクの新たな陰部を拭った。
 「起きてもいいわよ」
 ボクは鐙から足を外して診察台から降りてショーツを上げた。ショーツなんてイヤだけど、この身体にはショーツがお似合いだ。ただ、100円ショップで売っているようなださいものは止めて欲しい。
 病室に戻ろうとすると、医者に呼び止められた。
 「乳房も診ておこう。上を脱いで」
 ワンピース型の病衣のボタンを外して上半身裸になった。
 「形といい、バランスといい、最高の出来だな」
 医者は看護師に同意を求めた。
 「ハイ。先生。先生の腕は世界一ですわ」
 医者は胸を張って、ここでの治療は終わったとボクに告げた。
 「退院ですか?」
 「ああ。今日の午後、ご主人が迎えに来る」
 ご主人とは太田のことだろう。太田がやってきたら、この酷い仕打ちの理由を絶対に聞き出そうと考えていた。



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