第14章 脱出

 壮一の中に、あるアイデアが浮かんだ。そのためには、何とか逃げ出さなければならない。従業員は、オーナーを含めて5人いる。その目を盗んで逃げ出すことはとても無理のように思えた。勿論、夜間は部屋に鍵がかけられていた。壮一は、何とか逃げ出す方法を探っていた。
 SMクラブのオーナー・大野は、壮一をいたぶるのが楽しくてたまらないようだった。性転換手術後、痛みに泣きわめく壮一を見ながら、マスターベーションするくらいだった。
 しかし、次第に痛みを訴えなくなり、大野は壮一に何とか苦痛を与える方法はないかと考えていた。
 大野は、太いシリコン製の拡張棒を目の前にかざしてみた。
 (これなら痛がるだろう)
 「さあ、やるぞ」
 壮一は、観念したように仰向けになって両足を開いた。シリコン棒にたっぷりとジェリーを塗ってから、入り口にあてがってゆっくりと回しながら挿入していった。
 「痛っ! 痛い!!」
 「我慢、我慢」
 壮一は腰を上げて逃げようとする。それを押さえつけてごりごりと挿入していった。壮一は泣き叫ぶ。その声が、大野には心地よい。
 (もっと泣け。もっと叫べ!!)
 薄笑いを浮かべて、大野はシリコン棒を奥まで差し込んでいった。大野は引き抜いて、シリコン棒をジッと見た。
 (奥行き17センチか・・・・。これくらいあれば、大抵の男は受け入れられるな)
 そう思っていると、壮一の様子がおかしいのに気づいた。
 「おい! 郷子? どうしたんだ?」
 壮一は、腹を押さえて痛い、痛いと泣き叫んでいた。今までは引き抜けば痛みはすぐに治まっていた。
 大野は、携帯で手術をした医者に電話をかけてみた。
 「そうなんです。40ミリの棒を入れたあと、ひどく痛がって転げ回っているんです。連れて行くんですか? ・・・・そうですね。先生、わかっていると思いますが、逃げられるとことなんです。うまくやってくれる? そうですか。それなら連れて行きましょう。ええ、こちらからも見張り役をひとり連れて行きます」
 電話を切ると、大野は若い者を呼んで、苦痛に顔を歪めている壮一を抱えて車に押し込んだ。

 壮一は、痛い痛いと泣き叫びながら、心の中でうまくいったとほくそ笑んでいた。うまく部屋からは出られたものの、両脇にオーナーと若い男がいて、がっちりと壮一の身体を捕まえていた。この状態では逃げ出すのは絶対に無理だ。
 病院は、新宿の裏通りにあり、その裏口から診察室へ運び込まれた。医者が仰向けになれと命令したが、壮一は痛い痛いと泣き叫んで診察させなかった。診察されたら、仮病だとわかるからだ。
 「人造腟を調べるから、ジッとしていろ」
 横向きで丸くなっている壮一の背後から医者が近寄ってきて、クスコらしい器具を挿入しようとした。壮一は痛いと叫んで診察台の上から床へずり落ちた。
 「大野さん。ちょっと無理したんじゃないかな? ちょっと入院させて様子を見ましょう」
 「入院ですか?」
 オーナーは困ったような表情を浮かべている。壮一はしめしめと思っていた。
 「窓には鉄格子が入っているし、階段がひとつしかないから、逃げられやしないよ」
 「それなら安心です。先生、お互いのためだ。逃がさないようにお願いしますよ」
 「わかってる。おい、誰か? この患者さんを病室へ連れて行ってくれ。それからな・・・・」
 医者が看護婦に何か耳打ちしていたようだが、壮一にはよく聞き取れなかった。移動式のベッドに乗せられたあと、すぐに何かの注射をされた。壮一は運ばれる途中で意識を失った。

