第2話 ペニスはクリトリスに勝てない

 男女区別法が、男女区別法反対連盟の戦法によって撤回された。なかなか上手い戦法だった。2年あまり掛かってようやく成立させたというのに、一ヶ月も経たないうちに撤回するのは、無念だっただろうなと思った。
 この種の法律は、今回が初めてではない。主に風紀の乱れを理由に、同じ様な法律が制定されたことがある。
 最初の法律は、100年ほど前に制定された、男は髪の毛を伸ばしてはならないと言う法律だった。
 髪の毛は、古来男女とも長いのが普通であるが、19世紀から21世紀初頭にかけて、男は髪の毛が短くあらねばならないと言う風潮があった。特に日本に置いては、明治4年に断髪令が出され、男はほとんどみんな散切り頭となった。データベースに依れば、この年に東京・本郷に『喜多床』と言う理髪店がオープンし、加賀藩最後の藩主・慶寧が訪れて断髪し、『本日、髪を洋夷にす。涙さんぜんとしてくだる』としたためたとあった。男も髪の毛を短くすることに抵抗があったことが窺いしれる。その後、質実剛健というキャッチフレーズのもと、男はみんな坊主に近い髪型になった。
 20世紀の終わり頃から、短い周期で、男が髪の毛を伸ばすと言うことが流行したが、21世紀の中頃には、それが定着した。
 髪の毛は、性別に関わらず、長いのが好きなら長くするし、短いのが好きなら短くするようになったのだ。当初は、男女で髪型が異なっていたのだが、その後、体型に男女差がなくなってきてからは、男性だからこの髪型、女性だからこの髪型という区別もなくなってしまった。
 そのような時代背景を考えると、髪を伸ばしてはならないと言うのは、時代錯誤も甚だしかったのだ。この法律は、女性も髪を短くすると言う反対運動のお蔭で、つぶれてしまった。
 次の法律は、80年ほど前に制定された、男性はスカートを穿いてはならないと言う法律だ。
 21世紀初頭には、衣装のユニセックス化が徐々に進み、若者の中には、男がスカートを穿くものも出てきていた。
 22世紀に入って、男性の体型が、ほとんど女性の体型になったことで、それまでの男性の服は、女性の服に近くなっていって、ついに衣装についても、完全に男女差がなくなってしまった。男性であってもスカートを穿いても、女性と区別が付かないから、とやかく言われることもなくなって、男性も好んでスカートを穿くようになった。パンツルックに比べて、スカートの方がバリエーションが多種多様で、いろんな服装を楽しめることも要因のひとつだ。
 だから、この法律は、かなり無理な法律ではあった。しかしあえて、そう言う法律を作ったのだ。ところが、男女差別がひどくなったと女性側から反対が起こり、女性もスカートを穿かない運動を始めた。男女とも同じ様なパンツルックになってしまって、法律は廃案となった。
 産まれる子どもの数が減っていることと、男女の区別が明確でないことは、関係がないとわたし個人は思っている。子どもを作ろうと思えば、女なら精子を、男なら卵子をバンクから貰えばいい。まあ、男は、帝王切開しなければならないから、自分で子どもを産みたいという男は、そう多くはないのだけれど・・・・。

 男女区別法がなくなって、ほとんどの人たちは腕輪を外したのだけど、わたしは、右手に金、左手に銀の腕輪をしたままだ。わたしは、この腕輪のデザインが結構気に入っているからだ。

 「サリー、今日は実習でしょう? 行くわよ」
 パパが玄関でハイヒールを履きながら、わたしに向かって叫んだ。
 「ちょっと待って、着ていくものが決まらないの」
 「早くしなさい。約束に時間に遅れてしまうから。置いて行くわよ」
 パパは、何てせっかちなんだ。そんなに急ぐのなら、車に乗せていくなんて言わなければいいのに。
 「ママ、どっちの服がいいと思う?」
 「右のがいいわね」
 「じゃあ、これにする」
 わたしは、真っ白のくるぶしまでの丈のワンピースを着た。靴も白のハイヒール。バッグも白に統一した。
 「パパ、お待たせ」
 「ぎりぎりだわ。急がなくちゃ」
 車のドアを閉めると、パパは、車をスタートさせた。
 「サリーの学校まで。それから、わたしの会社」
 車は、猛スピードで走り始めた。衝突回避センサーが付いているからいいものを、少しスピードの出しすぎだ。
 「パパ、スピードが出過ぎてるんじゃないの?」
 「そうね。ちょっと落としましょう」
 スピードが落ちたと思ったら、わたしの学校へ着いた。
 「帰りは、迎えに来なくていいから」
 「迎えに来いって言われても、今日は無理よ」
 わたしを降ろすと、パパの車は猛スピードで走り去っていった。

