第1章 能面を付けた妻

 鼻歌を歌いながらハンドルを切っていると標識を見逃した。田倉壮一は慌ててブレーキを踏んだ。
 (危ない、危ない。通り過ぎるところだった)
 壮一はシフトをバックに入れて車を後退させ、脇道へ車を進めていった。
 (親父も物好きだったなあ。こんなところに別荘なんて作って)
 田倉家の所有する別荘は、奥軽井沢のさらに奥のへんぴなところにあった。このあたりには珍しいヨーロッパ風のお城を連想させる重厚な作りをしていた。これも壮一の父親の趣味だ。電話もなく電力線も引かれていない。電話は携帯電話で事足りると言って引いていないのだ。電力線がないから、照明はランプを使っているかと言えばそんなことはなく、裏庭に設置された水車が別荘に電力を供給しているのだった。
 轍の間に草の生えた未舗装の一本道を進んでいくとその別荘がある。その道沿いには田倉家の別荘しかないので、迷い込んでくる以外には誰もその道を通ることはない。田倉家専用に道と言ってもいい。
 壮一は、麓のスーパーで買い込んだ一週間分の食料を車に詰め込んでその道をのぼっていった。轍の間に伸びた雑草が車の底を擦っていた。開けた窓から4月の爽やかな風が吹き込んでくる。遠くにウグイスの鳴き声が響いていた。
 「ふう」
 車から降りたって別荘の方を見上げると、窓のひとつにレースのカーテン越しに髪を肩まで伸ばした白いドレスの女性の姿が見える。壮一の妻・絵理子だ。壮一の姿を見つけると、嬉しそうに手を振ってきた。
 (24もなって、子供みたいなヤツだ)
 壮一は、苦笑いをしながら片手をあげて絵理子に応えた。絵理子の姿が消えた。階段を駆け下りて玄関に向かっているのだろう。壮一は、車から両手に荷物を抱えて玄関へと向かった。
 玄関が開けられ絵理子が姿を現した。壮一は一瞬たじろいだが、そのまま荷物を抱えて玄関を抜けようとする。
 「手伝うわ」
 「重いよ」
 絵理子は玄関を駆け出して車へと向かった。壮一はキッチンへ荷物を抱えて歩いていく。包みを開けて中身を対面キッチンの反対側に据えられている冷蔵庫とストッカーに仕分けていると、絵理子が荷物抱えてやってきた。
 「これで終わりよ」
 「そうか。そこに置いて」
 「わたしが整理するわ」
 「いいよ。ぼくがやる」
 「いいの?」
 「ああ」
 「じゃあ、アイスコーヒーでもいれるわ」
 「頼む。喉がカラカラなんだ」
 絵理子はコーヒーを沸かし始め、壮一は食料の整頓を続けた。整理が終わると、壮一は包装紙などのゴミを抱えて勝手口から外に出て焼却炉へ放り込んだ。低温で焼くとダイオキシンがでるって言ってたなと思いながら壮一は火を付けた。マッチでつけた小さな火がみるみるうちに燃え広がっていく。もはや消えることはないと判断した壮一は、別荘の中へと戻っていった。
 「いつもごめんね」
 絵理子が言いながらアイスコーヒーの入ったグラスを壮一に差し出した。毎週一回の買い出しを壮一がしていることを言っているのだ。
 「いいんだ。ぼくの役割だから」
 壮一はアイスコーヒーをぐっと飲み干す。グラスの中で氷がカラリと音を立てた。
 「夕食、何にする?」
 「そうだな。いい鶏肉が手に入ったから、あれを使ってスープでも作ってくれないか?」
 「お野菜たっぷりの?」
 「そう。鶏肉がとろけるくらいに煮込んでね」
 壮一は生野菜が嫌いだった。だから、野菜を食べさせるには、煮込むしかなかった。
 「わかったわ」
 「じゃあ、ぼくは奥の部屋にいるから」
 「はい」
 壮一は絵理子をキッチンへ残してリビングの奥にある壮一専用の部屋へと向かった。

