第1話 男女区別法制定さる

 ぼくの名前は、風見ルイ。先週13歳になった。現在、基礎教育8年生。次は最終学年の9年生だ。今日は久しぶりの登校日で、仲良しのヤヨイと学校へ向かっていた。
 「ルイ、履修項目は全部すんだ?」
 「歴史3が、少し遅れているんだ。次の登校日までにやっておかないと、9年生に昇級できないよ。ヤヨイは?」
 「全部すんじゃった。6月から9年生になれるよ」
 ヤヨイは、ちょっと自慢げにぼくに向かって言った。
 「わあ、大変だ。今日、帰ったら、遊んでないで勉強しよう」
 「そんなに焦らなくても、いいんじゃないの?」
 「でも、3ヶ月間だけでも下級生になるのは、イヤだよ」
 「大した差じゃないよ。9年生になってから、追いつけばいいよ」」
 「ヤヨイとは、ずっと一緒だから、遅れたくないんだ」
 「それも、そうね」
 基礎教育(basic education)は、9年間。6歳の誕生日が過ぎたあとから始まる。この世を生きていくのに必要とされる最低限のことを学ぶ。
 今の教育は、大昔のように学校に生徒を集めて、先生が授業をすると言うことがないから、毎日学校へ行く必要はない。一日のいつでも、コンピューターに向かって、5時間ほど勉強するだけだ。勿論、何時間勉強したって構わないけど、そんな無駄なことをするよりは、自分の好きなことをやった方がいい。
 2,5,8,11月の末日に履修の進み具合が最終判定され、合格すると、次のステップに進むことができる。不合格だと、3ヶ月後の再判定となるのだ。だから、年齢の違うものが、同じクラスになる。ただ、週に1度の登校日だけしか、顔を合わせないから、年齢差が原因で、苛めに遭うことはない。
 ヤヨイとぼくは、生まれ月が近いから、1年生になったのが同じ月だった。6歳になった次の6月にふたりとも1年生になったのだ。低学年の頃は、ぼくの方が成績が良かったのだけど、最近はヤヨイの方が、ぼくを上回っていた。
 ぼくは、朝2時間、午後3時間、勉強する以外は、ベータベースを探って、絶滅した動物や植物の画像を見ていることが多いのだけど、ヤヨイはそれ以上勉強しているようだ。ヤヨイは、勉強自体が趣味なのだ。将来は、学者になりたいと言っていたから、それも肯ける。
 いつでもやれると言うことは、便利な様で、結構大変だ。勉強しようと言う意識、意欲がないと、あっという間に時間が経って、どんどん遅れてしまうのだ。ヤヨイという、ライバルがいなかったら、ぼくの履修状況は、ずっと遅れていたに違いない。
 ぼくもヤヨイも、現在8年生のD段階にある。ヤヨイは、5月末日の判定を待たなくても9学年にあがれるようだ。ぼくも少し頑張らなくてはならない。
 「ルイ、その服似合うね」
 「ありがと」
 「ちょっと丈が短すぎやしない?」
 「そうかなあ」
 ぼくは、久しぶりの登校日と言うことで、ちょっとお洒落をしていた。データベースで見かけた可愛い服があったので、それを注文して取り寄せたのだ。
 ぼくが着ている服は、豹柄のキャミソールに、黒のスウェードのスカートだ。太股の中程までの長さのミニスカートだ。ちょっと短いかなと思ったけど、今朝、出がけに鏡に映してみたら、もの凄く似合っていると思ったから、そのまま着てきた。
 「ヤヨイの服が大人しすぎるんだよ」
 ヤヨイは、淡いピンクの膝上丈のワンピースにグレーのぴったりしたパンツを穿いていた。ヤヨイもよく似合っている。いつもぼくよりかなり派手な格好をしているのに、今日はかなり地味な方だ。
 「ルイ、バストいくつになった?」
 並んで歩いていたヤヨイが、前を向いたまま、突然言い出した。
 「な、何だよ、急に」
 「いいじゃないの。教えてよ」
 ヤヨイは、ぼくの方に振り向き、前に立ちはだかって、ぼくの返事を待っている。言いたくないけど、言わなければ、ヤヨイはぼくの前から退きそうもない。
 「は、80だよ」
 「嘘でしょう」
 「う、嘘じゃないよ」
 ヤヨイは、探るような目で、ぼくを見た。
 「絶対、そうは見えない。78でしょう」
 「違うよ。・・・・79だよ」
 「やっぱり、80ないじゃないの」
 ヤヨイは、ぼくのサイズを聞いて、気が済んだのか、教室へ向かって歩き始めた。ぼくは、ヤヨイを追いかけていった。
 「79と80じゃ、変わらないよ」
 「そう言うことにしておいてあげる」
 振り向かないで、ヤヨイはそう言った。
 「ヤヨイは?」
 「わたし? わたしは82になったよ」
 ぼくが、そう聞くのを待っていたのか、ヤヨイは嬉しそうな顔をして振り向いた。
 「もう、そんなに?」
 その目で見てみると、ヤヨイの胸は、ぼくに比べてかなり大きいようだ。腰もくびれて、お尻も大きくなって、もう大人の体型に近づいている。ぼくは、胸が少し出てきたけれど、まだ子どもの体型に近い。ここでもぼくはヤヨイに負けている。
 ぼくは、少ししょんぼりして、颯爽と歩くヤヨイのあとについていった。
 「ルイ、学校が終わったら、うちでゲームしない?」
 「だからさあ、歴史3をすませて置かなくちゃあ」
 「1時間だけ。いいでしょう?」
 ヤヨイは、ぼくのゲーム好きを知っている。誘いを断らないことも・・・・。
 「分かったよ。進級できなかったら、ヤヨイのせいだぞ」
 「その後、一緒に勉強しよう?」
 「それなら、いいよ」
 ぼくとヤヨイは、それぞれの教室へ入っていった。学校へ来る必要なんて、本当はない。学習の進行度なんて、うちにいても分かるし、それを指導するのも、通信で充分だ。
 学校へ来る目的、それは単に、人と人との触れ合いを持つ場を提供すると言うことに過ぎない。そうでなければ、ぼくたちは、恐らく教師や同級生と直接接触する機会が極めて少ないのだ。

