第12章 拉致されて

 気がつくと後ろ手に縛られ、両足は膝を曲げた状態でガムテープで固定されていた。しかも全裸にされてベッドの上に転がされていた。
 電子音がする方を見ると、やはり全裸の太田が携帯電話のボタンをプッシュしていた。
 「もしもし、俺だ。今、いいか? 美子の代わりにおまえの病院に預けた女のことだが? そうだ。性転換して女にしたやつだ。薬を打ちすぎて死んだと言ったな? 間違いないのか? 顔は確かめたのか? なに? 確かめなかった? 閉鎖病棟の個室で鍵がかかるから? ふん。だからおまえはバカだと言うんだ。馬鹿だから馬鹿だと言ってるんだ! 裏口入学で医学部に入ったくせに大きな口を叩くんじゃない! いいか? 女は今、俺の目の前にいる。おまえに嘘を言っても仕方がないだろう? そうだ。生きてるんだよ。あの女だ。明日にでもここに来い。そうしたらわかる。ひとつ聞きたいことがある。こいつの世話をしていた看護師の名前は何と言った? 田中小苗? 田中小苗か・・・。もうひとりいたな? ちょっととろい大男だ。ああ、その男だ。木村? やはりそうか。この女、何と名乗っていると思う? 木村小苗だよ。そう、木村小苗だ。御丁寧に運転免許証まで持っている。俺が考えるにだな。この女、元は男の癖して、木村という看護師をたらし込んだようだ。そしてだな。田中を殺して入れ替わって逃げた。しかも木村と結婚までしている。ありえないだと? 免許証が木村になっていると言っただろうが! 別の木村かもしれんが、そう考えるのが妥当だろう。何度同じことを言わせるんだ! こいつはあの女に間違いない。証拠があるんだ。明日、必ずここに来い! おまえが必要なんだ。そうだ。おまえの医者としても技量がな。薬がいるぞ。たっぷり持ってくるんだ。いいな? じゃあ、明日、到着時刻を連絡してくれれば、迎えをやる。いいな?」
 太田純一は携帯電話をテーブルの上に置くとゆっくりとボクのそばに歩み寄ってきた。
 「まさかキミにこうして再び会えるとは思ってもみなかったよ。死んだと聞かされていたからね。奥田大樹君?」
 ボクは叫ぼうとした。けれど、口に填められている猿ぐつわのようなもので声が出せなかった。ボクはただ呻くばかりだった。
 「奴の手術は完璧だ。手術の跡がまったくわからない。綺麗なものだよ。キミを裸に剥いてもわからなかった。キミの身体を堪能したときもね」
 ボクの身体を堪能した? ボクは目を見開いた。
 「驚くことはなかろう。見たとおり、わたしもキミも裸だ。裸の男女がすることと言えば、他にはなかろう」
 太田はにやりと笑った。言われてみれば、太ももあたりがベチャリとして気持ちが悪い。木村の顔が脳裏に浮かんだ。ごめんなさいと心の中で思わず謝っていた。
 「奴の手術は完璧だと言ったが、外見だけではない。キミの女としての機能も完璧だ。純二の病院でキミを犯したときよりもさらによくなっていたぞ。木村という大男によほど鍛えられたと見えるな。ふふふ」
 下卑た笑いに涙が出た。
 「そう言うことだから、わたしはついさっきまで、キミが言った、奥田大樹の従姉だという言葉を信じていたよ。何故キミが奥田大樹だとわかったか知りたいか? 知りたいだろうな。奴は、あの医者はちょっと変わった趣味の持ち主でな。性転換手術を施した患者に印を残してるんだよ。自分が手術をした証しとしてな。キミは直接見ることはできない場所だ。鏡を使えばわかるかもしれないがな」
 直接見えない場所と言えば予想は付くけれど、ボクは何度か鏡で見ている。そんな印のようなものはまったくなかった。
 「ふふふ。どこにあるのかわからんという顔だな? わからんはずだよ。普段は見えないんだからな。刺青の中でも透かし彫りという技法で彫られているんだよ。絶頂に達したときに現れるという寸法だよ。本物の女だばかりと思っていたキミが絶頂を迎えて身体を震わせたときにその印が現れてビックリしたよ。騙された気分だったな」
 太田純一は高笑いをする。
 「しかし、キミの行き顔はいい。最高にいい。これから毎日可愛がってやるからな。おう、もう復活してきた。もう一度ご相伴させて貰うとしよう」
 太田純一がベッドの上に乗ってきて、横倒しになっているボクの身体を起こした。両肩をベッドにつき、腰を上げた姿勢だ。
 「ううっ! ううっ!」
 猿ぐつわのせいで、声にならない。
 「おうおう。指にまとわりついてくるこの肉の感触がまるで女だ。作り物だとはとても思えん」
 ボクの中に指を入れてこね回し、入れたり出したりしている。拘束され、弄ばれているのにボクは感じ始めていた。
 「もう濡れてきたぞ。キミは感じやすいようだな?」
 呻き声を出しながらボクは涙を流していた。太田純一の両手がボクの尻にかけられた。あそこに圧力を感じた。
 「ううぐうう・・・」
 抵抗しようとしたけれど、押し入れられた。ズブズブズブ。
 「ああううん」
 レイプされているのに、感じている自分が恥ずかしい。
 「よく締まるなあ、キミは。わかるだろう? わたしの肉棒を締め付けているのが」
 わからない。わからないけれど、身体の奥に燃え上がってくるものを感じていた。太田純一は腰を動かす。ベッドが軋む。グチョグチョと卑猥な音が部屋の中に響き渡る。
 長い抽送のあと、太田純一はボクの中から引き抜き、そしてボクを荒々しく横倒しにしてから、ボクの目の前に移動してきてペニスを差し出した。白い粘液が吐き出され、ボクの顔にかかった。
 「一度やってみたかったんだ。顔射と言う奴をな。願いが叶ったよ」
 絞り出した粘液を指にとってボクの唇に塗りつけた。
 「さて。シャワーを浴びて、やっておくべきことをやろう」
 太田純一は股間のものをぶらぶらさせながらバスルームへと消えていった。ボクは拘束されたままベッドの上に放置された。悔しさでずっと泣いていたけれど、やがて眠ってしまっていた。