 水車で発電する電力はそう多くはない。だから必要以外の場所は電力節約のため小さな電灯しかつけていない。薄暗い廊下を奥へ進んでいくと壮一の部屋がある。その部屋のドアを開くと、有機溶媒の臭いがプンと鼻を突いてきた。
 部屋の奥に設置しているテーブルの椅子に腰掛けると、壮一はビーカーの中に入ったどろりとした液体を眺める。そうしてから、ガラス棒でビーカーの中身をかき混ぜてみて、納得したように頷いた。
 (よしよし、うまくいったぞ。同じ要領で3段階の色を作ればいいだろう。もう少し濃い肌色とほとんど茶色に近い色を作ろう)
 壮一はテーブルの上のノートを開いた。ノートに書かれた量を見ながらビーカーに材料を入れていく。ビーカーの底ではマグネティックスターラーがクルクルと回り続けていた。
 「次は30分後だ」
 やや濃いめの肌色にするための顔料を投入すると、タイマーを入れてから壮一は左側にあるコンピューターデスクに座り直した。何度かマウスを操作してソフトを立ち上げてファイルをオープンする。
 モニター上に3Dの画像が浮かび上がる。髪の毛、眉毛、睫のない女の顔だ。
 (素材は美人でも、髪の毛や眉がないと何とも不気味だな)
 そんなことを思いながら、壮一は隣に置いてあるもう一台のコンピューターのモニターに映し出されたフォトショップの画像を睨む。
 (ここに小さなホクロがあるな。これくらいは無視だ、無視。ソバカスがないと彼女には見えないなから残さなければ。こんなソバカスがなかったら楽なんだが)
 壮一は、ふたつのモニターに映し出される画像を拡大して、3Dの顔を写真の顔に近づけていった。
 (スキャナが使えれば楽なんだが、対応したソフトを作れなかったからなあ)
 手作業は楽ではない。実際には気の遠くなる仕事だった。しかし、壮一は憑かれたようにその仕事に励んでいた。

 タイマーがうるさく鳴り響いた。きりがいいところまで処理すると壮一は立ち上がってビーカーのそばに行った。
 (さて、ここは初めの設定もより5パーセント増やすんだったな)
 ビーカーの中で渦巻いている液体の中に白い粉が均一になるように投入していった。カラカラ言っていたマグネティックスターラーの音が小さくなってくる。粘りけが出て回転速度が落ちてきたのだ。壮一はダイアルを回して回転速度を調節した。
 (これでよし。あとは仕上がりを待つだけだ。撹拌時間は2時間と・・・・)
 再びタイマーをセットすると、壮一はもう一度コンピューターに向かった。

 ガタンと音がして絵理子が入ってきた。壮一はちょっとビックリして振り返った。絵理子がティーカップを載せたトレーを持って立っていた。
 「あなた、お茶にしませんか?」
 壮一は腕時計を見た。
 「もう、そんな時間か?」
 しかし、すぐに壮一はモニターに目を戻した。絵理子はトレーを机の上に置いてモニターを覗き込む。
 「あなた、ホントにできるんですか?」
 「ああ、もう少しで完成だ。ほら、ここまでで来ているだろう?」
 壮一は、拡大していた画像をノーマルモードに戻した。その画像を見つめて絵理子が不満そうな声を上げた。
 「あら? 右の目尻にあるホクロは?」
 「そんな泣きぼくろなんていらないだろう?」
 「そんなことないわよ。どうせやるならきちんとやってよ」
 「・・・・わかったよ。あとで追加しておくよ」
 また仕事が増えたと壮一は唇を噛んだ。
 「ところでいつできるの?」
 「もうすぐできるよ」
 「もうすぐもうすぐって、先々月からずっと言ってるわ。いったい、いつになったらできるの?」
 「だから、もうすぐだって。来週には何とかなるよ」
 「来週? ホントに?」
 絵理子の声が心なしか弾んだ。
 「ホントさ」
 「楽しみだな。あなた、頑張ってね」
 「ああ、わかってるよ」
 絵理子が部屋から出て行くと、壮一はティーカップを片手にしながらふたつのモニターをジッと見比べマウスを操作し始めた。

