第6章 入れ替わり夫婦

 壮一は、はやる気持ちを抑えながら、三木のマンションへ向かった。約束に時間にはまだ早い。三木はまだマンションには帰っていなかった。三木に貰っている合い鍵を使って部屋の中に入ると、早速準備を始めた。

 電車を降りてマンションに向かいながら、三木は腕時計を見た。
 「遅くなったな。壮一のヤツ、待ってるだろうな」
 通りから、灯のついている自分の部屋を見上げて三木は呟き玄関をくぐった。部屋の鍵を開けて中に入ると、タタキに女物の靴がそろえて置いてあった。
 壮一は、三木のパートナーであるが女装癖はない。いったい誰の靴だろうかと訝りながら、三木はリビングへ入っていった。
 三木がリビングに入ると、ソファの上で雑誌を読んでいた女が振り向いて立ち上がった。長い髪をした綺麗な女だった。どこかで見たことがある女だと思ったが、三木は思い出せない。
 「三木洋介さんですね」
 「そうだけど、あなたはいったい誰です?」
 「田倉壮一の家内です」
 そう言われて、三木は思い出した。壮一の結婚写真で見たことがあったのだ。しかし、どうしてここにいるんだと三木は狼狽えた。
 「な、何の用ですか? それに、どうやってこの部屋に入ったんですか?」
 「あとの質問から答えるわ。わたしはあなたの彼女で、部屋で待つように言われたって、管理人さんに言ったらすぐに開けてくれたの」
 「くそ! あの馬鹿管理人が!」
 「馬鹿は可哀相だわ。わたしくらいの可愛い女が、ニッコリ笑って見せたら、男はすぐに言うことを聞いてくれるわ」
 「わかった。で、いったい、何の用ですか?」
 三木は落ち着きを取り戻し、対決姿勢を取った。
 「壮一さんと別れてくださらない?」
 「あ、あなたは、な、何を馬鹿なことを言ってるんだ。壮一もボクも男だよ」
 「あなたと壮一さん、ホモなんでしょう? 知ってるわよ」
 三木は言葉に詰まった。
 「やっぱりそうなのね。いやらしい」
 吐き捨てるように言った。
 「いやらしい? いやらしくなんかないさ。ボクたちは愛し合ってるんだ。愛に男も女もないんだ」
 「それをみんなの前で言える?」
 三木は黙り込んだ。ボクはホモですなんてことはなかなか言いにくい。
 「言えないでしょう?」
 彼女が迫ってきた。
 「言えるさ。ああ、言ってやるさ。ボクは壮一が好きだ。壮一もボクのことを愛してくれている」
 「その言葉に嘘はないわね」
 「ああ。男に二言はない」
 「それで安心したよ」
 口調が変わって三木は目を見張った。
 「わからない? わからないでしょうね。わたしよ、わたし」
 首を傾げながらもいつもの壮一の声にようやく気がついた。
 「はあ? おまえ、壮一なのか?」
 「そうよ」
 「もしかして、それがこの前言っていた人工皮膚のマスクか?」
 「よくできてるでしょう?」
 「信じられないな。本物の皮膚みたいだ」
 三木は壮一に近寄ってきて頬を人差し指でチョンチョンと突いてみる。
 「見事に騙されたわね」
 「この野郎! ビックリさせやがって」
 「あなたの狼狽えた顔、面白かったわ」
 「何が面白かっただよ。肝が冷えたぞ。その胸もそうなのか?」
 三木は今度は露わになっている胸の膨らみをチョンチョンと突いた。
 「ええ。シリコンの人工乳房の上にわたしが開発した人工皮膚をくっつけてあるのよ」
 「よくできてるなあ。これじゃあ、黙ってたら、ホント、おまえの奥さんだよ」
 「実験大成功だわ」
 「実験大成功はいいけど、自分の妻に化けることはないだろう?」
 「あなたの本音を聞くためよ。うまくいったわ」
 「参ったな・・・・」
 三木は頭を掻いた。
 「わたしも愛してるから」
 壮一は三木に抱きつく。
 「馬鹿野郎。人を試すような真似をして」
 「お返しにうんとサービスしてあげるから、許して? ね? お願い?」
 壮一は三木に甘える仕草をする。
 「わかったけど、その顔で言われるとちょっとなあ」
 「あ、これ? じゃあ、取るわ」
 「待てよ。取らないでいいや。そのままやろう。その方が面白そうだ」
 「なに? それって浮気してるつもりになるってことじゃないの?」
 「いいじゃないか。サービスするって言ったんだから、そのままでいこう」
 「わかったわよ。・・・・あ、そうだ。それなら、あなた、あなたも変身しない?」
 「俺も? 誰に変身するんだよ?」
 「わたし」
 壮一は自分の顔を指さした。
 「おまえに?」
 「そうよ。そしたら、夫婦でベッドをともにすることになるから浮気じゃないよね」
 壮一はニヤリと笑った。
 「なあるほど。やってみるか。で、その、おまえのマスクがあるのか?」
 「作ってきてるわ。そのためにこの前、あなたの顔の型を取ったでしょう?」
 「そのためだったのか。じゃあ、やろう、やろう」
 壮一は、バッグの中からペラペラの人工皮膚を取りだした。それから、瓶に入れて持ってきた接着用の人工皮膚を裏に塗って、三木の顔にくっつけた。
 「くっつくのに30分かかるからね」
 「わかったよ」

