第15章 そしてすべてが終わった

 午後11時を回った頃、ドアの鍵がガチャガチャと開けられた。洋治が一緒だと面倒なことになるだろうと思っていたが、幸いなことに絵理子だけだった。
 「誰?」
 物陰に隠れていた壮一に絵理子が気がついた。
 「わたし」
 そう答えたときには、壮一は絵理子の尻に注射器を突き立てていた。抵抗する絵理子の手から次第に力が抜けてきた。10分ほどすると、絵理子はぐったりとして完全に眠ってしまった。
 (さあ、目を覚まさないうちに)
 壮一は、洗面所から郷子のマスクを持ってきて、裏に接着剤を塗ると絵理子の顔に押しつけた。郷子の顔のマスクは、絵理子の顔にピッタリマッチするように作られているから、吸い付くようにして絵理子の顔に接着された。
 (この溶液がない限り、このマスクは永久に剥がれないからね)
 壮一はニヤリと笑って、溶液をシンクに流した。
 (次は・・・・)
 壮一は、絵理子の着ていた服を脱がせ、壮一が奪ってきたパンストとワンピースを着せた。さらにミュールを履かせた。
 絵理子を抱きかかえて部屋を出て、エレベーターに運び入れて地下にある駐車場へ降りていった。幸いにして誰にも出会わなかった。
 絵理子用のベンツに絵理子を乗せると、壮一は駐車場を出た。マンションをぐるりと一周してから、壮一が軽トラックを降りたマンションの陰にベンツを停めて絵理子を芝生の上に横たえた。
 (さて・・・・)
 壮一はポケットの中から、注射器を取りだした。その注射器には白い液体が満たされていた。
 その白い液体は、軽トラックの運転手が壮一の口の中に放出したものだ。あの時、壮一は飲み込んだと見せかけて、病院から持ち出してきた注射器が入っていた袋の中に吐き出していたのだ。マンションで絵理子の帰りを待っている間に、袋の中から注射器に移し替えていた。
 フフッと笑いを浮かべて、壮一は絵理子に穿かせていたパンストをおろすと、針の付いていない注射器を膣の中に押し込んだ。
 「ううっ!」
 絵理子がわずかにうめき声を上げる。ピストンを押すと白い液体が絵理子の膣の奥深くに注入されていった。
 注射器を抜き去ると、壮一はポケットの中から軍手を取りだした。この軍手は軽トラックの中から盗み出してきたものだ。
 その軍手を手に填めると、壮一は絵理子の首に手を掛けた。
 (さよなら、絵理子。今度生まれてくるときには、もっといい男と結婚しな)
 力を込めると、絵理子の手が壮一の手を振り払おうと動いた。しかし、それもわずかな時間だった。やがて絵理子の手から力が抜けた。
 壮一は心臓の鼓動が停まっていることを確かめると立ち上がった。
 (誰にも見られていないな)
 辺りを見回してから、壮一は車に乗り込んだ。少し離れた場所にあるゴミ箱に軍手と眠り薬を注射したときに使った注射器を捨てておいた。

 精液を詰めて持っていった注射器はマンションに持って帰って、中をよく洗ってからタンスの奥に隠した。少し時間をおいてどこか別の場所に捨てるつもりだ。
 (さて、汗を流しておこう)
 バスタブにお湯を溜め、ゆったりと浸かっているとバスルームの扉が開いた。洋治が立っていた。
 「お帰りなさい」
 「一緒に入っていいか?」
 「いいわよ」
 洋治は嬉しそうに服を脱いで浴室に入ってきた。
 「洗ってあげる」
 壮一は洋治の体を洗う。体に付いた石鹸を洗い流してから、壮一は洋治の股間に頭を埋めた。
 「お、おい」
 「ここも綺麗にしてあげるわ」
 壮一はフェラチオを始めた。少し驚きながらも、洋治はその心地よさに酔っていた。
 「絵理子、いつ髪を切った?」
 「今日よ」
 「今日? そんな暇があったのか?」
 「うん」
 「そうか・・・・」
 洋治は不審気な表情を浮かべる。そんな洋治をマットの上に押し倒して、壮一はまだ男を受け入れたことのない場所へ洋治を導いた。
 充分拡張されていたから、痛みはなかった。
 (ああ、やっぱり違うわ)
 洋治の上に跨って腰を上下させていると、アナルファックとは違った快感が沸いてきて壮一を満たしていった。
 洋治が体を入れ替えて正常位となって激しく突いてきた。狂おしいほどの快感が壮一を襲った。
 「ああ、ああ、いい・・・・。洋治! 最高よ!!」
 何かがおかしいと感じながらも、洋治は男としての務めを果たした。洋治は壮一が性転換手術を受けたことを知らなかったし、あのSMクラブから逃げ出せるとは思わなかったからだ。
 洋治は、壮一を絵理子と思いこんで毎日のように抱いた。

