第5話 妊娠は女だけの特権じゃない

 ぼくは、嬉しくて堪らない。ママも、ヤヨイのママも、ぼくたちが付き合うことを認めてくれている。いつでもヤヨイとベッドに入れると思うのに、なかなかそのチャンスは訪れなかった。
 ぼくたちは、一緒に卒業できるように頑張っている。ぼくたちの互いの性別が分かる前は、ただ、ライバルとして競い合っているだけだったけど、今は違う。お互いに高めあう気持ちで勉強している。学習は順調に進んでいる。この分で行けば、来年の6月には、標準教育課程に揃って進めるだろう。

 新しい年が明けてすぐ、従兄のルナから電話が入った。
 「ルイ、あけましておめでとう」
 「おめでとう、ルナ」
 ルナは相変わらず綺麗だ。小さい頃、ルナとお風呂に入ったことがあるから間違いないと知ってるけど、それでも男だなんて信じられない。
 「ルイ・・・・、君にお願いがあるんだけど・・・・」
 「お願い? ぼくに出来ることなら、ルナのためだもん、何でもやってあげるよ」
 「ルイだから頼むことなんだ」
 「ぼくに出来ることなんだね」
 「・・・・そうなんだ。ルイでないとできないことなんだ」
 「言ってみて。どんなこと?」
 ルナは、迷っている様子だった。何をぼくに頼みたいって言うのだろう?
 「電話じゃ、ちょっと・・・・」
 「電話でいけないような話しってあるの?」
 「こんなこと、電話じゃ頼めないよ。直接会って、頼みたいんだ」
 「直接会ってねえ・・・・」
 「明日、行くから・・・・。いいかな?」
 「いいよ。どこにも出かけないから」
 「じゃあ、明日の午後に」
 「分かった。待ってるよ」
 直接会って、頼みたいことって、何だろう?余程のことだろうなと思ったけど、想像もつかなかった。

 翌日午後2時、約束通り、ルナがぼくの家にやってきた。
 「ルイ、お願いというのは、・・・・実は・・・・」
 「実は、何なんだよ」
 ルナは、下を向いたまま、なかなか言い出さなかった。30分あまり、黙っていたが、意を決したように言い出した。
 「ルイは、ぼくがサリーと言う男の人と付き合っているのを知ってるだろう?」
 「知ってるよ。一緒に料理学校に行ってた人だね」
 「そうなんだ。そのサリーと来週結婚するんだ」
 「えっ! そうなの。知らなかった。おめでとう」
 ルナも男だけど、男同士の結婚は認められているし、そんなに珍しいことではない。
 「それでだね。お願いって言うのは・・・・、ルイ、君の卵子をぼくに提供してくれないだろうかってことなんだ」
 「ええっ!!」
 驚いたの何なってなかった。ぼくの卵子が欲しいって!?
 「ルイ。ぼくは、サリーの子どもが欲しいんだ」
 サリーの子どもが欲しいというルナの気持ちは、真剣のようだ。
 「ぼくの卵子を使いたいんだね」
 「そうなんだ。バンクから手に入れてもいいけど、赤の他人のものより、血がつながっているものの方がいいと思って・・・・」
 「そうか・・・・、ルナには、女の姉妹がいないし、近くにいる従姉妹は、ぼくだけだからね」
 「そうなんだ。引き受けてくれるかい?」
 「サリーさんとは、絶対に別れないんだね」
 「パパとママのように、仲良く暮らして行くつもりなんだ」
 「・・・・じゃあ、いいよ。ぼくの卵子を提供するよ」
 「ありがとう。ありがとう」
 ルナの喜びようと言ったらなかった。ぼくの両親も、ルナのためなら、協力してあげなさいと賛成してくれた。

 現在、結婚という形を取らないカップルも多いし、結婚しても離婚率が50%を越えているから、結婚式に無駄なお金を使うカップルはいない。ルナとサリーさんの結婚式の様子も、インターネットで親戚の家に配信されると言うごく普通のパターンだった。
 ぼくは、立会人の前で、愛を誓い合うふたりを、羨ましく思いながら見ていた。いつの日か、ぼくとヤヨイがあの場に立つことになるだろうかと思いながら・・・・。