 1時間後、鏡を見た三木は驚きに目を見張っていた。
 「ホントにおまえみたいだ」
 「そう。あなたは田倉壮一。そして、わたしは田倉絵理子。ね? 誰が見たってそうでしょう?」
 「信じらんないな」
 三木は、鏡を何度も覗き込んだ。
 「さあ、お食事に行きましょう?」
 「このままで行くのか?」
 「もちろんよ。田倉夫妻として行くの」
 「そんな恐ろしいことをよく考えるな」
 「大丈夫だって。今から行くレストランなら、田倉壮一の顔は覚えられているだろうけど、声までは覚えてはいないでしょうから、ばれやしないわ」
 「ホントに大丈夫か?」
 「心配なら、あなたは黙っていればいいわ」
 「おまえは大丈夫なのか?」
 「わたし? わたしなら大丈夫よ。声だって、そっくりに真似ているから。絵理子の両親だってきっと気がつかないと思うわ」
 「そうか。それなら、そうするか」
 管理人に見咎められないようにこっそり三木のマンションを出て、壮一と三木は表通りでタクシーを捕まえて、壮一の昔の馴染みというレストランへ向かった。

 レストランの入り口で三木がちょっと尻込みをしたが、壮一はほとんど強引にレストランの中へ入っていった。
 「いらっしゃいませ。田倉様。お久しぶりでございます」
 オーナーらしい男が丁寧に挨拶した。
 「ホント久しぶりだわ。一年ぶりかしら?」
 「そうでございますね。一年とちょっとでございますね」
 「今日は何が美味しいかしら?」
 「スズキとシタビラメのいいのが入っておりますが」
 「あなた? どうします?」
 「あ、ああ。し、シタビラメで」
 三木は、緊張して堅くなって冷や汗を流していた。
 「じゃあ、シタビラメで」
 「かしこまりました」
 オーナーが去っていくと、壮一は小さな声で三木に囁いた。
 「あなた。ばれていないから力を抜いて」
 「わかった。わかったよ」
 壮一は、運ばれてきた料理をうまそうに口に運んだが、三木の方はほとんど味わえなかったようだった。

 食事がすむと、ふたりはタクシーで壮一のマンションへ向かった。
 「いいのか?」
 三木が小声で壮一の耳元で囁いた。
 「いいのかって?」
 「おまえのマンションに行くことだよ」
 「あら? あなたとわたしだから別に問題ないでしょう?」
 「彼女は? 今どこにいるんだ?」
 「まだ別荘よ。こちらの戻る準備をしているわ。それに、車もないから、マンションには戻ってこられないわ」
 「ふう。それを聞いて安心した」
 「心配症なのね」
 「当たり前だよ」
 タクシーの運転手にはふたりの会話がもしかして聞こえていたかもしれない。しかし、何のことかまではわからなかっただろう。