 目が覚めたときには、日がとっぷりと暮れていた。左手に点滴をされてベッドの上に横たわっていた。股間に違和感があった。そっと右手を伸ばしてみると、腟の中にガーゼらしいものが詰め込まれているようだった。眠っている間に調べられたようだ。ガーゼらしいものを詰めたと言うことは、何らかの傷でも入っていたのだろう。仮病と見破られなくてよかったと壮一はホッとした。
 点滴など引き抜いて逃げ出そうとして上体を起こして愕然となった。着ていたものが脱がされていて、全裸だったのだ。
 医者が言っていたように、窓には鉄格子が入っていた。階段も一カ所しかないらしい。そこを全裸で逃げるか? 壮一は困り果てた。と、足音が近づいてきた。壮一は、布団をかぶって寝たふりをした。
 ドアが開き、看護婦が入ってきた。壮一の腕を取って脈をはかり、点滴の残量を確かめると病室を出て行った。
 (そうだ。いい方法がある)
 壮一は、点滴を引き抜くと、そっと起きあがった。部屋の中を調べてみたけれど、やはり着ていたものは持ち去られていた。やるしかないと壮一は決めて待った。
 点滴の残量から推測して、30分ほどだろうと思っていると、案の定足音が近づいてきた。壮一はドアの後ろに隠れた。看護婦が入ってきた。
 アッと声を上げる前に、壮一は看護婦を後ろから左手で首を絞めるようにして抱き、耳元で囁くようにして言った。
 「静かにしないと、この針を突き立てるわよ」
 壮一は点滴の針を看護婦の頸動脈あたりに突きつけていた。看護婦は震えながら首を縦に振った。
 「服を脱いで! 早く!!」
 看護婦は、震えながら白衣を脱いだ。
 「下着も取りなさい!」
 ブラジャーとショーツ、白いパンストが床に落ちた。
 「床に伏せて!」
 看護婦を床の上にうつ伏せにすると、壮一はブラジャーで看護婦の両手を縛った。それから、ショーツを看護婦の口の中に押し込んで、白衣のポケットに入っていたゴム管でギャグボールのように口にかけてショーツを押し出せないようにした。
 「ベッドの中に入って!」
 看護婦は、言われるままベッドの中に潜り込んだ。
 「おとなしくしていれば、危害は加えないわ。だけど、あなたの出方次第では、ひどい目に遭うわよ。わたし、やけになってるんだから、あなたのその可愛い顔を潰すくらいのことは平気でやるわよ」
 看護婦は、恐怖に満ちた顔でうんうんと頷いた。壮一は、看護婦にウインクすると、パンストと白衣を手早く着てナースキャップをかぶった。
 そっと病室を出た。廊下には誰もいない。突き当たりの壁にある時計は午後9時半を指していた。就寝時間を過ぎているだろうから、入院患者は皆ベッドの中のようだ。
 壮一はナースステーションを覗いてみた。誰もいなかった。夜勤はひとりのようだ。階段から下を覗いてみると、若い男が椅子の座ってエロ本を見ていた。オーナーが置いていった見張りのようだ。
 壮一の身体はもはや完全に女になっていた。若い男に力では敵わないことは歴然としていた。考えてから、壮一は行動を起こした。
 ナースステーションに戻り、睡眠薬を何種類かポケットに入れた。それから、下から上へ運ばれる途中で打たれた注射を探した。
 「セル・・・・、セルなんとかって言ってたな」
 注射のアンプルが入った棚を捜してみると、セルシンと書かれたアンプルが見つかった。薬品の説明書も一緒に入っていたのでそれを読んで、間違いないと壮一は頷き、注射器にすってこれもポケットに忍ばせた。
 (さて、次が最大の難関だな)
 壮一は、白衣の裾を直してから、階段の下を覗いた。男は欠伸をしながらエロ本に夢中になっていた。
 壮一は階段を降りていった。男がちらりと顔を上げた。
 「お疲れ様」
 そう言うと、男はエロ本に目を戻した。壮一は男のそばを通り抜けた。思った通りだと壮一は自分の予想が当たったことにほくそ笑んだ。
 男は、全裸の壮一が逃げることを想定している。白衣を着た女はナースだという先入観で、壮一を見逃したのだ。
 壮一は、慌てずに廊下を進んだ。更衣室があった。ドアを開けるとロッカーがあった。白衣のポケットを探ると鍵があった。その鍵を取りだし、鍵の掛かっているロッカーの鍵穴に入れた。開いた。
 ピンク色のワンピースが下がっていた。壮一は白衣を脱いでワンピースを着た。看護婦の背が低かったせいで、丈がかなり短めだが、着られないことはない。ナースシューズをミュールに履き替え、ロッカーを探った。他には役に立ちそうなものはなかった。
 (現金が欲しかったけど、なければ仕方がないな)
 更衣室を開いて階段の方を見ると、男はまだエロ本に夢中だった。壮一は裏口を開けて、夜の街に滑り出た。

 表通りはネオンの灯で真昼のようだった。しかし、壮一は裏通りを進んでいった。手ぶらで歩く女性などどこにもいないと思ったからだ。それに、壮一はワンピースは着ていたものの、下着は身に着けておらず、白のパンストだけだった。夜の街をひとりで歩くには、危険きわまりない格好と言ってよかった。
 裏通りの出口に軽トラックが停まっていた。奪って逃げようと近寄っていくと、運転手らしい中年の男が運転席に乗り込んでしまった。ちょっと遅かったと思ったが、壮一はサッと助手席に乗り込んだ。
 「な、なんだ? あんた?」
 人の良さそうな運転手が、壮一を驚きの目で見た。
 「乗っけていってくれない? お礼はするから」
 「タクシーじゃないぞ」
 「お願い」
 壮一が両手を合わせて頭を下げると、男は口を尖らせながらもエンジンキーを回した。
 「どこまで連れて行って欲しいんだ?」
 「いいの?」
 「仕方ないだろう? 若い女に頼まれれば」
 こんな時は女は得だなと壮一は思った。
 「千代田までなんだけど・・・・」
 「千代田まで? ・・・・ま、いいよ」
 車が動き始めた。壮一は、背を低くして、外から見られないようにした。