 再びタイマーが鳴った。壮一は時計を見上げた。時計は時を二時間進めていた。
 (もう二時間たったか。さて、仕上がりはどうかな?)
 ファイルをいったんセーブし、壮一はビーカーのそばに立った。ピンセットでマグネティックスターラーを取り出して、ガラス棒でビーカーの中をかき混ぜてみる。
 (いい感じだ)
 それから窓際まで行って、ビーカーの中身を太陽光の下で見た。
 (色合いも完璧だ。さあ、次だ)
 壮一はふたつのビーカーを並べ、三色目の製作に掛かった。材料を調整して投入し、タイマーをかけるとモニターに向かう。30分後、材料を追加してタイマーをかけモニターに向かった。
 三つ目ができあがったのは午後7時前だった。壮一は、机の上に置かれてあるピストル状の噴霧器を手に取った。ズシリとした重みがある。銃口のようなものの反対側に缶ビールほどの大きさの部分がある。その部分のロックを外すと蓋が開いた。壮一はその中にビーカーの中身を零れないように注意深く注ぎ込んでガラス棒でゆっくりと撹拌しエア抜きをする。それを3回繰り返した。
 (ようし。準備完了だ)
 そのひとつを手にとって、手の甲に向かって引き金を引き、中身をふりかけ始めた。肌色の薄い膜が手の甲に形成されていく。左右に何度か噴霧してから引き金を緩める。噴霧器をテーブルの上に戻すと、壮一は噴霧された手の甲をそっと人差し指で押さえてみた。
 (いい感触だ)
 それから、その薄い膜を手の甲から注意深く剥ぎ取った。
 (うまくいきそうだ)
 薄い皮膚のようなその膜を壮一はニヤリと笑って見つめた。

 そろそろ夕食の時間だなと思っていると、ドアがノックされた。
 「あなた。夕食ができましたよ」
 「アア、丁度今行くところだったんだ」
 「じゃあ、すぐにスープを注ぐわ」
 絵理子はキッチンへ戻っていく。壮一もファイルのセーブを終えるとダイニングへと戻っていった。

 ダイニングルームはリビングと続きになっている。ただその境に二階のベッドルームへ上がる階段があるので、一応は分離された形となっている。ダイニング、リビングとも吹き抜けで、高い天井から照明が釣り下ろされている。照明に照らされたテーブルの上は驚くほど明るい。逆に照明装置の笠から上は、二階部分に相当する場所にある窓からわずかに月の光が入ってくるだけで照明装置の下とは対照的だ。
 壮一は明るいテーブルの上に目を落とした。テーブルの上に白磁のスープ皿が置かれている。クリーム色のスープの中に骨付きの鶏肉が浮かんでいた。野菜は大半がとろけてしまっているようだ。
 「うまそうだ」
 絵理子に聞こえるように呟いてから、スプーンですくって口に運ぶ。塩味が薄いがまずまずの味が口の中に広がった。結婚したての頃に比べて料理が上手になったなと壮一は思った。
 「いいできだ」
 「よかった。いつになくうまくできちゃったんだ」
 弾んだ声でそう言いながら、絵理子はサラダをテーブルの上に置いた。
 「パンにしたけど、よかった?」
 「このスープにはパンだな」
 「そう思ったんだ」
 絵理子はキッチンの方へ回って小さなバスケットを持ってきた。バスケットには絵理子の白いレース地の布が敷かれ、その上にいくつかのパンが載っていた。そのひとつを手にとって、ふたつに割った。イーストの香りがふわっと鼻腔を刺激する。中に黒ごまがぎっしりと入っている。このパンは絵理子がスープを作りながら焼いたものだ。
 「ちょっと胡麻の入れすぎじゃないか?」
 「そうだった? でも胡麻は健康にいいのよ」
 「それにしてもなあ・・・・」
 文句を言ってもバスケットの中には胡麻のパンしかなさそうだ。壮一はパンを頬張りながらスープを口に運んでいった。
 「サラダも食べてよ。せっかく作ったんだから」
 「あ、うん」
 壮一は野菜の中でも生野菜が特に苦手だ。さらにふりかけてあるドレッシングの酸っぱさが堪らなくイヤだ。しかし、ここ数ヵ月間は、文句も言わずに野菜サラダを口に運んでいた。ドレッシングを変えたからかしらと絵理子は思っていた。
 「はい、コーヒー」
 壮一の前のスープ皿が空になったのを確かめると、絵理子はコーヒーカップを置いて片づけを始めた。
 絵理子は壮一とは一緒に食事をしない。あの事件以来ずっとそうだ。高級レストランでボーイに見つめられながら食事をしているようで、美味しい食事も味気なく感じられる。気持ちはわかるがと、絵理子の後ろ姿を見ながら壮一は溜息を漏らした。
 (もう少し。もう少しの辛抱だ。もう少しすれば、こんな生活ともおさらばできる)
 壮一は、コーヒーをぐっと飲み干した。

