第2章 壮一の秘密

 壮一の車が会社の駐車場に滑り込んだのは、始業時間ぎりぎりだった。車を降りながら壮一は時計を見た。
 (会議までには充分時間があるな。もっとゆっくり来ればよかった)
 始業時間前に会社に着いたところで、会議まではする仕事はほとんどない。だから遅れて出社してもいいのだが、壮一は生来の潔癖性から遅刻することは滅多にない。
 エレベーターを上り7階で降りる。部屋に向かって歩いていると、何人かの従業員とすれ違った。
 「おはようございます」
 「ああ、おはよう」
 挨拶を返して部屋のドアを開けた。何かをメモしていた秘書の大塚恵が立ち上がった。
 「お早うございます、専務」
 「ああ、おはよう。悪いがこれを頼むよ」
 壮一は持っていたバッグを恵の机の上にどんと置いた。
 「かしこまりました」
 (また、汚れ物の洗濯かあ)
 そう思いながらもニッコリ笑って恵はバッグを足元に置いた。壮一が恵に意味ありげな笑顔を返してきた。恵はちょっとゾクッとした。
 (色白でいい男だし、初代社長の息子で、次期社長候補。本来なら飛びついちゃうところだけど、どうもわからないところがあるのよね)
 壮一は、恵と二人っきりの時はたまに今日のような笑顔を向けてくる。しかし、ほとんどは関心がない素振りをしていた。ところが、来客などがあると、恵にあからさまに近寄ってくるのだ。まるで恵と浮気をしているような素振りを見せる。恵はこれはいったいなんだろうなと思う。気があるのかないのかよくわからない。
 それに、恵の服装に対してうるさく言うのだ。会社で決められた制服は着せてもらえず、まるで街娼のような服装をさせるのだ。しかし、上司には逆らえないから言いつけに従っている。今日も、膝上20センチのミニスカートに上はすけすけのブラウス姿だった。

 「専務。お茶をどうぞ」
 何かを考えてぼんやりしている壮一に、恵が机の上に茶の入った湯飲み茶碗を置いた。
 「あ、ああ。すまん」
 恵は、壮一の正面に立って、予定表を読み始めた。
 「午前10時から運営会議です。昼食後、午後1時から企画会議、午後3時に三木洋介様がご面会にいらっしゃいます」
 「三木との約束は今日だったか?」
 「はい。そのようにアポを受けております」
 「そうか」
 壮一はちょっと嬉しそうな表情を見せた。
 「先ほど、総務部長から連絡がありまして、田倉常務との会食は午後7時半でお願いいたしますとのことですが、よろしいでしょうか?」
 「場所の変更はないのか?」
 「いつもの割烹でとのことですが」
 「わかった」
 壮一は、机の上に置かれた決済の書類に目を通し始めた。そんな壮一を恵は椅子に座って横目でちらりちらりと見ていた。
 (三木洋介って大学時代の同級生らしいけど、どうしてあんなに嬉しそうな顔をするのかしら? もしかしてホモ達?)
 疑いの目を向けながら、恵はもう一度壮一を見た。