 壮一のマンションに部屋に入ると、ふたりは抱き合いキスし始めた。
 「アア、なんだか興奮するわ。自分に抱かれているなんて」
 「俺もだ。壮一の奥さんとやっていると思うと、いつもと違った感じがするよ」
 ふたりはベッドの上に倒れ込んだ。
 「あ、そこ、いい・・・・」
 「おまえも好きな女だな」
 三木は『女』に力を込めて言った
 「そうよ。好きで好きで堪らないわ。愛されるのが大好き。ああん、そんなふうにしたら、もう、いっちゃう」
 包茎の壮一のペニスの先を指で剥き上げ、先端を指で転がしていたのだ。
 「ホント、今日はすごく興奮しているぞ。おまえ」
 「ああ、たまらない。あなたのそのぶっといのを早く入れて。早く」
 「まだだよ。サービスしてくれるって言っただろう?」
 「わかった。わかったから、そのまま続けていてね」
 壮一は体位を入れ替え、三木の大きなペニスにむしゃぶりついた。銜え、舐められながら、三木は壮一のペニスの先端を見ていた。そこからは透明な液体が、脈打ちながら流れ出てきていた。
 壮一は、三木にペニスを握られたまま三木の体中を舐め回した。
 「そろそろ行くか?」
 「ええ。早くちょうだい」
 壮一は両足を大きく開いて三木の肩にかけた。三木が壮一の中に押し入る。
 「ああん。だめ! 気が狂っちゃう・・・・」
 壮一の股間に付いているものが見えなければ、田倉夫妻が久しぶりにマンションに帰ってきてセックスしているように見えただろう。

 ことが終わったあと、壮一と三木はベッドの中で抱き合っていた。
 「ねえ、洋介?」
 「なんだ?」
 「あなた、自営みたいなものだから、二、三日くらい仕事をしなくてもいいんでしょう?」
 「ああ。好きなときに好きな時間だけ仕事をすればいい」
 「だったら、明日からずっとここにいてくれない?」
 「ここに?」
 「あなたがここにいて、わたしは昼間は仕事、夜はここに帰ってくれば、あなたといる時間が増えるわ」
 「そう言うことになるかな?」
 「ねえ。いいでしょう?」
 「絵理子さんが帰ってくる気遣いはないのか?」
 「大丈夫。わたしが迎えに行くまではここへは戻ってこないわ」
 どうしてそんな確信があるのかわからなかったけれど、三木は頷いた。
 「いいよ」
 「部屋の中のものは何でも使っていいから。お酒も好きなだけ飲んでいいわ」
 「それはありがたい」
 三木のマンションの倍は豪華なマンションだ。イヤだというわけはない。
 「もうひとつ、あなたにお願いがあるんだけど」
 「お願い? いったいなんだ?」
 三木は肘枕をして壮一に尋ねた。
 「うちの会社の岡崎常務は知ってるわね」
 「知ってるさ。おまえと並んで社長候補だろう?」
 「そう。その岡崎常務を殺して欲しいの」
 「なに! 俺に人殺しをしろというのか!」
 三木は、驚きの目で壮一を見つめた。
 「そう」
 「いくらおまえの願いでも人殺しだけはできん」
 「どうして?」
 「どうしてって、ムショに行きたくないからさ」
 「捕まらなければいいんでしょう?」
 「そんなことができるのか? あ、この人工皮膚のマスクを使うつもりなのか?」
 「察しがいいわね」
 「どうやろうって言うんだ?」
 「そのマスクをつけたまま、岡崎常務を殺すの。そうして安全なところに逃げてからマスクを取る。そうすれば、あなたは捕まらないわ」
 「そんなことしたら、おまえが捕まってしまうじゃないか」
 「わたしはあなたが岡崎常務を殺している間にアリバイを作るのよ」
 「はあ、なるほど」
 「あなたが逃げ切れないで捕まってしまわなければ大丈夫だわ。ただし、まったく目撃者がいないと駄目なの」
 「どうしてだ?」
 「わたしが殺したらしいのに、わたしにはアリバイがあると言うことが大事なの。そうすれば、捜査が混乱するわ。それにわたしに似た人間が犯人だと言うことになれば、あなたは犯人から除外されるでしょう? どう? やってくれる?」
 「・・・・なるほど。俺がアリバイを作るから、おまえが殺しに行ったらどうだ?」
 「殺しは簡単だけど、アリバイ作りは大変よ。わたしじゃないのではと疑われたら終わりなんだから」
 「そうか、そうだよな」
 「ねえ、お願い。わたしとあなたの将来のために」
 「わかった。やってやるよ」
 「嬉しい!!」
 壮一は三木に抱きつきキスした。
 「で、具体的にはどうするんだ?」
 「決行は土曜日。岡崎をわたしが誘い出しておくからね。わたしのアリバイを携帯で確かめたあと、実行して。犯行に使うナイフはわたしが買っておくわ。わたしの顔を覚えられるように印象づけておくからね。それから・・・・」
 壮一は、詳しく犯行の手順を三木と打ち合わせをした。



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