 半月が経過した。時間がたつにつれて洋治の中に生まれた疑問が入道雲のようにむくむくと大きくなっていった。
 絵理子は一見可愛らしい女を演じていたが、一皮剥けば美人であることを鼻にかけ、男はみんな絵理子の言うことをきくと思うような女だった。20以上も年上の洋治に対しても傍若無人の態度を取ることが多かった。
 ところが、目の前にいる絵理子は半月前の絵理子とは違った。まるで生まれ変わったとしか思えなかった。
 (何が絵理子を変えたのだろうか? いや、もしかすると、今の絵理子が本当の絵理子なのかもしれないな)
 そんなことを考えてはみたけれど、洋治には絵理子の変わりようがまったく理解できなかった。
 (ところで、壮一のやつどうしてるかな? 案外Mに調教されて喜んでいたりして)
 洋治は、あのSMクラブに電話を掛けてみた。
 「大野さんか? 田倉だ。例のニューハーフはどうしてる?」
 《ああ、郷子のことですか。すみません。郷子のやつ、ここを逃げ出しましてね》
 「な、なに! 逃げ出した? いつのことだ?」
 《2週間ほど前だったと思います》
 「2週間前? どうして、それを連絡しない!!」
 《それがですね。連絡しようと思っていたら、強姦されて殺されたのが見つかったって翌日の新聞に出てましてね》
 「えっ! なんだって! 強姦されて殺されてしまったって?」
 《ええ。新聞を見なかったですか?》
 「イヤ、見ていない。そうか、殺されたのか・・・・」
 《連絡しないで申し訳ないです》
 「いや、いいんだ」
 《死んじゃ、まずかったんでしょう?》
 絵理子は壮一など殺してしまいたいと言った。けれど、死んでしまったとなれば可哀相にもなった。
 「後味はよくないな」
 《そうですね。でも、ちょっと気になることがあるんですけど》
 「なんだ? いったい?」
 《新聞報道のことなんですが、身元不明女性が強姦されて殺されたって書かれてあったんですよ》
 「それがどうかしたのか?」
 《本物の女か、性転換した女かわからないんですかね?》
 「な、なに! 性転換した? 郷子にか?」
 《ええ。田倉さんとご一緒だった女性に依頼されまして、郷子に性転換手術を施したんですよ》
 「絵理子が郷子の性転換手術を依頼した? そ、それは、いつのことだ?」
 《2ヶ月にはなりますかね?》
 「2ヶ月・・・・」
 《いい仕上がりでしてね。目の前で見たって、作り物だなんて気がつかないほどなんですよ》
 「もうセックスが可能な時期だったのか?」
 《もちろんですよ。処女喪失の儀式をしようとしていた矢先に逃げられたんですよ。強姦魔のやつ、いい思いをしたでしょうね。まったく、大損ですよ》
 壮一は性転換していた。壮一が逃げ出した時期と絵理子の様子が変わった時期が一致する。強姦されて殺されたのは女性だと報道されている。たどり着く結論はひとつ・・・・。
 「郷子がそこから逃げ出したことは警察には知れてないだろうな?」
 《大丈夫ですよ》
 「お客の口から漏れることは?」
 《あり得ませんね。そんなことをすれば身の破滅ですからね》
 「わかった。わたしが郷子を預けたこともくれぐれも内密に頼んだよ」
 《わかっております》
 「二度と連絡しない」
 受話器を置いて振り返ると、絵理子が立っていた。
 「壮一なんだな?」
 「やっとわかったのね? どうする? 殺人者としてわたしを告発する?」
 洋治は肯定も否定もしなかった。肩を竦めて壮一の手を引いた。
 「正式に結婚しないか? おまえの手を借りたい。会社の経営におまえの力が必要だ」
 「喜んで」
 壮一はにっこりと微笑んで洋治の腕を取った。
 「これでわたしも共犯者だな」
 「わたしの処女を奪ったんだから、それくらいしてもらわないと」
 その言葉を聞くと洋治は壮一の顔を見てにやりと笑った。
 「そうか。あの時が女になって初めてだったのか」
 「ええ。とってもよかったわ」
 「そうか、そうか」
 洋治は壮一の肩を抱いて唇を合わせた。

