第4章 『俺』とのセックス

 6時半の時計が鳴った。俺はノロノロとベッドから抜け出した。寒さが肌に刺さった。エアコンのタイマーを入れ損なっていた。寒さに震えながら、パジャマを着替えた。
 朝食の準備をしていると、起こしもしないのに『俺』が起き出してきた。少しは反省しているのかと思ったけれど、謝ることもなしに洗面所へ向かった。
 こんな男とどうして結婚したんだろう?
 そう思った。無理にこの男と結婚しなくてもよかったのだ。こんな男と・・・・。

 俺には男としての『俺』の記憶がない。弘子の記憶を辿るしかない。俺が『俺』に出会ったのは、俺の働く会社に就職したときだ。短大出の俺が、有名旅行代理店に就職できたのは、遠い親戚がこの会社の重役をしていたからだ。
 若くて容姿端麗な俺は、すぐに会社のマスコット的存在になった。誰もが俺をデートに誘った。『俺』も例外ではなかった。『俺』についての俺の評価は、可もなし不可もなし、中の中と言ったところだった。
 会社の他の同僚たちを交えてよく一緒に飲みに行ったりしたけれど、1対1の付き合いは誰ともしたことがなかった。
 あれは、会社に入って2年目の秋に行われた社員旅行での出来事だった。宴会が終わってほろ酔い加減の俺は、廊下で涼んでいた。今にして思えばあの時、他の同僚と一緒に2次会に行くべきだった。
 周りの喧騒が納まった頃、『俺』が俺のそばにやってきた。
 「2次会へは行かないのかい?」
 「ちょっと飲み過ぎちゃって」
 『俺』の方を振り返ったとたん、俺の唇は『俺』に塞がれた。素面だったら、絶対に『俺』の頬をぶっ叩いていた。けれど、酔いがそうすることを押し留めた。
 俺が抵抗しないことを俺が許したと勘違いした『俺』は、俺を抱きしめて舌まで入れてきた。そうなってから俺は抵抗したのだけれど、酔っていた『俺』には自制心がなくなっていた。『俺』は俺を物置部屋の様な場所に無理矢理連れ込むと俺をレイプした。そうなのだ。俺は『俺』にレイプされたのだ。
 ことが済んだあと、『俺』は俺に向かって好きだと言った。結婚してくれと言った。そんなことはレイプする前に言って欲しかった。言ってくれていれば、無理矢理奪われることなどなかったはずだ。
 『俺』にレイプされた俺は、『俺』以外の男とは結婚できないと思った。俺は処女だったから、初めての男と結婚すべきだと思ったのだ。
 『俺』にレイプされたことは隠して、俺は『俺』と結婚したいと両親に告げた。両親は当然のごとく反対した。『俺』が大した大学も出ていない将来性のない男だったからだ。
 けれど、俺はレイプされたあの夜妊娠していた。俺が妊娠していることがわかって、堕ろすことを条件に結婚が許された。
 結婚した当時、『俺』はレイプしたという負い目からか、ものすごく俺に優しくて、何かというと指輪などのアクセサリーや花束を買ってきてくれていた。帰りが遅くなるときには必ず電話を掛けてくれていたし、帰るコールも毎日の様だった。
 けれど、結婚して1年が過ぎようとした頃から、そんなことがぱったりとなくなった。夫婦の会話も減って、ただの同居人に成り下がってしまった。
 俺は『俺』の女中であり、時には娼婦に過ぎなかった。俺は、もはやそんな生活に疲れ始めていた。俺は『俺』との離婚を考えていた。

 俺は『俺』との離婚を考えていた? 俺の中にある弘子の記憶がそう俺に告げている。それはそんなに悪い夫だったのだろうか?
 最近はプレゼントをしなくなったと言うが、誕生日と結婚記念日には必ず何らかのプレゼントを貰っている。
 貰っている?