 わたしは、今日、料理の実習に来た。料理学校の実習は楽しい。みんなでワイワイガヤガヤやりながら作るのだ。お手伝いロボットに料理を作らせることもできるが、味気ないし、愛情がないような気がするから、この頃はみんな手料理を作る。それに、こうして家族以外に人たちと交流するのが楽しいのだ。
 「サリー、久しぶりだね。一緒に作ろう」
 ルナが、わたしに駆け寄ってきた。
 「ルナ、何て格好なの? 恥ずかしくないの?」
 「恥ずかしいことなんてないよ。どう? 似合う?」
 ルナは、紫のブラに、お尻が見えそうなくらい短い、薄紫のタイトスカートを穿いていた。スカートの裾から、ブラと同じ色のレースが覗いている。
 「見えてるわよ」
 「ああ、これ? これは見せる下着だよ。今流行ってるんだよ。知らないの?」
 「知らないわ。見せる下着って言っても、やっぱり恥ずかしいでしょう?」
 「下にもう一枚穿いているから、大丈夫だよ」
 「あら、そうなの」
 わたしのペニスが、ちょっと勃起しそうになった。男のルナに欲情するなんて、わたしはおかしいのかな? イヤ、ルナが可愛すぎるからだ。

 ルナは、標準教育(standard education)を卒業したばかりの17歳。医療関係の仕事をしている。仕事は、わたしと同じ、月、水、金だ。わたしは、仕事が休みの火曜日に、この料理学校に通っているのだけど、4月から入学したルナと仲良しになった。
 ルナは女の子だと思っていたから、先々月、わたしは、ルナをデートに誘った。デートの帰り、ルナとキスしたあと、ルナが申し訳なさそうにわたしに言った。
 「サリー、きみは、男なんだろう?」
 「そうだけど・・・・」
 「ごめん。ぼくも男なんだ」
 その告白は、わたしにとっては、ちょっとショックだった。ショックだったけど、既にそうではないかなと気付いていた。仲良くしていると、どんなに女っぽく振る舞っていても、雰囲気でそれとなく分かるものなのだ。
 「そうじゃないかなと思っていたわ。ルナが女でなくて残念だけど・・・・」
 「ずっと、友達でいてくれるだろう?」
 「ええ、いいわ」
 同性の結婚は認められているけど、やっぱりわたしは、女の子と結婚したいなと思う。ルナが女ならなあと、何度思ったことか知れない。しかし、それ以来、わたしたちは以前にまして仲良くなった。

 この料理学校に通う人たちは、火曜グループが全部で20人。先月の男女区別法で、7人が男で、13人が女だと分かった。意外な人が、思っていたのと違う性別だったことに驚かされた。
 ルナが右手に金の腕輪をしてきたときには、すでにルナは男だと聞かされていたのにも拘わらず、それを再確認させられたようで、わたしは再び動揺してしまった。
 13人の女性の中に、わたしの好みのタイプはいない。ルナの方が、遙かに美人だ。正直に言って、男の方が、美人だと思う。わたしは、女性と結婚したいと思いながら、同性愛嗜好なのだろうか?

 所定の場所に2,3人ずつ集まって、実習が始まるのを待っていると、校長先生が、手を叩いて、みんなに注目するように促した。
 「みなさん、今日入った新入生を紹介します。桜木アヤさんです」
 「桜木です。よろしくお願いします」
 校長先生に紹介された桜木アヤは、凄い美人だ。男だろうか? それとも女だろうか? ぼくの勘は、女だと言っているが・・・・。
 「ルナ、あの桜木さんって子、男だと思う? それとも女?」
 「そうだなあ。男にしては胸が小さいね。それに、服装が大人しい。一般的に言って、男の方が、露出度が高いだろう?」
 「その意見には賛成だわ」
 わたしは、ルナの姿を上から下までもう一度見た。上半身はブラだけ。下半身も腰を隠すだけのミニスカート。ルナが自分自身で言う通りだ。わたしの着ているワンピースは、大人しい部類に入る。
 「何だよ。じろじろ見るなよ」
 恥ずかしくないと言いながら、ルナはやっぱり少し恥ずかしそうだ。
 「ご意見の続きは?」
 「あの人は、女だね」
 ルナは、自信たっぷりに、そう答えた。
 「意見が一致したわね」
 「迫ってみるのかい?」
 「へへへ」
 「まあ、頑張りなよ。美人だけど、ぼくのタイプじゃないから」
 桜木アヤは、わたしたちのテーブルにやって来て仲間になった。
 「桜木さん、わたし、伊藤サリーです。よろしくね」
 「ぼくは、稲光ルナだよ。よろしく」
 「わたし、桜木アヤです」
 男か女か聞くのはタブーだから、自分から言い出すのを待つしかない。わたしは、桜木アヤをじっと観察するが、やっぱり女だと思う。
 こんな時、あの男女区別法は便利なのだがなと思う。桜木アヤが、もう少し前にこの料理学校に入っていれば、男か女か分かったのになと思った。