 午前3時、大野章は店の鍵を締めるとマンションに向かった。
 (郷子が死んで、楽しみがなくなったなあ。いい女だったのに)
 マンションの鍵を開いて中に入る。冷たい空気が大野を襲う。
 (さて、ビールでも飲んで寝るとしようか?)
 冷蔵庫を開いて缶ビールを取り出そうとしたとき玄関のチャイムが鳴った。
 (誰だ? こんな時間に?)
 リングプルを引いてビールを飲みながら玄関に向かい、覗き穴から外を覗いてみた。
 (女?)
 魚眼レンズだから、女だとはわかっても誰なのかわからない。
 「誰だ?」
 「縛って」
 「なに? なんだって?」
 「わたしを縛って」
 ドア越しに聞こえる声に聞き覚えがあった。大野は、もう一度目を凝らして覗き穴から外を見た。
 「わたしを縛ってよ」
 「郷子なのか?」
 「縛ってよ」
 大野は、鍵を開けてドアを開いた。郷子が立っていた。
 「死んだんじゃなかったのか?」
 「ねえ、縛ってくれないの?」
 「は、入れよ」
 大野は郷子に見える女を部屋の中に招き入れた。

 洋治と壮一の結婚式は盛大に行われた。壮一のウエディングドレス姿に誰もが思わず綺麗だと感嘆の声を上げた。
 取引をかねての新婚旅行先のヨーロッパにふたりが旅立った日、隅田川にひとりの男性の死体が上がった。変わり果てた大野の死体だった。目立った外傷はなく、胃からアルコールが検出されたために、酔って誤って川に転落して死亡したものとして処理された。

 エッフェル塔が見えるホテルに泊まっていた洋治と壮一は、ベッドの中で抱き合っていた。
 「壮一、おまえは素晴らしい女だ」
 「壮一じゃないでしょう? 絵理子よ」
 「おう、そうだったな」
 「あ、ああ。いい。すごいわ、あなた。もっと。もっと激しく。激しく突いて」
 壮一は、腰を洋治に押しつけてさらに深く貫かれていた。
 (ああ、女って最高!)
 やがて、洋治が壮一の中で果てた。
 「絵理子。末永くわたしと一緒だ」
 「ええ」
 ふたりは抱き合ったまま眠りについた。

 その翌朝、ドアを叩く音に壮一は目を覚ました。
 「誰?」
 ガウンを羽織り、ドアを開くと、ボーイが喚き散らしていた。
 「なんなの? フランス語はわからないわ」
 しばらくして片言の日本語をしゃべるボーイがやってきた。
 「ご主人は?」
 「主人?」
 振り向いてベッドの中を見ると洋治の姿はなかった。
 「あら? どこに行ったのかしら?」
 「ご主人らしい男性が、ホテルの前で倒れています」
 「なんですって!」
 ボーイに連れられてホテルの前に出てみると、頭から血を流して倒れている洋治の姿を見つけた。
 「あなた・・・・」
 壮一はその場に崩れ落ちた。

 壮一は喪服を着てハンカチを目に当てていた。死亡した洋治の社葬が行われていた。
 「気の毒にねえ。新婚旅行先でご主人を亡くすなんて」
 「ベランダから転落したそうよ」
 「眺めがいい場所だったかららしいわね」
 そんな言葉を聞きながら、壮一はハンカチの陰で薄笑いを浮かべていた。
 (これで邪魔者はすべていなくなったわ)
 洋治が死に壮一は会社の実権を握った。壮一の思いのままだった。壮一の犯した罪は暴かれることなく、闇から闇へと葬り去られた。

 壮一が、社長室でひとり悦に酔っている頃、東京警察病院の一室で、ひとりの男が死を迎えようとしていた。男はエイズに冒されていた。その男は、新宿の街におしぼりを配って回ることを仕事にしている男だった。
 男は死を前にして、フッとあの夜のことを思い出した。
 (突然トラックに乗せてくれって言った女。フェラチオがうまかったなあ。あれが女に銜えられた最後だったなあ。それにしてもあの女を殺したのはいったい誰なんだろう?)
 男はSMクラブから逃げ出してきた壮一を乗せた男だった。男は壮一に強姦殺人の罪を着せられたことを知るよしもなかった。
 SMクラブから逃亡することに成功したとき、あんな場所に閉じこめた絵理子に憎悪し殺すことを決心していた。そして、絵理子殺しの罪を男に着せるために、壮一は男のザーメンを利用することを思いついた。お礼と称してフェラチオをしてやり、口で受けて吐き出したのだが、少なくない量を壮一は飲み込んでいた。
 エイズが感染するもっとも危険なザーメンを飲み飲んだ壮一は、果たしてエイズを発症するのであろうか?
 結果は時間が経過しなければ誰にもわからない。





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