 教師と履修の進み具合について、話し合ったあと、ぼくはしばし同級生と語り合った。同級生は15人。みんないろいろな服を着てきている。
 ぼくの服装は、20世紀後半のものだが、18世紀から19世紀あたりの、凄いドレスを着ているものや、ブラにパンツだけというものもいる。大人の着ている銀色のスーツを着ているものなど一人もいない。既成のものに反発するのは、若者の特権だ。
 「ルイ、その服似合ってるね」
 カイが声をかけてきた。カイは、二つ年上だ。小さい頃に病気をしたらしく、8歳から、学習を始めたと言っていた。
 「だろう?」
 「いつ頃の服だ?」
 「20世紀後半の服だよ」
 「20世紀の後半だね。ぼくも検索してみよう」
 「おんなじ服は止めろよ」
 「分かってるさ」
 カイは、そう言いながら、次の登校日には、いつも今ぼくが着ている服と、同じデザインの服を着てくる。やな、やつだ。次は、別の服を探さなくちゃ。もっとも、この服をまた着てくることなどないのだが・・・・。

 ヤヨイの家は、うちと同じ規模の高層マンションの32階にある。父親は、警察関係の仕事をしていて、今どき珍しい通勤をしている。母親は、服飾関係の仕事だが、大抵の人間がそうであるように、家でモニターに向かってマウスを動かしている。コンピューターは、大抵のことなら音声で命令できる。大昔のキーボードはなくなったけれど、マウスだけはなくならない。マウスというデバイスが優れものだと言うことだ。
 「お邪魔します」
 「あら、ルイ。久しぶりね。元気にしてた?」
 ヤヨイの母親は、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。ぼくの姿を見て、立ち上がると、ぼくの肩を抱いて、頬にキスした。
 「この通り元気です」
 「この服、20世紀後半のデザインね」
 「さっすがあ。お目が高い」
 「それが仕事ですからね。よく似合ってるわよ」
 「ありがとうございます」
 「でも、珍しいわね。あなたが、スカートを穿くなんて」
 「スカート、嫌いだったんだけど、こんなデザインだったら、いいかなと思って」
 「そんなデザインが好きだったら、良いもの探して置いてあげるわ」
 「お願いします」
 ふたりで話している間に、ヤヨイは、自分の部屋に入って、ゲームを立ち上げていた。
 「ヤヨイ! 遊びは時間を考えるのよ」
 「分かってます」
 ぼくは、ヤヨイの部屋に入っていった。ヤヨイの部屋は、16畳くらい。奥に寝室がある。インターネットに接続された学習机が、部屋の端に置かれている。北側の壁には、100インチの液晶モニターが取り付けられていて、インターネットに接続されている。こちらは、遊び用で、テレビを見たり、ゲームをやったりするためのものだ。勿論、テレビ電話もつながっている。
 液晶モニターの前にあるソファーに座って、対戦ゲームをやり始めた。ジャングルに隠れて、互いを捜して、やっつけるというサバイバルゲームだ。ヤヨイは、始める前に、戦闘時間を40分にセットした。こう言うところは見習っておかなければならない。ぼくは、やり始めると、熱中して時間を忘れることが多いからだ。
