第9章 共犯者作り

 死体安置所で、壮一は三木の死体を田倉壮一だと確認して泣き崩れた。顔は多少火傷を負っていたけれど、誰が見ても壮一の顔であり、人工皮膚とは判別は付かなかった。あとからやってきた田倉洋治に抱きかかえられて安置所を出た。
 それから、事情聴取を受けた。出かけた時刻、服装などを確認させられた。壮一は計画していた筋書き通りの話をしておいた。
 「奥さん、大塚恵という女性をご存じですか?」
 この質問に関してはいろいろと考えていたのだが、恵を呼び出したことがばれてもいいようにこう答えた。
 「ええ、知っています」
 「どんな風にご存じですか?」
 「その大塚という女性は、主人の秘書で、はっきりとはしませんが、主人が浮気をしていたのではないかと」
 「ほう。それはどうして?」
 「女の勘です。時々夜中に電話がかかっていましたから。仕事だと言ってましたけど、あれは主人が嘘を言うときの目でした」
 「なるほど」
 「彼女がどうかしたのですか?」
 「彼女、ご主人と一緒に死亡しているんです」
 「ええっ?」
 「どうも一緒に逃げようとしたみたいですね」
 「そんな・・・・」
 「彼女との関係については、裏付けが取れつつあります。会社の中でも堂々と関係を引けえらかしていたみたいですね」
 ここで壮一はまたも泣き崩れてみせた。
 「奥さん、目撃者がおりますので、ご主人が岡崎猛史さんを殺害したことは間違いないと思っているのですが、確認のため、ご主人の指紋を採取したいので家宅捜査をさせていただけませんか?」
 何人もの人間が、三木の死体を田倉壮一の死体だと証言しているのだが、さらに確認するために指紋を照合しようと言うのだろう。口頭の証言では信用できないと言うことだろうと壮一は思った。しかし、こうなることを予想して準備を整えていた。
 「はい、結構です」
 「奥さんの指紋を除外するために指紋を採取させていただきますがよろしいですね」
 「はい」
 マンションにはメインテナンスが入って綺麗に掃除してある。それ以降に出入りしたのは、壮一と三木だ。指紋はふたつ検出される。壮一のものは、田倉壮一の妻絵理子のものと判定される。三木の指紋は自動的に田倉壮一のものと判定される。その指紋は、三木の死体の指紋と照合され、恐らく岡崎常務を殺した現場の指紋とも照合されることになるだろう。
 さらに、専務室の指紋についても壮一は操作をしていた。壮一の指紋は付けないようにして、三木の指紋だけを残していたのだ。
 その結果、死体は田倉壮一で、岡崎猛史を殺したとして、被疑者死亡で送検されることになった。