 大塚恵が短大を卒業してこの会社に入ったのは丁度2年前だった。初めは受付嬢として採用された。
 「君は会社の顔だからね。頑張ってくれたまえ」
 井川遥似の美人で、女としては身長が165センチと高めだったがスタイルはよく、受付嬢として採用した会社の意図はわからないでもなかった。しかし、恵としては不本意だった。何のために秘書科を出たのかわからないと思っていた。
 「雇ってくれただけでもありがたく思わなければいかんぞ。この不況下に、短大出を雇ってくれる会社なんか、滅多にないんだからな」
 父親にそう言われて、それもそうだと自分を納得させて、受付の椅子の腰掛けて、与えられた仕事に励んでいた。
 そうこうしているうちに、毎日玄関を通ってエレベーターへ向かう従業員を見ていて、ちょっと不思議な光景が恵の目にとまった。若い男性に向かってみんなが挨拶をしているのだ。
 「ねえ、ねえ。あの痩せた若い人、みんなが挨拶してるけど、どういう人?」
 先輩の受付嬢である木本愛子に大塚恵は尋ねてみた。
 「あら? 知らないの? 専務の田倉壮一よ」
 「専務? あの若さで?」
 恵は驚きを隠せない。
 「大塚さん、あなた、会社のことを少しは勉強したら?」
 「どういうことですか?」
 「田倉って姓を聞いて想像がつかない?」
 恵はジッと考え込んだ。
 「田倉? ・・・・あ、もしかして、初代社長と同じ名前だから、初代社長の親戚なのね」
 「そう。専務は初代社長のひとり息子なのよ。それと田倉常務は専務の叔父さんに当たるのよ」
 「そうか。縁故採用かあ。いいわね」
 恵は、エレベータの前に立っている田倉壮一の後ろ姿を見ながら溜息をついた。
 「ただの縁故採用じゃないのよ」
 「はあ?」
 「ゆくゆくは、社長になるのよ」
 「そうだったの」
 あんまり魅力的でない男も社長の息子と聞けば輝いて見えた。
 「でも、ちょっとあれっぽくない?」
 恵は右の手の甲を左の頬にあてた。
 「そんなことが聞こえたら、解雇されちゃうわよ」
 恵は舌を出し肩を竦めた。
 「それに、彼はおかまじゃないわよ。ちゃんと結婚してるんだから」
 「えっ? 結婚してんの?」
 「そうよ。すごい恋愛の末に、去年の秋、ゴールインしたのよ。美男美女の組み合わせってすごかったんだから」
 「そう言えば、まあまあかな」
 「まあまあどころか、可愛いわよ」
 「あら? 木本さんの好みなの?」
 「うん。あんな可愛い男の子を虐めてみたい」
 「なに? それ? 木本さん、Sなの?」
 「そうかも」
 ふたりは受付で笑い転げていた。

 それから1年後、現在から1年前のこと、恵は帯刀総務部長に呼ばれた。帯刀は恵の履歴書などが収められているファイルを見ながら尋ねた。
 「大塚君は、秘書科を出ていたんだったね」
 「はい」
 「田倉専務の秘書をやって欲しいのだが、どうだね?」
 「田倉専務のですか?」
 「そうなんだ。実は、今秘書をやって貰っている木村逸子が結婚退職するものだから、代わりを探しているんだ。君が秘書科を出ているという情報が入ったものだから、どうかなと思ってね」
 「はあ、喜んでさせていただきます」
 秘書になりたいから秘書科を出たのだが、壮一の秘書と聞いてあまり気が乗らなかった。しかし、業務命令だから仕方がない。恵は帯刀に連れられて早速壮一に挨拶に行った。
 「専務。明日から専務秘書をして貰う大塚恵です」
 「大塚です。よろしくお願いいたします」
 元気いっぱい挨拶したのだが、壮一の返事はつれないものだった。
 「あ、よろしく」
 顔も上げないで書類を見続けていた。
 (わたしみたいの女を無視するなんて、ホントにホモかしら?)
 恵はかなり自尊心を砕かれた。