 リビングで『ライオンハート』のメロディーが鳴り響いた。壮一の持つ携帯電話の着メロだ。
 「なんだろう? 今頃」
 立ち上がって壮一は腕時計を見た。午後8時半を回っている。無視しようかと思ったが、この携帯にかけてくるのは、会社の関係者しかない。出ないわけにはいかないので、受話ボタンを押した。
 「もしもし」
 《専務? 帯刀です》
 聞き慣れた総務部長の声が聞こえてきた。
 《明日は役員会になっておりますが、ご出席の方は・・・・》
 そう言われて壮一は、カレンダーに書かれた赤丸を確認する。すっかり忘れていた。しかし、忘れていないと返事をする。
 「それだけか?」
 《田倉常務が夕食をご一緒したいとおっしゃっておりますが、ご都合の方はいかがでしょうか?》
 叔父が何の用だろう? また小言だろうかと思ったが、つき合わざるを得ないことは壮一にはわかっている。
 「何時からだ?」
 《午後7時、いつもの赤坂の割烹で》
 相変わらず脳のないことだと壮一は腹の中で思う。
 「わかった」
 《それでは、失礼いたします》
 ツーッという発信音が流れてきて、壮一は電話を切った。
 「だれなの?」
 片づけを終わった絵理子が対面式キッチンの向こうから尋ねてくる。
 「帯刀からだ」
 「帯刀さん? 帯刀さんって誰だったっけ?」
 「総務部長だよ。ほら、頭のはげ上がった」
 「アア、あの人。何の用事だったの?」
 「明日の会議の確認と、叔父からの夕食の誘いだ」
 「叔父さんから?」
 「そう。また小言だろう」
 「何かやったの? あなた?」
 「何もやっちゃいないよ。不況時なんだから少しは働け。週休三日をきちんと取るなってことだろう」
 「そう言う契約なんだから、いいんじゃないの?」
 「建て前と本音は違うからね」
 「叔父さんになんと言われたって、週休三日は譲らないでね。わたし、ひとりぼっちで寂しいから」
 「わかってるよ」
 絵理子をこの別荘に残して壮一は明日の朝東京へ戻る。遊んで暮らせるわけではないから仕方のないことだ。

 壮一は、奥の部屋に戻ってドアに鍵をかけた。これから先は絵理子に見られては困るからだ。もっとも今頃絵理子は食事をしている。絵理子の食事はカタツムリのようにゆっくりだから、この部屋にはやってくる気遣いはない。
 壮一と絵理子は別々に食事を取る。夫婦なんだから、気にせずに一緒に食事をすればいいのにと何度か言ってみたけれど、絵理子はガンとして聞き入れてくれなかった。明るくは振る舞っていても、やはり気にしているのだ。
 しかし、今はその方が好都合だ。部屋に来て貰っては困るのだ。

