第2章 山の中の一軒家

 スケッチブックに向かい鉛筆を走らせる。真正面の摩崖仏を見上げ、鉛筆をかざして縮尺を確認する。日が暮れる前に仕上げて坂を下っていかなければならない。
 縮尺を何度も確かめ、鉛筆を走らせていった。
 「できた!」
 スケッチブックを少し離して見る。今日も満足できる仕上がりだ。
 (ああ。お尻が痛い)
 平坦な岩の上にクッションを敷いて座っていたのだけれど、長時間座っていたから立ち上がれないほど痛い。
 「やば! 暗くなってきたぞ」
 林の中から見上げる空はまだ青いけれど、あたりは薄暗くなり始めていた。大急ぎで鞄の中にスケッチブックと筆記用具を戻し、お尻の下に敷いてあったクッションをポンポンと手で叩いて土を落としてからバッグの後側にあるポケットの中に仕舞い込んだ。
 「さて、急いで下ろう」
 比較的整備されているとはいえ、足場は悪い。注意しながら坂道を下っていった。
 「暗くなってきたなあ」
 入り口までまだ半分以上というところでかなり暗くなってしまった。
 「あれ? こんなところに分岐があったかな?」
 Y字になった道で立ち止まる。じっと考えてみるけれど、どちらから上ってきたか思い出せない。思い出せないと言うよりも、分岐があったこと自体を覚えていないのだから、どうしようもない。
 (どっちに行っても下に出るだろうな)
 人間というものはわからないときは左を選ぶ習性があるという。それに違わずボクは左の道を選んで下り始めた。
 (そろそろ下に着くはずだけど・・・)
 かなり歩いたのに、まだ山の中だ。
 (右だったか。どうしよう?)
 後ろを振り返ってみた。九十九折りの上り坂が目に入る。引き返す気にならなかった。
 (このまま行ってみよう)
 10分ほど歩いたけれど、やはりボクは山の中にいた。ここでようやく引き返す気になった。
 (30分は下ったなあ。今度は上りだから、あの分岐点まで戻るには30分以上かかるぞ)
 ため息をつきながら坂道を上っていった。

 空には月は見えない。星あかりの中、ボクは坂道を上っていった。
 (こんな時のために懐中電灯を持っていないといけないな)
 後悔先に立たずだ。ともかく上るしかない。
 (なかなか着かないなあ)
 30分と言わず、1時間近く上ってきたけれど、分岐点に到達しない。
 (あ、分岐点だ)
 ホッと一安心したものの、その分岐点に立つと、上ってきた道が下り方向に向かって右側なのだ。よく見ると、左側の道はわかりにくい。
 (最初に左に降りた分岐点とは違うな。まだ上か)
 再び上り始める。すぐに分岐点があった。しかし、今度は上り方向に二つに分岐していた。
 (参った。どっちから下ってきたんだ?)
 いったん左側に上って下り方向を見る。そうしてから、今度は右側に上って下り方向を見た。
 左側から下ってきたような気がする。そう判断して左側の道を上り始めた。
 (そろそろ分岐どころか、摩崖仏に着きそうだけど?)