 どれくらいたっただろうか? 身体の痛みで目が覚めた。ずっと拘束されていたからだ。太田純一の姿はない。
 何とか寝返りを打ち、ボクは考える。太田純一は弟・純二への電話の中で『美子の代わりにおまえの病院に預けた女のことだが』と言っていた。ボクが太田精神科病院に監禁されたとき、田中小苗はボクに向かって『美穂ちゃん、病気はすっかりよくなった?』と尋ねた。シゲさんは、『また病気がぶり返したんですか?』と聞いてきた。
総合すれば、矢木沢美子は精神を病んで、太田精神科病院に桂木美穂という名前で入院していたのだ。
 矢木沢美子の回復が結婚式に間に合わず、ボクが矢木沢美子として結婚式を挙げさせられた。そして、病状が回復した矢木沢美子とボクとが入れ替えられた。入れ替えたことを知られないためにボクを性転換して女にする必要があったのだ。
 桂木美穂として一生あの狭い部屋に閉じこめ、矢木沢美子の身代わりをしたことを外に漏らすことがないようにとの処置だ。
 太田純一は、何食わぬ顔で矢木沢美子の夫となり、子供を産ませた。矢木沢家の当主である矢木沢美子の夫としての地位を確立し、恐らく莫大な財産を自由にできる立場となったであろう。
 そこまではわかる。しかし、奥田大樹の従姉としてやってきたボクを何故監禁したのだろうか? ボクとセックスするまで、本物の女だと思いこんでいたと言っていた。だったら、知らぬ存ぜぬで追い返せばすむことだ。
 矢木沢美子に似た女とセックスするため? セックスするのに妻と似た女性とする必要はないと思う。それに、監禁してまでセックスするなんて危険が大きすぎる。
 ボクが矢木沢美子とそっくりだと言うことに意味があるのだろうか?