 軽トラックは乗り心地が悪かった。しかし、そんなことは言ってられなかった。
 「どっちだ?」
 「そこを右に。あのマンションのそばに停めて」
 運転手は壮一が指さした場所に車を停めた。
 「ありがとう。お礼をするって言ったけど、ホントに一円も持っていないの。・・・・だから」
 壮一は、運転手のズボンのファスナーを下げた。運転手は驚いた顔をする。
 「そ、そんなこと、しなくていいよ」
 「いいのよ。何にもお礼をしないなんてできないから」
 壮一は運転手のペニスを取り出して口に銜えた。銜えて舐めながら、しごいてやると、あっと言う間に壮一の口の中に放出した。ずいぶんご無沙汰しているみたいだなと思ったが黙っていた。
 「ほんとにありがと。帰りは気を付けてね」
 壮一は手を振って車を降りた。マンションに向かいながら、そうだと思い返して、軽トラックのそばまで戻った。運転手はまだボウッとして運転席にもたれていた。
 壮一は窓をとんとんと叩いた。運転手がギョッとした目で壮一を見つめ、窓を下げた。
 「すみません。10円玉を2、3個いただけませんか?」
 「あ、ああ」
 運転手は、ズボンのポケットから財布を取り出して、千円札を何枚か壮一に渡そうとした。
 「お札はいらないの。10円玉でいいの」
 首を傾げながら、運転手は壮一に10円玉を数個手渡してきた。
 「じゃあ、ありがとう」
 手を振って壮一は軽トラックのそばを離れた。軽トラックが去っていくのを確かめると、壮一はマンションに公衆電話から電話した。出ない。窓の灯を確かめてみた。消えている。絵理子はどこかへ出かけているようだ。幸いだと壮一は思った。
 それから別の電話番号を回した。
 「もしもし? 田倉ですけど。ええ、田倉絵理子です。郷子って言う娘がそこに行っていない? 来ていない。そう。もし来たら、部屋に案内してくださる? 親戚の娘なの。はぐれてしまって探してるのよ。じゃあ、お願いするわね」
 電話を切ってから、壮一はマンションへ向かった。ガードマンが退屈そうにテレビを見ていた。壮一はガラスをとんとんと叩いた。
 「すみません」
 「なんだい?」
 若い女だと思って、ガードマンは相好を崩した。
 「田倉絵理子さんは戻ってます?」
 「まだだけど・・・・。もしかして、君、郷子さんって言う名前?」
 「そうですけど、どうしてご存じなの?」
 「田倉さんから今し方電話があって、あなたがここに来たら、部屋に通すようにって言われてるんですよ」
 「助かったわ。はぐれてしまってどうしようかって思って。マンションの名前だけを頼りに来たから心配で」
 「案内しましょう」
 鍵の束を持ってガードマンが立ち上がり、壮一を部屋で案内してくれた。
 「ありがとうございました」
 思いっきりの笑顔を向けてやると、ガードマンはにやつきながらドアを閉めてエレベーターの方へ歩いていった。

 壮一は洗面台の下のドアを開いた。
 「あった」
 有機溶媒の入った瓶をいくつか取り出す。それを調合して接着剤を剥がす溶液を作った。長い間くっつけたままにしていたから、郷子としてのマスクが剥がれなくなっていたのだ。それを顎のあたりに塗りつける。しばらくすると、壮一の顔に接着していたマスクが剥がれてきた。剥がれたところにもう一度塗る。それを繰り返すと、マスクが完全に取れて、壮一の素顔が現れた。
 (絵理子のマスクも一緒に剥がれてしまったか。仕方ないな。間を剥がそう)
 壮一は、剥がれたマスクにもう一度溶液を塗り、間を剥がしていった。絵理子の顔のマスクと郷子の顔のマスクに分離された。マスクをきれいに洗い、絵理子のマスクを新たに作った接着剤で顔にくっつけた。壮一は絵理子に戻った。
 「さて、服を着替えなきゃ」
 壮一は、下着を取りだし身に着けると、お気に入りだった白のドレスを着た。
 「これでよし。あとは絵理子の帰りを待つだけだわ」
 壮一は、ドレッサーに向かって髪の毛を梳き、化粧をし直した。



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