 そう思っていたら、道が下り始めていた。今度も間違ったようだ。
 (こう言うときは動かずに明るくなるまで待つのが最良だろうけどなあ)
 腹がグウと鳴った。寒さが身にしみ始めた。
 (ウインドブレーカーもいるなあ)
 ふと前方に小さな灯が目に入った。よく見てみると、人家のようだ。
 「助かったあ」
 灯を頼りに曲がりくねった道を歩き、やがてその家に前に着いた。
 (このあたりには、ここ一軒だけみたいだな)
 入り口らしいガラス戸を叩く。
 「ごめんください! すみません。ごめんください」
 ガラス戸の向こうに人影が見えた。ガシャガシャと鍵を開ける音がする。そしてガラス戸が横に開き、救いの天使とは言い難い、老婆が顔を出した。老婆と言っても日焼けしているからそう見えるだけで、若いのかも知れない。
 「こんな夜更けにどなたじゃ?」
 夜更けと言うにはまだ早いと思ったけれど、ボクは道に迷ってしまってと答えた。
 「道に迷った? そうじゃろうな。そうでなかったら、こんな山奥には誰も来んじゃろう」
 「道を教えて貰っていいですか?」
 「教えてもいいが、この夜道じゃ。また迷ってしまうぞ」
 確かに言われるとおりだ。
 「こんなボロ屋でよかったら、泊まっていくかえ?」
 「そうさせていただければ嬉しいですが?」
 そう答えると、老婆はちょっと待ちなされと言って奥へ引っ込んでいった。そしてすぐに戻ってきた。
 「爺さんがいいと言っておる。あがんなさい」
 「すみません。お邪魔します」
 スニーカーを脱いで上がる。畳の8畳間くらいの部屋があり、その奥に障子で仕切られた部屋があって、老婆と同じように真っ黒に日に焼けた老人が湯気の立つコップの中身をうまそうに飲んでいた。
 「夜分に申し訳ありません。道に迷ってしまったもので」
 「こんな山奥に何をしに来たんじゃ?」
 コップをこたつの天板の上に置いて尋ねる。
 「摩崖仏のスケッチをしてまして。もっと早くに下ればよかったんですが、暗くなり始めて下ったものですから、どこかで道を間違ったようで・・・」
 「摩崖仏? ああ。一山向こうじゃな。ずいぶんと間違ったようじゃな」
 一山向こうというと、かなり妙なところへ迷い込んだようだ。
 「飯は食ったのか?」
 「あ、いえ」
 「婆さん。なんかあったじゃろう。出してやんなさい」
 結構ですという前に腹が鳴って答えていた。
 「はい、はい。何にもありませんけど、お腹の足しにはなるでしょう。ちょっと、お待ちなさい」
 老婆は居間らしいその部屋から奥の部屋へ出て行った。奥の部屋が台所のようだ。
 「名前を聞いてなかったな?」
 「あ、奥田大樹と言います。大きな樹と書いて大樹です」
 「大樹か。いい名前じゃな。儂は太田じゃ。太田次郎。婆さんの名前はハツじゃ」
 老人は、焼酎のお湯割りらしいものをぐいと一口飲んだ。
 「摩崖仏を書いておったといっとったが、若いのに、何をしとるんじゃ?」
 「あ、ボクですか? 東京にある芸工大に通っている学生なんです。デッサンの勉強と旅行を兼ねて日本全国をふらふらしてるんです。今回は鹿児島から熊本を通ってこちらに回ってきたんです」
 「なるほど、なるほど」
 台所からハツさんが盆を抱えて戻ってきた。
 「ホントに、何もないですよ」
 ボクの前に茶碗と皿を並べた。茶碗にはおこげの混じった飯が山のように盛られ、皿の上には里芋やにんじん、タマネギの煮物がのっていた。さらに白菜の漬け物。
 「すみません。遠慮なくいただきます」
 竹の箸を手に取っていただく。飯は硬くぱさぱさで、煮物はかなり辛かった。白菜の漬け物は漬かりすぎていて酸っぱい。けれど、腹が減っていたし、文句を言える筋合いではないから、美味しそうな顔をしていただいた。
 「口に合わんじゃったろう。どうじゃ? いっぱいやるか?」
 コップを上げて見せた。
 「あ、いえ。下戸なもので」
 「まあ、そういわんと。婆さん。コップを持って来いよ」