 それから一週間後、新婚旅行から帰ってきたふたりが、ぼくの家を訪ねてきた。
 「こんにちは、ルイちゃん。初めまして。これは、新婚旅行のおみやげよ」
 「サリーさん、初めまして。ルナの従妹のルイです」
 「ルイちゃん、可愛いのね。大きくなったら、きっと美人になるわ」
 「ありがとうございます」
 「サリー。ルイは、黙っていると可愛いけど、性格は結構きついんだよ」
 それまで、サリーのそばでべたべたしていたルナが、横から口を出した。
 「ルナ! 余計なことを言うなよ。せっかく可愛いって言ってくれてるのに」
 「ほらね」
 ルイの誘いに乗って、つい本性を出してしまった。ぼくも、そろそろ大人しくしないといけない。型に填められるのはイヤだけど、ヤヨイが望むのなら、少しは変えなきゃと思い始めている。ぼくも少し大人になったって事かな?
 「ルナが無理なお願いをしてごめんなさいね。どうしても、わたしとの子供が欲しいって言うものだから」
 「ぼくみたいな、性格のきつい子が出来るかも知れないよ」
 「ルイみたいな、可愛い子が出来ればいいわ」
 サリーは、さすがに大人だ。頭も切れるようだ。ぼくは嬉しくなった。
 「ぼくの卵子で良かったら、ふたりのために喜んで提供するよ。だけど、ひとつだけ条件があるんだ」
 「条件? 何?」
 これだけは、サリーに確認しておきたかった。
 「ルナにも確かめたんだけど、死ぬまで別れちゃダメだよ。産まれた子供が可愛そうだからね。産まれた子供は、ぼくの子供でもあるんだから、悲しい思いをさせたくないんだ」
 「約束するわ。ルナを一生離さない。子供も大事にするわ」
 「ルナも、もう一度約束して」
 「勿論だよ。約束するよ」
 「じゃあ、話しは決まった。いつ病院に行く?」
 「来週の火曜日でいいかしら?」
 「いいよ」
 ふたりは、ほんとに嬉しそうだ。こうしてみると、ルナはほんとに女らしい。男言葉を使っているけど、性格は凄くいい。ぼくが男で、ルナが女の方が、相応しいんじゃないかと思う。いや、ぼくは女でなくては困る。ぼくには、ヤヨイがいるから。

 約束の火曜日、ぼくたちは病院へ行った。ぼくたちは、健康状態をチェックされ、問題ないと判断された。
 1時間ほど眠っている間に、ぼくの体から卵子が取り出された。取り出したあとには、蚊が刺したくらいの傷しか残っていなかった。
 ぼくの体から、卵子が取り出されている間に、サリーから精液が採取された。どうやって採取したかは、聞かなかったけど、ルナが手伝ったのは間違いない。どんな風に手伝ったのか考えていたら、顔が赤くなってしまった。
 ぼくの卵子に、サリーさんの精子が振りかけられ、受精を確かめたあと、ルナのお腹の中に移植された。ぼくとサリーは、その一部始終を見ていた。

 男が子どもを産む技術は、3世紀前に確立された。大抵は、姉妹や従姉妹から卵子の提供を受けるのだけど、バンクに登録されたボランティアの卵子を使うこともある。昔は、上手く育つ確率は低かったらしいが、今は100%近く成功する。9ヶ月後、ルナは、元気な赤ちゃんを腕に抱くことになるだろう。
 ただ、男の場合、女と違って出産するところがないから、お腹の中で育った子どもは、帝王切開で体外に出さなければならない。これが問題なのだ。体に傷の入る手術は、この帝王切開が一番大きいと言われている。少なくとも、子供が出る大きさは切らないといけないからだ。
 22世紀に、人工子宮も開発されているが、生命倫理に反すると言うことと産まれた子どもの性格に問題が生じ、今では特殊な場合を除いて使われてはいない。妊娠中に、何らかの問題が生じて、そのまま子宮の中で育てられないときなどだ。
 ルナの麻酔が覚めて、3人揃って一緒に病院を出た。ルナとサリーさんは、もの凄く幸せそうな顔をしていた。ぼくは、自分の卵子をふたりに提供して、ほんとに良かったと思った。