 ぼくがここに来なくても、ゲームは出来るのだけど、お互いにそばにいると言うことが大事なのだ。ふたりは親友だ。それを体で感じるためだ。
 3D用のグラスをかけてゲームを始めた。このグラスをかけていると、まるで自分がジャングルの中にいるように感じる。

 ゲームを始めて30分ほど経った頃、ジャングルの映像が消えて、突然政府公報の画面に切り替わった。臨時ニュースが流れるときは、大抵がテロップだけなのに、画面が切り替わると言うことは、かなりの大ニュースに違いない。
 ぼくもヤヨイも、グラスを外し、コントローラーを床に置いて、壁のモニターに見入った。

 「政府発表臨時ニュースをお伝えいたします。今議会に置いて、男女区別法が可決成立しました。明日午前0時より、一週間以内に、最寄りの行政センターにて、男性は、右腕に金の腕輪、女性は、左腕に銀の腕輪を装着することとなりました。費用は無料ですが、装着しないもの、無断で取り外したものは、禁固10年の刑に処せられますので、全員間違いなく装着するようにしてください。なお、身分証明書の持参を忘れないようにしてください」

 ぼくとヤヨイは顔を見合わせた。
 「男女区別法だって!?」
 「男は、金の腕輪。女は銀の腕輪って言ってたよね」
 「うん。男は、右の腕に金の腕輪。女は、左の腕に銀の腕輪だって」
 「変な法律だね」
 「どうしてそんなことするんだろうね」
 「わからないね」
 「行かないと、禁固10年だって言ってたから、行かざるを得ないね」
 「そう言うことだね」
 画面には、金と銀の腕輪の映像が流れていた。
 「ださい腕輪ね」
 「ほんと。デザイナーが悪いよ。あんなもの付けなきゃいけないのかなあ?」
 「禁固10年よ」
 「仕方ないなあ」
 ゲームを再開しようとしたら、アラームが鳴った。もう終わりの時間だ。
 「終わる時間だね」
 「そうだね。もうそろそろ、ママが顔を出す頃だからね。さあ、勉強しましょうよ」
 「ちょっとその気分じゃなくなったから、帰るよ」
 ヤヨイとは、進み具合が違うのだ。負けず嫌いのぼくは、ヤヨイに教えて貰うわけにはいかないと思っていた。
 「そう、帰るの。じゃあ、また、来週ね」
 「じゃあ」
 ぼくは、部屋を出て行きかけて、ヤヨイの方を振り向いて聞いた。
 「ヤヨイ、行政センターにはいつ行く?」
 「行かなきゃ、罰せられるから、明日にでも行くわ。行かないと、パパの顔もつぶれるからね」
 「そうだね。じゃあ、明日、行政センターの前で、また会おうよ」
 「分かったわ」
 「じゃあ、バイバイ」
 「あら、ルイ、帰るの?」
 ヤヨイの部屋を出ると、ヤヨイの母親が、自分の部屋から顔を出して、ぼくに向かって叫んだ。
 「今日の分の勉強しなくちゃいけないから」
 「ここでして行ったら?」
 「ママに、4時に帰るって約束してるから」
 「そう。じゃあ、また遊びに来なさいよ」
 「はい。また来ます。さよなら」
 「さよなら。お母さんによろしくね」
 「はい」
 ヤヨイの母親と、ぼくのママは、幼なじみらしい。いつも電話しあっている。ぼくとヤヨイが仲良くしているのは、そのせいでもある。