 ハツさんはハイハイと言いながら台所に行ってコップを持って戻ってきた。薄汚れたお世辞にも綺麗だとは言えないコップを太田さんに手渡す。太田さんは、横に置いてあった焼酎の一升瓶を抱え上げてコップに半分ほど注いだ。さらにポットのお湯を注いでボクに手渡した。
 「温かいうちに飲め」
 仕方がないので、お礼を言って受け取り、一口飲んだ。ぷんと芋焼酎独特の臭いがしたけれど、甘い口当たりだった。
 「それはそうと、婆さんや。風呂の火は落としてしまったか?」
 「そのままにしてますから、まだ大丈夫でしょう」
 「大樹君。汗を掻いているみたいだから、ひとっ風呂浴びなさい」
 「あ、いえ。結構です」
 「まあ、そういわんと。都会のもんは、五右衛門風呂とか、入ったことはあるまい?」
 「五右衛門・・風呂ですか?」
 「そうじゃ。五右衛門風呂じゃ」
 五右衛門風呂など、話に聞くだけで、入ったことはもちろん、見たことすらない。
 「じゃあ、入らせていただきます」
 「ちょっとお待ちになって。火を見てきます」
 ハツさんが立ち上がり、台所を抜けてさらに奥へと歩いていった。
 「五右衛門風呂って、簀の子みたいな板の上に乗って入るんですよね?」
 「ははは。それは昔の話じゃよ。今は、プラスチックの板が底に沈んどる」
 「あ、そうですか」
 「ただ、背中を風呂釜に付けるとヤケドをすることがあるから気をつけなさい」
 「はあ、わかりました」
 ハツさんが戻ってきた。
 「薪をくべておきましたから、熱かったら、水を入れてくださいな」
 「はい。じゃあ、いただきます」
 ハツさんに案内されて、浴室へ向かった。浴室と言っても、納屋の一角に作られたものだ。それでも前室があって、バスタオルなどが畳まれて置かれていた。
 足下にある脱衣籠の中に、服を脱ぎ捨てて浴室に入った。浴室はだだっ広いタイル張りで、隅に丸い風呂釜が据え付けられていた。
 (ホントにお釜だ)
 蓋を取って手を入れて、あまりの熱さにヤケドをしたのではないかと思った。水を入れようとして考えた。
 (上だけ熱くて、下は水ってこともあるよな)
 タイルの上に転がっている洗面器を手に取ってかき混ぜてみた。しかし、一向に温くならず、まだ熱い。水を入れようとしたけれど、お湯が釜いっぱいだ。溢れさせるのは勿体ないと思い、洗面器に半分ほどお湯を入れて、水を加えてから掛け湯をした。何度も。
 (まだ、多いな)
 中には入らずに身体を洗った。
 (ついでに髪の毛も洗っておこう)
 束ねていたゴムを外して、シャンプーで髪の毛を洗う。シャンプーを洗い流すとき、何度もお湯をうめなければならなかった。
 お湯の減った釜の中に水を入れてかき混ぜると何とか入れそうだ。
 「あちっ!」
 背中が釜に触れて、慌てて背中を釜から外した。手足を伸ばして入れないから、何とも窮屈だった。
 釜に蓋をして前室に戻る。髪の毛をバスタオルで充分に拭いてから、脱衣籠の中を見ると、ボクが脱いだ服がなく、代わりに浴衣のようなものが置かれていた。下着らしきものもあったのだが、手に取ってみてボクは唖然としてしまった。
 「すみません!」
 腰にタオルを巻いてハツさんを呼んだ。すぐに、何でしょうとハツさんがやってきた。
 「これはちょっと・・・」
 そんな言葉にハツさんは首を傾げた。
 「お古じゃイヤですか?」
 「そうじゃなくて、これ、女物でしょう?」
 ハツさんはまたもや首を傾げた。そして、いけなかったかしらと言った。
 「あのう。ボク、男なんですけど?」
 「あ、あら? そうなの? 可愛らしいし、髪の毛が長いから女の子とばかり」
 声を聞いていないのかと言いたかったけど黙って尋ねた。
 「ボクが脱いだものは?」
 「汚れていたから洗濯機に入れちゃいましたよ」
 言われてみれば、洗濯機の動く音がしていた。
 「じゃあ。何か男物を出していただけますか?」
