第13章 すべては計画通りに

 俺は鏡に映った自分の姿を見つめる。鏡には、真っ白なウエディングドレス姿の俺が写っていた。今日は俺と吉岡の結婚式だ。
 Aラインのそのウエディングドレスは、吉岡の母親が選んだものだ。吉岡の母親は、今や俺の最大の理解者になっている。そうなったのはこんな理由だ。

 俺が吉岡家を訪れて10日ほどたった頃、吉岡の母親がインフルエンザにかかって寝込んでしまったのだ。修二の兄には付き合っている女性がいず、俺の出番となった。
 「すみませんな、弘子さん。修二と付き合っていると言うだけで、こんなことに駆り出して」
 吉岡の父親がすまなそうに頭を下げた。
 「かまいませんわ。修二さんのお母様の世話をするんですもの」
 ちょっといい子ぶって俺は返事をした。吉岡の母親はベッドの中で39度を超える発熱にウンウンと唸っていた。氷枕を替えてやり、氷水に浸したタオルを額にあててやった。
 吉岡と吉岡の父親のために夕食を作ってやり、母親にはお粥を作ってやった。スプーンにすくったお粥をフウフウ吹いて食べさせてやると、美味しそうに食べてくれた。
 「すみませんねえ。まだ他人なのに」
 「好きでやってることですから」
 俺自身はこんなことをするのが好きだとは思わない。けれど、弘子の記憶が俺にそうさせているのだ。
 「お薬を」
 袋から数種類の薬を出して母親にわたし、コップに入った水を手渡す。
 「あら? レモンの香りが?」
 「その方が飲みやすいかなって思って」
 「ありがとう」
 俺の顔を見て微笑んでくれた。初めて見せたその笑顔に俺はちょっと嬉しくなった。
 「美味い。弘子さんは料理が上手ですな」
 豚肉と青梗菜を中華風に炒めたものを食べながら、父親がお褒めの言葉を言った。
 「そんなことないです。自己流ですから」
 「こんな料理を毎日食べられるようになるとは羨ましい限りだ。なあ、修二?」
 「ぼくたちの結婚、許してくれるんだね?」
 「お父さんは、ダメだとは言ってないぞ」
 「やった。あとは母さんだけだ」
 その母親も許してくれそうだと俺は確信していた。

 その日から吉岡の母親が回復するまでとの約束で吉岡家に泊まり込むことにした。泊まることになって喜んだのは、吉岡だ。早速俺が寝ている客室の布団の中に潜り込んできた。
 「ご両親に聞こえるわ」
 「聞こえたっていいさ」
 「でも、ダメ」
 「どうしてだよ。こんなになっているのに」
 堅くなった股間を俺に触らせた。
 「今日から生理なの」
 「生理? 生理なのか。そんなものなければいいのに」
 「ないと子どもが出来ないわ」
 「それはそうだけど・・・・」
 吉岡はふてくされる。
 「代わりに、出してあげようか?」
 そう言うと吉岡は満面の笑顔を見せた。
 「いいのか?」
 返事をする代わりに、俺は吉岡のパジャマとトランクスを降ろして堅くなったものを口の中に含んだ。
 舐めたり吸ったりしながらしごいてやると、あっと言う間に俺の口の中に射精した。吐き出すところもないので、俺はそのすべてを飲み下し、綺麗に舐め取ってやった。
 「ごめん。無理を言って」
 「いいのよ」
 俺はニッコリと笑って、吉岡の頬にキスしてやった。

 弘子の体内時計は正確で、午前6時半になると目が覚める。着替えをして朝食の準備が整うまで40分程度。弘子の記憶が俺を動かさなければ、とてもこれほど手際よく準備は出来ない。
 朝食の準備が出来た頃に顔を洗ってきたふたりに食事をさせ、その間に母親の枕元にお粥と薬を持っていく。ふたりを送り出してから、俺の食事時間だ。
 洗濯機を回しながら、後かたづけをし、部屋の掃除をする。部屋の掃除が終わった頃洗い上がった洗濯物を干す。
 独楽鼠のようによく働くなと自分でも感心するくらいだ。しかもそれをまったく苦にしていない自分に俺は驚きを禁じ得なかった。
 弘子ってヤツは大したもんだ。
 元に戻るような事態がもし訪れるなら、弘子を褒めてやらなければならないと俺は思った。

 吉岡家での生活が一週間たち、吉岡の母親は元気を取り戻した。
 「弘子さん、この一週間ホントにありがとう。よくしてくれて感謝しているわ」
 「とんでもありません。不行き届きで」
 「あなたを修二の嫁として是非迎えたいわ」
 喜びで一杯になった。その話を聞いた吉岡も飛び上がって喜んだのは言うまでもない。

 3月下旬の大安の日、吉岡の両親が仲人を立てて結納にやってきた。俺は春らしくピンク系の花柄の入ったワンピースで給仕をした。
 「いやあ、ホントにバツイチなんですか?」
 仲人が吉岡の父親に小さな声で尋ねるのが耳に入った。
 「そのことは知らないものにはご内密に」
 「わかっております」