 口論が乗じて壮一がナイフで刺したと言うことになっていたから、岡崎常務と壮一の葬儀が、社葬という形で日を変えて行われた。
 田倉壮一の葬儀は、叔父である田倉洋治が取り仕切っていたので、壮一は、喪服を着てハンカチを目に当てて泣いていればよかった。
 自分の葬式を見るというのも不思議なものだと壮一は思った。誰が来て誰が来ないか、目を真っ赤に泣きはらすもの、付き合いが深いと思っていたのに、義務的に焼香をすませるもの。今までわからなかったものが見えてきた。
 葬儀が済んだ直後、あの山さんとか言う刑事がこっそりやってきた。
 「葬儀が済んだばかりなのに、もうしわけありませんが、2、3聞きたいことがありまして」
 「よろしいですわ」
 壮一はハンカチを手に答えた。
 「田倉壮一さんが、事件前にナイフを買ったと証言するものが現れましてね」
 「ええっ!」
 せいぜい驚いて見せた。
 「買ったナイフと現場に残されたナイフの型が一致しましたから、間違いないと言うことになりました」
 「と言いますと・・・・」
 「口論が高じてと言うことではなく、初めから岡崎さんを殺す目的だったようです」
 「嘘です・・・・」
 「事件の日、ご実家でパーティーが開かれています。このパーティーが、どうもアリバイ作りだったようです」
 「アリバイ作り?」
 「そうです。パーティーに出ている振りをして、抜け出て岡崎さんを殺害しに行ったようですね」
 「あの人がそんな馬鹿なことをするなんて・・・・」
 壮一はポロリと涙を流して見せた。
 「殺人を目撃されて、アリバイ作りが無駄になったと判断して愛人である大塚恵と逃げ出したとわたくしたちは考えています」
 「それでホントに間違いないのでしょうか?」
 「すべての証拠がそれを物語っています」
 「そうですか。どうしてどこまで思い詰めたんでしょう・・・・」
 「ただ、奥さんにひとつだけお聞きしておきたいことがあるのですが」
 「なんでしょう?」
 「事件当日、大塚恵に電話していますね?」
 「あ、はい」
 さすがによく調べているなと壮一は思った。しかし、それが知られても言いように言い訳は練ってあった。
 「彼女にいったいどんな用事だったのですか?」
 「主人とのことを問い質そうと思って、会いに行ったんです。ちょっとドライブしながらと思って、走り出したらすぐに電話が入って、彼女、用事ができたからって言ってすぐに車から降りてしまったんです」
 「なるほど」
 刑事はメモを取る。警察は大塚恵の自宅ばかりではなく、携帯電話の着信記録を調べているだろう。このような言い訳をするために、三木には、計画がうまく運んだら、その電話にコールして、一分ほど通話状態にしておけと頼んであったのだ。警察は田倉壮一が大塚恵を呼び出したと判断するだろう。三木は、壮一がこういう場合のアリバイ作りに使うなどとは知らないで電話をかけたというわけだ。
 「三木洋介という人物をご存じで?」
 三木の名前が出てくるのはもっと先だと思っていたので、壮一はちょっとドキリとしたが、予定通りの返答をする。
 「三木さんならよく知っています。主人の大学時代からの友人です。彼がどうかしましたか?」
 「彼の家族から捜索願が出ていましてね。何か心当たりはないですか?」
 「さあ。わたしにはわかりませんが・・・・、主人は三木さんとはあまりつき合いたがらなかったようです」
 「それは何故でしょうか?」
 「盗品や不正輸入品を扱っていたからのようです。主人の会社は信用が第一と言うことで、お断りしていたと聞いています」
 この話は本当だ。恐らく警察は裏付けを取っているだろう。
 「なるほどねえ。いやあ、助かりました。亡くなった田倉さんと交流があったと言うことで、何か情報がないかと思いましてね。そう言う関係のトラブルにでも巻き込まれたんでしょうな」
 「そうかもしれません。二年ほど前、ここに来たとき、危うく殺されかけたなどというお話をしていましたわ」
 これも事実だ。このことを知っていたからこそ、三木の行方が知れなくなったとしても安心だと言うことで計画を進めたのだ。
 「そうですか。ほう、二年前にねえ。大変ありがとうございました。奥さんも大変でしょうけど、頑張ってください」
 刑事はそう言い残して、去っていった。ありがとうございますと言って頭を下げながら、壮一は心の中で舌を出していた。

 葬儀後の慌ただしさかがようやく落ち着き、壮一はマンションでくつろいでいた。今や自分の顔となった絵理子の顔にも違和感がなくなってきた。胸に乳房があることにもなれてきた。ただ問題はと壮一は思う。
 服を着ていれば、壮一は女と認められる。しかし、筋肉を落とし脂肪を付けたと言っても、いったん服を脱げば、男だとばれてしまう。
 (絵理子として生きる以上、女の体型にならなければ)
 壮一は女性ホルモンを手に入れるために、別人の顔をした人工皮膚のマスクを用意してあった。
 今の絵理子のマスクを外すのではなく、その上に被せるものだ。今のマスクは簡単には外れないからだ。壮一は、接着剤をふたつ用意してあった。接着が一時的で強く引っ張れば剥がれるものと、ほとんど永久に接着し、ある特殊な薬を使わなければ離れることのないものだ。あの時、三木を送り出すときにも、剥がれることのない接着剤を塗っておいたのだ。あの時以外はすぐに剥がれる接着剤を使っていたから、取れないと慌てて三木は電話してきたのだ。
 壮一は、デパートのトイレで別人のマスクをして、女になりたい男になりすました。行く先は、その手の薬を処方してくれる産婦人科だ。
 簡単な問診と検査がすむと、すぐに女性ホルモンを処方してくれた。
 (よしよし。これで体形は誤魔化せるようになる)

 田倉物産の次期社長争いをしていた岡崎が脱落したため、田倉洋治はその勢力を伸ばしていった。漁夫の利とはこのことだ。田倉洋治は経営能力は今一歩だったが、情報を収集する能力には長けていた。岡崎がやろうとしていたことをいち早く実施に移し、壮一の案とも合わせて、第2支店を閉鎖してパチンコ店に貸与し、アミューズメントエリアを作って第2支店の従業員を送り込む計画を進めていった。さらに壮一の考案したヨーロッパ製品の雑貨販売を第4支店で開始した。その功績で小野を追い落として社長の椅子に座ってしまった。