 思考が俺になったり弘子になったりする。どうもいけない。俺は混乱している。
 仕事が忙しい? 忙しくたって、妻と話をする時間くらい作れたでしょう? そうしないのは怠慢よ!
 弘子の記憶が俺を痛めつける。
 わかったよ。わかった。俺が『俺』に戻ったら、ちゃんとするから。もう責めるのは止めてくれ!

 「弘子! 飯はまだか?」
 新聞を広げながら、『俺』がブスッとして言った。俺は黙って飯の入った茶碗を『俺』に差し出した。
 それから、『俺』はひと言も喋らずに着替えて会社へ出かけていった。今日は何時に戻ってくるのだろうか? 自分勝手な『俺』。そのことに『俺』は気づいていない。
 もしかすると、そのことを気づかせるために、俺は弘子になっているのか? 神様の罰だろうか? よくわからない・・・・。
 何もする気にならなかったのに、俺はすべてを忘れるかのように家事に専念した。テーブルクロスやソファーの上掛け、ベッドのシーツもすべて取り外して洗濯した。
 部屋のすみずみまで、まるで大掃除のように家具を移動させて掃除した。トイレも浴室も黄ばみがまったくなくなってぴかぴかになった。
 すべてが終わったときには、午後4時を回っていた。朝も昼も食べなかったのに、不思議と空腹感はなかった。
 夕食を作っておかないと・・・・。
 俺のためではなく、『俺』のために夕食を作る。それが義務であるかのように俺はキッチンに立っていた。
 豚シャブのサラダ、プレーンオムレツができあがった頃、『俺』が帰ってきた。帰ってくるなり、俺の目の前にバラの花束をつきだした。
 花束を手にしたとたん、俺は俺の中に鬱積していた不満を忘れていた。
 「わあ、ありがとう。今日は何かの記念日だったかしら?」
 「記念日じゃなかったら、買って来ちゃいけないのか?」
 突っ慳貪にそう言った。
 「あ、そんなことないけど、嬉しいわ」
 俺は浮き浮きしながら、バラを花瓶に生けた。
 バラの花束くらいで機嫌が直るなんて、女って単純だな。
 我ながらそう思った。・・・・『俺』はそれを狙って花束を買ってきたんだ。昨日遅くなったわびのつもりなのであろう。
 そう言えば、喧嘩したあとは早く帰宅して必ず何らかのプレゼントを持って帰っていたなと思い出す。
 喧嘩する様なことをしなければいいのにと俺は思った。
 「めし、出来てるか?」
 「出来てるわよ。すぐに食べる?」
 「そうだな。先に一風呂浴びてこよう」
 『俺』は浴室へと向かう。俺は、パジャマと下着を出して籠に入れ、汚れ物を洗濯機に入れてから夕食をテーブルに並べていった。
 「ああ、いい湯だった。浴槽、洗ったのか?」
 「うん。綺麗になってたでしょう?」
 「気持ちよかったよ」
 笑顔の『俺』に、俺は何だかうっとりしていた。そんなにいい男でもないけれど・・・・。
 「うん、うまい」
 俺の機嫌をまだ取っているかのように、『俺』はうまそうに箸を動かしている。俺の機嫌はすっかり直って一緒に箸を動かした。
 俺が片づけをし、入浴している間、『俺』は面白くもないテレビを見ていた。入浴を終えて、翌日の朝食の下準備をしていると、『俺』は俺をチラリチラリと見ている。こんな時は、俺を待っているときだ。『俺』は俺を抱くつもりだ。
 女である俺の身体、弘子の身体はそれを欲していた。俺にはそれが自覚できる。けれど、男の人格である俺はおぞましさでブルッと身体が震えた。
 もしそうなったとき、拒否出来るのかしら?