 そう言うわけで、離婚後6ヶ月が経過した梅雨明けの晴れた大安の今日、俺と吉岡の結婚式が行われようとしているのだ。
 「弘子、準備はできた?」
 「はい。この通り」
 俺はクルリと回ってみせる。弘子の母親の笑顔がそこにあった。
 「お父さんは?」
 「もうすぐ来ると思うけど」
 弘子の父親は、『俺』との結婚式には出席していなかった。娘の結婚式に出るのは初めてなのだ。
 「準備はできたか?」
 モーニングを着た父親が緊張の面持ちで顔を出した。俺の姿を見ると目尻を下げた。
 「弘子。綺麗だ。若いときの母さん以上だ」
 「あなたの嫁じゃあありませんことよ」
 母親が父親を睨んだ。
 「河島様。ご準備が整われましたら、式場の方へどうぞ」
 係の男性が声を掛けてきた。俺は両親と共に廊下へと出た。隣の部屋から吉岡たちが出てきた。吉岡は俺に駆け寄ってきた。
 「弘子、なんて綺麗なんだ!」
 「ありがとう。修二も格好いいわよ」
 真っ白なモーニングを着た吉岡は、初めて出会ったとき以上にいい男に見えた。
 この男と結婚できるんだ!
 俺の中に、表現できないくらいの喜びが沸いてくるのを感じた。弘子の記憶が俺に喜びを与える。弘子の喜びは俺の喜びだ。
 鐘が鳴り響き、賛美歌が流れる中、俺は吉岡に腕を取って神父の前に進んだ。飯塚桃子を初めとして参列した友人たちが俺の晴れ姿に向かってフラッシュを焚く。俺はVサインを送る。弘子の母親が、そんなことしちゃダメよと俺を睨み付けた。
 神父がごちゃごちゃ言っている言葉のほとんどは聞き流したが、新郎への愛を約束させられたときには大きな声でハイと答えた。
 俺の左の薬指に指輪が填められた。ちゃちなプラチナのリングじゃなくて、ダイヤ入りの豪華なものだ。5カラットとか言っていた。かなりするらしい。
 愛は金じゃないとは言うけれど、金があるに越したことはない。これも弘子が美人のおかげだ。弘子に感謝感謝。

 新婚旅行はオーストラリアへ行った。精神科医は結構長く休みが取れるものらしい。丸々一週間オーストラリアに滞在して、グレートバリアリーフやエアーズロックなど有名どころや、西部の広々とした原野を観光して回った。
 観光も素晴らしかったが、異国の地での吉岡との褥は最高だった。毎日毎晩、俺は女としての無上のエクスタシーを与えて貰った。

 新居として、真新しいマンションが買い与えられた。庭がないだけで、部屋の広さは弘子の実家ほどもある豪華マンションだ。
 俺は吉岡のために食事を作り、洗濯、掃除をこなす。吉岡は比較的時間通りには帰ってくるけれど、帰宅時間そのものは遅い。時間をもてあます。
 弘子は寂しさでいつもいじいじと泣いてばかりいたけれど、俺は違う。ケーブルインターネットにアクセスして、ネットサーフィンを楽しんだり、ビデオを借りてきたりして楽しんでいる。
 あくせく働かないで食べさせて貰うのは楽なものだ。近所づきあいさえやっていれば、上司や部下の機嫌を取る必要もない。
 楽チン、楽チン。女になって正解だ。

 生理が来ない。婦人科に行った。
 小便を調べればわかるものを、どうして膣の中まで調べるんだ。変態医者め!
 「おめでとうございます。妊娠していますよ」
 そう言われたときには、医者への怒りは消えていた。俺は早速吉岡に電話した。
 「あなた? できてるって」
 《できてるって、子どもが?》
 「そう。3ヶ月に入ったばかりだって」
 《やったあ。今晩はお祝いだ》
 吉岡が喜ぶ姿が目に浮かんだ。吉岡の子どもが産めると思うと喜びで胸がはち切れそうだった。
 弘子と『俺』との間に子どもはいない。『俺』は子どもが欲しくて、結婚してから一度もコンドームを使ったことがなかった。けれど妊娠しなかった。それは、・・・・それは、弘子がピルを使っていたからだ。
 俺は『俺』と離婚して弘子の実家に戻ったとき、荷物を整理していてオルゴールの中に隠してあったピルを見つけた。
 これはもう飲まなくてもいいわね。
 薬袋ごと、俺はそのピルをゴミ箱に捨てた。弘子は、『俺』と結婚した直後から、ずっとピルを飲んでいた。弘子が俺に内緒でピルを飲み続けていた理由、それは弘子の記憶の中に沈んでいた。
 弘子は、『俺』にレイプされ、最初の男と結婚しなければならないと言う古風な思いから『俺』と結婚した。けれど、心の中では『俺』を許してはいなかった。だから、絶対に『俺』の子供を産むまいと決意していた。だから、『俺』に内緒で産婦人科を受診してずっとピルを飲んでいたのだ。
 怒りはない。怒ったって仕方がないのだ。今や俺は弘子なのだからな。

 十月十日と言うけれど、実際には9ヶ月だ。妊娠を知ってからだと、6ヶ月もしないうちに出産になる。
 俺が弘子になって1年と2ヶ月目の春、俺は分娩台の上にいた。
 「痛い! 痛い! 痛あい!! 先生! なんとかしてえ」
 俺はあまりの痛みに喚き散らしていた。出産が痛いとは聞いていた。けれど、聞くと経験するとでは雲泥の差がある。妊娠しなければよかった。子どもなんていらない。その時は本気でそう思った。
 吉岡が診療の合間にやってきて、俺の手を握ってくれた。その時ばかりは痛みが和らいだような気がした。

 長い長い陣痛のあと、丸三日かがりでわたしは女の子を産み落とした。ずるずると巨大なものがわたしの中から抜け出ていくと、あれほどの痛みがスッと消えて、得も言われぬ快感がわたしに訪れた。吉岡とのセックスでもたらされたエクスタシーの何倍もの快感だ。
 この快感のためだったら、何度子どもを産んでもいいな。
 そんなことを考えていると、看護婦が生まれたばかりの子どもをわたしに抱かせた。
 「弘子、よくやったな」
 吉岡がわたしの頭を優しく撫でる。わたしは吉岡に笑顔を向けた。
 「ありがとう、あなた。わたし、あなたの子どもを産めて幸せよ」



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