 それから3度目の実習のあと、わたしは思いきって桜木アヤをデートに誘った。
 「嬉しいわ。デートの誘ってくれるなんて。今まで、一度も誘われたことがないの」
 「あなたみたいに美人でも?」
 「ほんとに初めてなの。相手がいると思われているのかしら」
 「そうかもよ。あなたに相手がいないなんて、わたしも思わなかったから」
 正直なところ、絶対断られると思っていた。桜木アヤに相手がいないなんて、こんな会話を交わしたあとでも信じられないくらいだ。
 「どこ行くの?」
 「今度できた遊園地はどう?」
 「わあ、あそこ、行きたかったの。ものすごくレトロな乗り物がいっぱいあるって言ってたわね」
 「そうなの。21世紀の遊園地って触れ込みよ」
 「嬉しい!! いつ、行く? 今度の日曜日?」
 「土曜日は都合が悪いの?」
 「土曜は、昼までお稽古ごとなの。昼からじゃあ、一緒にいる時間が少ないでしょう?」
 一緒にいる時間が短い!! と言うことは、わたしと、できるだけ長くいたいと言うことだ。わたしは、天にも舞い上がる思いだった。
 「じゃあ、日曜日。午前9時に、遊園地の門の前で待ってるわ」
 「分かったわ。お弁当、作って行くからね」
 お弁当! そこまで気がつかなかった。そんなところに気がつくなんて、桜木アヤは、やっぱり女の子!

 わたしは、桜木アヤとデートの約束をしたことを、自慢げにルナに話した。
 「お弁当ねえ。それだけで、桜木さんが女だと決めつけるのはどうだかねえ」
 「絶対、女の子。間違いないわよ」
 「男だったら、どうするんだい?」
 ルナは、桜木アヤのことを女だと自信ありげに言ったのに、そんな意地悪を言うとは思わなかった。
 「男だったら・・・・、男でも付き合うわ。別に問題ないでしょう?」
 「問題ないけど、サリーは、女の子と付き合いたいって、言ってなかったかい?」
 「アヤさんと付き合えるのなら、もうそんなこと、どうでもいいよ」
 「はい、はい。上手くいくように、祈ってるよ」
 わたしは、桜木アヤが女だとの絶対的な確信があった。何を根拠にそう言えるかって? ・・・・根拠は何もない。わたしの勘だ。それにしても、ルナの態度はちょっと気になる。いつもと違う。焼き餅焼いてんのかな?

 日曜日、わたしは午前6時には目を覚まし、シャワーを浴びて、髪を整え、桜木アヤとバランスが取れるような、大人しいお気に入りのワンピースを着た。控えめにしたのに、化粧はいつもより濃くなってしまった。
 午前8時半、遊園地の門に辿り着くと、桜木アヤはもう来ていた。お弁当の入った、大きなバスケットを抱えていた。
 「わたしも早く来たけど、アヤさん、こんなに早く来てくれたの?」
 「待たせるといけないと思って」
 「じゃあ、すぐに入りましょう」
 アヤは、いつも控えめだ。何に乗りたい? と尋ねても、サリーが乗るものだったら、何でもいいとしか言わず、決して自分からは、主張することはなかった。
 アヤの作ってきた弁当は、ものすごく美味しかった。料理学校になど、来なくてもいいんじゃないかと思った。
 遊園地からの帰り道、わたしはアヤにキスをした。アヤは拒むことなく、わたしを受け入れてくれた。ルナとのキスも甘かったが、格段に甘かった。
 ルナとのキスのあと、ルナに男だと告白されたが、アヤは、何も言わなかった。はっきりとは言っていないが、ルナとふざけるときに、わたしは男だと、それとなくアヤに知らせてある。男のわたしとキスして、何も言わなかったから、女に間違いないと思った。