 翌日、ぼくは両親と一緒に行政センターを訪れた。既に長い列ができていたが、係員のてきぱきとした仕事ぶりで、作業はかなりのスピードで進んでいった。
 順番が来て、小さなボックスに入り、椅子に腰掛けた。
 「身分証明書を差し込んでください」
 そんな音声に従って、ぼくは身分証明書を機械の中に差し込んだ。
 「風見ルイさん、確認いたしました。左手をループの中に入れてください」
 言われたとおりに、左手をループに中に入れると、銀の腕輪があっと言う間に取り付けられた。
 「終了です。その腕輪を、勝手に外すと、罰せられますから、ご注意ください。身分証明書を忘れずに取り出してください」
 身分証明書を手にして、ボックスを出ると、隣のボックスで警報が鳴っていた。外に立っていた係員が入っていった。
 「あなたは、右手を入れないとダメでしょう?」
 「右手? ああ、こっちの手だ」
 そんな会話が、漏れてきた。

 センターの外の出ると、ヤヨイと出会った。ヤヨイは、今日は、黒のブラが透けて見える、ゆったりとした白のブラウスに、黒いレザーのパンツルックだった。
 「ルイ、もう終わったの?」
 「終わったよ」
 ぼくは、左手をヤヨイに見せた。
 「あれ!? 左手に銀の腕輪ってことは、ルイは、女だったの?」
 「そうだけど」
 「そう・・・・、ルイは、女だったんだ・・・・」
 そう言ったヤヨイの左手には腕輪はなく、ヤヨイは右手に金の腕輪をしていた。
 「ヤヨイは、男だったのか!」
 「わたしは、男だけど、あなたも男だと思ってたのに・・・・」
 「ぼくは、ヤヨイも女だと思っていたんだ」
 何故か、もの凄く気まずかった。それまで、同性だと思っていたから、仲良くやれていたのに、異性だと知って、ぼくたちは、まともに顔も見ることができなかった。
 「じゃ、じゃあ、またね」
 「ヤヨイ、今まで通り、遊びに行ってもいいよね」
 「いいわよ。いいけど・・・・」
 ぼくもヤヨイも、思いは同じだった。お互い、これまで通りにはできないなと思っていた。どうしてこんな法律ができたんだろう?