 俺と『俺』は夫婦だ。歐米では、拒否する妻と無理矢理セックスすると、強姦罪が成立すると聞いたことがある。だけども、ここは歐米ではなく日本だ。余程のことがない限り、夫婦間でレイプは成立しない・・・・と思う。求められれば応じざるを得ないだろう。
 炊飯器のタイマーをセットすると、今日の仕事がすべて終わった。エプロンを外していると、『俺』がテレビを消して寝室へと向かった。
 仕方ないのか・・・・。
 寝室へ行くと、『俺』が目をギラギラさせながら待っていた。俺はエアコンのタイマーを入れると『俺』の横に滑り込んだ。
 『俺』の腕が俺のウエストに掛かった。やはり俺を抱くつもりの様だ。俺は身体を硬くした。
 「丸三日たったから、今日はセックスしてもいいはずだ」
 「えっ?」
 『俺』が言っている意味がわからず、俺は『俺』の顔を見た。
 「丸三日たったら、俺たちの人格が安定するから、セックスしてもいいって言われただろう?」
 俺たちの人格が安定する? なに、なに? どう言うことだ?
 「も、もう、三日たつのね」
 俺は曖昧に答えた。
 「一度、男としてセックスしてみたかったんだ。やろうぜ」
 その言葉に俺は思わず嬉しくなった。その意味するところは、俺と弘子が入れ替わっていると言うことだ。入れ替わって男になった弘子が、男としてセックスしたいと言っているのだ。俺の気が触れたわけではない。立ち込めていた暗雲がなくなってパッと明るくなったように思えた。
 しかし・・・・。
 「どうしたんだよ。力を抜けよ」
 俺は両手を胸に当てて『俺』の手が乳房へ達するのを防いでいた。『俺』の手が俺の股間に降りてくる。俺は両足を閉じてその進入を拒んだ。
 「どうしてよ? あなただって、女になったら、一度やってみたって言ってたでしょう?」
 『俺』の口から突然女言葉が出てきた。これで、入れ替わりが確定的になった。
 「そ、そんなこと、言ったかな?」
 俺も男言葉に変える。
 「言ったわよ。むしろ、あなたの方が乗り気だったじゃない」
 そうだったんだろうか? まったく記憶にない。記憶にないと言えば、入れ替わったという三日前のことだけじゃない。昨日目が覚める以前の一ヶ月くらいのことがまったく思い出せないのだ。
 『俺』の手が俺の手を払いのけて、パジャマの下から進入してきた『俺』の手が乳房に当たった。
 仕方ない。やりたいというのならやらせてみるか。
 俺は力を抜いて、『俺』に身を委ねた。左の胸が揉まれる。右の耳を舐められ耳たぶを咬まれた。ゾクッとした得体の知れない感覚が俺を支配し始める。舌が首筋を這う。乳首が抓まれる。2カ所の刺激が俺を翻弄し始めた。
 唇が重ねられる。舌が差し入れられてきた。俺はその舌を吸った。その軟体動物の感触がいいと俺は思った。『俺』の唾液が俺の中に注ぎ込まれてくる。脂臭い唾液だ。タバコは止めないといけないなと俺は思っていた。
 『俺』の右手は俺の左の乳房を弄び続けている。全体を揉んだり、乳首を抓んだりを繰り返す。
 パジャマが捲り上げられ、右の乳首が吸われる。快感が俺の身体を突き抜ける。舌先でころころところがしたり、唇で挟むようにしたり、歯で軽く噛まれたり、いろいろな方法で刺激が繰り返された。
 いつもの『俺』のやり方だ。俺はいつもこの手順で準備を整えさせられる。『俺』に、弘子に女としての記憶があれば、自分の身体のどこが感じるか、どうやれば感じるかがわかるから、やり方が以前と違うはずだ。それが変わらないところを見ると、『俺』にも俺の記憶しかない様だ。だから、いつもの『俺』のやり方なのだ。
 いつものやり方だけど、丁寧に愛撫してくれている。だから俺は濡れ始めていた。そのことが自覚される。