 それがこの半年、壮一は恵に言い寄るような態度を見せ始めた。突然の態度の変わりように恵は驚いた。それに露出度の高い服装をするようにとの指示だ。恵は首を傾げるばかりだった。
 「専務。そろそろ会議のお時間です」
 「あ、わかった」
 壮一は大塚恵に促されて席を立った。恵に手渡された書類を持って会議室へと向かう。すれ違う従業員が軽く会釈してきた。壮一も会釈を返す。
 会議は前月の営業収支に始まり、経常利益の減少の分析、対策について長々と報告された。将来は会社を背負って立つ立場の壮一ではあるが、頭の中は他のことを考えていた。
 (あれをああして、これはこうして。100パーセントうまくいかせるためには・・・・)
 壮一は会議のことはまったく頭になかった。今はただあの計画のことばかりを考えていた。手順をひとつひとつ反芻し、抜かりがないかを頭の中で確認していった。
 (しかし、あのころはこんなことを考えようとは思わなかったな。会社の幹部をするよりも大学で働いていた方がどれほどよかったことか)
 壮一は父である初代社長・田倉源市が急死してから大学から呼び戻され、わずか半年ばかりでたちまちにして専務という役職に就いた。壮一は、大学でののんびりした研究生活の方が懐かしかった。
 「田倉常務、この点に関しまして何かご意見は?」
 田倉という名前が出て壮一は一瞬ビックリしたが、常務なので叔父の方が質問されたことに気づいてホッと胸をなで下ろした。質問したのは、常務のひとりである岡崎宗一郎で、その能力から言えば社長の席についてもおかしくない男だった。壮一の父亡き後、社長候補の筆頭と噂されていた。源市が亡くなって、二年の期限付きでとりあえず社長になったのが、現在社長をしている小野和男だった。小野はワンポイントリリーフであり、二年後の次期社長の椅子を巡って争いが水面下で行われていた。壮一の叔父である田倉洋治も岡崎を押しのけて社長を狙っていた。叔父は経営能力という点では多少問題があったが、その人を引きつける人柄は岡崎を凌駕していた。その関係上、こういった席ではしばしばその能力を試されるよな発言が向けられていた。
 「前回の会議では、田倉常務は第2支店を閉鎖すべきという御意見でしたが?」
 「その件については、余剰人員の整理に伴う退職金が予想を上回る額となったから、撤回することにした」
 「それでは、第2支店の経常収支を回復させる案はございますか?」
 「うむ。それについてわたしなりに考えてみたんだが、第2支店の経常利益が悪いのは、人の流れが悪い上に、第4支店との距離がそれほどないことだと思う。同じような支店がふたつあったのでは、互いに食い合う結果になるのは当然だろう」
 「その意見は、前回の会議でもお聞きしましたが・・・・」
 「話は最後まで聞け」
 洋治は、小野を睨み付けた。小野は慌てて口を噤んだ。
 「ひとつの方法として、第2支店の閉鎖を考えたのだが、問題が多すぎることから、第2支店を存続させ、しかも第4支店と競合させない方法はないものかと考えたんだ。そこで考えたのが、第2支店を第4支店とまったく違った形に作り替えると言うことだ」
 「まったく違った形に?」
 「そう。品揃えをまったく違ったものにしようと言うわけだ。具体的に言うと、外国製品だけを扱うようにしたいと思う」
 「外国製品をですか?」
 「そうだ。それも高級品ではなく、誰でも手に入る値段のものを置くのだ。高級品は、売れれば儲けが大きいが客層は限られる。人を集めるという意味からすると、歓迎できない。その点、庶民的な商品を集めれば、人が集まって来るという寸法だ」
 「外国製品と言ってもいろいろですが」
 「最近は、特にヨーロッパ製品の評判がいいようだ」
 「ヨーロッパですね?」
 「そうだ。それも、各階毎にイギリスコーナーやフランス、イタリアコーナーなどを作って、支店内で競争させる。そうすれば、売り上げアップは間違いないだろう」
 「なるほど」
 いいかもしれないと言う声が聞こえてきた。岡崎は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。洋治の失点を狙ったのに、見事挽回されてしまったからだ。
 「実を言うと、田倉専務が向こうのディーラーとすでに接触を始めているんだ。そうだな? 田倉専務?」
 壮一は、大きく頷いた。
 「なに? いつの間に」
 岡崎は歯を食いしばってその悔しさを露わにした。
 「ボクだって、遊んでばかりいるわけではないんですよ」
 これで週休三日を維持することができると、壮一は思っていた。

 午後の企画会議は、洋治の提案が緊急動議として出され、そのための会議に変更されててんやわんやの状態だった。
 会議は続いていたけれど、来客があるという理由をつけて、午後3時少し前に壮一は専務室へと戻った。
 「専務、お疲れ様でした」
 「ハア、ホント、疲れたよ」
 「冷茶にしましたけれど、よろしかったでしょうか?」
 壮一はニッコリ笑って冷茶の入った湯飲みを手に取った。ヒヤリとした感覚が指に伝わってきた。
 お茶の苦みの中にほんのりとした甘味が漂っていた。
 「美味い」
 その返事を聞くと、大塚恵は嬉しそうに笑顔を見せて席へと戻っていった。いくら乗り気のしない秘書業務でも、褒められればそれなりに嬉しいものだ。