 ガチャリとドアが開いた。首を回して見てみると、入ってきたのは太田純一ではなく、里子さんだった。
 「あらあら、純一ったら、美子さんをこんなままで放っておいて」
 里子さんの言葉にボクは二つの意味で驚いた。まず第一に、太田純一のことを『純一』と呼び捨てにしたことだ。里子さんは矢木沢家の使用人のひとりであり、当主の夫を呼び捨てにするなんてあり得ない。太田純一と里子さんの関係はどうなっているのだろうか?
 第二に、里子さんがボクのことを『美子さん』と呼んだことだ。ボクのことを美子さんと呼ぶと言うことは、美子さんがこの屋敷にいないことを意味するのではないだろうか? そうなると、またもや精神がおかしくなって入院した。丁度そこに美子さんそっくりなボクが現れた。これ幸いとボクを拉致して、美子さんの身代わりに仕立て上げようとした。そんなところではないだろうか?
 里子さんは、熱い蒸しタオルでボクの顔を丁寧に拭い、さらにボクの恥ずかしいところも綺麗にした。
 「うぐ、うぐ、うぐ」
 助けてくれとの叫びは声にならない。
 「ごめんなさいね、美子さん。その縛めを解いてはいけないと言われてるの」
 言い残して里子さんは去っていった。

 長い時間が過ぎた。再びドアが開いた。今度入ってきたのは太田純二だった。
 「ホントに、あの女なのか?」
 後ろから入ってきた太田純一に尋ねる。
 「間違いない。例の印が左の内股にあった」
 透かし彫りの位置がやはり恥ずかしい部分のそばだとわかった。
 「ったく、とんでもない奴だ。看護師を殺して入れ替わるとは」
 薬の量を間違えたのはそっちだ。第一、ボクを殺すつもりだったじゃないかとボクは猿ぐつわの下で叫んだ。
 「で? どうするんだ?」
 「こいつを美子に仕立て上げる。しかし、黙って言うことは聞くまい。そこでおまえの出番だ」
 「薬を使うんだな」
 ニタリと笑ってボクを見た。
 「そうだ。ただし、今度は間違っても殺したりするなよ。丞が二十歳になるまでは生かしておかなければならん」
 「わかったよ。しかし、二十年となると大変だぞ。いっそ、この前のように刷り込みをやってみるか?」
 「あれは美子の精神がおかしかったからやれたことではないのか? こいつの精神はまともなんだぞ。やれるのか?」
 「薬漬けにしてからやってみよう。やる価値はある」
 「そうだな。そうできれば、人形を抱かなくてすむ」
 「抱く? 兄さんも好きだな。こんな人工女を抱かなくても」
 「おまえは抱いたことがないからわからないんだ。こいつは本物の女と変わらない。しかも、絶対に妊娠しない。妊娠の心配をしないで中出しできるんだ。これほど楽なことはないんだ」
 太田純二はフンと鼻を鳴らして、持ってきた鞄を開いて注射の準備を始めた。
 「さあ、美子さん。これであなたは夢の中だ。兄さんに抱かれて天国へ行きな」
 肩に痛みが走った。やがて意識が朦朧として、ボクはボクでなくなっていった。

 どれくらいたったのだろうか? わずかに意識が戻った。手足の縛めは解かれていたけれど、太田純一に組み伏せられていた。太田純一のペニスがボクの中にあり、ボクの顔をニタニタと笑いながら見つめ腰を動かしていた。身体はまったく自由にならず、太田純一の為すがままだった。
 ボクは太田兄弟に会話を反芻する。
 (今度は間違っても殺したりするなよと太田純一が言った。二十年となると大変だぞと太田純二が答えた。どういうことだ? この会話は、二十年以上美子が戻ってこないことを意味している。それほど重傷なのか? イヤ待てよ。精神状態が悪いと言っても、薬を打たれて朦朧としているボクとどう違うのだ? 違いがなければ、ボクを美子に仕立て上げる意味はない。それなのに、ボクを美子に仕立て上げようとしている理由は? 美子がこの世にいないと言うことなのか?)
 考えれば考えるほどその考えが正しいように思える。美子はどうして死んでしまったのか? 太田純一が美子を殺すはずがない。丞という子どもが二十歳になるまでは生かしておかなければならないと言っていたからだ。
 すると、殺したのではなく、事故か自殺だろう。精神を病んでいたのなら、自殺の可能性が高い。
 (あ、そうか。ボクを監禁したのには、もうひとつ意味があったんだ。美子は精神を病んでいた。いつ自殺を図ってもおかしくなかった。自殺を図ったときのスペアとしてボクを監禁しておいた。きっとそうだ)
 ともかく美子がいなくなってしまえば、太田純一は矢木沢家の財産を自由にできないのであろう。そこでボクの登場というわけだ。死んでしまったと思っていたボクが屋敷にやってきたとき、太田純一はしめたとほくそ笑んだに違いない。