 パジャマが脱がされ、ショーツを降ろされて俺は全裸にされた。相手が夫だというのに、恥ずかしさが俺を襲う。俺は身体をよじる。すると、『俺』は俺の背中に舌を這わせ始めた。俺の全身に舌を這わせる。
 やがてその舌が俺のもっとも敏感な部分に達した。
 「へえ、こうなるんだね」
 俺の排出した粘液をべちゃべちゃと舐めながら『俺』が呟いた。
 「はあ・・・・」
 溜息の様な吐息が俺の口から漏れる。クリトリスが舐められ、舌先で跳ねられる。
 「ああん」
 最高の気分だ。おぞましさなどは、もはや消えていた。
 「ああ、だめよ」
 クリトリスが強く吸われた。快感が頭まで突き抜けてくる。指が腟口にあてられた。クルクルと回すようにしながら俺の中に入ってくる。
 「はあっ!」
 「よく締まるなあ。指が千切れそうだよ」
 そう言いながら、『俺』は指を曲げて出し入れする。
 「はあっ、はあっ、はあっ!」
 クリトリスもすごく感じるけれど、膣も感じる。『俺』は俺のGスポットを刺激しているのだ。
 「ああ、ああ、ああ・・・・」
 俺は腰を何度も浮かせていた。快感の波が俺を飲み込む。『俺』は俺への愛撫を止めない。俺は天井に突き当たったまま降りるに降りられない。
 『俺』の舌が離れ、指が引き抜かれた。『俺』が這い上がってきて俺に唇を合わせた。
 「行った?」
 俺は頷く。『俺』は俺の顔を黙って見つめる。俺には俺が次ぎにすべきことがわかっている。
 俺は、『俺』の股間に頭を埋めた。いきり立っている『俺』のペニスを銜えると、俺は頭を前後させた。いきり立ったものがさらに堅くなっていった。
 俺はいったん口から離すと、舌を這わせ始める。カリを紐を丁寧に舐め回す。シャフトに唇をあてて擦るように舐め回す。タマを舌で舐め回し、口の中に含む。ちょっと痛いのか『俺』が腰を動かした。
 ペニスを再び口の中に入れて頭を前後させる。わずかにしょっぱい液体が先端から漏れ始めた。俺は口を離して這い上がって『俺』にキスした。
 「今日は安全日だったよね」
 「ええ」
 計算上は、あと5日後に生理になる予定だと『俺』には告げてある。
 「じゃあ、行くよ」
 俺は黙って両足を開いた。『俺』が間に入ってきて入口を捜す。『俺』に俺の記憶があるならば、挿入は簡単なはずだ。
 「はああ・・・・」
 何の躊躇いもなく入ってきた。奥までは進まず、入ったところで出し入れを繰り返す。カリがGスポットを刺激する。
 しばらくして奥深くへ突き進んできた。こんどはクリトリスが俺と『俺』の恥骨に挟まれて悲鳴を上げる。
 引き抜かれた。俯せにされる。バックから挿入される。『俺』は俺を突きながら、両手で俺の乳首を抓む。
 俺の口から涎が流れ、太股を愛液が伝い落ちる。
 「どう?」
 「いい」
 「どうする? このまま行こうか? それとも正常位がいい?」
 「どっちでもいい」
 「じゃあ、正常位に戻ろう」
 再び仰向けにされて挿入された。ゆっくりとピストン運動が繰り返され、ある時点からそれが激しくなっていった。
 「う、う、う、う、うううっ! 行きそうだ!!」
 「行って! 行って!!」
 ドンと拳銃で撃たれた様な衝撃があった。ビクビクと俺の中で痙攀するものを感じた。
 「はああ・・・・」
 頭が吹っ飛んでいた。意識が途切れた。途切れるほんのちょっと前、一ヶ月前の記憶を思い出した。
 そうだった。そうだったんだ。だから、こんなことになっているんだ・・・・。



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