 午後3時丁度にドアがノックされた。
 「はい、どうぞ」
 返事が終わらないうちに入ってきたのは、三木洋介だった。イタリア製のスーツに身を包み、田村正和風の風貌を装ってはいるが、一向にもてないようだ。
 「いよっ! 恵ちゃん。今日もいかしてるね」
 恵は愛想笑いを浮かべながら、壮一の方へ案内した。
 「まあ、座れよ。相変わらず、時間ピッタリだな」
 「几帳面すぎるっていつも言われるよ」
 ソファーの腰掛けたばこに火をつける。
 「大塚君。三木と内々で話があるんだ。ちょっと席を外してくれないか?」
 「はい」
 恵は、バッグを持って部屋を出た。
 (三木さんが来たとき、いつも外へ出されるけど、いったい何を話しているんだろう? やっぱり、あのふたりホモかしら? わたしを追い出して妙なことをしてたりして)
 首を傾げながら、恵は職員食堂へ降りていった。

 「洋介! 会いたかった」
 壮一は恵が出て行ったのを確認すると、三木に抱きついた。
 「おいおい。人が来たらどうするんだ?」
 「誰も来ないよ。幹部連中は会議だし、アポなしでここに来る人間はいない。心配するなよ」
 「ホントにいいのか?」
 「いいってば」
 そう言うか、壮一は三木に唇を合わせて舌を吸い始めた。三木も仕方なく壮一に合わせた。壮一と三木は、恵の想像していたことを始めようとしていた。
 「愛してるよ。洋介」
 「わかってるよ」
 壮一と三木は、大学時代にこういう関係になった。卒業したからもずっと続いていた。絵理子との結婚はカモフラージュなのだった。図らずも恵が想像したとおりだったのだ。
 壮一は、三木のズボンのチャックを降ろして、中から怒脹して行き場を失いかけていた三木のペニスを取り出した。
 「ああ、なんて大きいんだ。ボクの倍はあるよ」
 「おまえのが小さいんだ」
 「馬鹿! 今度言ったから噛み切っちゃうよ」
 「そんなことできないくせによく言うよ」
 壮一は口に含んで舌を這わせ始めた。
 「おお。今日は激しいな」
 「久しぶりなんだもの」
 女言葉になる壮一。舌を這わせ続けた。時計の長針が60度ほど動いた。
 「壮一、行きそうだ」
 「いいわよ。行って」
 壮一は、シャフトをしごき、頭を前後に動かした。
 「ううっ! うはっ!!」
 喉の奥に放たれた生臭い液体を壮一はゴクリと喉を動かして飲み干した。
 「どう? よかった?」
 「ああ。よかったぜ」
 三木はズボンのファスナーをあげる。
 「明日はあなたのマンションに行くわ」
 「今日は駄目なのか?」
 「今日は叔父と会食なの」
 「そんなの断れよ」
 「そうもいかないのよ。いろいろとあってね」
 「そうか。明日か。まあ、一日だ。我慢しよう」
 「ごめんね。うんとサービスするから」
 「わかった。ところで、この前持ってきたベルギー製の壺の件だが、どうだ? 置いてくれないか?」
 「ああ、あれか・・・・」
 壮一の口調が男言葉に戻った。三木は壮一の元にあれこれと商品を売り込みにやってくる。このところ、高価なヨーロッパ製品を持ち込んできていた。高価なものの方がひとつ売れればもうけが多いと言うことで、一攫千金を狙う三木はちょっと手が届かないような価格のものを持ち込んできていたのだが、壮一は首を縦には振らなかった。売れないものを置いても仕方がないからだ。
 「うちの客層にはあの壺は高すぎるな。高島屋とかに売り込んでみたらどうだ?」
 「高島屋が引き受けてくれれば、おまえのところには来ないさ」
 「・・・・それもそうだな」
 「なんとかならないか?」
 「テナントの形で置くって言うのなら、おいて貰ってもいいが」
 「・・・・そうか」
 三木としては、壮一の会社に卸したがっていた。そうすれば、売れようとどうしようと三木の懐が痛むことがないからだ。壮一としては、売れそうもないものは置けないから、テナントなどと言う話を持ち出したわけだ。
 「俺がこんなに頼んでも駄目なんだな」
 「仕事は仕事。プライベートとは別だよ」
 「堅いな」
 「会社の経営って言うものはそう言うものさ」
 「・・・・そうだな。いい話があったら、またくるわ」
 たばこをもみ消すと、三木は席を立った。
 「すまないな」
 壮一も立ち上がって三木をドアまで送っていった。
 「じゃあな」
 今日の企画会議に出された案は、三木が持ち込んだ話をヒントにしたものだ。しかし、三木には内緒にしておいた。三木に恩を売りたくなかったからだ。