 太田純一がボクの中で弾け、ボクは絶頂を迎えた。薬を打たれてレイプされているのに感じ、そして行ってしまう自分の身体が疎ましい。
 太田純一はボクと一緒には寝なかった。事が終わると、すぐに部屋を出て行ってしまった。代わりに里子さんが入ってきて、ボクの身体を綺麗にしていく。
 ボクの女の部分を拭きながら、溜息混じりに言った。
 「ホント、まるで本物に見えるわね。あなたが、あの大樹君だったなんて、誰も疑わないわよね」
 里子さんはボクが美子ではなく、性転換手術を施された奥田大樹だと言うことを知っていたのだ。里子もグルなのだ。
 里子は、ボクにショーツを穿かせ、ネグリジェをかぶせて布団を掛けていった。

 目覚めているのか眠っているのかよくわからない。視界の端を里子が歩いていった。そして、部屋の中がパッと明るくなった。里子がカーテンを開いたのだ。明るさからすると朝のようだ。
 里子はいったん部屋を出て行き、お盆を持って戻ってきた。お盆の上には食事が載っていた。
 スプーンで口の中に入れられると反射的に飲み込んでしまうのは、あの時と同じだ。意識は朦朧としていても、食べるという本能はきちんと機能している。ハンガーストライキをするという意志は身体には伝わらない。
 食事を食べさせると、里子はポケットからバイアルを取り出して注射器に吸い、ボクの肩に注射した。意識がガクッと落ちた。

 太田純一がまたもボクの膣を使っている。意識がハッキリしない人形のようなボクを抱いてどこがいいのだろうかと思う。
 太田純一が腰を動かしている最中、ドアが開いて里子が入ってきた。
 「何だよ! 母さん。まだ終わってないよ」
 「早く終わらせなさいよ。母さん、眠いんだから」
 「後片付けは俺がやるよ。だから、先に寝ていいよ」
 「あら、そう。毎日そうしてもらえると嬉しいわ」
 里子は部屋を出て行った。
 (母さんって、どういうことだ? 太田純一には両親がいたはずなのに? 待てよ。最初儀式に美子の替え玉として花嫁衣装を着たとき、美子は里子の産んだ子だと言った。両方とも本当ならば、兄妹を結婚させたことになる。そんなことはあり得ないだろう。今の会話からすれば、太田純一と里子は実の親子だ。と言うことは、美子が里子の子どもだという話の方が嘘だったんだ。ボクは完全に騙されていたんだ。同情を買ってひとを騙すなんて)
 考えている最中に太田純一が最後の時を迎えてボクの中に射精した。意識が薄れて何も考えられなくなった。

 薬を注射され、スプーンで食事を与えられ、そして太田純一にほぼ毎日犯される日々が続いた。
 一週間ほどがたったとき、太田純二がやってきた。ボクの肩に注射をしてから、ボクの横に座って何かを囁き始めた。何を言っているのかよくわからない。前回来たときに言っていた刷り込みというのをやっているのだと思った。
 「純二、うまく行ってるか?」
 横からボクの顔を覗き込んで尋ねている。
 「今日が初めてだからわからんね。この前兄貴が言ったとおり、元が正常だから、すぐには無理だろう。週に一回しか来られないし、うまく行くとしても時間がかかるだろうな」
 「時間はたっぷりある。ゆっくりやってくれ」
 「本物の美子の方の処理はうまく行ったのか?」
 その言葉に、ボクは途切れそうな意識を集中させる。
 「うまく行ったさ。こいつの服を着せて、見つけたときと寸分変わらない形で木に吊しておいたんだ。国道から少し奥に入った場所に吊しておいたものから、発見されたのは一昨日だが、自殺として処理された。元々自殺なんだから当たり前なんだがな」
 やはり美子は自殺していたんだ。ボクの考えが裏付けされた。
 「美子だと疑う人間はいないんだな?」
 「美子はここにいる。疑う人間などいない」
 「なるほど。木村小苗が自殺したことになったんだな?」
 「衣服だけじゃなく、運転免許証という確かな身分証明書を持たせてあったからな」
 ふたりはフフフと腹で笑う。酷い奴らだと思いながら、木村のことが気になった。ボクが、木村小苗が、木村の妻が死んだことになったのだ。
 木村はボクを愛してくれていた。どんなにか悲嘆に暮れているだろうかと考えると悲しくて、悲しくて、辛くて、辛くて、死んでしまいたいくらいだった。頭でそう考えていても、涙も零れなかった。それがまた悲しかった。