 4月末の卒業検定試験を無事クリアして、ぼくとヤヨイは、標準教育課程に進むことになった。
 ぼくは、毎日のようにヤヨイに電話し、週に一度は、ヤヨイの家を訪れている。いつものように、ヤヨイを挑発するような格好をして、ヤヨイの反応を窺っている。
 胸は、ヤヨイの方が大きいから、乳首が覗きそうなブラをしたところで、ヤヨイは何の反応も示さないだろうと思っていたけれど、意外にそうでもないことが分かった。ヤヨイは、少し谷間の出来てきたぼくの胸をちらりと見ては、興奮しているようだ。
 少し透けて見える薄手のショーツを穿いて、その上、かなり短いスカートを穿いていくと、ヤヨイの目がぎらぎらと輝いてくるのが分かる。わざと膝を立てて、スカートの下を覗かせてやると、ヤヨイは顔を伏せて、部屋を出ていってしまうことが多い。ヤヨイって、純情だなと思う。ぼくの方が、よほど淫乱だ。勿論、こんなことをするのは、ヤヨイの前だけだ。
 ヤヨイは、ぼくの姿に欲情しているのを知られないためか、ぼくがヤヨイの家を訪れるときには、パンツ姿のことが多くなっている。
 親の許可もあるし、ふたりともその気があるのに、なかなかチャンスが訪れなかった。いつも邪魔が入るのだ。焦る必要はない。ぼくたちは、まだ若いんだからと、ふたりで話している。

 ルナは、ぼくに赤ん坊の育つ様子を見せるために、毎月一度は、ぼくの家にやってきた。もともと男に見られることなど、ほとんどなかったルナは、妊娠してますます綺麗になった。少し大きくなり始めたお腹をさするルナを見たら、ルナが男だと疑う人間は、まずいないだろう。
 9月18日、ルナは、予定より半月早く、帝王切開で女の子を産んだ。ぼくの子どもでもあるチェリーをさっそく見に行った。
 「すごく可愛いね。ルナ」
 「ルイにそっくりだわ」
 「性格似なきゃいいけど・・・・」
 「心配ないわ。ルイの性格だっていいんだから」
 「そんなことないよ」
 「あなたは分かっていないだけよ。ルイは、優しいいい娘だからね」
 「そうかなあ」
 「ヤヨイさんって言ったっけ。あの人の前だと、ルイ、あなた、ほんと女の子らしいわよ」
 「えっ!? そうかなあ」
 「ほんとよ」
 ぼくはちょっと照れる。
 「ねえ、ルナ。子どもを産むってどんな気持ち?」
 「とっても幸せよ。愛する人の子どもを産むって、嬉しくてたまらないわ」
 「そう。ぼくも、早く、子ども産みたいなあ」
 「早く産んだら?」
 「まだ、14だよ」
 「ちょっと早いかな?」
 「ちょっとどころじゃないよ。うんと早いよ」
 「すぐに産める年になるわ」
 「子どもは産んでみたいけど、あんまり年寄りにはなりたくないなあ」
 「あら、わたしが年寄りだって言うの?」
 「そんなこと言ってないよ」
 「言ったわ」
 そう言いながらもルナは終始笑顔だった。
 「ルナ」
 「なに?」
 「言葉遣いを変えたんだね」
 「ええ、やっぱり、この方がいいかなと思って」
 「サリーさんのために?」
 「そうじゃないけど・・・・」
 「ま、いいや。その方がルナに似合ってるからね」
 「ルイは変えないの?」
 「分かんない。だけど、心境が変わったら変えるかも」
 「すぐに変わりそうな気がするわ」
 「・・・・そうだね。じゃあ、又来るから」
 「お見舞いありがとう」
 病院からの帰り道、明日から、女言葉に変えようかなと思っていた。

 家に帰ると、ママがソファーの上に蹲っていた。
 「ママ、どうしたんだい?」
 「お腹が痛いの」
 「スキャナには、入ったの?」
 「痛くて、動けないのよ」
 「そんなに悪いの? すぐに病院へ行かなくちゃ」
 「ルイ、とにかく手伝って。スキャナで調べて、病院へ行かないといけないか、調べてみたいから」
 ママは、勿論毎月スキャナで、健康管理をしているから、変な病気になるはずがない。いったいどうしたんだろうと思いながら、ぼくは、ママに肩を貸して、スキャナの中に横にさせた。
 一分後、結果が表示された。
 『癒着性腸閉塞。早急に病院へ掛かること』
 「ママ! 癒着性腸閉塞って書いてあるよ。すぐに病院へ行こう」
 「分かったわ。パパに連絡して」
 ママは、救急車は呼びたくなかったようだ。救急車は、余程の急病人しか呼ばないから、ちょっと体面を気にしたのだ。