 「そう。じゃあ、爺さんのふんどしを出してあげましょう」
 「ふ、ふんどしですか?」
 ハツさんが持ってきたのは、茶色に変色し掛けたふんどしだった。それでも、それが一番綺麗なものらしい。
 「いいです。恥ずかしいけど、これを着ます」
 「あしと爺さんしかいないから恥ずかしがることはないがね」
 ハツさんはそう言い残して居間の方へ去っていった。『あし』とは『わたし』のことらしい。ボクは溜息混じりに、女物の下着を手に取った。
 (これはズロースとか言うものだよな)
 小学生の女の子が履いているような、色気も素っ気もないその下着に足を通した。
 (シュミーズかあ)
 綿でできたものだ。さらに浴衣を着た。これもピンクの柄が入っていた。明らかに女物だ。
 (太田さんとハツさんだけと言うけど、やっぱり恥ずかしいな)
 思いながら、居間に戻っていった。
 「さっぱりしたかな?」
 「はい。気持ちよかったです」
 手足を伸ばせなかったけれど、気持ちがよかったのは確かだ。
 「よく似合っとる。娘が帰ってきたようじゃ。なあ、婆さん?」
 ハツさんに同意を求めると、ハツさんもうんうんと頷いている。
 「恥ずかしいですよ。ボクは男なんですよ」
 太田さんはニコニコしながらボクの顔を見て、コップの焼酎をぐいと飲んだ。
 「そろそろ寝ますかね?」
 腕時計はまだ午後9時前を指していた。部屋の中にはテレビもないし、することがないから寝るしかないのかもしれないと思った。
 すでに座敷に布団が敷かれていた。二人にお休みなさいを告げて布団の中に潜った。二人も台所とは反対側にある部屋に引っ込んだようだ。家の中が真っ暗になった。
 いつものボクは午前0時を回った頃ベッドに入る。眠れないだろうなと思っていたけれど、山の中を歩き回ったせいだろう、あっと言う間に眠りについていた。

 夢も見ないで眠ったなんて久しぶりだ。よほど疲れていたんだろう。何かの物音に目を覚まして、薄暗い闇の中に見えた見慣れない天井に一瞬ギョッとして部屋の中を見回した。
 (そうか。道に迷って、太田さんという家に泊めて貰ったんだった)
 何時だろうかと枕元に置いた腕時計を探り寄せて文字盤を見ると、午前5時前だった。鶏の鳴き声がした。その鳴き声に混じって、衣擦れや足音が耳に届いてくる。
 (太田さんご夫婦、もう起きてるんだろうか?)
 そう思ったけれど、床に入ってからすでに8時間が経過しているのだ。年を取ると睡眠時間が少なくなると言うけれど、8時間もたっているのだ。起きていて当然だ。
 (いつもならまだ眠っている時間だけど、ボクも8時間眠ったからなあ。それに、二人が起きているのに、グウグウ眠っているわけにもいかないなあ)
 布団から抜け出して、寝乱れたゆかたを整える。襖をそっと開くと、振り向いたハツさんと目があった。
 「おはようございます」
 「あら? 起きたの? まだ寝ててよかったのに」
 「いえ、充分寝ましたから」
 「そう。お茶でも入れましょう」
 「何か着替えがありますか? できれば男物が?」
 「お爺さんのものは小さくて入らないでしょうね。娘のものしかないんですけど」
 思っていたとおりの返事が戻ってきた。まさかスカートしかないなんて言わないだろうなと思いながら、ハツさんが服を持ってくるのを待った。
 「おう。起きたか?」
 籠に卵をのせた太田さんが玄関から入ってきた。
 「うまいことに、今朝は三つ産んでくれとった」
 「お宅の鶏が産んだんですか?」
 「そうじゃよ。何もかも自足自給じゃからな」
 太田さんは卵を台所に持って行った。入れ替わりにハツさんが服を抱えてやってきた。
 「これでいいかしら?」
 ジーンズのようなものが見えてちょっとホッとしながら受け取った。
 「着てみます」
 襖を閉めて、浴衣を脱ぐ。シュミーズはどうしようかと思ったけれど、脱がずに黄色のTシャツを頭からかぶった。袖と丈が少し短いだけで何とか着られた。レースの襟が付いていて、リボンが付いていた。胸にバラの花の刺繍が入っている。