 壮一はある作業を行ってからコンピューターの作業に戻った。こちらももう仕上げの段階だ。
 (来週にはすべての準備ができそうだ)
 壮一は作業を続けた。単調な作業が続く。しかし、最終コーナーに掛かっているから、それも苦痛ではない。
 午後11時前、作業は終了した。拡大された画像を実サイズに戻す。
 「よしよし」
 壮一は満足そうに頷いた。コンピューターをシャットダウンして部屋を出ると、入浴をすませネグリジェ姿になった絵理子が丁度やってきた。
 「先に入ったわよ。入る?」
 「ああ」
 壮一はバスルームへと向かった。

 烏の行水である壮一の入浴は5分と掛からない。アッという間に浴室から出て体を拭き下着にパジャマを着た。
 ベッドルームに行くと、絵理子は能面を付けたまま本を広げて読んでいた。壮一が入ってくるのを見ると、絵理子は本を閉じた。
 (待っていたのか・・・・)
 「消すよ」
 「ええ」
 スイッチを押して部屋の灯を消し、壮一は自分のベッドへ滑り込んだ。すぐに絵理子が自分のベッドから出てきて壮一の横に入ってきた。
 「明日の朝早いんだ。寝かせてくれ」
 「でも、まだ11時過ぎよ」
 「6時に起きなきゃならない」
 「お願い。夫婦でしょう? 抱いてよ」
 「今日はもう遅い。勘弁してくれ」
 壮一は頑なに拒否した。絵理子は半分べそを掻きながら、自分のベッドに戻っていった。
 しばらくして、絵理子の粗い吐息が壮一に耳に入ってきた。絵理子が自分で慰めているようだ。呻くようなすすり泣くような絵理子の声を聞きながら、壮一は眠りに落ちた。

 目覚ましが昔小学校で聞いたチャイムのようなメロディーを奏でる。しかし、壮一はそれくらいの音では目を覚まさない。仕事に行きたくないと言う意識が目を覚まさせないのかもしれない。
 しばらくたって、絵理子がベッドルームへ上がってきた。
 「あなた! 起きる時間よ」
 「あ、ああ。すぐに起きる」
 そう言いながら壮一は再び寝込む。
 「あなた!! 遅刻するわよ!」
 壮一は仕方なくベッドから出た。時計は午前6時15分を指していた。どうも絵理子の機嫌が悪い。壮一が拒否したせいだ。

 「コーヒーをくれないか?」
 「はい」
 レンジのスイッチを止めて、絵理子はカップにコーヒーを注いで持ってきた。壮一は受け取って口に含む。甘くほろ苦いコーヒーが口に広がった。
 トースト、ベーコンエッグ、野菜サラダがテーブルの上に並べられたが、壮一はトーストだけを半分ほど噛ってから椅子を立った。
 「あら? もう食べないの?」
 「もういいよ。着替えを頼む」
 「ちょっと痩せたみたいだけど、どこか悪いんじゃないの?」
 「心配ないよ。脂肪が減っただけだよ」
 絵理子が何かを言おうとしたけれど、壮一はすでにダイニングを出て洗面所に向かっていた。
 壮一は、洗面所の鏡を覗き見た。かなり痩せたのは確かだ。それは、壮一がダイエットして痩せているからだ。スーツを着るときには、下に厚着をして他人にはわからないようにしているが、そんなカモフラージュがきかない今は見破られてしまう。
 何故ダイエットしているか? それは健康のためなどではなく、ある計画のためだ。

 絵理子は壮一の食べ残した皿を見る。
 (あああ、ほとんど食べ残しちゃって。あとでわたしが食べよう)
 絵理子はベッドルームから壮一のスーツを持って降りた。
 「はい、着替え」
 「おう」
 壮一は、さっと着替えるとバッグを持って玄関へと向かった。
 「行ってらっしゃい」
 「ああ」
 片手をあげると、壮一は車に乗り込みエンジンを掛けた。

 車が走り去っていくと、絵理子はひとつ大きな溜息をついた。
 「あああ。行っちゃった。しばらくひとりね」
 そう呟きながら、絵理子はダイニングに戻った。壮一の食べ残したトースト、ベーコンエッグ、サラダを前にして椅子の腰掛ける。
 絵理子は、そっと頭の後ろに手を回しヒモの結び目を解いた。



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