 「どうしたの? ルイ。元気がないじゃないの」
 マンションへの帰り道、しょんぼりしているぼくに、ママが話しかけてきた。
 「ヤヨイが男だったから、ちょっとショックで・・・・」
 「どうしてよ」
 ママは、ぼくがおかしなことを言うな、というような顔で、ぼくを見た。
 「どうしてって、今までみたいに、一緒に遊べないじゃないか」
 「そんなことないでしょう? 今まで通り、一緒に遊んだらいいわ」
 「でも、男と女だよ」
 「いいじゃなの。どこがいけないの?」
 「いけなくないの?」
 「変なことにならないかってこと?」
 「・・・・そう」
 立ち止まったぼくに、ママは諭すように言った。
 「ルイ、あなた、ヤヨイちゃんのことが好きなんでしょう?」
 「好きだけど、ヤヨイも女だと思っていたから・・・・」
 「男だと、嫌いになっちゃうわけ?」
 「そ、そんなことはないけど・・・・」
 「じゃあ、いいじゃないの。ママは、ヤヨイちゃんなら、ルイとおかしなことになってもいいと思ってるんだけど」
 「えっ!?」
 「ヤヨイちゃんは、性格もいいし、可愛いし、あなたとの子どもは、うんと可愛い子ができると思うわよ」
 ママはにっこり微笑んで、ぼくを置いて歩き始めた。ぼくは、ママの後を追いかけた。
 「ば、馬鹿言わないでくれよ。ママ!」
 「男としてのヤヨイちゃんは嫌いなの?」
 ママは、ぼくの方を振り向いていった。
 「・・・・まだ、分からないよ。男として考えたことがないんだから」
 「そうか。それもそうね。でも、ママは期待しているわよ。ふたりが結婚してくれることをね」
 結婚! まだ13なのに、結婚なんて、とても考えられない。
 「ま、まだ先の話じゃないか」
 「ほんとは、ヤヨイちゃんのこと、凄く好きなんでしょう?」
 「や、やめてくれよ。もうこの話しは、なし!」
 ママは、にこにこ顔で再び歩き始めた。ヤヨイとぼくが結婚。ううん。確かに小さい頃からずっと遊んできたし、ヤヨイのことなら何でも知っている。いや、ヤヨイが男だったことだけは、今日初めて知った。気心は知れているけど・・・・。

 ぼくは、ヤヨイが男だと知って、凄く動揺していた。親友を失う。まだ、そうだと決まったわけではないのに、少なくとも、もう元のふたりには戻れない。そんな気がしていた。

 こんな思いをするのは、男女区別法のせいだ。イヤ、そもそも、男女に外見上差がないことが悪いのだ。21世紀以前のように、男女に明確な差があれば、外見を見ただけで、ぼくはヤヨイを男と認識できるし、ヤヨイはぼくを女だと認識できた。初めから、異性の友人として認識していたならば、こんな気持ちにはならなかっただろう。

 うちに帰って、データベースを調べてみた。それによると、現在のように、外見上の男女差がなくなった大きな原因のひとつに、20世紀の後半から、21世紀の前半にかけて、自然の中に垂れ流された環境ホルモンの影響があげられていた。
 その影響は、特に男性に作用を及ぼし、女性化を促した。筋肉は衰え、体が丸くなったのだ。それに加えて、何でも機械がやってくれるようになったから、男は力仕事をしなくなって、男の筋肉量は女と変わらなくなってしまったそうだ。
 それだけではなく、21世紀後半を過ぎると、男性も思春期を迎える頃から、乳房が大きくなるようになった。この現象が起こり始めた頃は、手術で乳房を切り取っていたらしいけど、地球的規模で、男性の乳房が大きくなるものだから、みんな諦めて、乳房というものは、思春期を迎えると、男女に区別なく大きくなるものだと認識されるようになったと書いてある。それは、今でもそのままだ。
 男性の乳房の発達は、単に環境ホルモンのせいではないとも言われている。昔から、何故男に、役に立たない小さな乳腺があるのかという議論があったのだけど、ひとつの考え方として、狩りや戦いの必要がなくなったとき、男も育児に参加するために乳腺があるのだという意見があった。この意見が現実となったのだという。
 実際問題、現在では、夫婦間に子どもができると、男性もおっぱいが出るようになる。男性も子どもにおっぱいをやることにより、父子の関係が母子と同じくらい深くなり、昔に比べて非行に走る子どもが減ったと言われている。
 男性の体毛が薄くなり、喉仏もなくなってしまい、外陰部を見なければ、男女の区別ができないようになったのは、22世紀に入ってからだということだ。
 現在、男女平等が徹底されていて、他人に性別を聞くのはタブーとされているから、自分から性別を言い出さない限り、他人の性別を知ることはできないのだ。