 (こんな服を着たなんて、絶対友達には知られたくないな)
 他に着るものがないから仕方がない。ジーンズを穿く。太股あたりがきついけれど、ヒップはぴったりだった。ただ、やはり丈が短い。これを穿いて外を歩くなんてできそうもない。今だけだからできることだ。
 「着られました?」
 襖の向こうからハツさんが尋ねる。
 「ハイ。何とか」
 襖を開いてハツさんの前に立った。ハツさんは、あらと首を傾げた。
 「ボクの顔に何か付いてますか?」
 「い、いえ。何でも・・・」
 「顔を洗いたいんですが?」
 「お風呂の横に水道が」
 指定された場所に行ってみると、確かに水道の蛇口がある。ただ、それだけだった。水道の栓を開いて両手で受けて顔を洗った。
 (歯刷子を貸してくれなんて言えないよな)
 浴室の前室にあるタオルを取って顔を拭き、居間に戻った。こたつの上に飯と味噌汁が置かれていた。
 「どうぞ。ホントに何にもないわね」
 「いえ、とんでもないです。ご飯をいただけるだけで充分です」
 昨夜と違って、炊きたての飯は美味しかった。菜っ葉と里芋の味噌汁はやっぱり少し辛かったけれど、まずまずだった。
 ハツさんがボクの顔を見ながら、太田さんに耳打ちしている。太田さんも意味ありげな顔をしてボクの顔を見ていた。妙な雰囲気だ。
 「ご馳走様でした」
 「洗濯物が乾かないと帰れませんね?」
 「そうですね。これじゃあ、ちょっと、外を歩けませんから」
 「お化粧をして、ブラジャーをすれば、それでもいいみたいよ」
 ハツさんは冗談とも本気とも取れないような口調で言った。
 「と、とんでもないです。化粧とかブラジャーなんて」
 慌てて否定するボクに、太田さんは急ぐ旅なのかと尋ねた。
 「いえ。別に急ぎの行程はありませんから。ただ、昨日戻らなかったから、民宿のひとが心配しているかも」
 「2キロほど下った場所に公衆電話があるが、その格好じゃ行けないわな?」
 「は、はあ」
 「儂が代わりに連絡をしてあげよう。民宿の電話番号はわかるかね?」
 「ちょっと待ってください」
 座敷に置いてあるバッグの中の手帳を取り出して、太田さんに告げた。太田さんは早速行ってこようと、バイクで道を下っていった。
 「あのう。いろいろお世話になっているので、何かお手伝いを」
 「そう。じゃあ、大根の収穫を手伝って貰いましょうかね」
 太田さんの家の裏が畠になっていた。大根が2条に植えられている。
 「こうやって引けばいいから」
 言われるままに大根を引く。
 「太いですねえ」
 ボクの足ほどの太さがある。
 「今年は気候が大根に合って育ち過ぎよ」
 「この大根、どうするんですか? 出荷するんですか?」
 「切り干し大根とたくわんを作るのよ」
 「はあ、そうですか」
 半分ほど引いたところでストップがかかった。あとは必要に応じて抜いて食べるのだそうだ。
 太田さんが戻ってきて、民宿に連絡が付いたとのことだ。
 「今日の夕方戻ると言っておいたが、よかったかな?」
 バイクを納屋の奥に押し込みながら尋ねた。
 「はい。ありがとうございました。何か、お手伝いできることはありませんか?」
 「薪を切るのを手伝って貰っていいかな」
 「はい、もちろんです」
 胸を張って答えたものの、これが大変だった。要領が悪いせいでまったく仕事が進まない。結局太田さんが薪を切り、ボクが運ぶと言うことになった。
 昼食は手作りのうどんだった。残り物の味噌汁を掛けただけだったけど、これほど旨いうどんは食べたことがないと思った。

 午後4時、山間の太田さんの家はもう陽が陰り始めていた。ボクは乾いた服に着替えて、太田さん夫婦に丁寧に礼を言い、教えられた道を下っていった。



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