 パパの車で病院へ行き、我が家でのスキャナの結果を受付で手渡した。ママは、すぐに精密検査に廻された。
 「風見さんのご家族、中へどうぞ」
 パパとぼくは、説明を受けるため、中へ入っていった。
 「お宅のスキャナの結果に間違いありません。癒着性腸閉塞。腸が、お腹の傷にくっついて、折れ曲がっています。腸の中身が通らなくなって、痛みが出ているのです」
 「治療は? どうしたら、治るのでしょうか?」
 「癒着を外す手術をしましょう。すぐにすみます」
 「分かりました。お願いします」
 「癒着があるのは、スキャナで分かっていたはずですから、こうなる前に手術しておくと、良かったのですがねえ」
 「手術は嫌だと言いまして・・・・」
 ぼくは、パパの顔を見た。パパは、ママのお腹に癒着があることを知っていたのだ。
 「まあ、今更言っても仕方がないですね。じゃあ、すぐに始めます」
 癒着があっても、ママのような症状が出るのは、そう多くはないそうだ。それが分かっているから、ママも手術を受けたくなかったようだ。

 ママが手術室へ運ばれていったあと、ぼくはパパに尋ねた。
 「パパ。ママのお腹に、何の傷があるの?」
 「・・・・帝王切開の傷なの。おまえを産んだときのね」
 「ぼく、帝王切開で産まれたの?」
 「そうよ。未熟児だったのよ」
 ママが、ぼくを帝王切開で産んだことを、この時初めて知った。そうか。それで分かった。だから、ぼくは同年齢のヤヨイに比べて、成長が遅いんだ。
 女だって帝王切開することがあるのは知っている。しかし、男のルナが、帝王切開でチェリーを産んだあとだったから、ママも男じゃないかという疑問が、入道雲のようにむくむくと沸いてきた。
 ママとは、幼い頃、一緒に入浴したことがある。けれど、ママのその部分をはっきり見たことはない。のぞき込まない限り、男か女かなんてことは、誰にも分からないのだ。もっとも、ママが男だなんてことは思ったことがないから、確かめようとしたことはなかった。

 男女区別法が施行されたとき、ママは左手に銀の腕輪をしていた。だから、ぼくはママは当然女だと思っていた。しかし、男女区別法をよく調べてみると、同性のカップルの場合、それを世間に知られないように、異なった腕輪をするように配慮されていたのだ。つまり、ママがほんとに女なのかどうかは、あの腕輪では判別できないのだ。
 ぼくは、インターネットを通じて、ママの戸籍を調べてみた。戸籍に記載されたママの性別は・・・・、ママは男だった。
 「パパ。ママは、・・・・ママは男なんだね」
 「・・・・そうなの。あなたが、いつかそのことを知る日が来るとは思っていたけど、とうとう来たのね」
 「誰の卵子を使ったの?」
 「ママの妹のだよ」
 「ジュリおばさんのだね」
 「そうよ」
 「良かった。他人の卵子じゃなくて・・・・」
 「ママの卵子じゃないけど、ママがおまえを産んだのは確かだからね」
 「うん。分かってるよ」
 ぼくは、ママが男だと知っても、驚いてはいない。ぼくは、ママに感謝している。ママは、体に大きな傷が入ることを承知で、ぼくを産んでくれたのだから。

 ママの手術は、30分ほどですみ、三日後に無事退院した。
 「ママ、お帰り」
 「ルイ、今まで黙っててごめんなさいね」
 「いいのよ。ママが男か女かなんて関係ないわよ。ママがわたしを愛してくれていることの方が重大問題なんだから」
 「ありがとう、ルイ。ママは、あなたを産んで良かったわ」
 「わたしもママに産んでもらってよかったわ」
 「ルイ?」
 「なに?」
 「言葉遣い、変えたの?」
 「いけなかった?」
 「その方が可愛いわ。女の子らしくて」
 「そう言うのイヤだけど、言葉遣いだけは女の子らしくするわ」
 「あなたがしたいようにすればいいわ。ママは強制するつもりはないから」
 ママはにっこり笑って、ぼくを抱きしめてくれた。
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