 今回制定された、男女区別法は、男女平等の観点から、大反対された法律だ。ただ、女が一生に産む子どもの数が、1を割った現在、できるだけ男女の結婚を促すという目的が優先されたのだそうだ。
 つまり、今まで男女が明確に区別されていなかったから、恋愛の末、結婚しようとしたら同性だったと言うことが、しばしばあるのだ。そこで別れることもできるが、同性の結婚は、3世紀前から法律的に認められているから、そのまま結婚してしまうことが多いのだ。だから、子供が増えないと言うことになっている。
 この弊害をなくすために、今回の法律ができたとテレビが報じている。男女を明確に区別して、男女の出会いを増やそうというわけだ。
 ぼくは、そんな説明を聞きながら、うまくいくのかなと思っている。男女で結婚しても、子供を持ちたがらない夫婦も多いというのに・・・・。

 電話が鳴った。画面を切り替えてみると、ヤヨイからだった。ヤヨイの顔が画面に大写しになったとたん、ぼくはちょっと恥ずかしくて目を伏せた。ぼくは、ヤヨイを男として強く意識している。
 今着ている服は、ヤヨイに見られてもいいかな? 髪は乱れていないかな? 昨日までは、どうもなかったのに、ひどく気恥ずかしいのだ。
 「ルイ、その服、可愛いね」
 一昨日も、ヤヨイにそう言われたのに、同じ言葉でも随分意味合いが違って聞こえた。
 「ありがと。・・・・ヤヨイもいい服着てるね」
 「ああ、これ? ママがデザインしてくれたんだ。大昔のインドのデザインだって」
 ヤヨイは、白のゆったりとした床まで届く長いワンピースのようなものを着ていた。
 「何? 何の用?」
 「じゃあん。これ見て!」
 ヤヨイが、両手をあげると、右手に金の腕輪。左手に銀の腕輪をしていた。
 「どういうことなの? 右手の腕輪はともかく、左手の腕輪は何なの?」
 「男女区別法反対連盟が、この腕輪を勧めているのよ。男女区別法は、男女平等に反するって」
 「そんな腕輪をはめてもいいの? 法律違反じゃないの?」
 「腕輪を外すことは、成立した法律に違反するからできないけど、よく似た腕輪を反対側の手に付けるのは、禁止されていはいないわ。そうでしょう?」
 「そりゃそうでしょうけど・・・・」
 「男には、左手に銀の腕輪を、女には右手に金の腕輪を付けさせて、政府が交付した腕輪の効力を、骨抜きにしようと言う訳なのよ」
 「なるほどねえ。政府は何も言わないの?」
 「今のところ、それを取り締まる法律がないから、検挙されることはないわ。男女区別法反対連盟は、新たな法律ができる前に、出来るだけ多くの人に、両腕に腕輪をして欲しいって言ってるの。ルイも賛成でしょう?」
 「分かった。わたしもやるわ」
 「そう言うと思ったわ。わたしが登録して置いてあげる。夕方には腕輪が届くからね。あなたには、金の腕輪よ」
 「分かったわ」
 「ルイ」
 「何?」
 「あなたの女言葉、おかしいわ。あなたには、男言葉の方が似合ってるわ」
 そう言うと、ヤヨイは電話を切った。現在は、男言葉と女言葉の区別もないけど、ぼくは、強いて昔風の男言葉を使っていた。ヤヨイは、ぼくの男言葉がいいのか・・・・。どうしよう。

 一ヶ月後、腕輪による男女区別法は撤回された。あまりに多くの人々が、両腕に腕輪をしたものだから、取り締まるに取り締まれないからだ。みんなが両腕に腕輪をすれば、男女区別法の存在意義もなくなると言うことだった。腕輪は、勝手に外していいと言うことになった。

 大騒ぎの一ヶ月だった。社会は一見平穏に戻ったように見えたけれど、混乱は続いていた。今まで同性と思って付き合っていた相手が、異性だと分かって、付き合いにくくなったのが原因だ。ぼくとヤヨイとの関係のように。
 ただぼくは、異性の友人として、ヤヨイを受け入れている。この先、恋人同士になるかも知れないなと、ちょっと淡い期待を持ち始めている。
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