 いつもの割烹という赤坂の料亭は、政治家たちがけっこう利用するらしい。女将は当然のことながら、従業員も絶対に中でのことを外には漏らさないという定評のある場所だからと言うことだ。
 今日は政治家は来ていないらしい。いつもカメラの砲列を向けてくる報道陣の姿はなかった。
 「田倉様、お待ちしておりました」
 愛想のいい女将に案内されて奥の部屋へと向かった。
 「遅かったな」
 洋治は、すでに杯を傾けていた。
 「出がけに企画書の確認をしてくれと言われまして」
 「もうできたのか?」
 「大筋はできていましたから」
 「そうか。まあ、一杯いこう」
 「はい」
 壮一は洋治から杯を受ける。
 「今日は岡崎のヤツをぎゃふんと言わせてやって、気持ちよかったぞ」
 「そうですね」
 「これからも、企画会議の前にはふたりで打ち合わせをして会議に臨もう。いいな?」
 「はい」
 今日の会議で洋治が口にした案の原案は壮一が考えたものだ。壮一が提案しても良かったのだが、ここは年長者に譲ったというわけだ。
 「今回の案がうまく行かなければ、窮地に立たされることになるが、大丈夫だろうな?」
 「大丈夫です。任せてください」
 「期待しているぞ。うまくいかないことを願っている連中を出し抜くためにも何とかしないとな」
 「そうですね。反対勢力の芽は早いうちに芽を摘んでおかなければ」
 「そうだ。特に岡崎常務には要注意だ」
 「わかっています」
 「おまえとわたしがしっかりと手を組んでいる間は大丈夫だ。決して油断するんじゃないぞ」
 洋治は壮一に酒を注いだ。
 「俺とおまえが手を組めば、鬼に金棒だ。身内でないものに会社を任せるわけにはいかんからな」
 壮一は頷いた。頷いたけれど、壮一は洋治の身内という表現にちょっとひっかかりを感じていた。洋治は田倉姓を名乗っているけれど、本当は渡辺洋治なのだ。壮一の祖父が、京都の舞妓に生ませた子だということで、祖父が会社に採用し、そのときから田倉姓を名乗っていた。
 洋治は、壮一の父の腹違いの弟だと言って憚らないのだが、戸籍的に他人である洋治を本当は叔父だとは壮一は思っていなかった。
 けれど、計画のために洋治が必要だった壮一は、叔父として接していた。
 「ところで、絵理子さんの方はどうだ?」
 「あ、まあ、変わりはないです」
 「気の毒になあ。あれほど美しかったからなあ。・・・・あ、いや、すまん。イヤなことを言ってしまった」
 「いえ、いいです。仕方のないことですから」
 壮一は杯を上げる。
 「何とかなりそうなのか?」
 「ええ。もうすぐ何とかなりそうです」
 「そうか。うまくいけば、絵理子さんのためだけではなく他の分野にも応用できるな」
 「もちろんです。医療分野に打って出られます。ボクもそれを狙っています。会社にとって新たな市場の開拓になるでしょう」
 「おまえひとりでやれるのか?」
 「大丈夫です。もう仕上げの段階ですから」
 「おまえがそう言うのなら任せるが、力がいるときは言ってくれ。いいな」
 「量産体制になったときには、是非力添えをお願いします」
 「わかってるよ。おう、料理が冷めてしまうな。さあ、食った、食った」
 壮一と洋治は、その日遅くまで一緒に酒を飲み交わした。



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