 わたしは、アヤに夢中になった。
 三度目のデートのあと、わたしはアヤをホテルに誘った。アヤは、初めからそのつもりだったようだ。笑顔でわたしについてきた。

 「どうしたんだ? サリー」
 ルナは、涙を流すわたしを優しく抱きしめてくれた。
 「アヤに振られてしまったわ。もう、わたし、生きていけない」
 「何がどうしたんだ?」
 「昨日、アヤをホテルに誘ったの」
 「誘いに乗ってくれなかったのかい?」
 「違うの。一緒にホテルに行ったの」
 「じゃあ、上手くいかなかったのかい?」
 「・・・・上手くはいったんだけど・・・・」
 「じゃあ、どうして?」
 わたしは、ルナにホテルの中での出来事を話した。

 わたしは、アヤと部屋の中に入ると、アヤを優しく抱きしめて、キスをした。アヤはキスが上手かった。互いに着ているものを脱がせて、裸になってベッドの中に入った。
 思った通り、アヤは女だった。わたしは、アヤの体の隅々に舌をはわせ、アヤの密を吸った。アヤはわたしに応えるように、わたしの胸に舌をはわせ、わたしのものを含んだ。アヤは初めてではないのが分かった。
 長い前戯のあと、わたしたちは結合し、わたしはアヤの中に射精した。わたしは、生まれて初めて、女とセックスした。わたしは、童貞だったのだ。アヤも、男としたのは初めてだと言った。しかし・・・・。
 「男と初めてしたけど、全然大したことないのね」
 「えっ!? よくなかったの?」
 「ぜんぜんよ。ひとりエッチの方がよっぽど良かったわ」
 「そんな・・・・」
 わたしは愕然とした。
 「あなた、小さいからね」
 「そんなことないでしょう? 十人並みの大きさはあるわよ」
 男はいつでも自分の持ち物が小さいのではないかという強迫観念がある。わたしは、自分で大きさを測ってみて、平均的な大きさだと安心していた。それなのに、小さいなんて・・・・。
 「男としては、そうでしょうけど、そんなんじゃあ、わたし、満足できないわ。マリアの方がよっぽど感じたわ」
 「マリアって?」
 「付き合っている彼女よ」
 「彼女!?」
 「彼女の方が、あなたより大きいからね」
 わたしは、何も言えなかった。
 「セックスはマリアとの方がいいけど、もし、子供が欲しくなったら、あなたに連絡するわ。あなたは、わたしと寝た最初の男だからね。その時は、協力してよね」
 呆然としているわたしを残して、アヤは、ホテルを去って行った。

 「そう言うことなのか・・・・。まあ、そうかもしれないなあ。今のぼくたちじゃあ、女を満足させられないだろうからなあ」
 ルナの言うことは理解できるが、まさか本当だとは思わなかった。

 現在の男たちが、21世紀以前の男たちに比べて、女性化してしまったのは事実だ。外見は女性とほとんど変わらなくなっている。違うのは、性器なのだが、ここも昔とは違っている。
 21世紀の後半から、22世紀の初めにかけて、20世紀末から指摘されていた環境ホルモンが、外陰部の形態にも変化をもたらした。
 男性は、環境ホルモンのせいで、精子の生産能力が、生殖可能なぎりぎりまで落ち込んでしまった。そうなると、大きな睾丸はいらないから、小さくなって、21世紀初頭の4分の1以下の大きさになってしまった。
 睾丸が小さくなると、当然男性ホルモンの産生も少なくなった。そのせいで、筋肉量の減少に拍車がかかった。さらに、乳房の発達も促された。
 ペニスの大きさもかなり縮んでしまった。21世紀初頭まで、人類の男のペニスの大きさは、身長体重に換算すると、他の動物を圧倒していたが、今では、そんなことは全くないのだ。
 現在、男性のペニスの平均的な大きさは、通常3センチ弱、勃起時5センチ前後なのだ。これは、性交できるぎりぎりの大きさらしい。わたしも平均的な大きさだ。
 これに対して、女性は、クリトリスの大きさが昔に比べて大きくなっている。いや、巨大になったと言ってもいい。21世紀初頭までの女のクリトリスは、あるのが分からないくらい小さかったが、現代の女のクリトリスの大きさは、男性のペニスより大きい位なのだ。つまり、女性は環境ホルモンのせいで、少し男性化したと言うことになる。
 アヤは同性愛者で、いつもはマリアという女のクリトリスで満足していたのだ。恐らく、マリアのクリトリスは、わたしのペニスよりも大きい。21世紀以前では、考えられないことが起こっているのだ。
 女同士のセックスを経験したものは、男とのセックスでは満足できない状態になっている。変な世の中なのだ。

 「サリー、元気出してよ。もっといい子が見つかるよ。きっと」
 そんな慰めを言ってくれるルナの胸に顔を埋めて、わたしは泣いた。
inserted by FC2 system