 太田純二がやってきた翌日、里子は食事とともに薬袋を持ってきた。その中から小袋を取り出すと、中に入っていた粉末をお粥の上にばらまいた。食事の後、注射はしなかった。粉末は注射の代わりだ。カプセルや錠剤だったら、飲み込まずに口の中に残ってしまうかも知れないけれど、お粥に混ぜた粉末は残ることなく胃の中へ入っていく。今回は逃げようがなかった。

 今朝は里子の様子がおかしい。そう思っていると、朝食が終わってから白いドレスに着替えさせられた。
 太田純一がやってきて抱きかかえられて車椅子に乗せられた。車椅子ごと部屋の外に移動していく。
 「お嬢様、あけましておめでとうございます」
 シゲさんが丁寧に頭を下げる。新たな年がやってきたことを知った。車椅子は広いホールの端、庭が見える場所に進められた。3脚の上に大きなカメラが載っているのが見えた。カメラをいじっていたロングヘヤーの男がボクのそばにやってきてドレスの裾をあたった。
 (この男は誰だ? 何をするつもりだ?)
 里子がボクの方へ歩み寄ってくる。その腕に赤ん坊が抱かれていた。
 「さあ、丞ちゃん。ママよ」
 そう言って、ボクの腕にその赤ん坊を抱かせた。
 「落ちないようにしろよ」
 太田が里子に命じる。シゲさんたち部外者がいるときは、ただの使用人のように扱っているようだ。
 「かしこまりました、旦那様」
 里子はボクの腕の位置を変えて、赤ん坊が落ちないようにしてから離れた。
 「じゃあ、ご主人、後ろに立ってください。もう少し右へ。奥様の肩に手を載せていただけますか? そうです。奥様、少しこちらを向けますか?」
 太田純一がボクの頭を少し動かす。
 「それで結構です。では撮りますよ。はい、チーズ!」
 フラッシュが光った。3回フラッシュがたかれ、ロングヘヤーの男はお疲れ様でしたと言ってカメラを片付け始めた。
 「丞坊ちゃまの一歳の誕生日なのに、お嬢様、お可哀想に・・・」
 シゲさんが涙ぐんでいる。今日は元旦であり、美子の産んだ子供・丞の誕生日でもあるようだ。年頭の記念写真兼一歳の誕生日の記念写真と言ったところだろう。

 週に一度、太田純二がやってくる。土日を利用しているのだ。ボクの腕から採血し、新たな薬袋をおいていく。もちろん、刷り込みの作業も必ずやっていく。
 「どうだ? まだ駄目か?」
 「まだだ。やはり週に1回だからなあ」
 美子に何を刷り込んでいたんだろうかとぼんやりとした意識の中で考えていた。
 「それに美子は元々兄さんに好意を持っていたからね。恋人同士にすることは容易だったよ。このエセ女との結婚式の写真を自分のものだと思いこませることもな」
 結婚式に出ていないのに美子と太田純一が結婚できたのは、そう言う裏があったのだ。
 「無理か?」
 「ああ。美子だって、うまく行く素地があったのに手こずったんだぜ。もう諦めたらどうだ?」
 「こいつが進んで俺に抱かれてほしいんだ」
 「兄さん、このエセ女に惚れたのか?」
 「こんないい女は他にはいないと言ってるだろう?」
 「ホントに惚れたのかい? 信じられないなあ。けどさあ、無理矢理性転換して、一時は殺そうともしたんだよ。好いてくれなんて無理な話だろう?」
 「だからおまえに刷り込みを頼んでるんじゃないか」
 「そこまで言うのなら、もう少し頑張ってみるけど、あまり期待しないでくれよ」
 「1年かかってもいい。気長に待つさ」
 二人はボクの意識が完全いないと思っているようだ。だからこそ、こういった話をボクの前でやるのだと思う。
 薬の効きが甘いのは、恐らく以前に使われた薬のせいだろう。ボクの身体が薬に対して耐性を獲得したに違いない。
 考えながら、いいことを思いついた。刷り込みがうまくいっていると思わせるのだ。そうしたら、薬を減らしてくれて、自由を得られるかも知れない。
 ただ、急にボクが純二の刷り込みを受け入れると疑問を持たれるかも知れない。だから、ゆっくりと、疑われないように刷り込みがうまくいっているように思わせよう。そうだ、それがいい。



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