 その田倉洋治が、49日の法要が終わった夜、壮一のマンションへやってきた。壮一が部屋の中に招き入れると、洋治は壮一を抱きしめて唇を合わせた。洋治が絵理子の愛人だったのだ。壮一はとっくの昔にそのことを知っていた。知った上で計画を進めていたのだ。
 「寂しかったか?」
 ええと壮一は答え、ソファーに座らせてキッチン行く。
 「何にする?」
 「ビールでいい」
 壮一は、ビールの瓶とコップを持って洋治のそばに戻ってきて、洋治にコップを手渡しビールを注いでやった。
 洋治はぐっとビールを飲み干してうまいと感嘆の声を上げた。
 「おまえも飲むか?」
 「いらないわ」
 そう答えると、洋治はニヤリと笑って壮一の手を引いた。壮一を膝の上に抱き、再び唇を合わせた。かなり濃厚なキスだ。舌を差し入れながら、手は壮一の乳房をまさぐった。壮一は感じた振りをして身体をよじった。
 しばらくして洋治の手がスカートの下から進入してきた。壮一は、マンションにいるときには窮屈なガードルはしていない。ショーツにパンストだけだ。だから、触ればすぐにそこがおかしいことがわかる。
 洋治は、驚きに目を見開き、壮一から体を離して、スカートの下から抜き出した手を見た。そうしてから、壮一の顔を化け物でも見るような表情で見た。
 「お、おまえは、絵理子じゃないのか?」
 「ふふ。わかった?」
 壮一は洋治の膝から降りてスカートの裾を直す。
 「い、いったい、おまえは誰だ!」
 「わたし? わからない?」
 洋治は壮一の顔をジッと見つめた。
 「この顔は、人工皮膚のマスクなの。あなた、綺麗になった絵理子の顔を見たでしょう?」
 洋治は、絵理子から電話があってから別荘に会いに行った。絵理子は元の綺麗な顔に戻っていた。
 あの人が元に戻してくれたのよと絵理子は洋治に抱かれながら、嬉しそうにそう耳元で囁いた。あのひととは、壮一のことだ。
 洋治は考えを巡らせた。同じマスクを作れるのは、そして絵理子の顔をした、股間に男を持つ人物と言えば・・・・壮一しかいない。
 「し、死んだはずだ」
 「死んでないわ。こうしてここに生きている」
 その返事は、洋治の目の前にいる人物が壮一だと告白しているようなものだ。
 「壮一! おまえは死んだことになってるんだぞ。いったいどうするつもりだ?」
 「どうする? わたし、絵理子として生きていくつもりなの」
 「絵理子として生きる?」
 「そうよ」
 「そんな馬鹿なことができるか!」
 「あら? できるわよ。あなただって気づかなかったでしょう?」
 股間を触るまでまったく気づかなかった。洋治は絶句した。それから、気づいたように言葉を継いだ。
 「絵理子は? 絵理子はどうした?」
 「絵理子? 絵理子は別荘の地下室にいるわ。でも、どうなっているかな? 50日も飲まず食わずだから、今頃は干からびているかもね」
 洋治は、ガバッと立ち上がり、脱いでいたスーツの上着を着た。
 「どうするの?」
 「行って確かめてくる」
 「そう? 御勝手に」
 洋治はマンションを飛び出ていった。絵理子の死はすでに確かめてあった。地下室の中は、ひどい臭いが漂っていた。さて、洋治はどう出るだろうかと壮一は思いながら洋治の帰りを待った。

 壮一がベッドの中で眠っていると、誰かにのし掛かられ首を絞められた。
 「殺してやる! 俺の大事な絵理子をあんな目に遭わせやがって!!」
 別荘から戻ってきた洋治が壮一の首を絞めて殺そうとしていた。
 「止めて! あなた。わたしを殺さないで」
 壮一は、絵理子の声でそう叫んだ。ギョッとして洋治の手が緩んだ。
 「わたしを愛しているんでしょう? わたしが好きなんでしょう?」
 「お、おまえは、壮一だ! 絵理子じゃない!!」
 顔と声だけからすれば、壮一は絵理子そのものだった。洋治は躊躇った。
 「でも、今は絵理子。田倉絵理子なのよ」
 「違う! おまえは絵理子の顔をしたおかまだ!!」
 「おかまでも絵理子の代わりはできるわ」
 「なに?」
 「確かめてみる?」
 壮一は、枕元の灯をつけた。壮一はすけすけのネグリジェをはだけてノーブラの乳房を洋治に曝した。小さなショーツの前は膨らんでいたが、まるで絵理子に見えた。
 「気に入らなかったら、その時は殺してくれてもいいわ」
 壮一は、洋治にその気があることを見抜いていた。何しろ子供の頃から知っている叔父だからだ。だから、勝算があったのだ。
 「おまえは絵理子じゃない・・・・」
 そう言いながら、乳房の間に頭を埋めた。勝ったと壮一は思った。



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